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吸入型インスリンの効果と安全性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後とも通常通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
吸入インスリンの効果と安全性.jpg
今月のLancet Diabetes Endocrinol誌に掲載された、
吸入型インスリン製剤の効果と安全性についての論文です。

インスリンが高度に欠乏した状態における、
糖尿病の治療薬の柱は、
インスリン注射ですが、
毎日自分で皮膚に針を刺して注射をする、
という方法には、
抵抗のある患者さんが多くいらっしゃることは事実です。

より早期にインスリン注射を導入して、
膵臓への負担を避ける、というような治療もありますが、
現実的には自己注射という方法がネックになって、
その導入はあまり積極的には行われていません。

それでは、
注射以外の方法で、
インスリンを補充することは出来ないのでしょうか?

インスリンはアミノ酸が繋がったペプチドホルモンですから、
飲み薬として使用しても、
消化酵素の働きで分解されてしまうので、
有効な形では体内に吸収はされません。

それで次には、
口や鼻の粘膜から吸収させるような方法が考案されました。

ただ、点鼻のインスリンは血液中には、
あまり効率的には移行しません。
口腔粘膜も同じように不安定で、
インスリンの効きを調節することが難しいのです。
そのため、この方法も血糖コントロール目的としては、
現実的でありませんでした。
この点鼻のインスリンは、
脳の刺激作用から、
認知症に対する効果が研究されています。
これは裏を返せば、
あまり全身的に血糖を下げる面での有効性は乏しい、
ということを示しているのです。

そして、唯一残った可能性が、
インスリンを含む粒子を、
口から吸入して肺から吸収させる、
という手法です。

これが吸入型インスリンで、
要するに喘息や慢性閉塞性肺疾患に使用するような、
細かい粉を口から吸引するような方法です。

2006年にファイザー社から、
世界初の吸入型インスリンが発売されました。

しかし、この製剤は発売後1年で販売は中止されています。

その理由は1つには、
吸入器が使いづらく、
あまり実用的な器具ではなかった、
ということで、
もう1つはインスリン粒子の吸引により、
肺が障害され肺の機能が低下する可能性が、
危惧されたからです。

その後、
今度はサノフィ社とアメリカ医薬ベンチャーにより、
Afrezzaと名付けられた吸入型インスリンが、
2014年にアメリカのFDAで認可され、
2015年には全米でその使用が開始されました。

この製品は吸入器が使い易く改良されているのが、
一番の特徴で、
肺への障害性は、
完全に否定された訳ではありませんが、
それほどリスクの高いものではない、
という判断で、
喘息や肺疾患の患者さんには禁忌で、
しかも定期的な肺機能検査を義務付けるという限定の元に、
その使用が許可されたのです。

口からこのインスリンを吸入すると、
15分以内には血液のインスリン濃度がピークに達します。

つまり、従来の食前15分くらいで使用する、
即効型インスリンと同様の効果を示しています。
製剤は4単位用と8単位用が用意されています。

従って、
この吸入インスリンのみでコントロールが可能なのは、
ある程度はインスリン分泌の残っている、
食後血糖が主に高いタイプの患者さんで、
インスリンの分泌が殆どない、
1型糖尿病の患者さんでは、
吸入インスリンの使用に加えて、
持続型のインスリンの注射も併用する必要があります。
つまり、現時点では、
注射をなくす、ということにはならないのです。

今回の論文では、
このタイプの吸入型インスリンに関する、
これまでの臨床試験の結果をまとめて解析して、
その効果と安全性を、
従来注射型のインスリンと比較しています。

その結果…

同じ単位のインスリンで比較すると、
皮下注射より吸入型インスリンのHbA1c低下効果は低く、
その一方で重症の低血糖や体重増加のリスクも有意に低い、
という結果になっていました。
吸入型インスリンの有害事象としては、
軽度の一時的な咳症状と、
呼吸機能の1秒量の有意な低下を認めました。(平均で0.038リットル)

