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鉄欠乏性貧血へのプライマリケアの対応 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
鉄欠乏性貧血の診断.jpg
JAMA Network Open誌に、
2021年10月1日ウェブ掲載された、
鉄欠乏性貧血のプライマリケアでの診断についての論文です。

鉄欠乏性貧血は消化管の悪性腫瘍の、
早期の兆候の1つとして認識されています。
ただ、プライマリケアにおいて、
必ず検査をするような疾患ではなく、
その二次検査の基準も多くの学会や専門機関が独自に作成しているので、
必ずしも統一性がなく、
そのため医師の判断も分かれるところがあるのが実際です。

今回の研究はアメリカにおいて、
プライマリケアに携わる医師325名にアンケート調査を行い、
通常の診療で鉄欠乏性貧血の検査をどのように行い、
どのように診断し、二次検査を行うのかを集計しています。

その結果、
貧血のスクリーニングを施行していたのは、
全体の76.9%に当たる250名でした。
鉄欠乏性貧血の診断は、
貯蔵鉄の指標であるフェリチン値と、
トランスフェリン飽和度で行うのがアメリカの標準的考え方ですが、
個々の数字を提示して診断を求める質問において、
最も正解率が低かったのは、
フェリチン値が40ng/mLとやや低めのレベルで、
トランスフェリン飽和度が2%と低下していた場合で、
フェリチンは炎症などでも上昇するので、
トランスフェリン飽和度から鉄欠乏性貧血と診断して問題ないのですが、
26.5%に当たる86名のプライマリケアの医師は、
これは鉄欠乏性貧血ではない、と、
誤った診断を下していました。

65歳以上で初めて鉄欠乏性貧血が診断された場合、
上記論文の著者らの見解では、
上部下部両方の内視鏡検査を行うことが適切な対応ですが、
それが適切と回答した医師は、
女性の場合54.5%、男性の場合55.1%でした。

上記分の著者らの解析としては、
プライマリケアの医師はスクリーニングの検査は、
やや過剰に行う傾向があるが、
その診断は適切ではない場合があり、
内視鏡検査は実際にはもっと施行されるべきであるのに、
医師の判断で施行されないケースが多い、
という結論になっています。

プライマリケアの医師の端くれとしては、
かなり耳の痛い指摘が多いのですが、
その通り機械的に処理するのが正解なのかと、
疑問に思うところもあります。
ただ、良くも悪くもこうした一般的な病気の診断と原因検索のアルゴリズムは、
近い将来AI頼みに移行してゆくようには思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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豚から人間への心臓移植事例 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
豚の心臓の人間への移植事例.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年6月22日ウェブ掲載された、
複数の遺伝子を欠損させた豚の心臓を、
重症の心筋症の患者に移植した、
異種臓器移植の事例報告です。

これは2022年1月にニュースになって、
一般にも話題となった事例の、
正式な症例報告です。

臓器移植は通常は同種移植、
つまり人間の臓器を人間に移植する、
という形で施行されています。

しかし、同種移植が始まる前には、
他の哺乳類の臓器を移植する、
異種移植が試みられていました。
ただ、強い拒絶反応のために成功はせず、
それで同種移植に移行した経緯があります。

ただ、同種移植は脳死状態の人間の臓器が必要となるため、
その数には限りがあり、
全ての臓器移植が必要な患者さんに、
手術を行うことは困難です。

そこで再度注目されているのが異種移植で、
心臓移植に関しては、
その構造や大きさに似たところのある、
豚の心臓の移植が検討されています。

ただ、そのままでは勿論拒絶反応が起こってしまうので、
拒絶反応に関連する免疫系の遺伝子を、
発現しなくなる豚を作って、
それを移植するという方法が検討され、
今回初めてそうした作られた豚の心臓が、
人間に移植されたのです。

