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ピロリ菌の感染と大腸癌リスクとの関係 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ヘリコバクターと大腸癌.jpg
Journal of Clinical Oncology誌に、
2024年3月1日付で掲載された、
ピロリ菌の感染が大腸癌の発症に及ぼす影響についての論文です。

胃粘膜で生育するヘリコバクター・ピロリ菌が、
萎縮性胃炎や胃癌のリスクとなり、
除菌治療がその予防に繋がることは、
専門家のみならず、
今では一般にも広く知られている事実です。

ピロリ菌の感染は胃癌以外にも、
大腸癌の発症リスクを上昇させることを示唆するデータが、
幾つか報告されています。
例えば2020年に発表されたメタ解析の論文では、
ピロリ菌の感染により大腸癌のリスクは1.7倍に上昇したと報告されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7489651/

ただ、実際には単独の疫学データで、
それほど大規模なものはなく、
報告によっても結果にはかなりの幅があります。

今回の研究はアメリカの退役軍人を対象とした、
大規模な疫学データを解析したものです。

ピロリ菌の検査を施行した退役軍人、
トータル812736名のうち、
25.2%に当たる205178名が陽性と診断されました。
15年の観察期間において、
ピロリ菌の感染者は非感染者と比較して、
大腸癌に罹患するリスクが18%(95%CI:1.12から1.24)、
大腸癌により死亡するリスクが12%(95%CI:1.03から1.21)、
それぞれ有意に増加していました。

また、ピロリ菌の感染があって未治療であると、
除菌治療を施行した場合と比較して、
大腸癌に罹患するリスクが23%(95%CI:1.13から1.34)、
大腸癌により死亡するリスクが40%(95%CI:1.24から1.58)、
それぞれ有意に増加していました。

矢張り、今回の大規模な検証においても、
ピロリ菌の感染が持続していると、
大腸癌のリスクも増加することは間違いのない事実であるようです。

それでは、何故ピロリ菌の感染が大腸癌と関連しているのでしょうか?

現時点では不明ですが、
ピロリ菌自体が大腸粘膜においても、
発癌を誘発する可能性を示唆する、
実験的なデータが存在しているようです。

そのメカニズムは今後の検証を待つ必要がありますが、
ピロリ菌の除菌は胃癌予防のみならず、
大腸癌予防に対しても一定の有効性が期待出来るので、
その施行はより積極的に行う必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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カルシウムとビタミンDのサプリメントの健康影響(大規模臨床データの解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
カルシウムサプリメントの健康効果.jpg
Annals of Internal Medicine誌に、
2024年3月12日付で掲載された、
カルシウムとビタミンDのサプリメントの、
閉経後女性への長期の健康影響を解析した論文です。

カルシウムとビタミンDは、
いずれも骨の健康のためには不可欠の成分で、
そのため健康な骨を維持するためには、
この2つの栄養素を不足なく摂ることが、
必要と考えられています。

ただ、実際に骨折のリスクの高い閉経後の女性に、
サプリメントとしてカルシウムとビタミンDを投与しても、
その骨折予防としての有効性は、
多くの臨床研究が施行されたものの、
あまり明確な有効性は確認されていません。

ただ、ビタミンDには骨に対する作用以外にも、
免疫調整作用や抗炎症作用など、
多くの健康効果を持つことが報告されていて、
トータルにはそのサプリメントの使用が、
健康の維持に有効な可能性は否定されていません。

今回の研究はアメリカにおいて、
36282名の閉経女性を対象とし、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は1日1000㎎の炭酸カルシウムと、
400IUのビタミンD3をサプリメントとして使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
7年間の使用を継続し、
その後も含めて中間値で22.3年の健康観察を行って、
トータルな予後を比較検証しているものです。

その結果、
カルシウムとビタミンD使用群では、未使用群と比較して、
癌による死亡のリスクが7%(95%CI:0.87から0.99)、
有意に低下していた一方で、
心血管疾患による死亡のリスクは6%(95%CI:1.01から1.12)、
こちらは有意に増加していました。
総死亡のリスクについては、
両群で有意な差はなく、
大腿骨頸部骨折のリスクについても、
明確な差は認められませんでした。

このように、
今回の大規模かつ長期の臨床研究において、
閉経後の女性にカルシウムとビタミンDのサプリメントを使用しても、
骨折リスクの低下には繋がらず、
一部の癌のリスクが低下する可能性がある一方で、
心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患のリスクについては、
やや増加する可能性が示唆されました。

