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双極性障碍1型のリチウム反応性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
双極性障害1型とリチウム反応性.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
双極性障碍の薬の効き方を、
遺伝子レベルで検証した台湾の論文です。

双極性障碍は以前は躁うつ病と呼ばれていた、
躁状態とうつ状態とが交互に出現する病態に加えて、
イライラなどの極軽い躁状態と、
うつ状態とが繰り返す、
一見長引くうつ状態と見分けが付き難いものなど、
多くの病態を含み、
うつ病に代わって、
感情障碍の主体と考えられるようになっています。

このうち双極性障碍の1型は、
躁状態とうつ状態とを繰り返すもので、
かつての躁うつ病に近い概念です。

双極性障碍1型の治療において、
基礎薬として使用されている薬の1つが、
炭酸リチウムです。

炭酸リチウムとは、
どのような薬でしょうか?

リチウムは原子番号3のアルカリ金属で、
酸化され易いため、
安定形として炭酸イオンと結合したのが炭酸リチウムです。
アルカリ金属として、
最も軽い1価の陽イオンです。

抗精神病薬にしても、
抗うつ薬にしても、
もっと複雑な構造を持つ化合物です。

しかし、
リチウムは端的に言えば、
ただの1価の陽イオンに過ぎません。

それが不思議なことに、
単極性の気分障碍にも、
双極性の気分障碍にも、
場合によっては統合失調症やそれ以外の病気にも、
明瞭な治療効果を示すのですから、
精神というのは興味深い構造物です。

リチウムを始めて躁病の治療に使用した論文は、
1949年にオーストラリアの精神科医、
ジョン・ケード先生によって発表されています。

ケード先生はまずネズミの実験から、
たまたま炭酸リチウムを投与されたネズミが、
数時間に渡りおとなしくなり、
動き回ることを止めたことを観察します。

ケード先生は躁状態を引き起こす物質を、
患者さんの尿から検出する研究をしていたのですが、
動き回るネズミがおとなしくなるなら、
この炭酸リチウムを躁病の患者さんに飲ませれば、
躁状態が改善するのではないか、
と考えました。

そして、
自分でリチウムを飲んでみて、
害のないことを確認すると、
躁病の患者さんにリチウムの製剤を使用し、
躁病を改善させる効果のあることを確認したのです。

これが炭酸リチウム発見の歴史です。

炭酸リチウムは激した感情を和らげ、
双極性障碍に典型的に見られる、
感情の急激な変動を改善します。
抗うつ剤よりマイルドな抗うつ効果があり、
抗精神病薬よりマイルドな、
鎮静作用があります。

ただ、
現在においても、
その作用のメカニズムは、
G蛋白、イノシトール・モノフォスファターゼ、
グリコーゲン・シンターゼ・キナーゼ3b、アデニリル・シクラーゼの、
4種類の物質の抑制にあることは、
ほぼ明らかになっていますが、
詳細なメカニズムはまだ不明の点を多く残しています。

要するにどうして効くのか、
完全には分かっていないのです。

この薬のもう1つの問題は、
治療域が限られていて、
蓄積によるリチウム中毒が起こる、
ということです。
それ以外にも甲状腺の機能異常や尿崩症、
皮膚疾患や不整脈など、
全身のありとあらゆる場所の、
副作用が知られています。
この中には明確に蓄積として起こるものもあり、
そうではないものもあります。

このように、
その作用のメカニズムが不明で、
治療域が限られ、副作用の多い点が、
この薬の欠点です。

ただ、
非常に歴史のある薬で、
どのような副作用が、
どの程度の頻度で生じるのかは、
ほぼ明確になっていて、
血液の薬物濃度も、
健康保険の範囲で簡単に測ることが出来るので、
その意味では、
治療者に充分な知識と経験があり、
患者さんと医療者とのコミュニケーションも、
充分に取れていれば、
決して他剤と比較して、
危険な薬である、
というような言い方は出来ないと思います。

もう1つこのリチウム製剤の問題点は、
患者さんによってその効果に差にあることです。

こうした場合に患者さんの遺伝的な素因が、
その効果の有無に関連していると考えるのが、
最近のお馴染みの考え方です。

今回の研究は台湾において、
双極性障碍1型のリチウムに対する反応性と、
それに最も関連性が高いと考えられる、
遺伝子の点変異の解析を行なっています。
対象はトータルで1761名の台湾の漢民族の双極性障碍1型の患者さんで、
このうち294例がリチウム治療群として抽出されています。

脳内伝達物質のグルタミン酸に関連する、
GADL1という遺伝子の変異が、
最もリチウムの反応性と関連が深いと考えられました。
幾つかの変異を組み合わせた時に、
リチウムの反応性の予測における感度は93%ですから、
この結果はかなり臨床的な意義の高いものです。
漢民族においては、
約半数がリチウム反応性と判断されました。

この結果が日本人にもそのまま当て嵌まるものなのかどうか、
人種差がどの程度あるものかを含めて、
まだ不明の点は多いのですが、
こうした精神疾患の治療薬の反応性というのは、
患者さんにとって非常に重要な情報で、
他の病気にも増して、
一刻も早い臨床応用を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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