癌幹細胞の性質と癌根治の可能性について [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日は今年Nature誌に発表された、
癌幹細胞についての2つの画期的な知見をご紹介したいと思います。
その面白さに、
ちょっと興奮させられましたし、
こんな研究が出来たらいいな、
と羨望の思いにも囚われました。
癌の根治が難しいのは、
99%の癌細胞を手術などの方法で除去したり、
抗癌剤で死滅させても、
僅かに残った細胞から、
再び癌が再発してしまうようなことが、
往々にしてあるからです。
全ての癌にそうした細胞があるかどうかは、
まだ確定したことではありませんが、
このように1個でも残っていれば、
そこからがんの組織が復活出来てしまうような細胞、
自分自身の複製を無限に繰り返し、
分化した細胞も生み出すような能力をもつ細胞を、
「癌幹細胞」と呼んでいます。
癌幹細胞にコントロールされて増殖している癌の場合、
99%の癌の組織を手術で取り除いたとしても、
1個でも癌幹細胞が残っていれば、
そこから癌は再発してしまうので根治には至りません。
また、抗癌剤は癌幹細胞だけをターゲットにしているのではなく、
全ての癌細胞を一様に攻撃するので、
結果として身体全体にもダメージを与えてしまい、
癌幹細胞全てを死滅させることは困難です。
従って、使用している間は癌は縮小しますが、
使用を止めればまた癌は進行してしまいます。
このいたちごっこを解決する方法として、
可能性があるのは、
癌幹細胞だけをターゲットにして、
それを選択的に死滅させるような治療です。
しかし、そうしたことが実現可能なのでしょうか?
こちらをご覧下さい。
今日ご紹介する1つ目の論文です。
今年のNature誌に掲載されたもので、
慶應大学の佐藤俊朗先生のグループによる研究です。
癌幹細胞を退治する方法を見出すには、
癌幹細胞の性質を知る必要があります。
従来の研究は癌の組織をバラバラの細胞にして、
それを動物に移植して癌を作るような方法でした。
しかし、それでは癌幹細胞からどのようにして癌の組織が作られるのか、
その詳細は解明することが困難でした。
佐藤先生らの研究グループでは、
オルガノイド技術という特殊な培養法により、
大腸癌の患者さんから採取した癌幹細胞を、
培養して癌組織に似た構造を作ることに成功し、
それをネズミの移植して実験を行っています。
大腸癌の組織には、
増殖と分化が無限に可能な癌幹細胞と、
それよりは分化した細胞が混ざっています。
これまでの研究により、
癌幹細胞にはLGR5という、
幹細胞にしかない遺伝子領域のあることが分かっていて、
その一方で分化した癌細胞には、
LGR5はなく、その代わりにKRT20という遺伝子が発現しています。
ここで取り出した癌幹細胞のLGR5領域に、
蛍光を発するような蛋白質の遺伝子を組み込むと、
癌幹細胞だけが特殊な光に対して緑色に発光するようになり、
何処にどれだけの癌幹細胞が発現しているのか、
一目で分かるようになります。
これが癌幹細胞の可視化という技術です。
さて、こうした技術でネズミに移植した、
人間の大腸癌の組織を観察すると、
癌幹細胞から癌の組織が作られ大きくなることが確認されました。
次に癌幹細胞のLGR5領域に、
自殺遺伝子を埋め込み、
ある抗癌剤の刺激により、
その自殺遺伝子が発動するような仕組みを構築します。
この癌幹細胞は、
特定の薬剤を使用することにより、
選択的に殺すことが可能となった訳です。
そこでネズミに人間の大腸癌を作り、
自殺遺伝子を発動させて癌幹細胞のみを選択的に殺す、
という実験を行います。
すると、
一旦は癌の組織は縮小しましたが、
抗癌剤を中止すると再び癌は増殖してしまいました。
癌幹細胞は全て自殺した筈なのに、
何故癌は再発したのでしょうか?
遺伝子の解析を行って明らかになったことは、
LGR5陽性の癌幹細胞が全て死滅すると、
その近傍のKRT20陽性の分化した細胞が、
脱分化してLDR5陽性細胞に変化している、
ということが確認されました。
つまり、ある時点で癌幹細胞であった細胞を全部殺しても、
分化した癌細胞自体が生き残っていると、
そこから癌幹細胞が再び生まれ、
いずれは癌は再発してしまうのです。
それではどうすれば良いのでしょうか?
