ワクチン同時接種割引のチラシを考える [仕事のこと]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から古い資料などを整理して、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日は雑談です。
先日ある医療ジャーナリストの方が、
ご自宅に医療機関のダイレクトメールが入っていた、
というツィートをされました。
この方は非常に辛辣な発言を多くされていて、
その発言の是非はともかくとして、
多くの医療従事者の天敵のような方なのですが、
このツィート自体は、
別に悪口雑言という感じではありません。
どちらかと言えば、
「医療機関がこのようなチラシを配るようになったのか、おやおや」
というくらいの軽いニュアンスのものです。
勿論好意的な意味でないことは明らかですが、
明確な非難というほどの感じではありません。
そのチラシというのは、
ワクチンの同時接種をすると、
単独接種より割引料金にします、
という内容のものです。
その医療機関の担当者自身が、
「同時接種での特別キャンペーン」
と謳っています。
チラシの文面は以下のようなものです。
まず、
「インフルエンザ+風疹 一緒に予防接種を受けましょう!」
と書かれていて、
その下に小さな文字で、
「赤ちゃんを先天性風疹症候群から守りましょう」
と書かれています。
その下に病気のイラストがあります。
そして、
「ぜひワクチンを打っていただきたい!ので
インフルエンザワクチン3600円+麻疹風疹混合ワクチン8820円
=12420円のところを、
同時接種の方に限り、
9500円ポッキリにて提供いたします」
と結ばれています。
以上はチラシの原文のままご紹介しました。
医療機関の名前は書きません。
特定の医療機関を批判したりするつもりはもとよりなく、
こうしたチラシでワクチンの宣伝をする、
というあり方について、
僕なりの意見をまとめておきたい、
ということが本記事の意図です。
従って、本来はチラシの文面自体も、
特定のチラシの批判に結び付かないように、
改変するべきであるのかも知れません。
ただ、文章を少しでも変えれば、
変えたことによる意図が発生してしまうので、
文面は事実そのままとさせて頂きました。
繰り返しになりますが、
これは現在巷に多くあるこうしたチラシの1つとしての、
単なる例示であって、
この特定のチラシを批判したりすることが趣旨ではありません。
どうかその点はご理解の上お読み下さい。
さて、皆さんはこのチラシの文面をどうお読みになりますか?
僕のこのチラシを見た正直な印象は、
これは絶対にやってはいけないことではないか、
というものでした。
趣旨は分かります。
しかし、こんなチラシを作って宣伝めいた活動をするのは、
僕の倫理観では100%NGです。
しかし、
驚いたことに多くの医療従事者と思われる方が、
このチラシに対して、
「素晴らしい」
「医療機関の鑑だ、頭が下がる」
というような絶賛のコメントを寄せているので、
呆然として何が何だか分からなくなりました。
そうしたコメントの多くは、
前述の医療ジャーナリストの方へのアピールなので、
そうした趣旨も分からなくはありません。
ただ、幾ら医療ジャーナリストの言うことは、
全て気に入らないとしても、
このチラシを褒めるのは如何なものでしょうか?
