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プロトンポンプ阻害剤による認知症患者の肺炎リスクの増加(2017年台灣の報告) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PPIの肺炎リスク台湾.jpg
今年のJournal of American Geriatrics Society誌に掲載された、
プロトンポンプ阻害剤を認知症の患者さんに使用した場合の、
肺炎リスクの増加についての論文です。

プロトンポンプ阻害剤は、
強力な胃酸分泌の抑制剤で、
従来その目的に使用されていた、
H2ブロッカ-というタイプの薬よりも、
胃酸を抑える力はより強力でかつ安定している、
という特徴があります。

このタイプの薬は、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療のために短期使用されると共に、
一部の機能性胃腸症や、
難治性の逆流性食道炎、
抗血小板剤や抗凝固剤を使用している患者さんの、
消化管出血の予防などに対しては、
長期の継続的な処方も広く行われています。

商品名ではオメプラゾンやタケプロン、
パリエットやタケキャブなどがそれに当たります。

このプロトンポンプ阻害剤は、
H2ブロッカーと比較しても、
副作用や有害事象の少ない薬と考えられて来ました。

ただ、その使用開始の当初から、
強力に胃酸を抑えるという性質上、
胃の低酸状態から消化管の感染症を増加させたり、
ミネラルなどの吸収を阻害したりする健康上の影響を、
危惧するような意見もありました。

そして、概ね2010年以降のデータの蓄積により、
幾つかの有害事象がプロトンポンプ阻害剤の使用により生じることが、
明らかになって来ました。

現時点でその関連が明確であるものとしては、
プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
急性と慢性を含めた腎機能障害と、
低マグネシウム血症、
クロストリジウム・デフィシル菌による腸炎、
そして骨粗鬆症のリスクの増加が確認されています。

その一方でそのリスクは否定は出来ないものの、
確実とも言い切れない有害事象もあり、
その1つが肺炎のリスクの増加です。

これは胃内で細菌が増殖し易くなることにより、
それが逆流して誤嚥に結び付くという想定によるものです。
2011年に発表されたメタ解析の結果では、
プロトンポンプ阻害剤の使用により、
市中肺炎のリスクは1.34倍有意に増加しましたが、
院内肺炎のリスクの増加は確認されませんでした。
しかし、2014年に発表された同様のより規模の大きなメタ解析によると、
市中肺炎の入院リスクは有意な増加が認められていません。

この問題はまだ白黒がついていないのです。

2016年のBritish Medical Journal誌に、
イギリスの臨床データベースを活用して、
16万件に及ぶプロトンポンプ阻害剤の処方事例を検証した論文が掲載され、
同時期にブログでも記事にしています。

これによると、確かにトータルでは、
プロトンポンプ阻害剤の使用により肺炎リスクは1.67倍と、
有意に増加しているのですが、
より詳細に薬の開始のタイミングと肺炎の発症との関連を検証すると、
使用後30日のリスクより、
使用前30日の肺炎リスクの方が高く、
肺炎はプロトンポンプ阻害剤の処方とは、
あまり関係はない可能性が高い、
という結果になっていました。

そうは言っても、
これでプロトンポンプ阻害剤による肺炎リスクの増加が、
完全に否定されたという訳ではありません。

こうした薬の副作用や有害事象のケースは常にそうですが、
全ての患者さんに対して薬が悪く作用する、
ということではなく、
患者さんの体質や状態が、
大きく関与しているのだと思います。

たとえば、肺炎は高齢者で重症化の多い感染症で、
特に認知症のある高齢者では、
少しむせても食事を摂ってしまうことが多く、
また具合が悪くてもそれを上手く周りに伝えられないことも多いので、
肺炎もより起こり易く、
かつ重症化もし易いと考えられます。

他方、脳梗塞予防などのために、
抗凝固剤や抗血小板剤を使用していたり、
円背から高度の逆流性食道炎を起こしていることもあるので、
こうした高齢者では、
プロトンポンプ阻害剤が長期使用されるケースも、
また多いと想定されいます、

それでは、
認知症の高齢者における、
プロトンポンプ阻害剤の肺炎リスクはどうでしょうか?