カルシウムとビタミンDをサプリメントとして使用することの、
トータルな健康影響については、
まだ明確な結論が得られておらず、
その使用には一定のリスクがある可能性もあると、
現状はそう考えておいた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「デューン 砂の惑星 PART2」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
デューン パート2.jpg
ドゥニ・ビルヌーブ監督による、
スペースオペラの古典「デューン砂の惑星」映画化のパート2が、
今ロードショー公開されています。

ビルヌーブ監督は「メッセージ」も「ブレードランナー2049」も大好きで、
「デューン」の1作目もとても楽しみに鑑賞したのですが、
ほぼほぼプロローグだけ、という、
「ゴールデンカムイ」状態で、
正直かなりガッカリしました。

ただ、戦闘シーンなどは、
もっと幾らでも盛り上げようはあった筈で、
原作からドラマチックな要素を、
かなり削ぎ落したような作劇は、
ビルヌーブ監督はこういうものは、
あまり得意ではないのかしら、
という危惧を感じる出来栄えでした。

今回の続編は、一応原作の1作目のラストまで描かれているので、
前作よりまとまった感じがあって、
それなりの満足感はある仕上がりになっていました。

ただ、最後怒涛の戦闘シーンを期待したものの、
段取りだけで紙芝居的に、
「戦いがありまして、こちらが勝ちました」
というようにあっさりと終わってしまうので、
かなり落胆を感じたことは確かでした。

考えてみればビルヌーブ監督の作品で、
あまり集団の戦闘場面などは観たことがないので、
どうもこうした場面はあまり得意ではないし、
それほど興味もないのかしら、
というように感じました。

これ、欧米とアラブとの対立と和解、
みたいなものを描いている作品ですよね。

原作自体にもそうした要素はあるのですね。
でも、この映画版はよりその要素を拡大して描いていて、
キリスト教とイスラム教の対立からキリスト教の没落、
みたいなものが描かれ、
救世主は誰か、みたいな話もあります。
香料というのは、要するに石油のことですよね。

今の社会の構図をより明確に取り込んでいて、
それが今回の映画化の意図ではあると思うのですが、
そのせいでSF的設定やセンスオブワンダーの部分が、
何かとても矮小化されてしまった、
という感じはあります。

パート3もあるかも知れない、
というような流れですが、
この上「アラビアのロレンス」の後半みたいな展開が、
延々と続くことになるのもしんどいなあ、
という感じがありますし、
個人的にはビルヌーブ監督には、
「デューン」はこのくらいで終わりにしてもらって、
また新たな異世界を見せて欲しいな、
というように思います。

映像は確かに凄いですが、
「紙芝居」なので、
かなり観客を選ぶ映画だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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大腸癌の血液検査によるスクリーニング(Shieldテスト) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
DNAによる大腸癌検診.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2024年3月14日付で掲載された、
新しい血液による大腸癌検診の有効性についての論文です。

大腸癌の多くは早期に発見されれば、
その治療の予後は良く、
そのため検診のメリットが大きな癌として知られています。

現行の大腸癌検診は、
問診と便の潜血反応と呼ばれる検査を基本として、
検査で異常が見つかったり、症状から病気を疑った場合には、
大腸内視鏡検査(含む直腸からS状結腸内視鏡)によって、
その診断を行うという方法が一般的です。

この方法は優れた検診法として、
その評価は確立していますが、
便潜血は痔など他の病気でも陽性になることがあり、
癌になる前の癌リスクの高いポリープなどでは、
陽性率は高くない、などの欠点があります。
また、便を採取することが煩わしいと考える人も多く、
検診の受診率が思ったほど上がらない、
という問題もあります。

そのため、より精度の高い簡便なスクリーニング検査が、
求められているのです。

その候補として最近登場したのが、
便や血液で癌細胞由来の遺伝子を検出し、
それを便潜血検査の代わりに使用する、
という方法です。

今回紹介されているのは、
そのうちの1つが癌細胞由来の遺伝子を、
血液で検出するという方法です。 

細胞の崩壊に伴って、
血液中に癌由来の遺伝子の断片が流出します。
これをcell free DNA(cfDNA)と呼んでいます。
このcfDNAを高感度の測定法によって検出するのです。

この検査は、
「Shield[レジスタードトレードマーク] 大腸がん ctDNA 検査」と呼ばれ、
アメリカのガーダントヘルス社の製品で、
日本では検査会社のBMLを介して販売されています。
基本採血のみの検査ですが、
検査は数十万円と高額で、
血液も40ミリリットルほど必要であるようです。

その精度はどのくらいのものなのでしょうか?