僕には何かがさかさまになっているように思えてなりません。
ただ、
「じゃあお前は、このチラシの何が悪いのか言ってみろ!」
と改めて言われると、
「それは…」
と考え込んでしまうような思いもあります。
それでも僕なりに、
問題点を整理してみたいと思います。
医療というのは、
公共サービスとしての側面、
一種の自己犠牲や奉仕の側面と、
商売やビジネスとしての側面があります。
この日本は村上春樹さんの表現によれば、
「巨大な蟻塚のような高度資本主義社会」なので、
医療も所詮は資本主義のシステムの一部であって、
そこから逃れることは出来ません。
それは要するに、
医療サービスは全てお金に還元され、
お金の高低によって、
その価値は評価され、
それ以外では決して評価されない、
ということです。
しかし、資本主義社会であっても、
医療のような公共サービスというものは、
お金という価値からは離れた部分を、
常に内包しています。
医療に多くの規制があるのは、
要するに資本主義の価値観から、
医療サービスの公共的な側面を、
守るためなのです。
従って、三木谷さんのような資本主義の権化が、
医療の全ての規制を撤廃しろ、
と言うのは理の当然で、
その一方で共産主義を標榜したり、
隠れキリシタンのように崇拝している人が、
より規制を強化して、
医療者は全てボランティアたるべき、
のような発言をするのは、
それはそれで当然のことなのです。
さて、医療従事者は、
常に医療の資本主義的な側面と、
公共サービス的な側面との、
矛盾に苦しみながら、
個々の倫理観によって、
その2つのバランスを取って、
医療行為を行なっているのではないかと、
僕は思います。
その中で一番重要なことは、
医療には2つの矛盾した価値観があるのだと言うことを、
常に意識して医療行為を行なうべきではないか、
ということです。
そこで、上記のチラシに戻ってみましょう。
チラシを書いて配った人には、
間違いなく1つの理念があります。
それは風疹が流行しているにも関わらず、
国は適正な施策を取っていない、というものです。
この人にとっての適切な施策とは、
全ての国民が負担なく風疹のワクチンを接種して、
妊娠される人が風疹に罹るという不幸が起こらないように、
国を挙げて予防する、ということです。
しかし、現実には小さいお子さんでは市町村の補助があり、
妊娠を希望される女性やその配偶者にも、
補助を設けている自治体はありますが、
多くの成人は現時点で補助の対象になっていないので、
自発的に医療機関に赴き、
自費でワクチンを接種する必要があります。
ワクチンによる予防ということについても、
実際には色々な考え方があります。
ワクチンは完璧な予防法ではなく、
有害事象もありますし、
ワクチンのメカニズム自体に潜む危うさのようなものもあります。
しかし、
今はそうしたことは抜きにして、
この人の考えが100%正しいとしましょう。
つまり、
妊娠されている女性が絶対に風疹に罹らないように、
全ての国民がワクチンを接種することが望ましい、
というのが真実だと仮定します。
この考えに立った時に、
上記のチラシを作ったような、
地域の医療機関に出来ることは何でしょうか?
基本的には行政が全ての国民にワクチン接種が可能なように、
法令を改正してそのための予算を付けるように、
行政に働きかけをする、
ということが考えられます。
1人の医療従事者が騒いだところで、
その影響はしれていますから、
所属の学会を通じての働きかけをしたり、
政治的な力をお持ちの方に、
お願いをしたりする、
ということになる訳です。
ただ、そうしたことをしても、
行政は何ら動かない、
と思われた場合はどうでしょうか?
今回の風疹の問題の場合、
風疹の流行がワクチンを接種されていない、
若い成人を中心して起こり、
それに対する行政の対策は後手後手に廻りました。
そのため、行政の対応を待ってはいられない、
ということで、
積極的にワクチン接種をPRするような動きが、
医療従事者の間において起こりました。
その中には、
まず通常は診療をしていないことの多い、
夜間の時間帯や日曜祝日の時間帯に、
臨時でワクチン外来を行なって、
普段あまり医療機関に掛からないような人にも、
ワクチンの接種をしてもらおう、
というような取組みもありました。
僕は必ずしも賛同はしませんが、
これは1つのあり方ではあると思います。
もう1つの考えは接種に掛かる金銭的なご負担を、
なるべく減らして接種をし易くする、
というものです。
上記のチラシの文面は、
そうした考え方に沿うものです。
ただ、それにしては多くの問題があるように思います。
まず文面があまりに安っぽい商品の宣伝のチラシに似ている、
という点があります。
「9500円ポッキリにて提供いたします」
という表現の下劣さ、品のなさはどうでしょうか?
また、同時接種で割引、という発想は如何なものでしょうか?
勿論接種される方の手間を減らすために、
インフルエンザの予防接種に見えた時に、
同時に風疹麻疹混合ワクチンを接種すれば、
効率的だ、という考え方は成り立ちます。
同時接種自体は、
どのようなワクチンをどのように組み合わせても、
原則としては問題ない、
という考え方があります。
しかし、文面は同じ日に接種すると安くなってお得ですよ、
という露骨なものですから、
セット料金のような名目で、
同時接種をある種強要している、
というように取ることが出来ます。
同時接種というのは、
本来このように準強要するべきような性質のものでは、
ないのではないでしょうか?
