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「コーダ あいのうた」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
コーダあいのうた.jpg
米国アカデミー作品賞を受賞した、
2021年米仏加合作映画ですが、
もともとはフランス映画のリメイクです。

個性的な聴覚障碍者の一家に、
1人だけ聴覚障害を持たずに生まれた少女の、
家族との葛藤と愛情、そして旅立ちの物語です。

これは割と地味に公開されて、
すぐに上映も終わってしまった印象があります。
それがアカデミー賞受賞後にリバイバル公開されて、
もう来週には終わる感じのようですが、
映画館はなかなかの盛況でした。

これは素晴らしかったですよ。

たとえば「ひまわり」みたいな、
これぞと言うような泣かせの場面がある訳ではないのですが、
じわじわと長く余韻を持って泣ける映画です。

主人公は通訳として、
聴覚障碍者の家族と社会との繋がりを1人で担っているのですが、
歌が好きで学校の音楽教師に指導され、
音楽大学への受験を目指すようになるんですね。
しかし、家族は少女に頼り切っているので、
そこに葛藤が生まれるのです。
一方的なものではなく、
家族と少女の双方が、
自分達中心の考え方から、
次第に相手の気持ちを考えるように変わって行くんですね。
ジョニ・ミッチェルの名曲が、
クライマックスでそれを象徴するように歌われる辺り、
上手いなあ、と思いますね。

内容的には至極まっとうで、
古典的で手垢の付いた素材なのですが、
それが完成度の高い台本と、
精度の高い格調のある演出、
センスの良い音楽劇としての趣向、
そして何よりキャストの絶妙な演技によって、
極めて純度の高い生気のみなぎる傑作に仕上がっているんですね。

これね、僕は観ている間、
ずっと主人公の少女のことだけを、
考えていることが出来ました。
ラストは素直に良かったなと思って胸が熱くなりました。
こうしたことは実際にはあまりないんですね。
心配事も多いでしょ。
映画を観ていても、
時々別のことや昨日あった嫌なことなどを、
考えてしまうことが多いんですね。
それがないということは、
かなり凄いと思います。

途中でややあざとい演出があって、
少女が歌を歌うところで一時無音になるんですね。
10秒か20秒くらいですかね。
そうするとね、映画館の中が完全な静寂になるんですね。
少なくとも僕が観た時はそうでした。
「困るじゃん。鼻をすすったら泣いてるとばれて恥ずかしいし」
などと思ったのですが、
これはね、映画館でないと感じられない静寂を、
味わって欲しいということなんですね。
配信では成立しないぞ、ということなんですね。
それが多分、この映画がアカデミー賞を取った大きな理由です。

多分近いうちにほぼほぼ作品賞は配信作品になると思いますし、
映画自体オワコンなのだと思いますが、
映画の最後の悪あがきみたいなものを感じますよね。

でも僕は映画も本も好きで育っているので、
まあそれが無くなる世の中には、
もう未練はないかな、という気分もあります。

この静寂で僕が感じたのは、
能の「道成寺」ですね。
鐘の供養が始まる前に、
狂言方が舞台を清めるようなところがあるんですね。
そこで良い舞台だと完全な静寂になるのです。
そのあとが例の乱拍子になります。
この静寂が凄いんですね。
聴衆が数百人集まった空間が、
完全な無音になるというのが凄まじいのです。

それに近いものを今回の静寂には感じました。

観客にもブラボーなんですが、
それを成立させた映画の吸引力が素晴らしいですよね。

昔並木座で黒澤明の「生きる」を観たのですが、
あそこの劇場はやることのないご老人が、
寝るために来るような場所なんですね。
いびきの聞こえないことはないような映画館なんですね。
それが「生きる」の時は違ったんですね。
志村喬が息子に邪慳にされるでしょ。
あんなに愛情を注いだ息子なのに…
というところがあるでしょ。
場内が完全な静寂になったんですね。
横をみたらね、いつも寝ているおじいさんが、
食い入るようにスクリーンを凝視していたんですね。
ああ、これが映画の力だ、と思いました。

今回の静寂は、多分それ以来のものでした。

この映画は音楽がいいですよね。

まあ、僕好みなんですね。
特にクライマックスのジョニ・ミッチェルは最高ですね。

高校の時にね、
一時は登校拒否みたいになっていましたし、
それから復帰して通っていた時はつらかったんですね。
人生において3番目くらいに辛かったですね。
鎌倉の七里ガ浜から1時間半掛けて通ったのですが、
朝行く前にね、
LPレコードで何か1曲聴くんですね。
それから気合を振り絞って、どうにか行くぞ、
というように思うんですね。

色々な曲がその時の助けになりましたが、
ジョニ・ミッチェルは一時その定番だったんですね。
文字通りその時の僕を救ってくれたのです。
これも音楽の力ですね。

そんな訳でこの映画の話をすると止まらないのですが、
素晴らしい傑作なので是非是非ご覧下さい。
2本立てにするなら、
史上最も暗い気分になる映画、
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」とのカップリングはどうでしょう。
先に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観て、
それから「コーダあいのうた」を観れば、
その高揚する感動もひとしおではないでしょうか?
くれぐれも順序を入れ替えては駄目ですよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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