患者は57歳で心筋症に罹患していて、
僧帽弁の弁置換術後ですが、
駆出率が10%という重症の心不全の状態でした。
そこでCD40の関連遺伝子を含む10種類の遺伝子を除去した、
免疫不全の豚の心臓の移植手術を施行したのです。
移植後はECMO(人工肺)の離脱にも成功しました。。
ただ、移植後49日に突然移植された心臓機能が低下し、
60日に生命維持装置が外されて患者は死亡しました。
死後の解剖所見では、
心臓は浮腫状でその重量は2倍になっていました。
組織所見では心筋細胞の壊死と間質の浮腫と出血が認められましたが、
血栓の所見はありませんでした。
この組織所見は拒絶反応としては典型的ではなく、
ウイルス感染など、
拒絶反応以外の原因が想定されました。

このように、
今回の事例は2か月で死亡に至ったのですが、
拒絶反応なしで2か月安定した状態が維持されたことは、
「臨床研究」としては一歩前進の結果ではあり、
素直に喜ぶような結果ではもとよりありませんが、
良くも悪くもこうして医学の進歩というのは、
なされてゆくものであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ベイビー・ブローカー」(是枝裕和監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ベイビー・ブローカー.jpg
是枝裕和監督の新作の韓国映画で、
赤ちゃんを売買するブローカーを副業としている、
クリーニング店の男をソン・ガンホさんが演じ、
訳ありの女性や児童養護施設の子供などと、
得意の「疑似家族」となって旅をする話です。

「真実」でヨーロッパ映画、今度は韓国映画と、
海外での仕事が多い最近の是枝監督ですが、
「真実」も何かモヤモヤする感じの映画でしたが、
今回の「ベイビー・ブローカー」も、
確かに是枝監督らしい映画ではあるものの、
何かやり切れていないような、
モヤモヤする作品になっていました。

全体に山田洋二監督が昔作った家族物映画、
みたいなタッチなんですよね。
赤ちゃんが急に熱を出して、
でも身分を偽っているから病院に行けない、とか、
そっくりのパートがありましたよね。
それから観覧車の長回しとか、
勿論印象的な場面ではあって、さすがと思わなくもないのですが、
でも今更こんな手垢の付いたようなことをしなくても、
というようにはどうしても思ってしまいます。

赤ちゃん売り渡しの現場を押さえようとして、
女性2人組の刑事が追って来るんですね。
追われている女性は男を殺している訳ですし、
もっと緊迫感があっても良い筈ですが、
殆どそうしたものはないんですね。
刑事も女性に同情してしまったりもして、
大した犯罪とも思えないのに、
随分と時間を掛けておとり捜査みたいなことまでして、
どうにもリアリティを感じませんし、
コメディにしては笑えるところがありません。
後半はかなりグッタリしてしまいました。

トータルには「万引き家族」の劣化版という感じで、
新しい魅力はあまり感じませんでした。
多分監督もなかなかご苦労があったのだと推察しますが、
おそらくはやりたいことの、
半分程度しか出来ていなかったのではないかと、
そんな風にも感じました。

こういう欲求不満的な作品になるようであれば、
日本で新作を撮ってくれればいいのに、
というようには思いますが、
色々と事情はあるのだと思いますので、
どのような形であれ、
また是枝ワールドの新作を期待したいとは思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「神は見返りを求める」(ネタばれ注意) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
神は見返りを求める.jpg
昨年の「空白」の感銘と衝撃も記憶に新しい吉田恵輔監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
今回も監督のオリジナルの脚本です。

これは「空白」が大傑作なのでとても期待したのですが、
抜群に面白い映画ではあるものの、
監督自身迷いながら、手探りをしながら作っていった、
という感じがあって、
構成にも着地にもまだ揺らぎのようなものが強くあり、
吉田監督としてはまだ完成形とは言えない作品でした。

ただ、今年必見の映画の1本では間違いなくあると思います。

以下少しネタバレがありますので、
未見の方は鑑賞後にお読みください。

子供がなりたい職業の一位がユーチューバーという、
どう考えても正常とは思えない今の社会に、
真向から切り込んでいる意欲作で、
そこで翻弄され自滅する主人公を、
ムロツヨシさん演じる広告会社の中年サラリーマンと、
岸井ゆきのさん演じる新人ユーチューバーが演じて、
後半には心が凍り付くような衝撃的な展開が、
つるべ打ちのように観客を待っています。