要するに、
「同時接種にはこれこれの利点がありますよ」
と説明することは問題のないことですが、
「同時接種すれば安くワクチンが打てますからお得ですよ」
というような説明は不適切ではないか、
ということです。
そもそもの問題の本質が見失われ、
損得勘定の話にすり替わってしまうからです。
総じて一番の問題は、
このチラシの中において、
1人でも多くの方に風疹のワクチンを打って頂き、
妊娠中に風疹に罹る女性を少しでも減らそう、
という公共の福祉的な考え方が、
途中で露骨な資本主義的商品売買の手口に、
すり替わっている、
という点にあると僕は思います。
価格を安くしても、
医療機関がワクチンを仕入れる価格が変わる訳ではなく、
医療機関の利潤を減らしているだけなのだから、
言わば自己犠牲的な行為であって、
商業主義のように批判するのはおかしいのではないか、
という反論をされる方があるかも知れません。
しかし、
ワクチンの価格に医療機関がある程度の上乗せをするのは、
接種される方の安全に配慮し、
適切な説明と診察、問診を行ない、
接種後に何か問題が生じればそれに対する対応も行なうことを含めた、
専門家が管理することの代価としてのものなので、
その部分を減らしたから立派なことであるとは、
必ずしも言えないように僕は思います。
更には9500円という価格は、
平均的な仕入れ値から考えて、
利益がゼロという価格ではないと思います。
単独接種の価格自体は、
どちらかと言えば高めの設定になっているからです。
従って、少ないながら利潤があるとすれば、
「セット料金で今ならお得です」
という煽りで集客を図ると言う手法は、
純粋に商業主義的なもので、
更に言えば限定された期間のみ、
赤字覚悟の低料金にして集客を図り、
その後に別途収益を得ようというシステムも、
商品販売においては常套手段の1つです。
商業主義的なもの、
と断じるのは言い過ぎかも知れません。
しかし、そう取られても仕方がないような、
チラシの文面になっていることは間違いがないと思います。
仮に無自覚にこうしたことをしたとすれば、
この方の頭の中では、
医療行為における資本主義的な側面と公共サービス的な側面とが、
混乱した状態のまま混ざり合っている、
ということになり、
これは矢張り問題ではないかと思うのです。
ワクチンの価格の主たる部分は、
当然ワクチンメーカーの決めた価格にあり、
それが高額であることが、
自費のワクチンが高額であることの主たる理由です。
従って、ワクチンの価格を下げると言う時に、
医療機関のみが身を削って、
自らの利潤を切り詰め、
何か自己満足的に良いことをした気分になる、
というのは本来は正しいあり方ではないと思います。
ワクチンの価格を下げるのであれば、
ワクチンメーカー自体もその価格を下げ、
中間の卸さんも利益を削って、
痛み分けで下げるのでなければフェアではありません。
本来はそうしたあり方こそ望ましいので、
医療機関だけが利益を削って、
ヒーローになったような自己満足に浸る、
というのは健全なあり方ではないと思うのです。
何故なら、資本主義の中における医療行為は、
結局それに掛かるお金の額をもってしか、
その価値を判断されないからです。
公共サービスの視点に立って、
「ワクチンは高いから診察代は半分にしておくよ」
というようなことを無自覚にすると、
結局はその診察は半分の価値しかない、
ということになり、
診察料自体がそのうちに半分にされてしまうのです。
診察や管理や責任の価値を、
自分から下げてはいけないのです。
公共の福祉の視点に立ち、
より良いサービスのために、
利益度外視で尽力するのは崇高な行為だと思います。
しかし、それを「割引」のような商行為として行なってはいけないのです。
それは資本主義的な医療と、
公共の福祉としての医療とを、
混同することに繋がるからです。
それでは今回のチラシをどうすれば良かったのか、
と言う点についての僕の見解は、
以下のようなものです。
風疹ワクチンを積極的に打ちましょう、
というアピールは、
それが確固たる信念を元にした主張であるなら、
チラシで配っても何ら問題はないと思います。
ワクチンの価格を明示しても、
