「落下の解剖学」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
フランスのジュスティーヌ・トリエ監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
2023年のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作です。
カンヌのパルムドールというのは、
かなり異常でヘンテコな作品が多く、
アメリカのアカデミー賞の受賞作が、
最近は流行に合わせて変なものもありますが、
概ね倫理的な「良いお話」が選ばれるのに対して、
突飛で通常の倫理観からは逸脱した怪作が選ばれることが多い、
という特徴があります。
カンヌのパルムドールは芥川賞で、
アカデミー賞は直木賞、くらいの違いがあります。
カンヌのパルムドールを数年間分一気見すると、
頭が正常ではなくなること必定です。
その系譜の中では今回の作品は、
比較的破綻のなくまとまっている、
割合と優等生的な作品で、
米アカデミー賞を取ることはないと思いますが、
取っても不思議はないくらいの映画にはなっています。
フランスの田舎の山荘に、
ドイツ人の夫と高名なドイツ出身の作家の妻、
そして4歳の時の事故のために高度の弱視となった息子が住んでいます。
ある日息子が愛犬と散歩をしていた間に、
屋根裏部屋から転落した夫が死亡し、
家で寝ていたと主張する作家の妻に、
夫殺しの嫌疑が掛かります。
舞台は雪の山荘で密室ですから、
夫の死は、事故死か自殺か妻による殺人の、
3択しかないのですが、
妻が殺人容疑で起訴され、
彼女と旧知の間柄の弁護士が立つことで、
事件は裁判の場に舞台を移してゆきます。
どんでん返しのあるミステリーのような出だしですが、
勿論そうではなく、
裁判自体は決着が付きますが、
「真相」は明らかにされることなく終わります。
大岡昇平さんの「事件」に近い感じのお話ですね。
少年がキーになるところも似ています。
ただ、内容は「事件」よりもっとモヤモヤしていて、
観客のカタルシスは一切ありません。
それでも真相を観客が推測するための情報は、
過剰なくらいに与えられているので、
実際に起こった事件を、
報道からああだこうだと、
茶の間で議論しているのと同じような水準と、
言えなくもありません。
役者の演技は非常に卓越していて、
一家の愛犬がまた、
人間に匹敵する芝居をしています。
1つの家族の悲劇が克明に描かれるのですが、
作り手が誰かに肩入れしているという感じではなくて、
それこそ解剖するように、
人間の心理の綾が切り分けられてゆくので、
観た側がそれを自分で物語に仕立てて理解する、
という趣向の映画なんですね。
作り手の視点を排除しているので、
居心地の良くない感じはあるのですが、
それはそれと割り切って観ることが出来れば、
なかなかの魅力を感じることが出来る映画だと思います。
勿論これならノンフィクションでいいではないか、
という批判は成立するのですね。
でも、ノンフィクションでは実際の人間に、
迷惑やストレスが掛かる結果になるでしょ。
それがないのがフィクションの魅力だと思いますし、
それを言いたいので、
主人公も現実を元にして創作する作家にして、
そこにテーマを語らせているんですね。
そんな訳でなかなかの骨太な力作で、
個人的には楽しめましたが、
「何が言いたいんだ!」と怒る方もあるかと思います。
観る人を選ぶ映画の1つなので、
くれぐれも真相の明らかになるお話ではない、
自分で自分なりの真相を作る作品なのだ、
ということを理解して鑑賞するのが吉だと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
フランスのジュスティーヌ・トリエ監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
2023年のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作です。
カンヌのパルムドールというのは、
かなり異常でヘンテコな作品が多く、
アメリカのアカデミー賞の受賞作が、
最近は流行に合わせて変なものもありますが、
概ね倫理的な「良いお話」が選ばれるのに対して、
突飛で通常の倫理観からは逸脱した怪作が選ばれることが多い、
という特徴があります。
カンヌのパルムドールは芥川賞で、
アカデミー賞は直木賞、くらいの違いがあります。
カンヌのパルムドールを数年間分一気見すると、
頭が正常ではなくなること必定です。
その系譜の中では今回の作品は、
比較的破綻のなくまとまっている、
割合と優等生的な作品で、
米アカデミー賞を取ることはないと思いますが、
取っても不思議はないくらいの映画にはなっています。
フランスの田舎の山荘に、
ドイツ人の夫と高名なドイツ出身の作家の妻、
そして4歳の時の事故のために高度の弱視となった息子が住んでいます。
ある日息子が愛犬と散歩をしていた間に、
屋根裏部屋から転落した夫が死亡し、
家で寝ていたと主張する作家の妻に、
夫殺しの嫌疑が掛かります。
舞台は雪の山荘で密室ですから、
夫の死は、事故死か自殺か妻による殺人の、
3択しかないのですが、
妻が殺人容疑で起訴され、
彼女と旧知の間柄の弁護士が立つことで、
事件は裁判の場に舞台を移してゆきます。
どんでん返しのあるミステリーのような出だしですが、
勿論そうではなく、
裁判自体は決着が付きますが、
「真相」は明らかにされることなく終わります。
大岡昇平さんの「事件」に近い感じのお話ですね。
少年がキーになるところも似ています。
ただ、内容は「事件」よりもっとモヤモヤしていて、
観客のカタルシスは一切ありません。
それでも真相を観客が推測するための情報は、
過剰なくらいに与えられているので、
実際に起こった事件を、
報道からああだこうだと、
茶の間で議論しているのと同じような水準と、
言えなくもありません。
役者の演技は非常に卓越していて、
一家の愛犬がまた、
人間に匹敵する芝居をしています。
1つの家族の悲劇が克明に描かれるのですが、
作り手が誰かに肩入れしているという感じではなくて、
それこそ解剖するように、
人間の心理の綾が切り分けられてゆくので、
観た側がそれを自分で物語に仕立てて理解する、
という趣向の映画なんですね。
作り手の視点を排除しているので、
居心地の良くない感じはあるのですが、
それはそれと割り切って観ることが出来れば、
なかなかの魅力を感じることが出来る映画だと思います。
勿論これならノンフィクションでいいではないか、
という批判は成立するのですね。
でも、ノンフィクションでは実際の人間に、
迷惑やストレスが掛かる結果になるでしょ。
それがないのがフィクションの魅力だと思いますし、
それを言いたいので、
主人公も現実を元にして創作する作家にして、
そこにテーマを語らせているんですね。
そんな訳でなかなかの骨太な力作で、
個人的には楽しめましたが、
「何が言いたいんだ!」と怒る方もあるかと思います。
観る人を選ぶ映画の1つなので、
くれぐれも真相の明らかになるお話ではない、
自分で自分なりの真相を作る作品なのだ、
ということを理解して鑑賞するのが吉だと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。