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高齢者入院時の早期運動療法の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
高齢者入院時の運動療法の効果.jpg
2018年のJAMA Internal Medicine誌に掲載された、
高齢者の急性期入院時に定期的な運動療法を行うことの、
予後への影響についての論文です。

高齢者が短期間にせよ急性の病気で入院すると、
その病気自体は改善して退院となっても、
体力は格段に落ちて、
入院前には簡単に出来た日常生活が困難となり、
認知症も急速に進行することが多いことは、
多くの皆さんが実際に経験されていることだと思います。

入院ということ自体が大きなストレスですし、
毎日の当たり前に繰り返していた動作や習慣が、
短期間にせよ失われることが、
高齢者にとってはその身体能力や認知機能の低下をもたらす、
大きな要因となるのです。

病院としても、
そうした事実は充分理解をしているのですが、
肺炎での入院であれば、
肺炎の治療が優先されますから、
入院による身体機能や認知機能の低下を予防するために、
適切な措置をとるような余裕は、
とてもないというのが実状なのではないかと思います。

それでは、
忙しい診療や看護の中でも比較的実施が可能で、
患者さんの身体能力や認知機能の低下を予防するような、
具体的な方策は何かないのでしょうか?

今回の研究はスペインの単独施設のものですが、
急性の病気で入院した75歳以上の高齢者370名を、
くじ引きで2つの群に分け、
一方は通常の診療を行い、
もう一方はそれに加えて1日2回朝夕に20分ずつ、
歩行やバランス、筋力維持のトレーニングを、
個別の患者の体力に合わせて施行し、
退院時の運動機能や認知機能を比較しています。

その結果、短時間の運動によっても、
退院時の身体機能のみならず認知機能の低下が、
コントロールと比較して有意に抑制されていました。

これは身体運動によって認知機能の低下も予防された、
と言う点が興味深く、
個々の患者さんの身体状況や病状に配慮が必要ですから、
簡単に臨床に導入するということは難しいのですが、
現状有効な手段のないこの問題に対して、
1つの大きな示唆を与える知見ではあるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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SGLT2阻害剤の有害事象(一般臨床の疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
SGLT2阻害剤の有害事象.png
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
今最も注目されている糖尿病の飲み薬の、
有害事象や副作用について解析した論文です。

2型糖尿病の治療において、
最近注目を集めている新薬が、
SGLT2阻害剤です。

この薬は腎臓の近位尿細管において、
ブドウ糖の再吸収を阻害する薬で、
要するにブドウ糖の尿からの排泄を増加させる薬です。

この薬を使用すると、
通常より大量の尿が出て、
それと共にブドウ糖が体外に排泄されます。

これまでの糖尿病の治療薬は、
その多くがインスリンの分泌を刺激したり、
ブドウ糖の吸収を抑えるような薬でしたから、
それとは全く異なるメカニズムを持っているのです。

確かに余分な糖が尿から排泄されれば、
血糖値は下がると思いますが、
それは2型糖尿病の原因とは別物で、
脱水や尿路感染の原因にもなりますから、
あまり本質的な治療ではないようにも思います。

しかし、最近この薬の使用により、
心血管疾患の発症リスクや総死亡のリスクが有意に低下した、
というデータが発表されて注目を集めました。
こうした効果が認められている糖尿病の治療薬は、
これまでに殆ど存在していなかったからです。

2015年のNew England…誌に発表された論文は、
ブログでもご紹介したことがあります。
エンパグリフロジン(商品名ジャディアンス)というSGLT2阻害剤の、
3年間の臨床データを解析したものですが、
偽薬と比較して総死亡のリスクが32%、
心血管疾患による死亡のリスクが38%、
それぞれ有意に低下していました。

2017年の同じNew England…誌には、
今度はカナグリフロジン(商品名カナグル)という、
また別のSGLT2阻害剤の臨床データが報告されています。
ここでは心血管疾患のリスクの高い2型糖尿病の患者さんに、
これも3.5年以上の長期間の観察を行なったところ、
偽薬と比較して心血管疾患による死亡と急性心筋梗塞と脳卒中を併せたリスクを、
14%有意に低下させていました。
ただ、この結果はエンパグリフロジンと比較すると、
少し見劣りがする上に、
臨床試験において糖尿病性壊疽による下肢切断のリスクと、
骨折のリスクが、
カナグリフロジン群で高かった、
という気になるデータも報告されています。