テーマはかなり複雑で、
1つにはディストピアとしての、
それもやや間抜けなディストピアとしての、
現在日本を描くということ、
それから題名にもなっている、
見返りを求めない人間関係というものはあるのか、
見返りも代償も求めない愛情というものは、
ただの愚行に過ぎないのか、
という、昔から何度も問い直されている、
人間と愛情との関係を深堀するようなテーマ、
そして、現代がディストピアだとするなら、
アメコミ的な読み替えをして、
この世界を遊んでしまうことも出来るのでは、
という企みです。

他の方も言っているように、
この映画の構造は明らかに「ジョーカー」の影響を受けていて、
ムロツヨシさんがダークヒーローになる、
という余地は映画の最後まで残されているんですね。
ただ、じゃあそうなるのか、と言うと、
映画の中ではそうはなっていなくて、
作り手の躊躇いが、
そこには見え隠れしているような気がするのです。

この映画はそうした異なる3つのテーマを追求しながら、
そのどれかに特化する、ということをしていないのですね。
それがこの映画のやや物足りなく感じる部分です。
昨年の「空白」では、
ちょっとベタな感じはしましたが、
主人公達が新しい人生を踏み出す姿を描いて、
観客もホッとするようなラストに帰着して成功したのですが、
この作品ではディストピアの今後も不明ですし、
主人公2人の関係性も、
何か宙ぶらりんのまま終わり、
ムロツヨシさん演じる主人公が、
何かに変貌することが出来たのかも、
明らかではありません。

それでも映像的には見どころ満載で、
オープニングの趣向も洒落ていますし、
画像の炎上が縫いぐるみの炎上に繋がり、
もっと悲惨な炎上にも繋がる、
という仕掛けも鮮やかです。
もう1つの重要なアイコンは岸井さんの「肌」で、
見返りのために画面の外で服を脱ぐ、
という印象的な場面から、
ブレイクのきっかけとなったボディペイント、
それが幾つか構図を変えて繰り返され、
最後はその肌は悲惨な形で刻印を押されます。

主人公の2人を、
ムロツヨシさんと岸井ゆきのさんが演じる、
というのが非常に豪華で、
ムロさんも勿論良いのですが、
岸井さんの売れない時と売れている時の振幅が素晴らしく、
撮影は2年ほど前とのことですから、
多分この映画に記録されている、
岸井さんの「売れない時の顔」を、
今の岸井さんが再現することは、
おそらく不可能ではないかと思います。
それだけでも、この映画が撮られた意義はある、
とそんな風にも思えます。

いずれにしても吉田監督にしてなしえた、
現代と真正面から格闘した意欲作であることは間違いがなく、
ただ、この作品を通過点として、
監督がよりこのテーマを深化させて、
「空白」に匹敵する傑作を生みだすことを期待して待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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低ナトリウム血症に対するSGLT2阻害剤の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
低ナトリウム血症に対するSGLT2阻害剤の効果.jpg
Journal of the American Society of Nephrology誌に、
2020年掲載された、
低ナトリウム血症に糖尿病治療薬を、
使用する試みについての論文です。

この時点より臨床応用の研究は進行しているようですが、
検索した範囲では、
これ以降のあまりまとまった論文が、
見つかりませんでした。

SIADHという病気があります。
血液のナトリウム濃度が低下する、
低ナトリウム血症を起こす代表的な疾患の1つで、
通常脳下垂体後葉から分泌される、
ADH(抗利尿ホルモン)は通常の調節を超えて過剰に分泌され、
それによって身体の水分が増加し、
相対的にナトリウム濃度が低下することによって起こります。

原因は様々で、
脳の病気や肺疾患、ADH産生腫瘍や癌、
薬剤の影響で生じることもあります。
摘出可能な腫瘍や薬剤が原因である場合には、
その原因を除去することにより治療が可能ですが、
多くの場合は原因が不明か除去が困難なので、
ADHを抑制するような薬剤を使用するか、
摂取する水分量を制限するくらいしか方法がありません。
ただ、ADHの受容体拮抗薬は、
高額な薬剤である上に、
微調整が難しく高ナトリウム血症に繋がり易い、
という欠点があります。

