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タウリンのミトコンドリア病に対する効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
タウリンのMERASへの効果.jpg
2018年のJ Neurol Neurosurg Psychiatry誌に掲載された、
遊離アミノ酸で二日酔いに効くなどとして、
ドリンク剤などにも含まれているタウリンに、
難病のミトコンドリア病の1つに対する治療薬としての有効性がある、
という内容の論文です。

この臨床試験結果などにより、
大正製薬のタウリン散が、
2019年2月21日にミトコンドリア病の1つである、
ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)の、
脳卒中発作の抑制の効能・効果が、厚労省により承認されました。

ミトコンドリアは、
身体のエネルギー産生に必要不可欠な役割を果たしている、
細胞小器官で、
その異常により起こる病気が、
ミトコンドリア病です。

ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)は、
このミトコンドリア病の1つで、
ミオパチー、脳症、乳酸アシドーシス、脳卒中様発作がその特徴的症状です。
脳卒中様の発作を繰り返すことにより、
その病状の悪化に繋がると考えられています。
その90%以上はミトコンドリアのロイシン転移RNA遺伝子の、
点変異が原因であることが分かっています。
この変異があると、
ミトコンドリア遺伝子の特定の部位に、
タウリンが結合することが出来ず、
そのためにミトコンドリアの蛋白合成が正常に起こりません。
ただ、ここに大量のタウリンが投与されると、
ミトコンドリア遺伝子にタウリンが結合しやすくなり、
それが病状の改善に繋がると想定されます。

今回のタウリンの第3相臨床試験においては、
10名のMELASの患者さんに対して、
体重40キロ以上で1日12グラムという、
比較的大量のタウリンを52週間継続的に使用したところ、
使用前の観察期間と比較して、
脳卒中様発作が6名では使用期間中完全に抑制され、
8人においては使用前と比較して50%以上抑制されました。
トータルで使用前には年間2.22回の発作回数が、
使用後には0.72回に減少していました。

例数が少ないのは元々稀少疾患であるからで、
この結果はかなり画期的なものと言って良いと思います。

特定の遺伝子変異による病気が、
食品にも含まれる成分の補充で、
劇的に改善するという結果は大変興味深く、
他の疾患の病態解明にも繋がることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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軽度認知障害へのコリンエステラーゼ阻害剤は逆効果? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アルツハイマー初期の薬物療法の有効性.jpg
2019年のAlzheimer Disease and Associated Disorders誌に掲載された、
軽度認知障害(MCI)や軽度のアルツハイマー型認知症に対する、
コリンエステラーゼ阻害剤治療の有効性を検証した論文です。

有効でないばかりか有害である可能性すらある、
というかなりショッキングな結果です。

ドネペジル(アリセプト)などのコリンエステラーゼ阻害剤は、
アルツハイマー型認知症の治療薬として、
その有効性は確立して幅広く使用されている薬です。

その有効性は認知症症状の進行を緩やかにして、
意欲低下を改善し、
問題行動にも一定の有効性が期待出来る、
とされています。

それでは、このタイプの薬を開始する、
最も適切なタイミングはどのような時でしょうか?

認知症という診断は確定しているけれど、
まだそれほど進行はしていない、
軽度から中等度の時期が、
おそらくは適切であろうと考えられています。

それでは、今後認知症に進行する可能性が高いけれど、
まだ認知症とは診断されない、
軽度認知障害(MCI)と呼ばれる時期に、
この薬を開始することは意味のあることでしょうか?

それについては、
まだ明確な結論が出ていません。

普通に考えると、
より早期に治療を開始した方が、
進行をそれだけ遅らせることが出来るので、
より有効であるように思います。

ただ、実際には軽度認知障害の時期に薬を開始した臨床試験では、
あまり明確な有効性が確認されていません。
一部有効であったとする報告はあるものの、
例数が少ないなどデータの信頼性はそれほど高いものではなく、
相反するような報告もあるからです。

そこで今回の研究では、
アメリカの専門医療機関において、
多数例の認知症の臨床データを解析し、
軽度認知障害もしくは軽度のアルツハイマー型認知症で、
コリンエステラーゼ阻害剤を使用した場合とそうでない場合とで、
その後の認知機能低下の進行を比較検証しています。