アメリカのFDAの有害事象の登録システムにおいては、
SGLT2阻害剤の使用により、
糖尿病性ケトアシドーシスや急性腎障害、
重篤な尿路感染症、静脈血栓塞栓症、
急性膵炎などが関連する事象として報告されていて、
そうしたリスクの増加が否定出来ません。

こうした有害事象と薬剤との関連を検証するために、
特定の集団に対する臨床試験が複数行われていますが、
重篤な有害事象は頻度としては多くはないので、
通常の臨床試験のレベルでは、
その検証は困難なのが実際です。

今回の疫学データは、
国民総背番号制を取っているスウェーデンとデンマークのもので、
SGLT2阻害剤を新規に開始した17213名を、
年齢などをマッチさせたGLP1阻害剤の新規使用者17213名と比較して、
7つの重篤な有害事象のリスクを比較検証しています。

この場合の7つの有害事象というのは、
糖尿病性壊疽による下肢切断、骨折、急性膵炎、急性腎障害、
重篤な尿路感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、
そして静脈血栓塞栓症です。

2 型糖尿病の治療薬としては、
最近心血管疾患の予後を改善する可能性があるとして、
SGLt2阻害剤とともに取り上げられることが多いのが、
インクレチン関連薬のGLP1アナログですから、
対照としてGLP1アナログを使用しているのです。

使用されているSGLT2阻害剤は、
61%がダパグリフロジン(フォシーガ)、
38%がエンパグリフロジン、
1%がカナグリフロジンとなっています。

解析の結果、
糖尿病性壊疽による下肢切断のリスクは、
SGLT2阻害剤ではGLP1アナログと比較して、
2.32倍(95%CI: 1.37から1.91)有意に増加していました。
罹患率はGLP1アナログが患者1000人当り1.1件に対して、
SGLT2阻害剤では2.7件です。
糖尿病ケトアシドーシスのリスクも、
2.14倍(95%CI: 1.01から4.52)
有意に増加していましたが、
それ以外の5つの有害事象については、
有意なリスクの差はありませんでした。

下肢切断のリスクについては、
下肢の動脈硬化や狭窄などがある場合に、
そのリスクが高くなることが想定され、
サブ解析では実際にそうした傾向は認められましたが、
そうしたリスクの高い事例を除いても、
矢張りそうした傾向は有意に認められていました。

このように今回の検証においても、
糖尿病性壊疽による下肢切断のリスクは、
SGLT2全般において高くなっていて、
今回のデータはダパグリフロジンが主体ですから、
これがトータルなSGLT2阻害剤の傾向であるとは、
まだ断定は出来ませんが、
カナグリフロジンのデータとも併せて考えると、
そのリスクが高まった、
というようには言えそうです。

現状の考え方としては、
SGLT2阻害剤の使用に際し、
下肢の閉塞性動脈硬化症が疑われる事例や、
インスリンの欠乏が高度であるような事例においては、
その使用をより慎重に考慮する必要があるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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野田秀樹「贋作 桜の森の満開の下」(2018年NODA・MAP第22回公演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
桜の森の満開の下.jpg
NODA・MAPの第22回公演として、
遊眠社時代の後期に初演された、
「贋作 桜の森の満開の下」が再演されました。

この作品は坂口安吾の「桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」を原作に、
国造りの神話を描いたもので、
「野田版国性爺合戦」と共に、
野田さんの世界が歴史物に近い世界に変化してゆく、
きっかけともなったお芝居です。
坂口安吾作品と共に、
手塚治虫の「火の鳥鳳凰編」の影響が顕著で、
両腕を切り落とされる火の鳥の主人公の仏師と、
耳男とが合体した時に、
この作品の骨組みが誕生したように推察されます。

初演とその2年後の再演では、
毬谷友子さんが客演していて、
基本的には毬谷さんが夜長姫のイメージとなっています。
2001年に新国立劇場で再演されていて、
この時は今回と同じ深津絵里さんが、
夜長姫を演じています。

