SSブログ

菜食主義は健康的なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
菜食主義と心血管疾患リスク.jpg
2019年のBritishMedicl Journal誌に掲載された、
菜食主義などの食事パターンと心血管疾患リスクとの関連についての論文です。

食事が生活習慣病と関連が強いことは、
これまでの多くの疫学データにおいて確認された事実です。

ただ、病気によってはある食事習慣が、
そのリスクを増やしたり減らしたり、
ということはあるものの、
その個別のデータは結構食い違っているので、
ある食品はAという病気の予防にはなるけれど、
Bという病気にはむしろリスクになる、
というようなこともあって、
その解釈はそう単純ではありません。

代表的な食事習慣として、
菜食主義があります。

菜食主義のダイエットは肉や魚のような、
生き物の肉を食べないというもので、
宗教的なバックボーンなどのあるものもありますし、
単純に趣味嗜好の問題、という性質のものもあります。

また、ヴィーガンダイエット(vegan diet)というダイエットがあり、
これは一種の菜食主義なのですが、
より厳密な考えによっていて、
肉、魚、卵、乳製品は一切摂らない、というものです。
そうなると、蛋白源の主体は、
豆類ということになり、
脂質は植物系の油やナッツから、
ということになります。

こうしたダイエットは純粋に医学的な観点から見た時、
どのような影響や効果があるのでしょうか?

今回の研究はイギリスにおいて、
心血管疾患の既往のない一般住民トータル48188名を、
その食習慣から3つのグループに分けています。

第1群は肉を食べる習慣のある24428名、
第2群は魚は食べるが肉は一切食べない7506名、
そして第3群はヴィーガンダイエットを含む菜食主義者で、
肉も魚も一切食べない16254名です。

18.1年を超える長期の経過観察期間において、
肉を食べるダイエットと比較して、
魚を食べるが肉は食べないダイエット群では13%
(95%CI:0.77から0.99)、
菜食主義群では22%(95%CI: 0.70から0.87)、
虚血性心疾患のリスクは有意に低下していました。

その一方で脳卒中に関してみると、
肉を食べるダイエットと比較して、
菜食主義群では20%(95%CI: 1.02から1.40)、
脳卒中の発症リスクは有意に増加していました。
その大部分は出血性梗塞によるものでした。

このように菜食主義は虚血性心疾患のリスクは低下させる一方、
脳卒中特に出血性梗塞のリスクは増加させる可能性があり、
純粋に医学的見地から考えると、
少し動物性の蛋白も取り入れた食事をした方が、
トータルには健康上のメリットに繋がりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(7)  コメント(0) 

スタチンの肝細胞癌予後改善作用 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
スタチンと肝細胞癌.jpg
2019年のAnnals of Internal Medicine誌に掲載された、
高コレステロール血症の治療薬と、
肝臓の癌のリスクとの関連についての論文です。

B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスの慢性肝炎は、
肝硬変のリスクになると共に、
肝細胞癌のリスクになります。

一旦線維化を伴う状態になると、
その後にウイルスを除去することに成功しても、
肝細胞癌のリスク自体は長期間持続します。

現状その時点での有効な予防法は確立していません。

スタチンはコレステロール合成酵素の阻害剤で、
強力に血液のLDLコレステロール値を低下させる薬ですが、
それに加えて抗炎症作用や一部の癌の増殖抑制作用などが報告されていて、
慢性ウイルス肝炎による肝細胞癌においても、
その発症予防や予後の改善に、
一定の有効性が認められたとする報告があります。

ただ、この作用が全てのスタチンに共通するものなのか、
それとも一部のスタチンのみに認められるものなのか、
そうした点については明確なことが分かっていません。

スタチンには大きく分けると、
水溶性と脂溶性の2種類があります。
今使用されているものの中では、
水溶性スタチンがプラバスタチンとロスバスタチンで、
脂溶性スタチンがアトルバスタチン、シンバスタチン、
フルバスタチン、ロバスタチンです。

今回の研究は国民総背番号制を敷いているスウェーデンにおいて、
63279名のB型もしくはC型肝炎ウイルスによる、
慢性ウイルス性肝炎の患者さんトータル63279名を対象に、
そのうちスタチンを使用開始した8334名を、
年齢などの条件をマッチングさせた8334名と対比させて、
スタチンの使用とその後の肝細胞癌の発症リスクと予後との関連を検証しています。