それも問題はないと思います。
しかし、それは資本主義的な医療ではない、
ということの線引きは必要なので、
間違っても商業主義的な煽りのような、
誤解を招くような表現は避けるのが妥当で、
同時接種の場合1回の来院で済むのですから、
価格は下がっても良いのですが、
それを「出血大サービス」のように広告するのは、
商業主義的な医療そのものですから、
絶対にするべきではないと思うのです。
資本主義の世の中なのですから、
金儲け目的に特化した医療機関があっても、
それはそれで仕方のないことだと思うのです。
しかし、目的が公共サービスであり奉仕の精神であるのに、
セット料金でお買い得、のような商業主義的な宣伝をすることは、
僕には一番問題がある行為であり、
医療者が厳に慎むべきことのように、
思えてならないのです。
皆さんはどうお考えになりますか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から古い資料などを整理して、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日は雑談です。
先日ある医療ジャーナリストの方が、
ご自宅に医療機関のダイレクトメールが入っていた、
というツィートをされました。
この方は非常に辛辣な発言を多くされていて、
その発言の是非はともかくとして、
多くの医療従事者の天敵のような方なのですが、
このツィート自体は、
別に悪口雑言という感じではありません。
どちらかと言えば、
「医療機関がこのようなチラシを配るようになったのか、おやおや」
というくらいの軽いニュアンスのものです。
勿論好意的な意味でないことは明らかですが、
明確な非難というほどの感じではありません。
そのチラシというのは、
ワクチンの同時接種をすると、
単独接種より割引料金にします、
という内容のものです。
その医療機関の担当者自身が、
「同時接種での特別キャンペーン」
と謳っています。
チラシの文面は以下のようなものです。
まず、
「インフルエンザ+風疹 一緒に予防接種を受けましょう!」
と書かれていて、
その下に小さな文字で、
「赤ちゃんを先天性風疹症候群から守りましょう」
と書かれています。
その下に病気のイラストがあります。
そして、
「ぜひワクチンを打っていただきたい!ので
インフルエンザワクチン3600円+麻疹風疹混合ワクチン8820円
=12420円のところを、
同時接種の方に限り、
9500円ポッキリにて提供いたします」
と結ばれています。
以上はチラシの原文のままご紹介しました。
医療機関の名前は書きません。
特定の医療機関を批判したりするつもりはもとよりなく、
こうしたチラシでワクチンの宣伝をする、
というあり方について、
僕なりの意見をまとめておきたい、
ということが本記事の意図です。
従って、本来はチラシの文面自体も、
特定のチラシの批判に結び付かないように、
改変するべきであるのかも知れません。
ただ、文章を少しでも変えれば、
変えたことによる意図が発生してしまうので、
文面は事実そのままとさせて頂きました。
繰り返しになりますが、
これは現在巷に多くあるこうしたチラシの1つとしての、
単なる例示であって、
この特定のチラシを批判したりすることが趣旨ではありません。
どうかその点はご理解の上お読み下さい。
さて、皆さんはこのチラシの文面をどうお読みになりますか?
僕のこのチラシを見た正直な印象は、
これは絶対にやってはいけないことではないか、
というものでした。
趣旨は分かります。
しかし、こんなチラシを作って宣伝めいた活動をするのは、
僕の倫理観では100%NGです。
しかし、
驚いたことに多くの医療従事者と思われる方が、
このチラシに対して、
「素晴らしい」
「医療機関の鑑だ、頭が下がる」
というような絶賛のコメントを寄せているので、
呆然として何が何だか分からなくなりました。
そうしたコメントの多くは、
前述の医療ジャーナリストの方へのアピールなので、
そうした趣旨も分からなくはありません。
ただ、幾ら医療ジャーナリストの言うことは、
全て気に入らないとしても、
このチラシを褒めるのは如何なものでしょうか?