その後歌舞伎版が作られて上演され、
今回がオリジナルの17年ぶりの再演、
ということになります。

この作品は初演の時から、
遊眠社のメインキャストは出演していないなど、
プロデュース公演に近い感じの作品でした。
ヒロインが客演の毬谷さんですから、
それほど動ける人ではないので、
いつものドタバタとは一線を画していて、
今にして思うと、
NODA・MAP時代を先触れしていたようにも思います。

正邪2つの顔を持つヒロインに、
主人公の異能の男が翻弄されるという筋立ては、
「走れメルス」にも共通していて、
その屈折と鬼女と化したヒロインを殺してしまう、
という瞬間の静寂が、
野田さんの劇作のおそらく根幹にある感情的な本質です。

ただ、この作品の弱点は、
大和朝廷誕生の政治的な物語と、
主人公2人の屈折した恋愛模様とが、
必ずしも一体化して進行していないことで、
明確な対立関係や段取りなしに、
主人公2人が森を逃げて終わりというのが、
何となく物足りなく感じられます。
「走れメルス」では多重世界の崩壊の引き金が、
少女の嘘と下着泥棒の屈折によって引き起こされるので、
その点はがっちりリンクしていたのですが、
この芝居の王朝絵巻は、
耳男と夜長姫の背景にしか過ぎないものになっているからです。
「桜の森」とは何だったのでしょうか?
それが耳男の心の中でしか意味を持っていない、
と言う点が作品を弱くしているように思うのです。

今回の上演は花吹雪の中での鬼女と耳男の対決など、
ビジュアルの美しさは圧倒的に素晴らしかったのですが、
物語の語り口がゴタゴタしていて、
せっかく明晰なストーリーが、
しっかりと観客に届かないきらいがありました。
最初の耳男と名人のやり取りの切り返しの面白さなど、
かつての遊眠社的なメリハリが皆無であったことは、
仕方のないこととは言え残念には感じました

耳男は今回は妻夫木聡さんでしたが、
この役は野田さん以外の役者さんが演じると、
元々分裂症的なので、
一貫した人格として感じられないのが欠点です。
深津絵里さんは勿論抜群ですが、
正直2001年版の方が凄みがあったように思います。
マナコに古田新太さん、オオアマに天海祐希さんと、
とても豪華なキャストですが、
天海さんはさすがにこの役では、
勿体ないと感じました。
秋山菜津子さんのハンニャや門脇麦さんの早寝姫というのも、
とても勿体ない感じで、
もう少し適材適所であったも良かったように感じました。
豪華であれば良いというものではないからです。

そんな訳で個人的にはそれほど乗れなかったのですが、
野田さんの代表作の1つで、
その細部のクオリティの高さを含めて、
一度観ておかないのはとても勿体ないと、
そう言って間違いのないお芝居ではあります。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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宅間孝行「あいあい傘」(タクフェス第6弾) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後は石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
あいあい傘.jpg
タクフェスは宅間孝行さんのプロデュースユニットで、
現在は主に宅間さんが過去の東京セレソンデラックスで上演したお芝居を、
毎年1から2本多彩なキャストで上演する、
というスタイルが確立されています。

開演前には宅間さんやゲストのサイン会、
物販のじゃんけん大会などがあり、
終演後にはオリジナルのテーマ曲を、
キャスト全員が振り付けで踊り、
一部は写メもOKというようなサービスが、
毎回用意されているのがお楽しみです。

セレソンが解散した2012年以降、
上演されたタクフェスの作品はほぼ全て観ているのですが、
あまり感想を書いていないのは、
個人的には乗り切れない作品が多かったためです。

宅間さんの作品は、
シンプルなクライマックスに落とし込むまでの前半が、
いつも人物関係が複雑であまり目立った事件が起こらず、
単調に流れる傾向があるので、
本筋になる前に疲れてしまい、
クリアな頭でクライマックスまで達することが、
難しかったのが実際でした。

いつも年長の役者さんが1人はいて、
宅間さんとの長い絡みがあり、
そこで一種のアドリブ合戦が展開されるのですが、
そこでグズグズになったテンポが、
その後も後をひいてしまって、
メリハリのない舞台になることも難点でした。