スタチンはスウェーデンでは、
シンバスタチン、アトルバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチンが、
もっぱら使用されているため、
この4種類が対象となっています。
このうちシンバスタチンとアトルバスタチンが脂溶性です。

算出された10年の肝細胞癌リスクは、
脂溶性スタチンの使用者が8.1%に対して、
非使用者が3.3%で、
脂溶性スタチンの使用はその後の肝細胞癌発症リスクを、
44%(95%CI: 0.41から0.79)有意に低下させていました。
その一方で水溶性スタチンの使用と肝細胞癌リスクとの間には、
有意な関連は認められませんでした。
肝臓関連の死亡リスクについても、
脂溶性スタチンの使用はそのリスクを、
24%(95%CI: 0.50から0.92)有意に低下させていました。

このように今回の疫学データにおいては、
脂溶性スタチンにおいてのみ、
スタチンの使用は慢性ウイルス性肝炎の患者さんにおける、
肝細胞癌のリスクを減少させていました。

そのメカニズムは現時点では明確ではありませんが、
脂溶性スタチンの方が肝細胞への組織移行は、
水溶性スタチンより良く、
それが関連している可能性などが想定されています。

今後そのメカニズムを含め、
肝細胞癌予防におけるスタチンの有効性が、
検証されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

オフィス300「私の恋人」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
私の恋人.jpg
渡辺えり子(旧芸名)さんが、
上田岳弘さんの同題の長編小説を叩き台にしたお芝居を作り、
本人と能年玲奈(旧芸名)さん、小日向文世さんという3人が、
30役以上を演じるという舞台に仕上げて、
明日まで下北沢の本多劇場で上演しています。

3人芝居の体裁ですが、
歌と踊りを含めた女性のアンサンブルが4名と、
キーボードの生演奏が付いています。

芸名変更にお二人とも反対なので、
旧芸名で以下も記載をさせて頂きます。

劇団解散後も精力的に活動をしている渡辺さんですが、
最近の作品はあまり共感が出来ず、
少し遠ざかっていたのが実際です。

今回の舞台も作品としてはあまり上出来とは言えないのですが、
能年玲奈さんをメインとした興行としては、
大成功と言って良く、
彼女の魅力は十全に引き出されていて、
観客の満足度は高かったと思います。
こういうところに、
商売人としての渡辺さんの才覚を見る思いがします。
カーテンコールの様子などを拝見すると、
少し前より何か肩の力が少し抜けた感じで、
「愛すべきおばさん」になっていたのも好ましく感じました。
離婚が良かったのかしら?
失礼なので詮索はしないでおきます。

今回の作品は上田さんの原作があるのですが、
それをそのまま使った場面は、
正直あまり面白くありません。

原始人とナチに殺害されるユダヤ人と現代日本の若者が、
1つの人格の生まれ変わりで、
常に想像上の「私の恋人」を探している、というお話しで、
このシノプシスだけだと、とてもとても面白そうなのですが、
実際に読んでみると、
何かまどろっこしくて頭でっかちの文系ワールドで、
正直読んで時間の無駄だった、
と落胆した小説でした。

これね、「私の恋人」らしき人は白人女性なので、
これを能年玲奈さんがやるのかしら、
ちょっと無理がある気がするな、
と思っていたのですが、
実際の舞台では「私の恋人」を探している青年を能年さんが演じ、
白人女性はアンサンブルのダンサーが、
白い衣装で象徴的に演じる、
という趣向になっていました。

ただ、これは原作のメインキャラが、
きちんと登場しないということなので、
ちょっと無理がありますよね。
それが活かされていたとは思えませんし、
原作を読んでいない方には、
理解は困難であったように思いました。

総じて原作を朗読したりする場面は詰まらなくて、
原作にはない東北の時計屋の一家のお話しがあって、
その部分がかつての渡辺さんの戯曲そのもので、
そちらに関してはとても面白く観劇しました。