僕には何かがさかさまになっているように思えてなりません。
ただ、
「じゃあお前は、このチラシの何が悪いのか言ってみろ!」
と改めて言われると、
「それは…」
と考え込んでしまうような思いもあります。
それでも僕なりに、
問題点を整理してみたいと思います。
医療というのは、
公共サービスとしての側面、
一種の自己犠牲や奉仕の側面と、
商売やビジネスとしての側面があります。
この日本は村上春樹さんの表現によれば、
「巨大な蟻塚のような高度資本主義社会」なので、
医療も所詮は資本主義のシステムの一部であって、
そこから逃れることは出来ません。
それは要するに、
医療サービスは全てお金に還元され、
お金の高低によって、
その価値は評価され、
それ以外では決して評価されない、
ということです。
しかし、資本主義社会であっても、
医療のような公共サービスというものは、
お金という価値からは離れた部分を、
常に内包しています。
医療に多くの規制があるのは、
要するに資本主義の価値観から、
医療サービスの公共的な側面を、
守るためなのです。
従って、三木谷さんのような資本主義の権化が、
医療の全ての規制を撤廃しろ、
と言うのは理の当然で、
その一方で共産主義を標榜したり、
隠れキリシタンのように崇拝している人が、
より規制を強化して、
医療者は全てボランティアたるべき、
のような発言をするのは、
それはそれで当然のことなのです。
さて、医療従事者は、
常に医療の資本主義的な側面と、
公共サービス的な側面との、
矛盾に苦しみながら、
個々の倫理観によって、
その2つのバランスを取って、
医療行為を行なっているのではないかと、
僕は思います。
その中で一番重要なことは、
医療には2つの矛盾した価値観があるのだと言うことを、
常に意識して医療行為を行なうべきではないか、
ということです。
そこで、上記のチラシに戻ってみましょう。
チラシを書いて配った人には、
間違いなく1つの理念があります。
それは風疹が流行しているにも関わらず、
国は適正な施策を取っていない、というものです。
この人にとっての適切な施策とは、
全ての国民が負担なく風疹のワクチンを接種して、
妊娠される人が風疹に罹るという不幸が起こらないように、
国を挙げて予防する、ということです。
しかし、現実には小さいお子さんでは市町村の補助があり、
妊娠を希望される女性やその配偶者にも、
補助を設けている自治体はありますが、
多くの成人は現時点で補助の対象になっていないので、
自発的に医療機関に赴き、
自費でワクチンを接種する必要があります。
ワクチンによる予防ということについても、
実際には色々な考え方があります。
ワクチンは完璧な予防法ではなく、
有害事象もありますし、
ワクチンのメカニズム自体に潜む危うさのようなものもあります。
しかし、
今はそうしたことは抜きにして、
この人の考えが100%正しいとしましょう。
つまり、
妊娠されている女性が絶対に風疹に罹らないように、
全ての国民がワクチンを接種することが望ましい、
というのが真実だと仮定します。
この考えに立った時に、
上記のチラシを作ったような、
地域の医療機関に出来ることは何でしょうか?
基本的には行政が全ての国民にワクチン接種が可能なように、
法令を改正してそのための予算を付けるように、
行政に働きかけをする、
ということが考えられます。
1人の医療従事者が騒いだところで、
その影響はしれていますから、
所属の学会を通じての働きかけをしたり、
政治的な力をお持ちの方に、
お願いをしたりする、
ということになる訳です。
ただ、そうしたことをしても、
行政は何ら動かない、
と思われた場合はどうでしょうか?
今回の風疹の問題の場合、
風疹の流行がワクチンを接種されていない、
若い成人を中心して起こり、
それに対する行政の対策は後手後手に廻りました。
そのため、行政の対応を待ってはいられない、
ということで、
積極的にワクチン接種をPRするような動きが、
医療従事者の間において起こりました。
その中には、
まず通常は診療をしていないことの多い、
夜間の時間帯や日曜祝日の時間帯に、
臨時でワクチン外来を行なって、
普段あまり医療機関に掛からないような人にも、
ワクチンの接種をしてもらおう、
というような取組みもありました。
僕は必ずしも賛同はしませんが、
これは1つのあり方ではあると思います。
もう1つの考えは接種に掛かる金銭的なご負担を、
なるべく減らして接種をし易くする、
というものです。
上記のチラシの文面は、
そうした考え方に沿うものです。
ただ、それにしては多くの問題があるように思います。
まず文面があまりに安っぽい商品の宣伝のチラシに似ている、
という点があります。
「9500円ポッキリにて提供いたします」
という表現の下劣さ、品のなさはどうでしょうか?