SIADHの低ナトリウム血症に対して、
もっと安全で使いやすい治療薬が、
求められているのです。

その候補の1つとして、
注目されているのがSGLT2阻害剤です。

この薬は主にブドウ糖の再吸収を抑制することにより、
血糖値を低下させる作用を持つ2型糖尿病の治療薬です。

この薬はブドウ糖と共にナトリウムの排泄も促進するので、
その意味では低ナトリウム血症には、
むしろ悪いように思われます。
しかし、実際には相対的に水分のみをより多く排泄するので、
血液中のナトリウム濃度は、
上昇する可能性が高いのです。

今回の検証では、
SIADHと診断されて血液のナトリウム濃度が、
130mmol/L未満の低ナトリウム血症を持つ、
トータル88名の患者を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は1日の水分量を1リットル未満とする、
水分制限に加えて、
SGLT2阻害剤のエンパグリフロジン(ジャディアンスを1日25㎎で、
4日間使用して、
もう一方は偽薬を使用して、
4日後ナトリウム濃度を比較検証しています。

その結果、
偽薬群では4日後にナトリウム濃度が7mmol/L上昇したのに対して、
ジャディアンス使用群では10上昇していて、
この差は有意と判定されました。
重度の低血糖などの有害事象は認められませんでした。

これはまだ4日のみの検証ですが、
論文化はまだのようですが、
より長期の臨床成績も発表されているようです。
ジャディアンスが糖尿病の患者さんに以外にも、
比較的安全に使用可能であることは、
この薬が心不全の治療薬としても使用されていることから、
ほぼ実証されていますから、
今後SIADHに対する有効な治療の選択肢として、
そのより実用的な検証に期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルスワクチン接種後の有害事象リスク比較 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談に都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
新型コロナワクチンの血栓症リスク比較.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2022年6月13日ウェブ掲載された、
2種類の新型コロナウイルスワクチンの有害事象を、
直接比較した結果についての論文です。

新型コロナウイルスの予防のためのワクチンとして、
世界中で最もその有効性が確認され、
接種もされていて臨床データも多いのは、
ファイザー・ビオンテック社とモデルナ社による、
2種類のmRNAワクチンであることは間違いがありません。

現状その効果や有害事象については、
報告により差はありますが、
両者のワクチンでそれほどの差はない、
敢えて言えば、モデルナ社のワクチンの方が、
その効果持続は長く、局所の副反応は強い、
という辺りがこれまでの報告の最大公約数ではないかと思います。

ただ、実際には両者のワクチンを直接比較したような報告は、
それほど多くはありません。

今回の検証はアメリカにおいて、
主に60歳以上の高齢者への接種の大規模データを解析したもので、
2種類のmRNAワクチン接種者、それぞれ216836名を、
マッチングさせて比較したものです。

その結果、
ファイザー・ビオンテック社ワクチンはモデルナ社ワクチンと比較して、
接種後38週間の解析で、
虚血性脳梗塞のリスクが1万人当たり10.9件、
心筋梗塞のリスクが1万人当たり14.8件、
それ以外の血栓症のリスクが1万人当たり11.3件、
腎障害のリスクが1万人当たり17.1件、
それぞれ多く発症していました。

この差をどう見るかは微妙なところだと思いますが、
今後のワクチン選択の判断は、
こうしたデータももとにして、
なるべく接種者本人が選択可能な形に、
どの地域においてもなることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナウイルス感染に対する細胞性免疫計測法 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
COVID-19の細胞性免疫定量法.jpg
Nature Biotechnology誌に、
2022年6月13日掲載された、
新型コロナウイルス感染に対する、
細胞性免疫の定量法についての論文です。

新型コロナウイルス感染症に対する身体の免疫には、
まだ不明の点が多いのが実際です。

免疫には液性免疫と細胞性免疫の2種類があり、
通常新型コロナウイルス感染の免疫の指標として、
臨床的に使用されているのは抗体価ですが、
これは液性免疫の指標ではあっても、
細胞性免疫の指標ではありません。