この場合の軽度の認知症というのは、
CDRという簡便な臨床評価基準があって、
その0.5から1点の範囲で定義されています。
これは0点は認知症の明らかな症状のない状態で、
1点というのは記憶については、
軽度の物忘れが常にあるような状態のことを指しています。

軽度認知障害もしくは軽度アルツハイマー型認知症の、
2242名を対象として検証したところ、
軽度認知障害群944名中34%に当たる322名と、
軽度アルツハイマー型認知症群1298名中72%に当たる932名が、
コリンエステラーゼ阻害剤を使用していました。

治療後の経過を比較したところ、
軽度認知障害と軽度認知症のいずれにおいても、
コリンエステラーゼ阻害剤治療群の方が未治療群より、
認知機能のその後の低下が強く認められました。

つまり、
認知症の早期に治療を開始すると、
むしろ認知症の進行が早くなるという、
ちょっとショッキングな結果です。

このデータは介入試験のような前向き試験ではないので、
たまたまそうした結果が出ただけで、
認知症の自然経過の違いを、
見ているだけという可能性もあります。

ただ、
軽度認知障害の段階でコリンエステラーゼ阻害剤を使用することは、
逆効果である可能性もあるという今回の指摘は、
医療者としては深刻に受け止める必要があり、
コリンエステラーゼ阻害剤はどのようなレベルの認知症の患者さんに、
どのような方法で用いることが最も適切であるのか、
今後より詳細な検証が必要であることは、
間違いがないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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フィナステリドによる前立腺癌予防の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療の予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
フィナステリドの長期有効性の解説.jpg
2019年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載されたレターですが、
フィナステリドという前立腺における男性ホルモン作用の抑制剤の、
前立腺癌予防効果を検証したものです。

フィナステリド(プロペシア)は、
5α還元酵素Ⅱ型の阻害剤で、
組織における男性ホルモンの作用をブロックすることにより、
日本では現状脱毛症の治療薬として使用されています。
一方で欧米においては、
脱毛症より多い用量を用いて、
前立腺肥大症の治療薬として使用されています。

前立腺の組織は男性ホルモンの刺激により増殖するので、
フィナステリドは前立腺肥大を改善し、
前立腺を縮小する効果があります。
前立腺癌も男性ホルモン反応性であるので、
フィナステリドを継続使用することにより、
前立腺癌の予防効果があるのではないか、
という可能性が推測されます。

それを検証した臨床試験が行われ、
その結果が2003年のNew England…誌に掲載されました。
それがこちらです。
フィナステリドの長期有効性2003年論文.jpg
この55歳以上の18882名を登録して開始された、
大規模な臨床試験の結果によると、
7年間の経過観察でフィナステリドは、
前立腺癌の発症率を24.8%有意に低下させていました。

しかし、その一方でグリソンスコアで7点以上という、
悪性度の高い癌に関しては、
その比率がフィナステリド群で増加していました。

この試験はその後も経過観察が継続され、
トータルで18年間の観察結果をまとめた報告が、
2013年のNew England…誌に再度掲載されました。
それがこちらです。
フィナステリドの長期有効性2013論文.png
18年間の観察において、
フィナステリドの使用により、
前立腺癌と診断されるリスクは、
相対リスクで30%有意に低下していました。

これを悪性度の高い前立腺癌のみで検証すると、
フィナステリド群で17%その発症リスクは有意に増加していました。

ただ、前立腺癌の診断後の生存期間を比較すると、
フィナステリド群と偽薬群とで有意な差は認められませんでした。

今回のレターでは、
米疾病対策センター(CDC)の医療データを活用して、
同じ臨床試験参加者の生命予後を確認しています。
こちらをご覧下さい。
フィナステリドの長期有効性の表.png
中央値で18.4年の観察期間において、
前立腺癌による死亡のリスクは、
有意差はないもののフィナステリド群で25%低下していて、
その悪性度にも明確な差は認められませんでした。

それを図示したものがこちらになります。
フィナステリドの長期有効性の図.jpg

このように今回の長期間の検証において、
フィナステリドを使用することにより、
一定の前立腺癌の予防効果(30%程度)があり、
長期的に見てそれが前立腺癌による死亡リスクを、
有意差はないものの25%程度減少させていることが確認されました。
確かに悪性度の高い癌が見つかる率は高くなるのですが、
それは生命予後には影響を与えるものではありませんでした。