2人の兄弟がいて、
兄は夢想家で生活破綻者者の引きこもり。
弟は社会に適応して都会に出て行くのですが、
実は兄の妄想の中に弟は住んでいて、
というような昔懐かしい渡辺さんの世界です。
時計屋の祖父はシベリア抑留でも生き残ったのですが、
8年前の震災で死んでしまって、
その思い出の品が時計屋に保管されているという趣向です。
いいですよね。
昔の作品だと、
大抵実は弟は死んでいて、
兄が引きこもりで死んだ弟を夢想していただけだった、
というようなお話になるのですが、
今回の作品ではそうした仕掛けは明確にはなく、
何かを匂わせる程度で終わっています。

ラストが素晴らしかったですね。

能年玲奈さんが舞台上で衣装を脱いで、
自分がデザインした白いワンピース姿になり、
そこに虹色のコートと帽子をまとって、
時計屋の主人の元を訪れるのです。
「待っていたよ。君は未来の僕だね」
みたいなことを小日向さんが言って、
そのやり取りの後に抒情的な歌になります。

こういうのはノスタルジーの至福ですね。
渡辺さんの作品世界の最高の部分。

それが垣間見れただけでも今回は大満足でした。

ただ、作品は今回レビュー的で散漫でしょ。
場面毎にドタバタと色々な人物を演じるので、
感情の持続が観客の側に生まれないんですよね。
だから、感動も瞬発的で大きくは盛り上がらないのです。
これは小日向さんは研究者と時計屋の主人の2役、
能年玲奈さんは時計屋の弟の1役にして、
他のキャストがにぎにぎしく多くの役を演じ分ける、
という感じにした方が良かったと思います。

ただ、今回は能年さんメインのレビューショーにしたかったんですよね。
それで成功しているので、
仕方がないのかな、という気はします。
作品としては次回に期待。

能年さんは魅力がありますね。
それを引き出した渡辺さんも凄いと感じました。
普通ここまでしないですよ。
歌も歌うし、衣装もあらゆるタイプのものが用意されています。
ただ、役者さんとしては舞台で生きるタイプじゃないですね。
役柄の切り替えも出来ないし、
本来はもっと小劇場的才覚のある人が、
この役はやるべきだったとは思います。
でもね、前述のラストの未来からの訪問の場面など、
存在感が凄いんですよ。
これは小劇場役者には、
とても出せないスターの風格だと思いました。

そんな訳で観ることが出来て幸せな舞台ではありました。

渡辺えり子さんの世界、良かったな、
「風の降る森」とか最高ですよね。
観終わった瞬間にもう一度見たい、と思ったですもん。
ああいうのがまた是非観たいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

三谷幸喜「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
シャーロック・ホームズ.jpg
三谷幸喜さんの新作公演が、
今三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで上演されています。

これは翻訳劇的なスタイルのもので、
ミステリー好きの三谷さんとしては、
その原点の1つと言うべき、
シャーロック・ホームズを取り上げています。

と言っても勿論正攻法のものではなく、
作品として残されているホームズが生まれる前の、
名探偵ホームズの誕生に繋がった一夜の出来事を、
兄マイクロフトとの確執を軸に、
一種の家庭劇として描いた2幕劇です。

登場人物は7人で、
ホームズ役はミュージカルで活躍する柿沢勇人さんですが、
裏の主役と言って良いのは、
ワトソン役の佐藤二朗さんで、
お茶目な感じは残しつつも、
後半になるとシリアスな展開を担います。

問題はその役柄が佐藤二朗さんのキャラと、
フィットしていたかどうか、ということと、
ミステリーの古典をしょぼい家庭劇にしてしまった、
という変化球が、
果たして成功していたかどうか、
と言う点にあるのだと思います。

個人的な感想としては、
両方ともあまり成功ではなかったですね。

佐藤二朗さんは頑張っていたと思いますが、
その持ち味の軽快さや飄逸さが、
却って損なわれたしまった感じがありました。
福田雄一さんの作品に出演する時と比べると、
何か窮屈そうでしたね。

何より問題と思うのがストーリー展開で、
あまりにしょぼくないですか?
お菓子が1つ盗まれただけの事件とか、
クライマックスが延々とカードゲームをするだけ、
というのも、
わざわざ映像まで駆使して何やってるの、
と脱力するような感じがありました。

推理クイズの答えを延々と考える警部とか、
ディテールもあまり弾まないですし、
三谷さんがホームズ談を読み込んでいるのは勿論分かるのですが、
「踊る靴紐」とか、ちょっとセンスを疑います。