そして、この両者は必ずしも同じに動くという訳ではありません。

たとえば帯状疱疹は、
水痘の原因ウイルスに対する、
細胞性免疫の低下により起こるとされていますが、
これは血液の抗体価を測定しても、
推測することは出来ません。

新型コロナウイルスに関しても、
ワクチンの有効性は、
必ずしも血液の抗体価のみでは判定出来ず、
抗体が低下しても、
細胞性免疫が保たれていれば、
感染予防効果は維持されるとする報告もあります。

問題は細胞性免疫の防御レベルを測定することが、
抗体価のようには簡単ではない、と言う点にあります。

今回の論文は従来の方法より、
簡単に施行可能な細胞性免疫の診断法を解説したものです。

この検査法は患者さんの全血を採血して、
それを新型コロナウイルスの抗原蛋白質と接触させ、
その24時間後に産生されたCXCL10という、
細胞性免疫の活性化に伴って単核球から産生される蛋白質の、
mRNAを定量的に測定するという方法です。

この方法は従来より簡単に検査が可能で、
結果判明までの時間も比較的短く、
新型コロナウイルスに対する細胞性免疫のレベルを、
定量的に測定出来るという利点があります。

今後感染症の免疫やワクチンの有効性を判断する場合、
細胞性免疫と液性免疫の両面からの評価が不可欠であることは間違いなく、
そのための非常に有用な検査法の候補の1つ、
という言い方は可能だと思います。

ただ、そうは言っても、
まだかなり手間の掛かる検査であることは確かで、
今後より実用的で簡便な方法の開発に向けて、
研究の進歩を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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血中循環腫瘍DNAを活用した大腸癌術後化学療法の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
血中循環腫瘍DNAを指標とした大腸癌術後化学療法の有効性.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年6 月16日掲載された、
大腸癌の術後の補助的な化学療法の適応を、
血液中の癌遺伝子を測定することにより行うという、
臨床試験の結果をまとめた論文です。

大腸癌には0から4までの5段階のステージ(病期)があり、
それにより治療の方針が定められています。

このうちステージ2というのは、
がんが漿膜下層を超えて浸潤するというもので、
内視鏡では取ることは出来ないのですが、
ステージ3のようなリンパ節への浸潤はないので、
手術治療の良い適応ということになります。

手術で癌が切除されても、
目に見えないような病変が、
実際には残っているという可能性があります。
そうした残存する病変が進行すると、
「再発」と呼ばれる状態になります。

その再発を抑えるために、
術後に補助的な化学療法を施行するという考え方があります。
ただ、化学療法に使用する抗癌剤には有害な影響もあり、
現在再発のリスクが高いとされる事例に限って、
そうした補助化学療法が施行されていますが、
その施行により明確に患者さんの予後が改善したという根拠は乏しく、
その施行については議論があります。
その選択が最終的には患者さんに委ねられることもあり、
患者さんが決められずにストレスを抱えるということも、
稀ではないように思います。

そこで術後の再発のリスクを検査で判断して、
補助化学療法施行の可否を判断しよう、
という考え方があります。

その検査として注目されているのが、
血液中の腫瘍由来の遺伝子を検出する方法です。
これをctDNA検査と呼んでいます。
画像診断などでは再発の兆候はなくても、
血液中には癌由来の遺伝子が検出されることがあり、
それがあると高い確率で再発が起こりますが、
それが検出されないと、
その後の再発のリスクは低いと考えられるからです。

そこで今回の臨床研究では、
オーストラリアの23か所の専門施設において、
ステージ2の大腸癌で治癒切除を施行した、
トータル455名の患者をくじ引きで2対1で2つの群に分けると、
一方は術後4から7週の時点でctDNA検査を施行して、
それが陽性の事例のみに補助化学療法を施行、
もう一方は通常の再発リスクの判断に伴う治療を施行して、
登録後2年の時点での予後を比較検証しています。

その結果、
通常治療群では28%の患者が補助化学療法を施行したのに対して、
ctDNA検査施行群ではより少ない、
15%の患者が補助化学療法を施行していました。
2年の時点で再発がなかったのは通常治療群で92.4%、
ctDNA検査施行群で93.5%で、
有意な差は認められませんでした。
ctDNA検査施行群での解析では、
3年の時点で再発がなかったのは、
ctDNA検査陽性事例の86.4%、陰性事例の92.5%でした。