この結果をどのように考えるのかは、
難しいところですが、
前立腺癌の検診の有効性が揺らいでいる現在、
リスクの高い集団に対して、
予防的にフィナステリドを使用することも、
1つの方針として検討に値することは事実で、
今後そのコスト面を含めて、
検証の進捗を待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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2型糖尿病の検査値の季節変動(日本の大規模臨床データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
糖尿病患者の検査値の季節変動.jpg
2019年のDiabetes Care誌に掲載された、
2型糖尿病の患者さんの検査値の季節変動についての論文です。

これは糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)の臨床データを用いた研究です。

このJDDMというのは、
特定の糖尿病データ管理祖ストを導入している、
全国の糖尿病を専門とする医療機関が、
そのデータを集積して解析し、
多くの臨床研究を行っている団体です。

東京都では7つの医療施設のみが参加していて、
そのうちの2カ所は大学病院で、それ以外はクリニックです。
北海道などは多くのクリニックが参加している一方、
長野県では1カ所のクリニックのみが参加しているといった感じで、
全国規模の組織であるのは事実ですが、
自由に専門医療機関が参加出来る、
という感じのものではなく、
施設の分布にもかなりばらつきはあるようです。

ただ、日本でこれだけまとまった、
2型糖尿病の一般臨床の大規模データは他には存在せず、
非常に貴重なものであることは間違いがありません。

糖尿病の患者さんの血糖値や、
その1から2ヶ月のコントロールの指標であるHbA1c値が、
冬に高く夏に低くなるということは、
これまでに多くの報告があり、
このブログでも2009年の世界規模のデータを解析した論文を、
ご紹介したことがあります。

その論文では世界各地のデータを検証した結果として、
気温の変動が血糖値に影響を与える可能性が高い、
という結論になっていました。

今回の研究では、
JDDMの大規模な臨床データを用いて、
糖尿病の治療における検査目標の達成率が、
季節によりどのように変動するのか、
という視点でこの問題の解析を行っています。

対象となっているのは、
日本全国で治療を継続している、
2型糖尿病の患者トータル104601名で、
HbA1c、血圧、そしてLDLコレステロール値が、
どれだけ適切な治療目標に達していたのかを、
季節毎に検証しています。

治療の目標値としては、
HbA1c値が7%未満、血圧が130/80未満、
LDLコレステロールが100mg/dL未満が採用されています。

その結果、
最終的にデータが揃っていて解析されたのは4678名で、
3つの検査指標のいずれもが、
夏より冬が高いという季節変動を示していて、
その目標達成率は、
HbA1cが夏が53.1%で冬が48.9%、
収縮期血圧が夏が56.6%で冬が40.9%、
LDLコレステロールが夏が50.8%で冬が47.2%となっていました。

まあ気温が低くなる時期に血圧が上昇するのは、
まあ当然と言えなくもありません。
HbA1c値とLDLコレステロール値も冬に高くなるという数値の変動は、
興味深いのですが、
以前のデータの解釈は低温が原因というニュアンスでしたが、
今回の検証では冬場に運動量が減り、
食事も偏りやすいなどの環境要因が、
データの悪化に繋がっているのではないか、
というニュアンスの解釈となっています。

気温の低下する冬は心血管疾患のリスクも高くなる季節でもあり、
夏と冬の糖尿病治療は、
その特性を理解した上で別個に考える必要があるのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ファースト・マン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日なのでクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ファースト・マン.jpg
「セッション」「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督が、
今度はアポロ計画と最初の月着陸という、
アメリカの過去の夢の時代を、
徹底したドキュメンタリータッチで描いた作品が、
今ロードショー公開されています。

アポロ計画については「アポロ13」もありましたし、
宇宙旅行自体はさんざん映像化されているので、
何を今更という気がしないでもありません。
アポロ13号はミッション中にあわやという事故があって、
そこから生還したというドラマがありますが、
今回描かれたアポロ11号は最初の月面着陸という意義はあっても、
特にトラブルなく成功しているので、
あまり盛り上がるドラマにはならないのでは、
というようにも思えます。

ただ、物語はアポロ11号に至るまでの、
多くの犠牲者を出したアポロ計画の黎明期に、
むしろ主眼があり、
死屍累々という感じの計画の紆余曲折には、
事実だからこその凄みがあります。