上記文献においては、
既存の癌治療薬と癌幹細胞への標的治療を組み合わせて、
著明な癌の縮小効果が得られたことを示し、
今後の治療の方向性としての有用性を示唆しています。
ただ、結局既存の治療に併用するのであれば…
というモヤモヤ感が何となく残ることも確かです。
同時期にもう1つの癌幹細胞に関する論文が、
同じNature誌に掲載されています。
それがこちらです。
こちらはアメリカの研究グループによるもので、
やや方法は違いますが、
人間の大腸癌の細胞をネズミに移植して、
癌幹細胞の動態を遺伝子レベルで検証、
治療によりLGR5が陽性の細胞のみを死滅させて、
その効果を検証している、
と言う点は同じです。
その結果も、
矢張り一旦癌幹細胞を根絶させても、
癌組織自体は再び増殖に向かう、
と言う点は同じです。
このように別個の一流の研究グループにより、
同一の結果が得られるということが、
その研究が真実であることの大きな根拠となるのです。
「私にしか作れない細胞」みたいなものは、
実際には「科学的」ではないのですが、
一般の方はどうしてもそうした見栄えの良さとある種の特別感に、
惑わされることが多いようです。
さてこの研究の最初の研究との違いは、
この研究では原発巣と、
その肝臓への転移巣が共に観察の対象となっている点にあります。
そこで、
一旦癌幹細胞を根絶させると、
原発巣では癌は再び増殖しますが、
転移巣ではそうした現象は起こらず、
転移は縮んだままの状態が維持された、
という非常に興味深い知見が得られています。
つまり、
細胞が脱分化して再度癌幹細胞が増殖する、
というような仕組みは、
どうやら原発巣のみで起こる現象で、
一旦癌幹細胞が死滅すると、
それで転移巣については根治に至る、
という結果が判明したのです。
癌の原発巣と転移巣に、
その性質の違いがあるのでは、
というような知見はこれまでにもありましたが、
治療に直結する形で、
こうした知見が得られたのは初めてのことで、
今後の癌治療に役立つことは、
間違いのないことのように思います。
癌根治の道のりは、
決して平坦なものではありませんが、
癌の性質を見てその根治への道筋を付ける意味で、
今回の癌幹細胞に関する新しい知見の持つ意味は大きく、
今後の研究の積み重ねを大いに期待して待ちたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日は今年Nature誌に発表された、
癌幹細胞についての2つの画期的な知見をご紹介したいと思います。
その面白さに、
ちょっと興奮させられましたし、
こんな研究が出来たらいいな、
と羨望の思いにも囚われました。
癌の根治が難しいのは、
99%の癌細胞を手術などの方法で除去したり、
抗癌剤で死滅させても、
僅かに残った細胞から、
再び癌が再発してしまうようなことが、
往々にしてあるからです。
全ての癌にそうした細胞があるかどうかは、
まだ確定したことではありませんが、
このように1個でも残っていれば、
そこからがんの組織が復活出来てしまうような細胞、
自分自身の複製を無限に繰り返し、
分化した細胞も生み出すような能力をもつ細胞を、
「癌幹細胞」と呼んでいます。
癌幹細胞にコントロールされて増殖している癌の場合、
99%の癌の組織を手術で取り除いたとしても、
1個でも癌幹細胞が残っていれば、
そこから癌は再発してしまうので根治には至りません。
また、抗癌剤は癌幹細胞だけをターゲットにしているのではなく、
全ての癌細胞を一様に攻撃するので、
結果として身体全体にもダメージを与えてしまい、
癌幹細胞全てを死滅させることは困難です。
従って、使用している間は癌は縮小しますが、
使用を止めればまた癌は進行してしまいます。
このいたちごっこを解決する方法として、
可能性があるのは、
癌幹細胞だけをターゲットにして、
それを選択的に死滅させるような治療です。
しかし、そうしたことが実現可能なのでしょうか?