つまり、
これまでのインスリン製剤の問題であった、
低血糖や体重増加という面では、
吸入型インスリンは優れていて、
勿論注射のように針を刺すようなことはないので、
その点では大きな利点があります。

しかし、
肺に吸入することによる肺障害の可能性については、
僅かにはせよ肺機能が低下していることや、
一時的にはせよ咳症状が出ていることなどは、
気がかりな部分ではあります。

今後日本においても、
吸入型インスリンは導入されると思われますが、
注射のインスリンに完全に代用出来るようなものではなく、
吸入インスリン特有の問題点も残っているので、
今後の知見の蓄積に注意を払いつつ、
その導入を待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ぷくぷく

先生こんばんは。
お忙しいところ恐縮ですが、ある糖尿病の研究発表のことで、先生のご意見をお聞きしたく、コメントさせていただきます。
以前、次のような記事が掲載されました。
「厚生研究班が2006~09年に国立成育医療研究センターを受診した363人を対象に、妊娠糖尿病の有無と生まれた時の体重を調べた結果、生まれた時に2500グラム未満の女性は、2500~4000グラム未満の女性より、妊娠糖尿病に約6倍なりやすかった。遺伝による体質のほか、胎児のころの栄養不足で血糖値を調整するインスリンを作る力が弱くなったことが原因とみられる」
ネットで検索しましたが、これ以上の情報は分かりませんでした。

私は妊娠中、切迫早産で、36週1日で、2250グラムで娘を出産してしまいました。主人が50歳を過ぎて糖尿病と診断されたこともあり、娘のことが心配です。なんでも、妊娠糖尿病になると、その後に糖尿病に移行する率が6割もあるとか。
記事では2500グラム未満とひとくくりにされていますが、実際は体重をもっと細かに分類されているのかもしれません。先生はこの研究結果を御存じですか?そして、この調査結果についてどう思われますか?

研究の趣旨としては、妊娠中にダイエットをする妊婦が増え、こどもに弊害が起きていることに対する戒めのようですが、つわりが酷く食事が取れず、その上切迫早産で週数を満たさず産んでしまったことに罪悪感を覚えます。

ほかにも、同じような調査結果はあるのでしょうか?


by ぷくぷく (2015-11-21 22:46) 

fujiki

ぷくぷくさんへ
2011年に確かにそうした報道がありますが、
生育医療センターのサイトに、
そうした情報はもうないようですし、
PubMedで検索しても、
それらしい英文の論文はないようです。
2007年に出生時の体重と妊娠糖尿病とのこれまでのデータを、
まとめて分析したような文献が、
海外にあるのですが、
そうした傾向は世界的に見られるものの、
6倍というような差は付いていないようです。
一般的には、
妊娠糖尿病の原因は不明とされていて、
出生時体重は、その後の肥満や喫煙、
糖尿病の家族歴などの、
多くのリスク因子の1つという扱いなので、
原因と直接関わるというような根拠はなく、
そのためあまり気にされる必要はないと思います。
by fujiki (2015-11-23 22:52) 

ぷくぷく

石原先生

ご多忙にも関わらず、わざわざ文献の検索までしていただき、ありがとうございました。
海外の論文でも、6倍とまではいかないまでも、低体重と妊娠糖尿病の相関性が指摘されているのですね。どれくらいの倍率になるのか気になります。
妊娠糖尿病以外にも、例えば某大学の胎生期エピジェネティックス制御研究所の先生が、低体重児は腎臓糸球体の数が少ない(出生体重2600グラムの子は、3200グラムの子に比べ、体重は約20パーセント少ないが、腎臓堆積は30パーセント少ない)ため、本態性高血圧になる率が高いと言われていますし、何かと気がかりではあります。
しかし、石原先生のおっしゃる通り、あまり気にしないようにして、今後はこれ以上危険因子を増やさないように気を付けたいと思います。
どうもありがとうございました。
by ぷくぷく (2015-11-24 20:51) 

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