その上で、主人公のニール・アームストロングが、
病気で幼い娘を失っているという逸話から、
1つの家族のドラマとして集束させています。

僕の大好きな「コンタクト」に似た味わいがありますし、
好みはありますが、個人的には好印象でした。

この作品は演出に特徴があり、
オリバー・ストーン監督に似たドキュメンタリータッチと、
目まぐるしい編集、
まるで実際に体験しているような主観的映像が、
巧みに構成されています。
単純に主観的映像というようなものではなく、
かなり複雑で高度な処理がされていると感じました。
宇宙の表現はリアル一辺倒ではなく、
「2001年宇宙の旅」がかなり意識的に引用されて、
彼方への希求という作品のテーマを表現しています。
しかも、通底音には叙情的な家族劇の水分があり、
所々に差し挟まれたロマンチックとも言える描写と、
抑制的で叙情的な音楽、
台詞や説明を最小まで絞った作劇も含めて、
1つの独自の世界を作り上げている点が、
さすがだと感じました。

社会的なテーマでもあり、
その要素も差し挟みながら、
物語自体はそうしたこととは無関係で、
別の次元のフィクションとして成立している点が、
個人的にはとても心地よく、
僕好みの映画でした。

端的に言えば、これは「死と家族」を描く映画で、
月とは死後の世界のことで、
そこで主人公は死んだ娘と出会い、
最後は生の世界に帰還しようとして、
ガラス1枚隔ててまだ戻れずに終わるのですが、
それを「コンタクト」のように幻想的に描くのではなく、
リアリズムで描いたところに趣があると思うのです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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シベリア少女鉄道「いつかそのアレをキメるタイム」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が外来を担当し、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
シベリア少女鉄道2019.jpg
大好きな異能の小劇場、シベリア少女鉄道の新作公演が、
今週の火曜日まで赤坂RED/THEATERにて上演されました。

この劇団の公演はネタバレ厳禁の性質のものなので、
上演が終わってから記事にするようにしています。

さて、今回の公演は、
池井戸潤さん原作のテレビドラマが元ネタで、
それを手探りで演じるいつもの役者さん達が、
ある特定の役割を果たそうと、
演技はそっちのけで競争を繰り広げる、
という話です。

いつもながらの他にない独自の世界ですが、
以前と比べると役者さんの演技レベルが、
非常に高くなっているので見応えがあります。

ただ、ラストは最近やや予定調和的になる傾向があり、
今回もラストのオチは、
あまりにベタ過ぎて脱力する感じがありました。

以前のもっとラジカルな時代には、
話がメタフィクション方向に走り出すと、
予想外に物語は拡散し、
ラストには世界の終わりのような虚無が待っていたのですが、
最近はそうした怖さを感じさせるような逸脱はなく、
予定調和的なオチに集束する感じがあるのが、
ちょっと物足りない点ではあるのです。

それはおそらく、
以前よりも主宰の土屋亮一さんに心の余裕があるからで、
それは土屋さんにとっては良いことだとは思いつつも、
もっと先鋭で破れかぶれででたらめな世界も、
笑いと恐怖が背中合わせの世界も、
また見てみたいという切実な思いもあるのです。

それはもう唯一無二の世界であったからです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の予後比較 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
レビーとアルツハイマーの予後比較.jpg
2019年のAgeing Research Reviews誌に掲載された、
認知症のタイプによる予後を比較した論文です。

認知症の中で最も多いのは、
国内外を問わずアルツハイマー型認知症ですが、
特徴的な幻視やパーキンソン症状などを特徴とし、
脳の組織においてレビー小体という特徴的な所見のある、
レビ-小体型認知症は、
アルツハイマー型認知症に次ぐ診断頻度を持っています。

このレビー小体型認知症の生命予後が、
アルツハイマー型認知症より悪いのではないか、
という見解は以前よりあり、
それを示唆する疫学データも発表されていますが、
否定的な結果も報告されていて、
一定の結論には至っていません。

レビー小体型認知症の確定診断は、
患者さんの死後に脳を解剖しないといけないので、
多数例のデータは得られにくいですし、
臨床症状からの診断も、
適切に行われれば一定の信頼性はあるものですが、
診断基準が変化しているなどの事情もあって、
複数のデータを比較しにくいという欠点があります。