今回の研究では、
年齢が45から84歳で平均的な大腸癌リスクがあり、
大腸内視鏡検査をしたトータル10258名を対象として、
血液の癌検査を施行、
その結果を比較検証してます。
最終的にそのうちの7861名が解析されています。

その結果、
大腸癌が検出された人のうち83.1%は血液検査が陽性となり、
16.9%は陰性の結果でした。
つまりこの遺伝子検査の検出感度は、
83.1%(95%CI:72.2から90.3)でした。
大腸内視鏡検査で大腸癌やその前癌病変が認められなかった人のうち、
血液検査も陰性であったのは89.6%で、
残りの10.4%は血液検査は陽性でした。
この検査の大腸癌と前癌病変についての感度は、
89.6%(95%CI:88.8から90.3)と算出されました。

このように、
便潜血検査と同等以上の有用性が、
血液の癌由来遺伝子検査にあることは間違いがありません。
血液検査である点も利点です。
ただ、偽陰性や偽陽性は一定レベルは認められています。
また現時点では非常に高額な検査なので、
すぐにこの検査を一般の検診に導入する、
ということにはならないと思います。

別個に便の遺伝子検査の研究も進んでいて、
今後どのような検査を組み合わせて実施することが、
コスパや有効性を含めて適切であるのか、
何らかの指針がまとめられることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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大西洋ダイエットの健康効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
大西洋ダイエットの有効性.jpg
JAMA Network Open誌に、
2024年2024年2月7日付で掲載された、
スペイン発の大西洋ダイエットの健康効果についての論文です。

健康に良い食事の代表として、
推奨されることの多い食事習慣の1つが、
「地中海ダイエット」と呼ばれるものです。
これは地中海に面したギリシャなどの食生活を、
1つの典型としているもので、
その内容は必ずしも報告や研究で一致している訳ではありませんが、
ナッツやオリーブオイルを多く摂り、
野菜や果物、魚を多く摂り、
赤身肉や加工肉はあまり摂らない、
というような特徴は一定しています。

今回の研究で対象となっている、
「大西洋ダイエット(Atlantic Diet)というのは、
スペインやポルトガルの一部の伝統食を元にしたもので、
野菜や果物、ナッツやオリーブオイルなどを多く摂る点は、
地中海ダイエットと同じですが、
それに加えてポテトやパンを多く摂り、
ドライフルーツや乳製品も多く摂る、
という点に特色があり、
地中海ダイエットより肉やワインの摂取も多い、
と記載されています。

つまり、地中海ダイエットより、
動物性脂肪や炭水化物が、
やや多いという違いがあるのです。

今回の研究はこの大西洋ダイエットを広めたいスペインにおいて、
通常の食事と大西洋ダイエットを比較して、
その健康面での有効性を検証しているものですが、
今時の特徴として、
環境への負荷に配慮し、
二酸化炭素の排出量(カーボンフットプリント)の、
比較も行っている点が特徴です。

対象となっているのはスペインの250の家族で、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方はそれまでと同じ食事を継続し、
もう一方は専門的な指導の元に、
大西洋ダイエットを実践して、
その効果を6か月に渡って観察しています。

有効性の指標となっているのは、
所謂メタボリックシンドロームの比率で、
食事の変化により、
メタボの改善がどの程度見られたのかを比較しています。
この場合のメタボの基準は、
血圧などの検査値は日本のものと同等ですが、
腹囲については、
男性が110センチを超える、女性が88センチを超える、
という日本とは異なる基準が採用されています。

その結果、
通常の食事と比較して、
家族に大西洋ダイエットを指導すると、
観察期間中のメタボの発症リスクは68%(95%CI:0.13から0.79)、
個別のメタボの項目のリスクは42%(95%CI:0.42から0.82)、
それぞれ有意に低下していました。
一方で二酸化炭素の家庭毎の排出量については、
両群で明確な差は見られませんでした。

正直大西洋ダイエットと地中海ダイエットの違いは、
それほど大きなものとは言えないように思いますが、
食事指導を継続的に行うことにより、
半年程度の期間でもメタボの改善には結びつく、
という結果と考えれば、
意義のある研究ではあったように思います。