ただ、今回の作品は内容もシンプルで、
人物関係もかなり整理されているので観やすく、
今回ゲストのにぎやかしのモト冬樹さんは、
宅間さんとのアドリブの呼吸も良かったですし、
何よりスムースにシリアスに入る呼吸があったので、
物語に素直に入り込むことが出来ました。

宅間さんの役はもろ寅さんというテキ屋で、
こうした芝居は抜群ですから、
安定して楽しむことが出来ます。

クライマックスは素直に泣けましたし、
そこに焦点を当てたセットと夜店の美しい照明も効果的でした。

そんな訳で今回はタクフェス以降の宅間さんの舞台の中では、
最も楽しむことが出来ました。

これからも頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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気温と死亡との関係(2018年中国の疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
気温と生命予後.jpg
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
気温と死亡との関連についての論文です。

人間は住宅や乗り物、
衣服や装備などの機能を高めることにより、
極寒の地から灼熱の地まで、
幅広い気温の場所で生活しています。

ただ、それでも極寒の低温の場所や、
灼熱の高温の場所での生活は、
健康に様々な影響を与えることは間違いがありません。

したがって、この居住地の気温というものと、
そこに住む人間の健康状態や病気や死亡には、
一定の関連があることもまた間違いはありません。
どんなに防御していても、
凍てついた極寒の地では凍死などは多いでしょうし、
灼熱の砂漠では熱中症による死亡は多いのも確かなことです。

ただ、気温と病気や死亡との関連を、
まとめて解析したような疫学データは、
それほど多くはありません。

今回の研究は中国全土の272の地域において、
その気温と死亡リスクとの関連を検証したものです。

その結果、総死亡においても、
心血管疾患や脳卒中などの個別の病気の死亡においても、
そのリスクは22℃くらいが最も低く、
それを上回っても下回っても、
死亡リスクは増加していました。

そして0℃を下回るような低温においては、
その5日目まで死亡リスクは増加し、
その後は低下に転じていました。
一方で29℃を超えるような高温においては、
その初日においては死亡リスクが増加するものの、
2、3日後には通常の気温と同じに戻っていました。

温度と個々の病気による死亡リスクとの関連を見ると、
29℃を超える高温や0℃を下回る低温よりも、
やや低い気温において、
最もその影響は大きくなると算出されました。

この現象を的確に説明することは困難ですが、
低温の影響は高温より持続することと、
低温の持続が感染症などのリスクを増加させることが、
その一因ではないかと推測されます。

現代のような環境の調節が可能となった社会でも、
実際には気温の与える健康への影響は意外に大きく、
病気の予防という観点からも、
この知見は重要な意味を持っているように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ω3系脂肪酸と健康長寿との関係について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ω3脂肪酸と高齢者の健康.jpg
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
ω3系脂肪酸の血液濃度と健康長寿との関連についての論文です。

動物性の油よりも、
植物性の油の方が健康に良い、
というのはしばしば言われて来たことです。

飽和脂肪酸よりも不飽和脂肪酸が健康に良い、
というような言い方も、
しばしばされてきました。

テレビなどの健康情報では、
サバやサンマに含まれる脂肪酸が、
ダイエットに良いという話題も盛り上がっているようです。

脂肪酸というのは、身体の中の油の総称で、
タンパク質のように窒素は含まず、
炭素と水素、酸素だけからなる、
シンプルな構造物です。
リン脂質や糖脂質、コレステロールやステロイドのような、
脂肪酸から由来する物質も多く、
この中には窒素を含むものもあります。

その大元である脂肪酸は、
二重結合のない飽和脂肪酸と、
二重結合のある不飽和脂肪酸に分かれます。

原子は他と繋がる手を、
決まった数だけ持っていて、
その手がそれぞれ別のものと繋がっているのが、
飽和で、2つの手が同じものと繋がっているのが、
不飽和ということになります。

分子量の大きい「不飽和脂肪酸」は、
その二重結合の位置が端から3番目のものと、
6番目のものとに分かれます。
3番目のものをn-3脂肪酸とか、ω-3系多価不飽和脂肪酸、
などと呼び、
EPAやDHA、α-リノレン酸などはその代表です。
一方で6番目のものの代表は、
リノール酸やアラキドン酸で、
これをおなじように、
n-6脂肪酸やω-6系多価不飽和脂肪酸、
などと呼んでいます。