今回のデータは、
これまでの主だった臨床データをまとめて解析することにより、
この問題の現時点での検証を行ったものです。

これまでの11の臨床研究の、
トータル22952名の認知症患者のデータをまとめて解析したところ、
そのうちの20923名はアルツハイマー型認知症で、
2029名はレビー小体型認知症でした。
これはレビー小体型認知症については、
臨床診断によるものです。

両者の予後を比較したところ、
その診断後アルツハイマー型認知症の患者は、
平均で5.66年(SD±5.32)で死亡したのに対して、
レビー小体型認知症では、
診断後平均で4.11年(SD±4.10)で死亡していました。
死亡リスクはアルツハイマー型認知症と比較して、
レビー小体型認知症では1.35倍(95%CI: 1.17から1.55)有意に増加していました。

前述のように、
レビー小体型認知症の診断はばらつきのあるものなので、
今回の結果のみでレビー小体型認知症の生命予後が、
アルツハイマー型認知症より低いと、
断じることは危険ですし、
これはあくまで過去の治療水準によるものですが、
仮に両者に差があるとすれば、
それは病態の差によるものなのか、
それとも環境要因や治療の差によるものなのか、
今後より詳細な検証を行うことにより、
両者の予後の改善に、
結び付くことを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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重症のインフルエンザに対する早期タミフル治療の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
タミフルのタイプ毎の有効性.jpg
2019年のClinical Infectious Diseases誌に掲載された、
重症のインフルエンザに対するオセルタミビル(タミフル)の有効性についての論文です。

インフルエンザには、
現在複数の治療薬が日本では使用可能ですが、
世界的にその有効性が確認されているのは、
オセルタミビル(タミフル)のみです。

現状多くのガイドラインにおいて、
肺炎などで重症化したインフルエンザや、
基礎疾患があって重症化の可能性が高い場合には、
症状出現後48時間以内に、
オセルタミビルの治療を開始することが推奨されています。

しかし、その根拠はそれほど確かなものではありません。

これまでに無作為介入試験のような、
精度の高い臨床試験において、
オセルタミビルの使用が生命予後に与える影響が、
確認されたことはありません。

ただ、集中治療室に運ばれるような重症の患者さんを、
くじ引きで治療と未治療に分けるというような方法は、
実際には倫理的に困難です。

そこで事例を集めて比較するような臨床研究になるのですが、
現状それほど精度の高いデータが多くはなく、
その結果もまちまちであるのが実態です。
また、インフルエンザには複数のタイプがありますが、
多くのこの分野のデータは、
2009年に発生したインフルエンザA/H1N1pdm09を対象としていて、
それ以外のタイプに対する有効性のデータは、
極めて限られています。

今回の研究はギリシャにおいて、
インフルエンザと診断されて集中治療室に入室し、
人工呼吸器の装着に至った18歳以上の患者で、
オセルタミビルによる治療が施行された1330名を対象として、
オセルタミビルの使用が症状出現後48時間以内に開始された場合と、
それ以降に開始された場合とを比較検証しています。

対象となった1330名中、
46.8%に当たる622名が、
集中治療室において死亡しています。

インフルエンザの型をA香港型(H3N2)、A型(H1N1pdm09)、
そしてB型の3つに分けて検証したところ、
A香港型においては、
発症2日以内のオセルタミビル治療は、
それ以降に開始した場合と比較して、
集中治療室における死亡のリスクを、
相対リスクで31%(95%CI: 0.49から0.94)有意に低下させていました。
生存した患者のみでの検証では、
早期のオセルタミビル治療は、
集中治療室の入院日数を1.8日(95%CI: 0.5から3.5)、
これも有意に短縮させていました。

しかし、この死亡リスクの低下は、
A型(H1N1pdm09)とB型のインフルエンザにおいては、
有意には認められませんでした。

今回の検証においては、
A香港型に起因する重症のインフルエンザ感染症に限って、
発症2日以内のオセルタミビルの使用は、
有意に患者さんの生命予後を、
改善するという可能性が示唆されました。

