ショーン・オケイシー「銀杯」(森新太郎演出) [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アイルランドの劇作家ショーン・オケイシーが、
1928年に発表した戯曲が、
森新太郎さんの演出により、
今世田谷パブリックシアターで上演されています。
その初日に足を運びました。
森さんは現在、
翻訳劇の演出家としては日本一だと、
個人的には思っています。
原作に忠実で台詞も恣意的なカットをしませんし、
原作の意図を巧みに今の日本の観客に、
伝えるようなレトリックを持っています。
変な読み替え演出はしませんが、
細部には現代的なセンスが光っています。
役者に無理な芝居をさせないのも好印象ですし、
セットや美術、衣装などの水準も、
いつも非常に高いのです。
何より舞台が色彩豊かで美しく、
この点は地味で暗い雰囲気の舞台が多い、
同年代の他の演出家との明らかな違いです。
ただ、作品の選択はかなりマニアックなもので、
「とてもこんな作品は翻訳して上演しても面白くならないよ」
と思えるような日本の観客向きではない作品を、
敢えて挑戦的に取り上げるようなところがあります。
僕は正直、
もう少し一般受けのする作品も、
上演して欲しいな、というようには思うところです。
今回の作品選択も相当マニアックなもので、
ガチガチの社会変革論者でアイルランド人の劇作家が、
第一次大戦の戦後間もない時期に、
そこに英軍として従軍したアイルランド人の若者の悲劇を、
扱った作品です。
日本人として今取り上げる意義は、
当然ある作品ではあるのですが、
内容は暗くて救いがありませんし、
何より時代背景はわかりにくいのに、
本編には説明がありません。
主人公の青年は戦争で下肢の自由を失い、
恋人も友人もすべてをなくしてしまいますが、
作品の中では屈折して恨みをぶつけるだけで、
光を失ったままに幕が下ります。
形式としては歌芝居で、
同年代に活躍したブレヒトに近いスタイルです。
森さんの演出はこの作品のテーマをくみ取りながら、
意図的に華やかさを重視して演出していて、
1幕の元気な主人公の場面は町の人との合唱が楽しく、
2幕の戦場はマペットを文楽スタイルで操る人形劇のスタイルですが、
ここも人形の衣装など色彩があふれています。
3幕の戦後も華やかなパーティーが背景にあり、
場面の明るさが作品の暗さとバランスをとっています。
この地味で重い作品を、
ここまでストレスなく見せきるのは、
森さんならではの技量だと思います。
役者は皆好演で、
暗いだけの主人公に華のある中山優馬さんを配して、
その暗さへの反発を和らげ、
この規模の舞台では珍しいほど、
歌と踊りのアンサンブルに多くの人数を使っているので、
その点も森さんのセンスを感じました。
僕の大学時代の先輩の青山勝さんも出演されていましたが、
山本亨さんとのタッグで、
「ダブリン市民」をそれらしく演じていて味がありました。
トータルには重くて暗くて地味な芝居なので、
一般向けとは言えないのですが、
上演の意義は十分にあったと思いますし、
森新太郎さんならではの演出が、
楽しめる芝居ではあったと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんもよい休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アイルランドの劇作家ショーン・オケイシーが、
1928年に発表した戯曲が、
森新太郎さんの演出により、
今世田谷パブリックシアターで上演されています。
その初日に足を運びました。
森さんは現在、
翻訳劇の演出家としては日本一だと、
個人的には思っています。
原作に忠実で台詞も恣意的なカットをしませんし、
原作の意図を巧みに今の日本の観客に、
伝えるようなレトリックを持っています。
変な読み替え演出はしませんが、
細部には現代的なセンスが光っています。
役者に無理な芝居をさせないのも好印象ですし、
セットや美術、衣装などの水準も、
いつも非常に高いのです。
何より舞台が色彩豊かで美しく、
この点は地味で暗い雰囲気の舞台が多い、
同年代の他の演出家との明らかな違いです。
ただ、作品の選択はかなりマニアックなもので、
「とてもこんな作品は翻訳して上演しても面白くならないよ」
と思えるような日本の観客向きではない作品を、
敢えて挑戦的に取り上げるようなところがあります。
僕は正直、
もう少し一般受けのする作品も、
上演して欲しいな、というようには思うところです。
今回の作品選択も相当マニアックなもので、
ガチガチの社会変革論者でアイルランド人の劇作家が、
第一次大戦の戦後間もない時期に、
そこに英軍として従軍したアイルランド人の若者の悲劇を、
扱った作品です。
日本人として今取り上げる意義は、
当然ある作品ではあるのですが、
内容は暗くて救いがありませんし、
何より時代背景はわかりにくいのに、
本編には説明がありません。
主人公の青年は戦争で下肢の自由を失い、
恋人も友人もすべてをなくしてしまいますが、
作品の中では屈折して恨みをぶつけるだけで、
光を失ったままに幕が下ります。
形式としては歌芝居で、
同年代に活躍したブレヒトに近いスタイルです。
森さんの演出はこの作品のテーマをくみ取りながら、
意図的に華やかさを重視して演出していて、
1幕の元気な主人公の場面は町の人との合唱が楽しく、
2幕の戦場はマペットを文楽スタイルで操る人形劇のスタイルですが、
ここも人形の衣装など色彩があふれています。
3幕の戦後も華やかなパーティーが背景にあり、
場面の明るさが作品の暗さとバランスをとっています。
この地味で重い作品を、
ここまでストレスなく見せきるのは、
森さんならではの技量だと思います。
役者は皆好演で、
暗いだけの主人公に華のある中山優馬さんを配して、
その暗さへの反発を和らげ、
この規模の舞台では珍しいほど、
歌と踊りのアンサンブルに多くの人数を使っているので、
その点も森さんのセンスを感じました。
僕の大学時代の先輩の青山勝さんも出演されていましたが、
山本亨さんとのタッグで、
「ダブリン市民」をそれらしく演じていて味がありました。
トータルには重くて暗くて地味な芝居なので、
一般向けとは言えないのですが、
上演の意義は十分にあったと思いますし、
森新太郎さんならではの演出が、
楽しめる芝居ではあったと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんもよい休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。