動物性の脂肪の多くは、
飽和脂肪酸です。
ラードやバターなどはその代表です。

魚や植物油を多く摂るような生活習慣により、
心血管疾患のリスクが減少する、
というような疫学データは多くあり、
その原因として注目されているのがω3系脂肪酸です。

これは具体的には、
主にサバやサンマなどの青身魚の脂に含まれる、
EPA(エイコサペンタエン酸)、DPA(ドコサペンタエン酸)、
DHA(ドコサヘキサエン酸)、
そしてエゴマやアブラナ、ダイズなどの油に含まれる、
植物性油脂のαリノレン酸です。

今回の研究は、
最近のキーワードの1つである健康長寿
(この場合は慢性疾患や認知症、身体が不自由にならずに長生きする、
という意味です)
に対するω3系脂肪酸の血液濃度との関連を検証したもので、
摂取量ではなく血液濃度を検証しているところがポイントです。

アメリカにおける心血管疾患にかかわる疫学データを活用して、
平均年齢74.4歳の2622名の健康長寿である高齢者を観察し、
その血液中のω3系脂肪酸の血液濃度と、
その予後との関連を検証しています。

その結果、
実際には多くの高齢者が、
経過の中で健康長寿ではなくなる訳ですが、
ω3系脂肪酸濃度が高いことは、
健康長寿からの転落を有意に予防していました。
個別の脂肪酸で見ると、
健康長寿の維持に有効であったのは、
EPAとDHAのみでした。

このように血液濃度においてEPAやDHAが高いことが、
健康長寿の1つの因子であることを示唆する所見が得られたことは、
サバやサンマなどの健康信仰を、
より補強するものとは言えそうです。
ただ、サプリメントを使用するような介入試験においては、
このようなクリアな結果は得られていませんから、
EPAやDHAのサプリメントを摂ることが健康に良い、
とは必ずしも言えない、ということも、
同時に確認しておく必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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脳卒中は生活改善でどれだけ予防出来るのか?(UKバイオバンクの解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などに都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
脳卒中と生活習慣.jpg
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
脳卒中の遺伝的リスクと環境要因との関連を検証した論文です。

脳卒中のような心血管疾患は、
遺伝的な体質と生活習慣などの環境要因が、
複合的に関係して発症すると考えられています。

遺伝的な部分については大規模なゲノム解析により、
90種類くらいの1塩基変異が、
脳卒中の発症リスクと関連している、
ということが分かっています。

また、喫煙や高血圧、食事や運動などの生活習慣が、
脳卒中のリスクと一定の関連のあることが、
これも多くの疫学データからほぼ明らかになっています。

それでは、
この遺伝的な体質のリスクと、
生活習慣や治療などで改善可能な因子との間には、
どのような関係があるのでしょうか?

たとえば、禁煙によるその後の影響にも、
遺伝的な素因のあるなしで違いがあるのでしょうか?

そうした点についての疫学的な検証は、
これまであまり行われていませんでした。

そこで今回の研究では、
イギリスの大規模な臨床データとして有名な、
UKバイオバンクの医療データを活用して、
この問題の検証を行っています。

対象は登録時に40から73歳の306473名で、
脳卒中の発症に関連する90種類の点遺伝子多型(SNP)を解析して、
遺伝的な高リスクと低リスクをランク付けし、
健康な生活習慣としては、
非喫煙、健康な食事、運動習慣、体重の適正管理の4つを、
これも良好な生活習慣と、不良な生活習慣にランク付けして、
脳卒中の発症との関連を比較しています。

中間値で7.1年の観察期間中に、
2077件の脳卒中(虚血性梗塞1541件、脳内出血287件、くも膜下出血249件)
が発症していて、
遺伝的なリスクを3分割した時に、
低リスクと比較して高リスク群では、
脳卒中の発症リスクは35%(95%CI:1.21から1.50)
有意に増加していました。
また、好ましい生活習慣を3から4つ維持している群と比較して、
0から1つしか実践していない群では、
脳卒中の発症リスクは66%(95%Ci: 1.45から1.89)
こちらも有意に増加していました。
そして、この遺伝的リスクと生活習慣の差によるリスクは、
互いに関連はなく独立したリスクであることも確認されました。