また、同時接種で割引、という発想は如何なものでしょうか?
勿論接種される方の手間を減らすために、
インフルエンザの予防接種に見えた時に、
同時に風疹麻疹混合ワクチンを接種すれば、
効率的だ、という考え方は成り立ちます。
同時接種自体は、
どのようなワクチンをどのように組み合わせても、
原則としては問題ない、
という考え方があります。
しかし、文面は同じ日に接種すると安くなってお得ですよ、
という露骨なものですから、
セット料金のような名目で、
同時接種をある種強要している、
というように取ることが出来ます。
同時接種というのは、
本来このように準強要するべきような性質のものでは、
ないのではないでしょうか?
要するに、
「同時接種にはこれこれの利点がありますよ」
と説明することは問題のないことですが、
「同時接種すれば安くワクチンが打てますからお得ですよ」
というような説明は不適切ではないか、
ということです。
そもそもの問題の本質が見失われ、
損得勘定の話にすり替わってしまうからです。
総じて一番の問題は、
このチラシの中において、
1人でも多くの方に風疹のワクチンを打って頂き、
妊娠中に風疹に罹る女性を少しでも減らそう、
という公共の福祉的な考え方が、
途中で露骨な資本主義的商品売買の手口に、
すり替わっている、
という点にあると僕は思います。
価格を安くしても、
医療機関がワクチンを仕入れる価格が変わる訳ではなく、
医療機関の利潤を減らしているだけなのだから、
言わば自己犠牲的な行為であって、
商業主義のように批判するのはおかしいのではないか、
という反論をされる方があるかも知れません。
しかし、
ワクチンの価格に医療機関がある程度の上乗せをするのは、
接種される方の安全に配慮し、
適切な説明と診察、問診を行ない、
接種後に何か問題が生じればそれに対する対応も行なうことを含めた、
専門家が管理することの代価としてのものなので、
その部分を減らしたから立派なことであるとは、
必ずしも言えないように僕は思います。
更には9500円という価格は、
平均的な仕入れ値から考えて、
利益がゼロという価格ではないと思います。
単独接種の価格自体は、
どちらかと言えば高めの設定になっているからです。
従って、少ないながら利潤があるとすれば、
「セット料金で今ならお得です」
という煽りで集客を図ると言う手法は、
純粋に商業主義的なもので、
更に言えば限定された期間のみ、
赤字覚悟の低料金にして集客を図り、
その後に別途収益を得ようというシステムも、
商品販売においては常套手段の1つです。
商業主義的なもの、
と断じるのは言い過ぎかも知れません。
しかし、そう取られても仕方がないような、
チラシの文面になっていることは間違いがないと思います。
仮に無自覚にこうしたことをしたとすれば、
この方の頭の中では、
医療行為における資本主義的な側面と公共サービス的な側面とが、
混乱した状態のまま混ざり合っている、
ということになり、
これは矢張り問題ではないかと思うのです。
ワクチンの価格の主たる部分は、
当然ワクチンメーカーの決めた価格にあり、
それが高額であることが、
自費のワクチンが高額であることの主たる理由です。
従って、ワクチンの価格を下げると言う時に、
医療機関のみが身を削って、
自らの利潤を切り詰め、
何か自己満足的に良いことをした気分になる、
というのは本来は正しいあり方ではないと思います。
ワクチンの価格を下げるのであれば、
ワクチンメーカー自体もその価格を下げ、
中間の卸さんも利益を削って、
痛み分けで下げるのでなければフェアではありません。
本来はそうしたあり方こそ望ましいので、
医療機関だけが利益を削って、
ヒーローになったような自己満足に浸る、
というのは健全なあり方ではないと思うのです。
何故なら、資本主義の中における医療行為は、
結局それに掛かるお金の額をもってしか、
その価値を判断されないからです。
公共サービスの視点に立って、
「ワクチンは高いから診察代は半分にしておくよ」
というようなことを無自覚にすると、
結局はその診察は半分の価値しかない、
ということになり、
診察料自体がそのうちに半分にされてしまうのです。
診察や管理や責任の価値を、
自分から下げてはいけないのです。
公共の福祉の視点に立ち、
より良いサービスのために、
利益度外視で尽力するのは崇高な行為だと思います。
しかし、それを「割引」のような商行為として行なってはいけないのです。