最近の三谷さんの作品の傾向として、
今の日本の状況に結び付いた舞台を、
というところはあると思うのです。

今度の如何にも詰まらなそうな(失礼)映画もそうですし、
この作品も主人公のホームズを引き込もりのニートにして、
如何にして引きこもりのニートが、
周囲の協力の元に社会復帰するか、
という物語になっています。

最近三谷さんの作品に、
かつてのようなすれ違いだけで見せる底抜けの笑いや、
ラストになって全てが腑に落ちるような快感がないのは、
そして何より新作のヒットがないのは、
そうした啓蒙的な意識が、
本来の藝術の自由度を、
狭めてしまっているからかも知れません。

それでも、ここまで弾まない詰まらない舞台(あくまで私見です)なのに、
観客は極めて好意的で全てを受け止めて反応し笑い、
客席は大入り満員でチケット入手も困難で、
退場する時の様子を見ても、
「面白かったね」と互いに言い合っているので、
このある種の三谷ブランドの魔法が、
いつまで続くのかには興味が沸くのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

禁煙と心血管疾患リスクとの関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
禁煙と心血管疾患リスク.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
禁煙のその後の心血管疾患リスクへ与える影響を解析した論文です。

喫煙は肺癌などの癌や、
慢性閉塞性肺疾患などの肺の病気、
そして心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患のリスクを増加させ、
その結果として生命予後を悪化させます。

禁煙はそうしたリスクを軽減させることに、
一定の効果のあることも確認されています。

ただ、「禁煙をすると20年で肺は元の状態に戻る」
というような意味の記載を見掛けることがありますが、
これは主に肺癌のリスクについてのデータを元にしています。

2000年のBritish Medical Journal誌に有名な論文があって、
これによると、
60歳で禁煙した場合に、
75歳までの肺癌による死亡リスクが、
しない場合の15.9%から9.9%にまで抑制される、
というような疫学データが示されています。

つまり、こうしたデータから、
60歳の年齢で禁煙することも、
肺癌の予防に一定の意義がある、
ということが示唆されるのです。

しかし、これは基本的に肺癌の死亡に限ったデータです。

喫煙の継続により、
心筋梗塞や脳卒中などの、
心血管疾患のリスクが増加することは、
ほぼ間違いがありませんが、
高齢者におけるそのリスクと、
禁煙の実際的な効果については、
これまでにあまり精度の高い研究結果が存在していません。

以前ブログ記事でもご紹介した、
2015年のBritish Medical Journal誌の論文では、
これまでの25の疫学データをまとめて解析した結果として、
禁煙をしても心血管疾患のリスクはまだ高い状態が続き、
生来の非喫煙者と同じになるのは、
20年くらい経過してからだ、
という結果になっています。

ただ、これは多くの条件の違うデータの寄せ集めですから、
その点の限界はあります。

この問題が意外に重要であるのは、
5年から10年の心血管疾患のリスクの推測が、
生活習慣病の治療指針において、
常に大きな比重を占めているからです。

そのリスクの大小によって、
治療が選択されてしまうのです。

その算定法には多くの種類がありますが、
世界的にも評価されているある方法では、
その時点で喫煙をしていなければ、
禁煙して間もない人でも、
そのリスクは非喫煙者と同じとして、
計算がされていますし、
別の算定スケールにおいては、
禁煙から5年以上経過していれば、
非喫煙者と同等として計算がされています。

しかし、2015年の論文の結果が事実であるとすれば、
その計算スケールは明らかに誤りということになります。

今回の研究では、
アメリカの最も有名な疫学研究である、
フラミンガム心臓研究のデータを活用して、
喫煙者が禁煙をすることによる、
心血管疾患のリスクの推移を検証しています。

その結果、
心血管疾患のリスクは、
喫煙者が禁煙すると5年以内に現在の喫煙者より有意に低下しますが、
非喫煙者と比較すれば高い状態が少なくとも5から10年は続き、
それが非喫煙者と同じになるには、
25年が掛かると推計されました。