このように、
従来の方法による補助化学療法の適応判断と比較して、
血中循環腫瘍DNAを活用した適応の判断を行うと、
補助化学療法を施行する患者は減り、
その一方で再発の予後には変化がないことより、
無用な化学療法を抑制する意味で、
この方法は一定の有効性があることが確認されました。

術後の再発予防目的の補助化学療法は、
その適応が不明確で、
患者さんに無用のストレスを生じることもありましたが、
今後はより科学的に実証された判断で、
その施行が行われることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「FLEE フリー」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
フリー.jpg
2021年のデンマーク・フランスなどの合作映画で、
実在のアフガニスタンから亡命した男性のインタビューを、
アニメに一部実写映像を混ぜるという手法で描いた、
セミ・ドキュメンタリー映画です。

主人公は研究者として成功した青年で、
アフガニスタンに生まれ、
タリバンが政権を取って迫害されたことから、
ロシアに亡命するのですが、
不法滞在者として迫害と差別を受け、
ヨーロッパへの密入国を求めて、
何度も失敗をしながら新天地を目指します。

確かに壮絶な物語で、
実話であるという凄みがありますし、
悪質な密入国業者の手配により、
船に閉じ込められて出国を図る場面などは、
観ているこちらも息が詰まるような思いがします。

幾つか興味深い情報もあって、
ソ連崩壊直後のロシアが出て来るのですが、
経済もどん底で酷い状態なのですね。
それを曲りなりにも改善したのが、
エネルギーと穀物と武器の輸出を積極的に推進したプーチン氏なので、
幾ら経済制裁と言ったところで、
当時と比べれば遥かに良い状況ではある筈で、
それで戦争が終結などとてもしないのだろうな、
と感じましたし、
この映画の主人公は、
難民として受け入れてもらうために、
タリバンに家族を皆殺しにされた、と嘘を言うのですね。
それはそう言わないと送還されてしまうからで、
なるほど、良い意味でも悪い意味でも、
「家族を皆殺しにされた」という難民の発言は、
常に真実とは限らないもので、
実際には複雑な背景を持っているのだな、
と感じました。

ただ、この映画の主人公は結構恵まれてもいるのですね。
家族は父親以外は助かりますし、
アフガニスタンでもタリバン以前の政権に重用される立場で、
かなり良い暮らしをしていた人達なのです。
親族がヨーロッパに定住していて、
その伝手もありお金もある程度あったので、
亡命が可能であったという側面もあります。

それから勿論それが一面の事実ではあるのでしょうが、
アフガニスタンやロシアと比較した時の、
欧米の素晴らしさを単純に賛美しているような側面があって、
これを素直に全て事実として受け取って良いものなのかと、
懐疑的になる部分もあります。

そんな訳で、
不用意に観るにはちょっと危険も感じる映画で、
単純に良かったとか悪かったとかとは言いにくいのですが、
問題作であることは確かで、
興味のある方には鑑賞をお勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「PLAN 75」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は院長の石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
PLAN75.jpg
新進気鋭の早川千絵監督による社会派映画で、
カンヌ国際映画祭でも注目された作品の、
日本公開の初日に足を運びました。

倍賞千恵子さんが主演を務め、
75歳以上で安楽死を選べる制度が施行された世界を描きます。

これは確かに凄い映画で、
ただならぬ映像表現と役者の熱演が、
凡百のドラマにはない密度と緊張感で画面を覆い、
やや開かれた感じのあるラストのみ、
「おやっ」という感じはあるのですが、
そこまでは強烈な密度で走り抜けます。

ただ、何と言うのか、
物凄く冷徹で冷酷な感じのする作品なんですね。
良くも悪くも作り手の「非情さ」のようなものを強く感じました。
「日本なんてもう手遅れだよ。このまま滅んで行くのさ」
と淡々と感情なく言われているような感じがするのですね。
この映画には日本と対比する形で、
フィリピンのコミュニティーが描かれていて、
そちらはもう素晴らしい、大絶賛という感じなんですね。
でも、実際はそんな単純なものなのかしら?
両方に良いところと悪いところがあるのではないかしら?
その割り切り方と言うのか、あまりに冷徹な姿勢には、
正直モヤモヤするものを感じてしまいました。