つまり、生活改善による脳卒中の予防効果は、
その人の遺伝的な素因に関わらず、
同じように有効である、
ということになります。

今後は遺伝的なリスク因子を調整することも、
不可能ではなくなるかも知れませんが、
現状はその効果の確実な4つの生活習慣について、
改善するのが脳卒中予防のためには、
最善の道であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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心筋梗塞の危険因子の性差(UKバイオバンクの解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
急性心筋梗塞リスクの性差.jpg
2018年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
心筋梗塞のリスクの性差についての論文です。

多くの病気には性差、
すなわち性別によるその発症リスクの差が存在しています。
たとえばバセドウ病や橋本病などの甲状腺疾患は、
女性に多い病気として知られています。

心血管疾患の代表的病気の1つである心筋梗塞は、
年齢が50歳代より若い場合には、
女性より男性に多いことが知られています。
ただ、年齢が60歳以上になると、
男女差はあまり明確ではなくなります。

上記文献にある欧米のデータでは、
30から64歳では4から5倍男性に多く、
65から89歳ではそれが2倍程度に縮まると記載されています。

ただ、高血圧などの個々のリスク因子と、
心筋梗塞の性差との間に関連については、
まだあまり明確なことが分かっていません。

そうした点を検証する目的で、今回の研究では、
イギリスのUKバイオバンクという、
世界的に有名な医療情報のデータベースを活用して、
47万人を超える対象者の、
その後の心筋梗塞の新規発症と、
そのリスク因子の性差との関連を検証しています。

その結果、
平均で7年を超える経過観察期間中に、
5081名が心筋梗塞を発症し、女性はそのうちの28.8%でした。
その罹患率は女性では年間1万人当り7.76人で、
男性では24.35人でした。

一般的な心筋梗塞のリスク因子のうち、
高血圧、喫煙、肥満、糖尿病は、
男女ともにその発症と関連していましたが、
年齢が高くなるほどその影響は小さくなっていました。

女性においては、
収縮期血圧の上昇と高血圧、
喫煙と糖尿病は、
いずれも男性より大きな影響を、
その発症に与えていました。

つまり、心筋梗塞は女性より男性に多く発症することは、
間違いがありませんが、
高血圧と喫煙、そして糖尿病というリスクが、
その発症に与える影響は、
実は男性より女性の方が大きいということが分かったのです。

この結果は従来のデータと異なる部分があり、
生活改善の効果について、
男女で異なる可能性があるという知見は、
今後の患者指導などの変更に繋がるものになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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糖尿病の心血管疾患リスクとシスタチンC [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療となります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
シスタチンCと心血管疾患.jpg
2018年のthe American Journal of Cardiology誌に掲載された、
2型糖尿病の予後と腎臓関連の検査値との関連についての論文です。

2型糖尿病の患者さんにとって一番の問題は、
この病気があると、
心筋梗塞や脳卒中などの、
動脈硬化に関わる心血管疾患の発症リスクが、
非常に増加することです。

糖尿病はまた、
慢性腎臓病のリスクでもあって、
3大合併症としての糖尿病性腎症は勿論のこと、
軽度の腎機能低下やその兆候であっても、
独立した心血管疾患のリスクとなって、
患者さんの予後に大きな影響を与えると考えられています。

糖尿病に関わる腎機能低下のマーカーとしては、
通常尿蛋白(特に初期の兆候としてのアルブミン排泄量)と、
血液のクレアチニン濃度から推測した、
糸球体濾過量が使用されています。

このいずれかの異常値を、
その後の腎機能低下や心血管疾患のリスクとしているのです。

しかし、
クレアチニンは筋肉量などの影響を大きく受けるので、
同様の目的で使用されるシスタチンCという指標の方が、
より有益ではないか、という説があります。
また、糸球体ではなく尿細管の障害の指標として、
尿中NGALや尿中KIM-1という検査値があり、
こうした指標の評価はまだ定まっていません。

そこで今回の研究では、
糖尿病治療薬の大規模臨床試験のデータを活用して、
複数の腎障害マーカーと、
2型糖尿病の患者さんの心血管疾患リスクとの関連を検証しています。

