「わたしは、ダニエル・ブレイク」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた、
ケン・ローチ監督の新作社会派映画を観て来ました。
これは英国社会のセーフティーネットの、
非人間性と胡散臭さを徹底して批判した社会派の映画で、
主張は明確で分かりやすく、
語り口も平明でなめらかです。
主人公は59歳の大工さんで、
心不全(弁膜症性ではなさそう)に罹患して、
一命をとりとめますが、
主治医からは当面仕事をすることを禁じられます。
それで障碍者としての給付を受けようとするのですが、
日本の介護保険の申請のような聞き取りの検査を受け、
「身の回りのことは出来ます」というようなことを言ってしまうので、
給付は降りなくなってしまいます。
それで日本の失業手当のようなものを、
申請するのですが、
今度は求職活動をしないと認められないと言われ、
実際には仕事をすることを禁止されているにも関わらず、
履歴書の書き方の講習を受けさせられたり、
実際に仕事に応募して、
採用されてから「実は働けない」と言って、
相手に激怒されるなどの、
理不尽な仕打ちを受けることになります。
日本でも似たようなことはあるのですが、
主治医が仕事が出来ないという証明をすれば、
失業の給付自体は受けられると思うので、
おそらく仕組みが少し違うのだと思いますが、
何故主治医の方にもっと文句を言わないのか、
というような点については、
観ていても良く分かりません。
また、求職活動をしていないと失業の給付が受けられない、
ということは日本でもあると思いますが、
毎月ハローワークに行けばほぼOK、
という感じのものであったと思うので、
映画のように厳しい審査で締め上げられる、
というような状況はないように思います。
映画はこの主人公の顛末と、
彼を取り巻く人間として、
2人の子供を育てるシングルマザーの女性と、
仕事に就かず一攫千金を狙う黒人の青年などが描かれ、
人間同士が助け合う結び付きの素晴らしさと、
それを踏みにじる官僚主義の冷徹さを描きます。
明快で分かりやすく、面白い映画だと思います。
ただ、1つの主張をやや押し付けるような感じがあり、
その一方で登場人物は聖人君子には描かれていないので、
何となくモヤモヤした部分が残ります。
この映画においては国家の社会保障政策と行政は、
まあ悪の権化のように描かれています。
主人公とそれを取り巻く人々は圧倒的な正義として描かれています。
ただ、主人公にもかなり落ち度があり、
性格的にも偏狭で自分勝手で、
短絡的な思考を持っていることも事実です。
カッとして役所の壁に埒もない落書きを書きなぐり、
警察から厳重注意を受けたりもするのですが、
それをある種の英雄的な行為のように描いています。
しかし、こんなものが英雄的な行為でしょうか?
色々な見方があると思いますが、
ただの無意味な迷惑行為のようにしか、
個人的には思えませんでした。
要するに複雑で人間的な人物を描いているのに、
作品の構成としてはその人物が絶対の正義になっているので、
観ていてモヤモヤしてしまうのです。
政治的な主張を持つ映画にありがちの欠点ではないかと思いました。
同じストーリーであっても、
もう少し複雑な味わいで、
一方に決めつけるような結論がない方が、
色々な感想の余地を残して個人的には好みです。
そんな訳で個人的にはあまり乗れなかったのですが、
映画というのはこうした政治的な側面を多分に持つものでもあり、
そうした映画としては、
ケン・ローチ監督の執念を見る思いもあり、
イギリスの社会保障の状況を知るという興味もあり、
決して観て損というようには感じませんでした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で、
午前中は石田医師が外来を担当し、
午後は石原が担当する予定です。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた、
ケン・ローチ監督の新作社会派映画を観て来ました。
これは英国社会のセーフティーネットの、
非人間性と胡散臭さを徹底して批判した社会派の映画で、
主張は明確で分かりやすく、
語り口も平明でなめらかです。
主人公は59歳の大工さんで、
心不全(弁膜症性ではなさそう)に罹患して、
一命をとりとめますが、
主治医からは当面仕事をすることを禁じられます。
それで障碍者としての給付を受けようとするのですが、
日本の介護保険の申請のような聞き取りの検査を受け、
「身の回りのことは出来ます」というようなことを言ってしまうので、
給付は降りなくなってしまいます。
それで日本の失業手当のようなものを、
申請するのですが、
今度は求職活動をしないと認められないと言われ、
実際には仕事をすることを禁止されているにも関わらず、
履歴書の書き方の講習を受けさせられたり、
実際に仕事に応募して、
採用されてから「実は働けない」と言って、
相手に激怒されるなどの、
理不尽な仕打ちを受けることになります。
日本でも似たようなことはあるのですが、
主治医が仕事が出来ないという証明をすれば、
失業の給付自体は受けられると思うので、
おそらく仕組みが少し違うのだと思いますが、
何故主治医の方にもっと文句を言わないのか、
というような点については、
観ていても良く分かりません。
また、求職活動をしていないと失業の給付が受けられない、
ということは日本でもあると思いますが、
毎月ハローワークに行けばほぼOK、
という感じのものであったと思うので、
映画のように厳しい審査で締め上げられる、
というような状況はないように思います。
映画はこの主人公の顛末と、
彼を取り巻く人間として、
2人の子供を育てるシングルマザーの女性と、
仕事に就かず一攫千金を狙う黒人の青年などが描かれ、
人間同士が助け合う結び付きの素晴らしさと、
それを踏みにじる官僚主義の冷徹さを描きます。
明快で分かりやすく、面白い映画だと思います。
ただ、1つの主張をやや押し付けるような感じがあり、
その一方で登場人物は聖人君子には描かれていないので、
何となくモヤモヤした部分が残ります。
この映画においては国家の社会保障政策と行政は、
まあ悪の権化のように描かれています。
主人公とそれを取り巻く人々は圧倒的な正義として描かれています。
ただ、主人公にもかなり落ち度があり、
性格的にも偏狭で自分勝手で、
短絡的な思考を持っていることも事実です。
カッとして役所の壁に埒もない落書きを書きなぐり、
警察から厳重注意を受けたりもするのですが、
それをある種の英雄的な行為のように描いています。
しかし、こんなものが英雄的な行為でしょうか?
色々な見方があると思いますが、
ただの無意味な迷惑行為のようにしか、
個人的には思えませんでした。
要するに複雑で人間的な人物を描いているのに、
作品の構成としてはその人物が絶対の正義になっているので、
観ていてモヤモヤしてしまうのです。
政治的な主張を持つ映画にありがちの欠点ではないかと思いました。
同じストーリーであっても、
もう少し複雑な味わいで、
一方に決めつけるような結論がない方が、
色々な感想の余地を残して個人的には好みです。
そんな訳で個人的にはあまり乗れなかったのですが、
映画というのはこうした政治的な側面を多分に持つものでもあり、
そうした映画としては、
ケン・ローチ監督の執念を見る思いもあり、
イギリスの社会保障の状況を知るという興味もあり、
決して観て損というようには感じませんでした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。