地中海ダイエットが持ち上げられ過ぎたので、
スペインやポルトガルとしては、
「いやいやうちの食事も大して違いはないぞ」
という意思表示のようにも思われ、
健康のみならず健康負荷まで評価して、
各地域の料理を比較し序列化するようになるのは、
ちょっと行き過ぎのような気がしなくもありませんが、
良くも悪くも食事もその価値を、
多角的に競争する時代になったのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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マイクロプラスチックとナノプラスチックの動脈硬化への影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
マイクロプラスチックの動脈硬化への影響.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2024年3月7日付で掲載された、
最近問題となっているプラスチックの身体への影響を検証した論文です。

近年プラスチックの環境破壊が注目され、
プラスチックの使用量を減らし、
環境汚染を減らそうとする試みが広く行われています。

これは主に環境への影響で、
私達の身体への直接の影響ではありません。

プラスチックそのものが体内に蓄積することは、
通常はないと考えられていたからです。

しかし、プラスチックが分解劣化し、
非常に微細な細片となると、
それが食品に混ざって体内に入ったり、
空気中の微粒子となって呼吸で肺に取り込まれたり、
皮膚から吸収されるという可能性が否定は出来ません。

このプラスチックの細片のうち、
大きさが1μmから5mmのものをマイクロプラスチック、
より小さくnm(ナノメートル)レベルのものを、
ナノプラスチックと呼び、
上記論文ではこれを総称して、
MNPs(Microplastics and Nanoplastics)と呼んでいいます。

最近ではペットボトルの水の中に、
一定レベルのナノプラスチックが同定された、
という論文が発表されて話題となりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38190543/

つまり、こうした分解劣化したプラスチックの細片が、
私達の身体の中に存在していることは、
ほぼ間違いのないことなのです。

それでは、その健康影響はどの程度のものなのでしょうか?

今回の研究では、
頸動脈の動脈硬化病変に対して、
血管内治療を行った304名の患者から採取された、
動脈硬化巣(プラーク)の組織で、
マイクロプラスチックとナノプラスチックの測定を行い、
それが健康に与える影響を検証しています。
その後の観察期間を完遂して解析対象となっているのは、
そのうちの257名です。

その結果、
全体の58.4%に当たる150名で、
プラスチックの成分であるポリエチレンが、
頸動脈のプラークから検出され、
そのうちの31名では、
通常の測定法でポリ塩化ビニールが定量されました。

そして平均で33.7か月(±6.9)の経過観察期間中に、
心筋梗塞や脳卒中を発症したか、もしくは死亡したのは、
プラスチックの細片が検出されなかった事例では7.5%であったのに対して、
検出された事例では20.0%という高率になっていました。

今回の研究はまだ確定的なものではなく、
マイクロプラスチックやナノプラスチックの健康影響は、
仮定の域を出るものではありませんが、
こうしたプラスチックの細片が、
炎症などの病変部位に蓄積すること自体は、
おそらくは事実であると考えられ、
その健康影響を含めて、
今後の研究の蓄積を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「セッション」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
セッション.jpg
デイミアン・チャゼルを有名にした、
2014年のアメリカ映画で、
再上映が行われていたので、
これは映画館で是非と思い足を運びました。

師弟の壮絶な対決を描いた音楽映画で、
最初から最後までまさに才気迸るという感じです。

プロのジャズドラマーを目指す、
屈折した家庭環境を持つ青年が、
一流の音楽学校で強烈な個性を持つ教師と出会い、
そのパワハラとしか思えないような指導を受けるうちに、
精神の均衡を崩してゆきます。

最初から全く無駄のない作劇で、
ぐいぐいと作品世界に引き込まれますし、
教師を演じたJ・K・シモンズさんの個性が強烈で、
素材がドラム演奏というのが、
また非常に映像的で素晴らしいのです。

上映時間は107分なのですが、
非常に作劇が濃密なので、
良い意味でもっと長いような印象があります。
前半を観ると「フルメタルジャケット」みたいな感じなんですね。
これだと追い詰められた主人公が、
最後に狂気に陥って暴力的に反逆して、
それで終わりではないか、
というように思ってしまうのですが、
確かにそうしたパートはありながら、
物語はそれで終わらず、
その後でもっと良いお話に着地しかけ、
それはそれで良いのかしら、
と思っていると、
更にそれがひっくり返されて、
殆どの観客の想像を超えるような、
鮮やかなラストに着地します。