それは資本主義的な医療と、
公共の福祉としての医療とを、
混同することに繋がるからです。
それでは今回のチラシをどうすれば良かったのか、
と言う点についての僕の見解は、
以下のようなものです。
風疹ワクチンを積極的に打ちましょう、
というアピールは、
それが確固たる信念を元にした主張であるなら、
チラシで配っても何ら問題はないと思います。
ワクチンの価格を明示しても、
それも問題はないと思います。
しかし、それは資本主義的な医療ではない、
ということの線引きは必要なので、
間違っても商業主義的な煽りのような、
誤解を招くような表現は避けるのが妥当で、
同時接種の場合1回の来院で済むのですから、
価格は下がっても良いのですが、
それを「出血大サービス」のように広告するのは、
商業主義的な医療そのものですから、
絶対にするべきではないと思うのです。
資本主義の世の中なのですから、
金儲け目的に特化した医療機関があっても、
それはそれで仕方のないことだと思うのです。
しかし、目的が公共サービスであり奉仕の精神であるのに、
セット料金でお買い得、のような商業主義的な宣伝をすることは、
僕には一番問題がある行為であり、
医療者が厳に慎むべきことのように、
思えてならないのです。
皆さんはどうお考えになりますか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2014-01-18 08:33
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コメント(8)
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倫理観がないDrだったらワクチンが不足したときは価格をつり上げる可能性もありますね~♪
by えほん (2014-01-19 11:29)
このエントリを読んで、儲け主義と思われるのが嫌で、予防接種の案内をしない先生もおられるのかなあと思いました。
商業主義的といえば、人間ドックを受けた医療機関から、キャンペーン価格です、みたいな案内が来ますね。
自費で受けてるものなので、その収益で保険診療で不足する分を充実させてくれるなら良いと思っていました。
by 通りすがり (2014-01-20 09:56)
金儲けしたかったらワクチン接種なんて良い方策じゃないでしょ。
接種にまつわる諸々も面倒ばかりだし。
by しいはら (2014-01-21 08:21)
このチラシにまつわる不快な感じをよくあらわしてくれたと思います。一部の人達はこの医師をヒーローのように扱っているけれど私はそう思いませんでした。不快に思っている住民は多いでしょうね。
by koko (2014-01-21 11:14)
「お金が高くて風疹ワクチンを打たない」という人が大勢いるので
「安い」ことがインセンティブになります。
高いと流行阻止に必要な人達が接種してくれないことは
多くの研究でハッキリしています
他院と比較すれば明らかにこ儲けではなく、
社会的使命からの値段設定であることがわかるはずです
がんばっている医師をたたくのではなく
風疹流行に対して何もせずに、動きもしていない
そういう方面に対して、大きな声を出してもらいたいです
by 産婦人科医 (2014-01-21 12:59)
公共サービスは無料奉仕という哲学は正しいと思います
特に公共の福祉のために国債乱発して異次元金融緩和してモラルハザード起こしているような国ではもう奉仕活動以外公共サービスは信用できません。
資本主義の理想は権威主義で腐敗堕落したカソリックに労働価値説で抗議したことから、世の中の役に立った者が富を得るべきだという倫理だったとか、昔本で読んだ記憶があります。労働は刑罰の始まりだとか。日本ではまったく無縁の出来事なんですよね。ほんと西欧人とは人種がちがいますよね。
by ide (2014-01-31 00:35)
はじめまして。
福島県に住むさきと言います。
So-netの他のブログからきました。
こうした、決してメディアが伝えない部分を伝えて下さる医師がおられることに、
安心して読ませていただいています。
by さき (2015-03-24 12:02)
さきさんへ
はじめまして。
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2015-03-24 19:55)