こちらをご覧下さい。
今日ご紹介する1つ目の論文です。
今年のNature誌に掲載されたもので、
慶應大学の佐藤俊朗先生のグループによる研究です。
癌幹細胞を退治する方法を見出すには、
癌幹細胞の性質を知る必要があります。
従来の研究は癌の組織をバラバラの細胞にして、
それを動物に移植して癌を作るような方法でした。
しかし、それでは癌幹細胞からどのようにして癌の組織が作られるのか、
その詳細は解明することが困難でした。
佐藤先生らの研究グループでは、
オルガノイド技術という特殊な培養法により、
大腸癌の患者さんから採取した癌幹細胞を、
培養して癌組織に似た構造を作ることに成功し、
それをネズミの移植して実験を行っています。
大腸癌の組織には、
増殖と分化が無限に可能な癌幹細胞と、
それよりは分化した細胞が混ざっています。
これまでの研究により、
癌幹細胞にはLGR5という、
幹細胞にしかない遺伝子領域のあることが分かっていて、
その一方で分化した癌細胞には、
LGR5はなく、その代わりにKRT20という遺伝子が発現しています。
ここで取り出した癌幹細胞のLGR5領域に、
蛍光を発するような蛋白質の遺伝子を組み込むと、
癌幹細胞だけが特殊な光に対して緑色に発光するようになり、
何処にどれだけの癌幹細胞が発現しているのか、
一目で分かるようになります。
これが癌幹細胞の可視化という技術です。
さて、こうした技術でネズミに移植した、
人間の大腸癌の組織を観察すると、
癌幹細胞から癌の組織が作られ大きくなることが確認されました。
次に癌幹細胞のLGR5領域に、
自殺遺伝子を埋め込み、
ある抗癌剤の刺激により、
その自殺遺伝子が発動するような仕組みを構築します。
この癌幹細胞は、
特定の薬剤を使用することにより、
選択的に殺すことが可能となった訳です。
そこでネズミに人間の大腸癌を作り、
自殺遺伝子を発動させて癌幹細胞のみを選択的に殺す、
という実験を行います。
すると、
一旦は癌の組織は縮小しましたが、
抗癌剤を中止すると再び癌は増殖してしまいました。
癌幹細胞は全て自殺した筈なのに、
何故癌は再発したのでしょうか?
遺伝子の解析を行って明らかになったことは、
LGR5陽性の癌幹細胞が全て死滅すると、
その近傍のKRT20陽性の分化した細胞が、
脱分化してLDR5陽性細胞に変化している、
ということが確認されました。
つまり、ある時点で癌幹細胞であった細胞を全部殺しても、
分化した癌細胞自体が生き残っていると、
そこから癌幹細胞が再び生まれ、
いずれは癌は再発してしまうのです。
それではどうすれば良いのでしょうか?
上記文献においては、
既存の癌治療薬と癌幹細胞への標的治療を組み合わせて、
著明な癌の縮小効果が得られたことを示し、
今後の治療の方向性としての有用性を示唆しています。
ただ、結局既存の治療に併用するのであれば…
というモヤモヤ感が何となく残ることも確かです。
同時期にもう1つの癌幹細胞に関する論文が、
同じNature誌に掲載されています。
それがこちらです。
こちらはアメリカの研究グループによるもので、
やや方法は違いますが、
人間の大腸癌の細胞をネズミに移植して、
癌幹細胞の動態を遺伝子レベルで検証、
治療によりLGR5が陽性の細胞のみを死滅させて、
その効果を検証している、
と言う点は同じです。
その結果も、
矢張り一旦癌幹細胞を根絶させても、
癌組織自体は再び増殖に向かう、
と言う点は同じです。
このように別個の一流の研究グループにより、
同一の結果が得られるということが、
その研究が真実であることの大きな根拠となるのです。
「私にしか作れない細胞」みたいなものは、
実際には「科学的」ではないのですが、
一般の方はどうしてもそうした見栄えの良さとある種の特別感に、
惑わされることが多いようです。
さてこの研究の最初の研究との違いは、
この研究では原発巣と、
その肝臓への転移巣が共に観察の対象となっている点にあります。
そこで、
一旦癌幹細胞を根絶させると、
原発巣では癌は再び増殖しますが、
転移巣ではそうした現象は起こらず、
転移は縮んだままの状態が維持された、
という非常に興味深い知見が得られています。
つまり、
細胞が脱分化して再度癌幹細胞が増殖する、
というような仕組みは、
どうやら原発巣のみで起こる現象で、
一旦癌幹細胞が死滅すると、
それで転移巣については根治に至る、
という結果が判明したのです。
癌の原発巣と転移巣に、
その性質の違いがあるのでは、
というような知見はこれまでにもありましたが、
治療に直結する形で、
こうした知見が得られたのは初めてのことで、
今後の癌治療に役立つことは、
間違いのないことのように思います。
癌根治の道のりは、
決して平坦なものではありませんが、
癌の性質を見てその根治への道筋を付ける意味で、
今回の癌幹細胞に関する新しい知見の持つ意味は大きく、
今後の研究の積み重ねを大いに期待して待ちたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本