後半の展開には特にしびれるものがあるのですが、
何と言ってもラストが素晴らしいですよね。
これ以上はないという鮮やかなタイミングで終わります。
最近はいつ終わったのか分からないような、
タラタラしたエンディングの作品も多く、
それはそれで時代なのかな、とも思うのですが、
この映画のようにビシッとラストの決まった作品を観ると、
やっぱりこれだよね、という気持ちになります。

いずれにしても天才監督の才気が迸る傑作で、
かなりインテリ臭が強いので、
その辺りの好き嫌いは分かれるところですが、
必見であることは間違いがありません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「落下の解剖学」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
落下の解剖学.jpg
フランスのジュスティーヌ・トリエ監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
2023年のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作です。

カンヌのパルムドールというのは、
かなり異常でヘンテコな作品が多く、
アメリカのアカデミー賞の受賞作が、
最近は流行に合わせて変なものもありますが、
概ね倫理的な「良いお話」が選ばれるのに対して、
突飛で通常の倫理観からは逸脱した怪作が選ばれることが多い、
という特徴があります。
カンヌのパルムドールは芥川賞で、
アカデミー賞は直木賞、くらいの違いがあります。

カンヌのパルムドールを数年間分一気見すると、
頭が正常ではなくなること必定です。

その系譜の中では今回の作品は、
比較的破綻のなくまとまっている、
割合と優等生的な作品で、
米アカデミー賞を取ることはないと思いますが、
取っても不思議はないくらいの映画にはなっています。

フランスの田舎の山荘に、
ドイツ人の夫と高名なドイツ出身の作家の妻、
そして4歳の時の事故のために高度の弱視となった息子が住んでいます。
ある日息子が愛犬と散歩をしていた間に、
屋根裏部屋から転落した夫が死亡し、
家で寝ていたと主張する作家の妻に、
夫殺しの嫌疑が掛かります。

舞台は雪の山荘で密室ですから、
夫の死は、事故死か自殺か妻による殺人の、
3択しかないのですが、
妻が殺人容疑で起訴され、
彼女と旧知の間柄の弁護士が立つことで、
事件は裁判の場に舞台を移してゆきます。

どんでん返しのあるミステリーのような出だしですが、
勿論そうではなく、
裁判自体は決着が付きますが、
「真相」は明らかにされることなく終わります。

大岡昇平さんの「事件」に近い感じのお話ですね。
少年がキーになるところも似ています。
ただ、内容は「事件」よりもっとモヤモヤしていて、
観客のカタルシスは一切ありません。

それでも真相を観客が推測するための情報は、
過剰なくらいに与えられているので、
実際に起こった事件を、
報道からああだこうだと、
茶の間で議論しているのと同じような水準と、
言えなくもありません。

役者の演技は非常に卓越していて、
一家の愛犬がまた、
人間に匹敵する芝居をしています。

1つの家族の悲劇が克明に描かれるのですが、
作り手が誰かに肩入れしているという感じではなくて、
それこそ解剖するように、
人間の心理の綾が切り分けられてゆくので、
観た側がそれを自分で物語に仕立てて理解する、
という趣向の映画なんですね。
作り手の視点を排除しているので、
居心地の良くない感じはあるのですが、
それはそれと割り切って観ることが出来れば、
なかなかの魅力を感じることが出来る映画だと思います。

勿論これならノンフィクションでいいではないか、
という批判は成立するのですね。
でも、ノンフィクションでは実際の人間に、
迷惑やストレスが掛かる結果になるでしょ。
それがないのがフィクションの魅力だと思いますし、
それを言いたいので、
主人公も現実を元にして創作する作家にして、
そこにテーマを語らせているんですね。

そんな訳でなかなかの骨太な力作で、
個人的には楽しめましたが、
「何が言いたいんだ!」と怒る方もあるかと思います。
観る人を選ぶ映画の1つなので、
くれぐれも真相の明らかになるお話ではない、
自分で自分なりの真相を作る作品なのだ、
ということを理解して鑑賞するのが吉だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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単純ヘルペスウイルス感染症と認知症リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
レセプト作業など事務作業の予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ヘルペスウイルスと認知症リスク.jpg
Journal of Alzheimer's Disease誌に2024年2月付で掲載された、
非常に一般的なウイルスによる感染と、
認知症リスクとの関連についての論文です。