このように今回の単独の疫学データの解析において、
これまで考えられていたより長期間、
禁煙後もこそれまでの喫煙の影響が残るという結果の意義は大きく、
今後も知見の積み重ねにより、
現状より正確な心血管疾患リスクの推計が、
なされることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(8)  コメント(0) 

血圧の年齢による変化と認知症リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
血圧の年齢による変動と認知症リスク.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
血圧の経年的な変動と認知症リスクとの関連についての論文です。

中年期(概ね40代から60代前半くらい)における、
高血圧や肥満などの心血管疾患のリスクが、
その後の認知症の発症に結び付いている、
というのは、
これまでの多くの疫学データにおいて、
ほぼ一致した事実です。

ただ70代以上の年齢における血圧値が、
認知症の発症や進行とどのように関連しているのか、
という点についてはまだ一致した結論に至っていません。

そこで今回の研究では、
アメリカの4つの地域において、
登録の時点で45から65歳の一般住民、
トータル15792名を登録し、
24年に渡る長期の経過観察を行なって、
その時点の血圧値と認知症リスクとの関連を検証しています。

血圧値は安静時に2回測定して平均し、
収縮期血圧が140mmHg以上、
もしくは拡張期血圧が90mmHg以上を高血圧と定義し、
収縮期血圧が90mmHg未満、
もしくは拡張期血圧が60mmHg未満を低血圧と定義しています。

登録時点の45から65歳を中年期と定義し、
観察期間の後半、年齢が66歳から90歳での測定を老年期と定義しています。

最終的に解析が可能であった4761名中、
11%に当たる516名が観察期間の後半で認知症と診断されています。

この研究においては、
アルツハイマー型や脳血管性などの、
認知症のタイプの分類はされていません。

ここで中年期から老年期の全期間において正常血圧であった人と比較して、
全期間において高血圧であった人は、
認知症の発症リスクが1.49倍(95%CI: 1.06から2.08)、
中年期では高血圧で老年期には低血圧に移行した人は、
認知症の発症リスクが1.62倍(95%CI:1.11から2.37)、
それぞれ有意に増加していました。
老年期の血圧値には関わらず、
中年期の高血圧はその後の認知症リスクを、
1.41倍(95%CI:1.17から1.71)有意に増加させていました。

このように、
これまでの知見と同じように、
中年期の高血圧は単独でその後の認知症リスクを高めていました。
そして、今回新たな知見として、
中年期は血圧が高く、老年期では低血圧になった人は、
老年期に高い人より認知症リスクが高くなっていました。

何故高齢者の低血圧は認知症のリスクになるのでしょうか?

これは2つの可能性があります。

その第一は認知症の前段階における脳の神経細胞の機能低下が、
何らかのメカニズムにより血圧の低下を招いていて、
それが低血圧の原因になっているのでは、
という考え方です。

この場合低血圧は認知症の原因ではなく、
むしろ結果です。

この考え方を支持する知見として、
これまでにも認知症の症状が出現する前に、
血圧の低下が認められるという報告があります。
また、今回のデータにおいて、
認知症の前段階と思われる軽度認知障害のリスクは、
中年期の高血圧と老年期の低血圧の組み合わせでのみ増加した、
という知見が得られています。

一方で老年期の低血圧が認知症の誘因となっているのでは、
という見解もあります。

高齢者の高血圧治療により、
若い人と同じように血圧を低下させると、
脳の調節機能が低下しているので脳血流が低下し、
それが脳の神経細胞にダメージを与えて、
認知症の進行に結び付くのではないか、
という考え方です。

高齢者で降圧治療をするとむしろ認知症が増えた、
という臨床データがあり、
この知見はこの考え方を支持しています。
ただ、最近の大規模臨床試験であるSPLINT試験においては、
高齢者においても血圧をより低下させた方が、
認知症のリスクも低下した、
という逆の報告もあり、
この点に関してはまだ結論に至っていません。

いずれにしても長期の血圧観察により、
これまでにあまり類のない知見の得られた意義は大きく、
今後このデータの分析や新たな知見の蓄積が、
認知症予防につながることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(8)  コメント(0) 

インフルエンザワクチンの小中学生への有効性(日本の疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
インフルエンザワクチンの小中学生への有効性.jpg
2019年のHuman Vaccines & Immunotherapeutics誌に掲載された、
日本の小中学生に対する季節性インフルエンザワクチンの有効性を、
2シーズンで評価した疫学データの論文です。