これ、1人で生きざるを得なかった女性が高齢になって、
頼る者もなく1人で生きることが徐々に困難になって、
死に追い詰められてゆく、
という話なんですね。
そのままでリアルに成立するお話なのですが、
あまりに絶望的で救いがないので、
そのままでは観ていて息が詰まってしまうんですね。
そこに国が75歳以上の安楽死を制度として運用する、
という虚構を1つ入れることによって、
突っ込みどころを作ることによって、
フィクションとしてのバランスを取っているんですね。
この辺りの計算は本当に巧みだなあ、
という気がします。

映画館は8割くらいは、
劇中で安楽死の対象となる年齢の観客だったんですね。
皆真剣にスクリーンを見詰めていて、
それを暗い中で見まわすと、
ちょっとそれだけで息が詰まるような気持ちになります。
スクリーンの中にある風景と、
そのまま地続きで客席が広がっている感じなんですね。

怖いですよね。

でも多分、作り手は、
そうなることを想定してこの映画を作っているんですね。
主役が倍賞千恵子さんというのがまた意味があるんですよ。
観客と同世代で映画の黄金期を生き、
寅さんの永遠の妹であった銀幕のスターが、
スクリーンの中で絶望的な孤独に喘いでいる、
というのが虚構を超えた感銘を持って胸に迫るのです。

これは絶対にDVDや配信では感じられない空気感でしょ。
劇場での映画というものが、
高いレベルで成立しているんですね。
これぞ映画だ、という感慨がある一方で、
その強い終末観のようなものを、
果たして単純に娯楽として鑑賞して良いものなのかどうか、
そんなことすら考えてしまいました。

これは映像で語るタイプの映画ですね。
俳優の言葉より映像で演出するというスタイル。
色々な映像技巧を駆使していますよね。
オープニングは室内の長回しでフォーカスをぼかして、
床を何かが擦る音だけで見せるんですね。
これ、ヨーロッパ映画みたいなセンスですね。
すぐにヴィスコンティを想起しました。
ホテルの清掃の女性が仕事中に倒れるのも、
ホテルの部屋のみを映した長回しで、
何かが倒れる音で表現するのは、
一時期黒沢清監督が得意にした手法ですよね。
老人がこちらを向いて手を振るのは、
小津安二郎にもある日本映画の古典的な構図ですね。
座った後ろ姿だけで感情を見せるのは、
山中貞雄の有名なカットでしょ。
この映画はそれ以外にも、
「人情紙風船」を彷彿とさせるところがありますし、
後半で叔父と甥とが車で道行に至るのは、
明らかに「楢山節考」をなぞっているんですね。
それでラストは、
「太陽が俯瞰でバーン、後ろ姿で歌で音楽」という、
河瀨直美さん的エンディングが用意されています。
途中で演技していた河合優実さんが、
急に訴えるように正面を向く、
という禁じ手も使っています。

ともかく非常に盛沢山でシネフィル全開なのですが、
それが統一感を持って1つの映像表現として完成している、
という点がこの映画の高度なところです。

ただ、俳優さんは皆素晴らしくて、
特に倍賞千恵子さんはそのキャリアの中でも、
代表作と言っても良い名演技を見せているので、
もう少し嘘っぽくても良いので、
演技で盛り上げるところがあっても良かったのに、
というようには思いました。
この映画においては、
映像の構図の方が、
役者の演技より遥かに雄弁で、
大切なことは俳優には喋らせないで映像に語らせる、
というスタイルであるからです。

そんな訳で、
ラスト以外は殆ど寸分の隙もなく構成された、
映像表現としてはとてつもなく高度な傑作で、
俳優陣の熱演も見事な映画です。
ただ、河瀨直美監督に似たところがありながら、
数段冷酷無比なその作り手の肌触りは、
僕にはちょっと苦手な部分がありました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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