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インフルエンザの万能ワクチンの開発について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
万能ワクチン.jpg
今年9月のNature Medicine誌に掲載された、
インフルエンザの「万能ワクチン」についてのレターです。
まだ動物実験レベルのものですが、
同様の報告はScience誌にも載っていて、
かなり将来的には実現性の高いもののように思います。

インフルエンザワクチンは効かない、
というような話は毎年メディアでも蒸し返されます。

現行のインフルエンザワクチンには、
一定の効果はあるのですが、
ワクチンに含まれている抗原と、
実際に流行しているウイルスのタイプが、
マッチングしていないと効果があまりない、
という欠点があります。
特にその変異による差が大きいのが、
A型インフルエンザです。

インフルエンザウイルスは、
HA(hemagglutinin)抗原と呼ばれる、
突起のような部分を持っていて、
そのHA抗原の種類が変化することにより、
A型インフルエンザのタイプが変化します。

更には同じタイプのHA抗原であっても、
その微妙な遺伝子配列の変化により、
ワクチンの効果は減弱することが知られています。

これが、
インフルエンザに関しては、
毎年ワクチンを接種しないといけない主な理由です。
抗原の性質が少し異なれば、
その部位に対応した抗体も異なり、
A型インフルエンザウイルス自体が、
頻繁にそうした変異を繰り返すので、
それに応じて、
抗体も変化を繰り返さないといけないからです。

その一方で交差免疫という現象もあることが知られています。

2009年の所謂「新型インフルエンザ」騒動の時には、
別個の抗原しか含んでいない季節性インフルエンザワクチンに、
一定の効果があるのでは、
というデータも発表され、
その理由としてウイルスのタイプが異なっていても、
有効な免疫が存在するのではないか、
という推測が語られました。

確かにどんなタイプのA型インフルエンザウイルスであっても、
同じインフルエンザウイルスであれば、
同じように生じるタイプの免疫反応も存在はしているようです。

しかし、変化する抗原に対して誘導される免疫の方が、
通常の状態では優位に立っているように思われます。

さて、
抗原変異を繰り返すHA抗原ですが、
模式的に言うと、幹のような部分の先端に、
球体がくっついたような形状をしています。

そして、抗原変異は専ら先端の球体の部位に起こります。
つまり、幹の部分は、
異なるタイプのA型インフルエンザであっても、
基本的には変化はしないのです。

この幹の部分にも抗原性があり、
抗体の産生に結び付くことは分かっています。

そうであるなら、
この幹の部分は持っているけれど、
変化する球体の部分はない抗原を持つ、
「偽のウイルス粒子」を作り、
それを刺激として免疫反応を惹起させれば、
自然免疫よりも、
より抗原変異に影響されない反応が起こるのではないでしょうか?

この仮定の元に、
HA抗原を持たないただの粒子と、
季節性ワクチンと同じように、
3種類のA型抗原を同時に発現させたワクチン粒子、
そして、
変異する球体部分を持たず、
HA抗原の幹の部分のみを発現させたワクチン粒子の、
3種類を合成して、
ネズミとイタチにそのワクチンを打ち、
その後にH5N1という、
強毒性の鳥由来のインフルエンザウイルスに感染させる実験を行います。

すると驚いたことに、
HA抗原の幹の部分のみを抗原としたウイルスを接種した動物のみが、
ネズミでは完全に、
そしてイタチでも部分的には、
H5N1の感染から生存し、
それ以外の動物は全て感染により死亡しました。

重要な点は、
このワクチンはH5の抗原は含んでいない、
ということです。

より普遍的な幹の部分の抗体が誘導されることにより、
ウイルスのタイプに関わらない免疫が誘導されたのです。

完全なHA抗原を持つワクチンでは、
確かにその抗原に対する抗体は誘導されましたが、
その幹の部分に対する免疫反応は、
幹のみを有するワクチンよりは、
ずっと少ないものだったのです。

つまり、
HA抗原の幹の部分のみを発現させた、
偽ウイルスタイプの粒子状ワクチンは、
自然免疫よりも強力に、
タイプに関わらない免疫を誘導させたのです。

論文のデータは、
ワクチンを接種された動物の免疫グロブリンを、
別の動物に接種した場合に、
同様の感染防御効果の得られることも確認していて、
このような現象が実際にあること自体は、
ほぼ証明されたと言って良いように思います。

このワクチンが実用化されれば、
インフルエンザのワクチンは、
少なくともA型に関しては1種類で済み、
同じワクチンで鳥由来の新型インフルエンザに対しても、
同様の効果のある可能性が生まれたことになります。
要するに新型インフルエンザの誕生に、
その都度怯えなくても良いことになるのです。

勿論まだ動物実験の段階であり、
自然免疫とは異なる免疫反応を惹起する点から、
その安全性にはまだ疑問符が付きますし、
その免疫の持続も明らかではありませんが、
これまでの「万能ワクチン」の研究の中では、
最も実用化に近い知見であることは間違いがなく、
今後の研究の推移を、
注視し続けたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

ドクテロイドK

インフルエンザのユニバーサルワクチンについて、私も調べた事があり、先生のブログに反応してしまいました。(ご存知かもしれませんし、不確実な記述もあるかもしれませんがその際はご容赦ください)
ご紹介頂いたHA-stem region以外にも、nucleoproteinやmatrix 2 protein (M2)を、変異の少ない抗原としてワクチンに利用するアイデアがあります。特にM2は、すでに治験のphase2に入ったという記述が、しばらく前からあちこちに書かれているものの、まだ商品化されたという話を聴きません。実用化されれば非常に有用なワクチンになると思うのですが。
by ドクテロイドK (2015-11-18 12:17) 

fujiki

ドクテロイドKさんへ
M2を抗原にしたワクチンの話は、
以前に2回ほど記事にしたことがあります。
実用化の可能性は、
今回のものの方が高いにように思うのですが、
それほどしっかりとした根拠がある訳ではありません。
by fujiki (2015-11-23 21:29) 

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