宮城県で行われた小児の疫学研究のデータを活用したもので、
東北大学の研究者らによる研究です。

今年も10月から季節性インフルエンザワクチンの接種が、
開始される予定です。

この季節性インフルエンザワクチンの有効性については、
色々な見解があります。

不活化ワクチンでアジュバントも含有しないという性質から、
あまり有効性は期待出来ないのではないか、
という意見がかつては強くありました。
ただ、2009年の所謂「新型インフルエンザ」流行の時には、
流行しているウイルス株から直接ワクチンを作成したので、
日本の調査でも6から7割という非常に高率の有効率を示しました。
この時にはより有効性が高くなることを期待して、
アジュバントを含有するワクチンも製造されましたが、
その効果は実際には通常のワクチンと違いがありませんでした。
一方で変異したウイルスの流行などがあると、
ワクチンの有効性は大きく低下します。

今回の研究では、
2012年から13年と、2014年から15年の2つのシーズンにおいて、
調査地域における小中学生(7から14歳)にアンケート調査を行い、
インフルエンザワクチンの接種歴と、
そのシーズンにおいてインフルエンザと医療機関で診断された履歴を、
比較検証しています。

トータルな対象児童は、
2012から13年シーズンで12742名で、
2014年から15年シーズンで18489名です。
そのうち回答の得られたのは、
2012年から13年シーズンで3912名、
2014年から15年シーズンで3902名でした。
そして、2シーズンとも59%の児童が、
1回以上のワクチン接種を行っていました。

そして、
1回以上のワクチン接種によりインフルエンザの発症リスクは、
2012年から13年のシーズンで23%(95%CI: 0.65から0.92)
と有意に低下していて、
2014年から15年のシーズンでは12%(95%CI: 0.75から1.02)
と低下する傾向は示したものの有意ではありませんでした。

これはインフルエンザ感染自体を確認したものではないので、
データの信頼性は割り引いて考えないといけませんが、
現行のインフルエンザワクチンの接種は、
小中学生において、
6割程度の接種率でも一定の有効性は認められますが、
それは流行ウイルスとのマッチングによって、
かなり差のある効果であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

ダパグリフロジンの心疾患における有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ダパグリフロジンの効果NEJM.jpg
2019年のCirculation誌に掲載された、
新しい糖尿病治療薬の心筋梗塞後の患者さんにおける有効性を、
検証した論文です。

2型糖尿病の飲み薬としては、
メトホルミンが世界的に第一選択薬ですが、
その単独の治療で十分な血糖コントロールが達成されない場合には、
DPP4阻害剤やピオグリタゾン、
SGLT2阻害剤やSU剤などの単独もしくは組み合わせての上乗せが、
治療として考慮されます。

現実的にはこのうちの3剤以上の併用も、
決して稀なことではありません。

これらの薬剤のうち、
現時点で最も新しいのは、
尿へのブドウ糖の排泄を促進する作用を持つ、
SGLT2阻害剤で、
最近血糖値を低下させるばかりではなく、
心血管疾患のリスクの低下や、
生命予後の改善に関する有効性を示すデータが、
複数報告されて非常に注目を集めています。

SGLT2阻害剤には多くの薬剤が存在していますが、
その全てが同じような有効性を確認されている、
という訳ではありません。

最も信頼のおけるデータがあるのは、
エンパグリフロジン(商品名ジャディアンス)で、
次にデータが多いのがカナグリフロジン(商品名カナグル)ですが、
こちらは糖尿病性壊疽が治療群でより多かった、
というような安全上の危惧を感じさせる報告もあります。
ダパグリフロジン(商品名フォシーガ)も広く使用されている薬ですが、
その心血管疾患の予後改善効果は、
今のところ心血管疾患の既往があるような集団でのみ確認されています。

そのダパグリフロジンについての、
大規模臨床試験の結果をまとめた論文が、
2019年1月のthe New England Journal of Medicinen誌に掲載されています。
それがこちらです。
ダパグリフロジンの心筋梗塞後の効果.jpg
この臨床試験においては、
心血管疾患の既往があるかそのリスクのある、
2型糖尿病の患者さんトータル17160名を対象として、
ダパグリフロジンの治療効果を偽薬との比較で検証しています。