オセルタミビルの治療効果については、
あまり明確な結論が出ていませんが、
今回の比較的大規模な臨床データにおいて、
一定の生命予後改善効果の得られた意義は大きく、
本当にウイルス型による治療効果の違いがあるのか、
という点を含めて、
今後更なる検証が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新薬イメグリミンは糖尿病治療の切り札か? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
イメグリミン.jpg
2015年のDrugs R D誌に掲載された、
糖尿病の新薬についてのそれまでの知見をまとめた総説です。

その薬の名前がイメグリミン(imeglimin)です。

イメグリミンはこれまでにないメカニズムを持つ、
糖尿病治療のブレイクスルーになることを期待されている新薬で、
飲み薬ですが、
今のところ2015年以降はあまりめぼしい論文が発表されていません。

フランスのポクセル社の開発品で、
日本では大日本住友製薬と提携し、
現在日本でも第3相の臨床試験が施行されているところです。

イメグリミンは複数の作用により、
糖尿病を改善する薬です。

2型糖尿病の主な病態は3種類あります。

ブドウ糖を細胞が利用する時に必要なホルモンである、
インスリンの不足と、
インスリンの効きが悪くなること(インスリン抵抗性)、
そして肝臓からの糖新生の増加です。

これまでに多くの糖尿病治療薬が開発されていますが、
概ねこの3種類の病態のうちの1つに主に働くもので、
この3つの病態全てを改善するものはありませんでした。

たとえば、インスリンの注射はインスリン不足は改善しても、
インスリン抵抗性は改善せず、
高インスリン血症を惹起するので、
低血糖は起こりやすく、
動脈硬化も進行しやすいという欠点がありました。

一方でこのイメグリミンは動物実験において、
膵臓のインスリン分泌細胞を保護してその減少を抑制し、
血糖上昇に依存性にインスリン分泌を刺激します。
また、肝臓や筋肉においてインスリン抵抗性を改善して、
ブドウ糖の取り込みを促進し、
肝臓でのブドウ糖の産生も抑制します。

つまり、いずれも動物実験での知見ですが、
2型糖尿病の3種類の病態を、
全て改善するという可能性が示唆されたのです。

それでは、何故単独の薬剤にこのような作用があるのでしょうか?

これは実際は明確には分かっていないのですが、
この薬剤はミトコンドリアに作用して、
その働きを正常に保つような働きがあるようです。

糖尿病の病態には、
その全てにおいてミトコンドリアの機能異常が、
関連しているという仮説があります。

これまでミトコンドリア機能を改善することで、
糖尿病の病態を改善するような薬はありませんでしたから、
この仮説が事実であるとすると、
イメグリミンには糖尿病の病態を、
本質的な意味で改善する働きがある可能性があるのです。

それでは、臨床的なイメグリミンの有効性は、
どの程度のものなのでしょうか?

この点についてはその効果は意外にマイルドで、
通常量のメトホルミンやDPP4阻害剤(シタグリプチン)と、
ほぼ同等程度の血糖降下作用やHbA1c低下作用が臨床試験で報告されていて、
現在用量を変えて、メトホルミンに上乗せするような形での、
臨床試験が複数進行(一部は終了)しているようです。

イメグリミンは本当に夢の新薬となるのでしょうか?

その結論までにはまだ多くの道のりがありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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地中海ダイエット論文の取り下げとその影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
地中海ダイエット論文取り下げの波紋.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された検証記事ですが、
地中海ダイエットの健康への効果を実証したとして、
発表当時大いに話題となった論文が、
取り下げられ、再解析の上再掲載された顛末と、
その問題点を検証したものです。

この雑誌の検証記事は、
その妥当性はともかくとして、
いつもかなり辛辣で面白いのですが、
今回も世界一の臨床医学の専門誌である、
the New England Journal of Medicine誌を、
ある意味徹底しておちょくるような内容となっています。

地中海ダイエットと言うのは、
地中海沿岸の地方で、
心臓病の死亡率が低いことに注目して発案され、
1960年代から提唱されている食事療法です。

その内容は、
オリーブオイルや魚介類、果物やナッツ、野菜を多く摂り、
その一方で赤身の肉や肉の脂身、
卵や乳製品、バターや生クリームなどは制限する、
という食事法です。
アルコールはワインが推奨されています。