対象は登録時点で腎機能低下がなく、
心血管疾患のリスクは高い2型糖尿病患者5380名で、
観察期間中の心筋梗塞、脳卒中、及び心血管疾患による死亡を併せたリスクと、
シスタチンC、尿中NGAL、尿中KIM-1、尿中蛋白との関連を検証しています。

中央値で18ヶ月の観察期間中に、
11.5%に当たる621名が心血管疾患を発症し、
上記4種のマーカーはいずれも推計糸球体濾過量とは独立に、
心血管疾患の発症リスクと有意な関連を持っていました。

そして、全ての腎臓マーカーを併せて解析すると、
血中シスタチンC濃度のみが、
独立した心血管疾患のリスクとなっていました。

要するに他の腎機能低下の指標に、
明らかな異常のない段階であっても、
シスタチンCの上昇が、
その後の患者さんの予後を、
鋭敏に予測していた、ということになる訳です。

これはまだ現時点では仮説の域を出ませんが、
今後シスタチンCという指標が、
糖尿病の予後判定のために、
より重要な役割を担うようになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ショーン・オケイシー「銀杯」(森新太郎演出) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
銀杯.jpg
アイルランドの劇作家ショーン・オケイシーが、
1928年に発表した戯曲が、
森新太郎さんの演出により、
今世田谷パブリックシアターで上演されています。

その初日に足を運びました。

森さんは現在、
翻訳劇の演出家としては日本一だと、
個人的には思っています。

原作に忠実で台詞も恣意的なカットをしませんし、
原作の意図を巧みに今の日本の観客に、
伝えるようなレトリックを持っています。
変な読み替え演出はしませんが、
細部には現代的なセンスが光っています。
役者に無理な芝居をさせないのも好印象ですし、
セットや美術、衣装などの水準も、
いつも非常に高いのです。
何より舞台が色彩豊かで美しく、
この点は地味で暗い雰囲気の舞台が多い、
同年代の他の演出家との明らかな違いです。

ただ、作品の選択はかなりマニアックなもので、
「とてもこんな作品は翻訳して上演しても面白くならないよ」
と思えるような日本の観客向きではない作品を、
敢えて挑戦的に取り上げるようなところがあります。

僕は正直、
もう少し一般受けのする作品も、
上演して欲しいな、というようには思うところです。

今回の作品選択も相当マニアックなもので、
ガチガチの社会変革論者でアイルランド人の劇作家が、
第一次大戦の戦後間もない時期に、
そこに英軍として従軍したアイルランド人の若者の悲劇を、
扱った作品です。

日本人として今取り上げる意義は、
当然ある作品ではあるのですが、
内容は暗くて救いがありませんし、
何より時代背景はわかりにくいのに、
本編には説明がありません。
主人公の青年は戦争で下肢の自由を失い、
恋人も友人もすべてをなくしてしまいますが、
作品の中では屈折して恨みをぶつけるだけで、
光を失ったままに幕が下ります。

形式としては歌芝居で、
同年代に活躍したブレヒトに近いスタイルです。

森さんの演出はこの作品のテーマをくみ取りながら、
意図的に華やかさを重視して演出していて、
1幕の元気な主人公の場面は町の人との合唱が楽しく、
2幕の戦場はマペットを文楽スタイルで操る人形劇のスタイルですが、
ここも人形の衣装など色彩があふれています。
3幕の戦後も華やかなパーティーが背景にあり、
場面の明るさが作品の暗さとバランスをとっています。

この地味で重い作品を、
ここまでストレスなく見せきるのは、
森さんならではの技量だと思います。

役者は皆好演で、
暗いだけの主人公に華のある中山優馬さんを配して、
その暗さへの反発を和らげ、
この規模の舞台では珍しいほど、
歌と踊りのアンサンブルに多くの人数を使っているので、
その点も森さんのセンスを感じました。

僕の大学時代の先輩の青山勝さんも出演されていましたが、
山本亨さんとのタッグで、
「ダブリン市民」をそれらしく演じていて味がありました。

トータルには重くて暗くて地味な芝居なので、
一般向けとは言えないのですが、
上演の意義は十分にあったと思いますし、
森新太郎さんならではの演出が、
楽しめる芝居ではあったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんもよい休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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