その結果、
トータルでは心血管疾患のリスクを、
ダパグリフロジンは有意に低下させませんでした。
ただ、心不全による入院のリスク単独では、
27%(95%CI:0.61から0.88)有意に低下していました。

そこで今回ご紹介する論文では、
同じ大規模臨床試験のサブ解析として、
心筋梗塞を起こした患者さんに絞って検証を行ってます。

その結果、
心筋梗塞の既往のある患者さんは3584名で、
その患者さんに限って解析すると、
ダパグリフロジンの使用はその後の心血管疾患のリスクを、
16%(95%CI: 0.72から0.99)有意に低下させていました。
このリスク低下は、
心筋梗塞の既往のない患者さんでは見られませんでした。

正直これはやや微妙な結果で、
矢張りトータルに見ると、
SGLT2阻害剤の現時点の第一選択は、
エンパグリフロジンかなあ、というようには思いますが、
心疾患や心不全においては、
ダパグリフロジンの有効性がより高いという今回の結果は興味深く、
今後の知見の蓄積を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(7)  コメント(0) 

ビタミンDの高用量のサプリメントの骨への影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ビタミンDの高用量の効果.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
ビタミンDのサプリメントの骨に与える影響を検証した論文です。

ビタミンDというのは、
ビタミンという名前は付いていますが、
実際には身体でも合成されるステロイドホルモンの一種で、
カルシウムの吸収を促進するなど複数の作用を持ち、
健康な骨を産生し維持するのに不可欠な物質です。

その高度の不足があると、
骨軟化症(くる病)という病気になり、
骨の強度は失われて正常な発達も阻害されます。

従って、血液のビタミンD濃度が低下している時には、
適切にビタミンDを補充することは、
骨の健康のために必要な治療であることは明らかです。

それでは、
必ずしも高度の欠乏はないような場合にも、
ビタミンDを補充することは意味があるのでしょうか?

最近の多くの疫学データやメタ解析においては、
概ねあまり有効ではないという結果が多く報告されています。

ただ、使用されているビタミンDの用量はまちまちであるので、
通常の用量では効果はないけれど、
より高用量であれば有効な可能性がある、
という考え方も根強く残っています。

そこで今回の研究では、
カナダの単独施設において、
55から70歳の骨粗鬆症のない一般住民で、
血液の25(OH)Dレベルが30から125nnml/Lの311人を対象として、
本人にも実施者にも分からないように、
くじ引きで3つの群に分けると、
1群は1日400IUのビタミンDのサプリメントを、
2群は1日4000IUのサプリメントを、
3群は1日10000IUのサプリメントを使用して、
3年間の経過観察を行い、
その前後で骨密度と骨強度の測定を行っています。

血液のビタミンDの濃度は、
高度な欠乏や過剰はないレベルに設定されています。
通常欧米では400IU程度が、
サプリメントの通常量として設定されています。
ただ、実際には1000IUや10000IUのものも販売されています。

通常必要量は成人で200IUで充分と考えられていますから、
1000IUというのは明らかに過剰投与である訳です。

ちなみに日本においても、
少し前までは1日100から200IU程度のサプリメントが普通でしたが、
今ではネットなどを見ても、
1日1000IUのものが売れ筋1位になっていて、
輸入のサプリとしては、
1日10000IUのものも平気に売られています。

誰がどういう判断でこうした販売をしているのか、
それとも何も考えていないのか、
はなはだ疑問です。

今回の研究では、
通常の骨塩量のみの測定ではなく、
HR-pQCTという骨の構造を三次元的に解析出来る、
日本でも導入はされているもののまだ一般的ではない、
最新の機器を用いた解析が行われています。

その結果、
1日400IUの通常量のサプリメントと比較して、
4000IUと10000IUのサプリメント使用群では、
橈骨の骨塩量が有意に低下していました。
また、脛骨の骨塩量についても、
10000IU使用群では、
400IU使用群と比較して有意に低下していました。
骨強度の指標については3群で差はありませんでした。

要するにサプリメントとして高用量のビタミンDを摂取すると、
骨の量は増えないばかりか、
むしろより減少してしまう、
というちょっと恐ろしくなるような結果です。

このメカニズムは現時点では不明ですが、
高用量のビタミンDを持続的に使用することは、
骨代謝のバランスを崩し、
むしろ骨形成の抑制に働くという可能性は想定されます。