この地中海ダイエットが、
心筋梗塞や脳卒中の予防効果を有するのではないか、
という考えは以前からあり、
これまでに観察研究のデータや、
心筋梗塞を起こした患者さんの再発予防のデータは存在していますが、
まだそうした発作は起こしてはいないけれど、
起こすリスクの高いような方においての、
予防効果について精度の高いデータは、
これまでにあまり存在しませんでした。

その一次予防効果について検証された画期的な内容の論文が、
2013年のthe New England Journal of Medicine誌の巻頭に掲載されました。

それがこちらです。
地中海ダイエットのオリジナル論文.jpg
この研究はスペインにおいて、
7447名の心筋梗塞や脳卒中のリスクが高い方を、
ほぼ2500名ずつの3つの群に分け、
1つの群はコントロールとして、
低脂肪の指導のみを行ない、
もう1つの群は通常の地中海ダイエットに、
エクストラヴァージンオリーブオイルを強化し、
3つ目の群ではオリーブオイルではなくナッツを増やして、
その後の経過を観察しています。

試験はもっと長期間の予定でしたが、
明確な差が付いたために、
平均観察期間が5年弱の段階で中途終了となっています。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

心筋梗塞や脳卒中の発症とそれによる死亡は、
トータルで288名に発症し、
内訳はコントロール群で109件に対して、
オリーブオイル強化の地中海ダイエットでは96件、
ナッツ強化の地中海ダイエットでは83件となり、
いずれもコントロールと比較して、
ほぼ30%の相対リスクの低下を有意に認めました。

興味深いことには、
このリスクの低下は、
心筋梗塞よりもより脳卒中において多く見られ、
脳卒中のリスクの低下は、
40%に達していました。

脳卒中の発症予防に、
これだけ明確な差のついた食事療法のデータというものは、
これまでに存在しなかったと思います。

この多く薬剤を凌駕するようなダイエットの効果は、
地中海ダイエットの評価をいやが上にも高めることとなりました。

しかし…

この論文については、
その発表当時から疑問を呈する意見もありました。

この研究では、
通常の食事にオリーブオイルとナッツを足しているだけで、
それ以外の地中海ダイエットの特徴には、
あまり注意が払われていません。
コントロール群の食事内容も明確ではないので、
どの程度地中海ダイエットの効果を見ているのか、
判然としない点があります。

また、心筋梗塞と脳卒中と死亡リスクが併せて算出されている中で、
個別に有意な低下が見られているのは脳卒中のみです。
その点もやや不自然な印象があります。

そして、2017年の麻酔科学の専門誌に、
ショッキングな論文が掲載されました。

無作為介入試験とされる臨床試験の論文のデータを、
独自の解析でそれが本当に無作為に分けられているのかを検証したところ、
一流の専門誌に載った論文でも、
その多くで不自然なデータの分布が認められた、
という内容でした。

要するにデータの改竄もしくは恣意的な群分けが、
多くの論文で疑われるという結果です。

この基準を当てはめてみると、
2013年の地中海ダイエットの論文は、
明らかに群間のデータが揃いすぎていて、
データの信頼性は低いということが、
誰の目にも明らかになったのです。

そして、2018年にこの論文は取り下げられ、
代わりに無作為ではない臨床試験として、
データを再解析した論文が同誌に再掲載されました。
その論文がこちらです。
地中海ダイエットの修正論文.jpg
この論文では、
2013年の論文のデータのうち、
1588人分は適切に無作為に群分けされていなかった、
と認めています。

対象者には多くの家族が含まれていて、
くじ引きをすることなく、
1つの群に入れられるなどしていたのです。

ただ、そうした点を勘案しても、
臨床試験としての結論は、
ほぼ変わらなかった、という結論になっています。

そんなことがあるでしょうか?

にわかには信じがたい結果です。

この研究は早期に有意差が出て打ち切られているため、
再検証のための充分なデータが、
実際にはないのではないか、というのが、
解説記事の筆者らの意見です。

2013年の論文のデータは、
メタ解析などとして、
実際には他の数多くの論文でも活用されています。

そうしたメタ解析の信頼性を、
どう考えれば良いのでしょうか?

今回の事例は、
New England誌が、
無理矢理にその体面を保ったような玉虫色のものですが、
国内外を問わず臨床試験のデータの信頼性というのは、
医学の根幹を揺るがすような問題を秘めているようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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