認知症のメカニズムには不明の点も多く、
ウイルス感染がそのリスクになるという報告も複数あります。

その中で報告の多いものの1つが、
単純ヘルペスウイルスの感染です。

たとえば、2008年の論文では、
急性の感染を示す単純ヘルペスウイルスのIgM抗体が陽性であると、
アルツハイマー病のリスクが2.55倍増加した、
とするデータが報告されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18982063/

また、2015年の別の論文では、
今度はIgG抗体が陽性であると、
アルツハイマー病のリスクが1.636倍増加した、
とするデータ報告されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25304990/

ただ、2008年の論文ではIgG抗体との関連はなかった、
という結果になっていますから、
データが必ずしも一致しているという訳ではありません。

今回の研究はスウェーデンにおいて、
70歳で認知症の兆候のないトータル1002名の一般住民を、
15年間という長期に渡り観察したものですが、
単純ヘルペスウイルスとサイトメガロウイルスの血清抗体価と、
認知症の発症との関連を検証しているものです。

サイトメガロウイルスというのはヘルペスウイルスの一種で、
抗体の陽性率も高いため、一緒に検証されています。
抗体はIgM抗体とIgG抗体が測定されていますが、
感染の急性期のみに上昇するのがIgM抗体で、
IgG抗体は感染後しばらくして上昇すると、
長期に渡り陽性となるので、
その感染の既往を表しています。

その結果、
累積のアルツハイマー病の罹患率は4%で、
全ての認知症の罹患率は7%でした。
全体の82%の対象者は単純ヘルペスウイルスのIgG抗体陽性で、
この抗体の陽性者は陰性者と比較して、
観察期間中に認知症を発症するリスクが、
2.26倍(95%CI:1.08から4.72)有意に増加していました。
アルツハイマー病単独のリスクも、
2.24倍(95%CI:0.79から6.33)増加する傾向は示しましたが、
統計的に有意ではありませんでした。

一方で単純ヘルペスのIgM抗体とサイトメガロウイルスIgG抗体の陽性率、
単純ヘルペスウイルス感染症の治療の有無、
単純毛ヘルペスとサイトメガロウイルスの抗体価については、
認知症のリスクと明確な関連を示していませんでした。

このように、
今回の検証においては、
トータルな認知症リスクと、
単純ヘルペスの抗体陽性(その既往あり)との間には、
一定の関連が認められた一方で、
アルツハイマー病との間では、
有意な関連は認められませんでした。

この結果はかなり微妙なもので、
データを見るとその信頼区間は非常に大きく、
認知症とアルツハイマー病との間に、
それほどの差はないようにも思えます。

単純ヘルペス感染症の既往と、
その後の認知症の発症との間には、
一定の関連のあること自体は事実と言って良さそうですが、
その解釈やアルツハイマー病との関連などについては、
まだ今後の検証が必要であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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うつ病の運動療法(2024年メタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
うつ病の運動療法.jpg
British Medical Journal誌に、
2024年2月14日付で掲載された、
うつ病の有効な運動を検証したメタ解析の論文です。

うつ病の現状の治療の柱は、
心理療法と薬物療法ですが、
それらを補う意味で注目されているのが運動療法です。

うつ病においては通常活動性が低下するため、
糖尿病や心臓病、肥満などのリスクを高めることも知られています。

運動にはリラクゼーションの効果もありますし、
緊張で硬直した身体をほぐすことは、
脳にも良い影響を与える可能性が想定されます。
また、うつ病に併発する生活習慣病などの予防にも繋がるのです。

しかし、実際にどのような運動をすることが、
うつ病において適していて、治療効果が望めるのか、
というような点については、
これまであまり明確なことが分かっていませんでした。

今回の研究は、
これまでの主だったうつ病に対する運動療法の効果を検証した、
介入試験のデータをまとめて解析することで、
この問題の検証を行っています。

これまでの218の臨床研究に含まれる、
トータルで14170名のうつ病患者のデータをまとめて解析したところ、
ウォーキングやジョギング、ヨガ、筋力トレーニング、
の3者が他の運動よりうつ病の改善への有効性があり、
運動強度は高いほど有効性も増すことが確認されました。
特に患者さんへの受け入れにおいて、
ヨガと筋力トレーニングがより優れていました。

今後こうしたデータを元にして、
うつ病の患者さんにおける運動療法が、
より科学的に整備され活用されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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