今回の結果はビタミンDサプリメントの高用量化に警鐘を鳴らすもので、
研究デザインが厳密で使用期間も3年と長いことから、
その結果はより深刻に捉える必要があります。

ビタミンDの使用は、
あくまで骨粗鬆症やカルシウム吸収の低下、
ビタミンD自体の不足を検証した上で行うべきもので、
不必要な使用は逆効果の可能性があることを、
念頭に置くべきではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

サムゴーギャットモンテイブ「NAGISA 巨乳ハンター/広島死闘編」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はもう1本忘れないうちに演劇の話題です。
それがこちら。
サムゴー巨乳ハンター.jpg
劇団員のいない山並洋貴さんの1人劇団、
サムゴーギャットモンテイブのヒット作、
「NAGISA 巨乳ハンター」が、
新たに「NAGISA 巨乳ハンター/広島死闘編」として、
規模を拡大して今日まで上演されています。

これはオリジナルの「NAGISA 巨乳ハンター」が、
2年前に上演されていて、
その時に観ています。
2年前のオリジナルは1時間くらいの中編で2本立ての1本でしたが、
今回はそれを元にして、
よりお話を膨らませて1時間40分ほどの、
1本立て興行として復活させています。
題名は続編のようなのですが、
実際にはリニューアルでの再演です。

巨乳ハンターは、
貧乳のヒロインが巨乳の宇宙人などと戦う漫画ですが、
この作品は副題からも分かるように、
東映の仁義なき戦いとさそりのシリーズがベースになっています。
登場する女性は殆どが貧乳で、
巨乳のヤクザと戦うというへんてこりんな設定です。
今回は個々のキャラの人間ドラマ(と言っても真面目なものではない)と、
時間SF的設定が加わって、
ラストは無限ループのような楽しいクライマックスに帰着します。

間違いなく2年前の初演より面白く、
キャストも充実していて、
皆伸び伸びとふざけているのが素晴らしいのです。

上演場所のシアター711は、
元々映画のミニシアターだったので、
オンボロな割にムードがあり、
今回はそこに小さな回り舞台を配して
(と言ってもただの大きなお盆ですが…)、
それと黒いカーテンという、
最小限の舞台装置で、
お盆を色々なスピードで人力で廻すことにより、
巧みに舞台転換を成立させています。
それを後半になると時間の移動と置き換えるのがクレヴァーで、
ラストはシベリア少女鉄道を観ているようなテイストもありました。
(「残酷な神が支配する」のアレです)

座組は主役の田中渚さんがスレンダーな魅力で素晴らしく、
前回から再登板の巨乳ヤクザの面々も、
迫力押しの楽しい芝居で舞台を支えています。
こちらも再登板の塚田詩織さんは、
前回より演技もこなれていて、
より役柄にフィットしていました。
ただ、さすがに前回のような、
キワドイ観客サービスはありませんでした。

それに加えてコケティッシュで、
アニメから抜け出したような赤猫座ちこさんや、
捕まってしまう劇団員を、
等身大(?)で演じた伊藤貴史さんなど、
今回参加組も個性豊かで楽しめました。

前回も思いましたが、
この個性的な座組を1つにまとめ上げた、
作・演出の山並さんの手腕はなかなかのもので、
猥雑でちょっとエッチでデタラメでエネルギッシュな、
ほぼ理想的な小劇場活劇を成立させていました。

昔、演劇団などが上演していた舞台に、
テイストとしては近いのですが、
クオリティとセンスという面では、
今回の作品の方が数段レベルの高いものでした。

客席は何か誤解をしているのか、
それとも誤解をしていないからそうなのか、
エッチな冴えない中高年の男性が殆どで、
入場前は「止めときゃ良かった」という気分にもさせられたのですが、
入ってみると同化してしまいました。
そう言えば毛皮族も、
かつてエロを売りにしていた時は、
こんな感じの客席でした。

そんな訳で小劇場でしか存在し得ない楽しい舞台で、
久しぶりに小劇場愛に全身を一杯にすることが出来ました。

お好きな方だけのお楽しみです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0)