今回の研究は台灣のものですが、
医療保険のデータを解析することにより、
認知症のある患者さんにおける、
プロトンポンプ阻害剤の処方と、
肺炎発症リスクとの関連を検証しています。

台灣では近年医療保険のデータベースが整理され、
1995年以降は国民の98%の医療費が補足可能となっています。
患者さんの背景の詳細までは分からないのですが、
どの患者さんにどのような診断病名があり、
いつからどのような薬や治療が開始され継続されたか、
というようなデータは全て登録されていて、
それを元にして解析は行われています。

対象者は年齢が40歳以上で認知症と診断されている人で、
平均年齢は76歳程度ですが、
若年性の認知症の方も含まれています。
年齢や性別などをマッチングさせて、
プロトンポンプ阻害剤の使用を開始した786名を、
未使用の786名とマッチングさせ、
肺炎のその後の発症の有無を比較検証しています。
プロトンポンプ阻害剤開始の1年以内に、
肺炎を発症した患者さんは除外されています。
それ以外にプロトンポンプ阻害剤使用者980名と、
未使用者3056名が登録され、
肺炎のリスク因子の抽出に使用されています。

その結果…

他のリスクを補正した結果として、
プロトンポンプ阻害剤の使用者は、
未使用者と比較して、
肺炎発症のリスクが1.89倍(95%CI;1.51から2.37)有意に増加していました。
4年間の累積においてもそのリスクは存在していて、
通常量の使用より高用量の使用において、
より肺炎リスクは高くなっていました。
ただ、累積の使用量毎の比較では、
累積の使用量が多くても、
明確なそれに伴うリスクの増加は認められませんでした。

これは服用者の側の体質や病態によって、
短期間のプロトンポンプ阻害剤の使用でも、
肺炎リスクを高める可能性がある一方、
長期間の使用で安定している患者さんも、
一方では多いという事実を示唆しているように思われます。

一方でプロトンポンプ阻害剤に限定せず、
確認出来る条件の中で、
独立した肺炎のリスクとして何があるかを見てみると、
年齢が1.05倍(95%CI;1.03から1.06)、
男性であることが1.57倍(95%CI; 1.25から1.98)、
心血管疾患が1.30倍(95%CI;1.04から1.62)、
慢性肺疾患が1.39倍(95%CI;1.09から1.76)、
うっ血性心不全が1.54倍(95%CI; 1.11から2.13)、
糖尿病が1.54倍(95%CI; 1.22 から1.95)、
とそれぞれ有意に増加していました。

薬剤としてはプロトンポンプ阻害剤以外に、
抗精神病薬が1.29倍(95%CI; 1.03から1.61)と、
肺炎リスクを有意に増加させていました。
一方でガスターなどのH2ブロッカーと呼ばれる胃薬は、
肺炎リスクを38%(95%Ci;0.50から0.78)、
認知症の進行予防薬であるアリセプトなどのコリンエステラーゼ阻害剤は、
肺炎リスクを60%(95%CI; 0.25から0.65)、
それそれ有意に低下させていました。

今回のデータは個々の患者さんの背景には分からない点も多く、
特に認知症の重症度などの情報はないので、
その点では不充分なものだと思います。
認知症の程度が重ければ、
嚥下障害などの機能障害も進行し、
また不潔行為や異食行為なども見られるので、
肺炎のリスクはそれだけで高くなっておかしくはないからです。

ただ、現状の理解として、
認知症の高齢者への胃薬の使用は、
肺炎予防の観点からはプロトンポンプ阻害剤よりH2ブロッカーの方が良く、
プロトンポンプ阻害剤の使用は、
抗凝固剤の併用時など、
必要性の高い状況に限定した方が、
より安全である可能性が高い、
ということは言えそうです。

少し前にご紹介した、
プロトンポンプ阻害剤による生命予後への影響のデータでもそうですが、
患者さんを登録して経過を見るような、
精度の高い研究データは存在していないので、
最近確かにプロトンポンプ阻害剤の旗色は悪いのですが、
使用してはいけない薬、というような意味ではなく、
有用性の高い場合に限って、
慎重に使用するべき薬である、
という認識を持って頂ければと思います。
抗凝固剤による消化管出血の予防効果は、
H2ブロッカーよりプロトンポンプ阻害剤の方が、
優れていることは間違いがないからです。

今プロトンポンプ阻害剤を継続的に使用されている方は、
くれぐれも自己判断で中止や中断はされず、
主治医の先生と良くご相談をされるようにお願いします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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