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甲状腺癌治療後の患者さんの予後とTSHとの関連について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺乳頭癌と心血管リスク.jpg
2013年10月のJ Clin Oncol.誌に掲載された、
分化型甲状腺癌の治療後の患者さんの予後と、
血液の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の数値との関連についての論文です。

甲状腺癌の治療は、
手術が可能なものであれば、
甲状腺の切除手術を行ない、
その後必要に応じて放射性ヨードによる、
アブレーションという治療を追加します。

甲状腺を全て切除する手術を行なった場合には、
甲状腺ホルモンの分泌がなくなりますから、
術後の甲状腺機能低下症になり、
甲状腺ホルモン製剤(通常はT4製剤)の補充が行なわれます。

この時、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が、
正常より低くなるように調節した方が、
再発が少ないという知見があります。

これは分化型の甲状腺癌であれば、
TSHにより刺激される性質を持っているので、
そうした刺激を避ける理由からです。

アメリカ甲状腺学会の2009年のガイドラインでは、
治療後早期には、
再発リスクの高い患者さんではTSHは0.1未満となるまで抑制し、
再発リスクの低い患者さんでも0.1から0.5の範囲になるように、
コントロールするのが望ましいとされています。
病変が残存している場合には、
無期限に0.1未満に抑制しますが、
再発の兆候がなければ、
低リスクの患者さんでは0.3から2.0程度まで許容される、
という見解になっています。

つまり、
一般的には長期間に渡って、
TSHは正常の基準値より、
低くコントロールされる、ということになります。

TSHが抑制されるまで、
甲状腺ホルモン製剤を使用するということは、
潜在性もしくは極軽度の甲状腺機能亢進症の状態に、
甲状腺癌の術後で甲状腺全摘の患者さんは維持される、
ということになるのです。

ここで1つ問題となるのは、
潜在性の甲状腺機能亢進症の患者さんは、
若干ですが心臓への負荷の上昇から、
心筋梗塞などの心臓病が増えるというデータのあることです。

それでは、
長期間甲状腺ホルモン製剤を使用して、
TSHを抑制している甲状腺癌治療後の患者さんの、
心臓病などのリスクをどう考えれば良いのでしょうか?

これまでに幾つかのデータがありますが、
甲状腺癌術後のTSH抑制療法と、
その後の死亡リスク等との関連は明らかではありません。

今回の文献では、
1980年から2010年にオランダの単一施設で、
分化型甲状腺癌のために甲状腺の全摘手術及び、
その後の放射性ヨードによるアブレーション治療を受け、
甲状腺ホルモン製剤の使用を行なっている、
524名の患者さんの平均8.5年の経過観察のデータを、
対照としての1572名の年齢などをマッチさせた、
甲状腺機能が正常の住民の疫学データと比較して、
心臓病の死亡リスクと、
総死亡のリスクの差を検証しています。
最初から患者さんを登録して経過を見たのではなく、
後から患者さんのデータを解析してまとめたタイプの研究です。
甲状腺癌は7割が乳頭癌ですが、
それ以外に濾胞癌なども含まれています。
未分化癌は除外されています。

その結果…

最終的にデータが使用可能であった、
甲状腺癌治療群の414名の患者さんのうち、
平均8.5年の観察期間中に、
22名が心臓病で死亡し、
39名が甲状腺癌のために死亡し、
39名がそれ以外の原因で死亡していました。
一方で対照群では、
1277名を平均10.5年観察した中で、
24名が心臓病で死亡し、
61名がそれ以外の原因で死亡しています。

年齢や性別、糖尿病などの心臓病の危険因子を、
補正した上で比較すると、
総死亡のリスクは4.40倍、
心臓病による死亡リスクも3.35倍、
いずれも有意に甲状腺癌治療後の患者さんで、
上昇しているという結果でした。

この死亡リスクは血液のTSHと相関があり、
TSHの数値が10分の1に減少すると、
心臓病による死亡リスクは3.08倍に上昇していました。
(これは甲状腺癌治療群のみでの解析です)
これは甲状腺癌の悪性度や放射性ヨードの使用量とは無関係で、
総死亡のリスクに関しては、
TSHとの有意な相関は認められませんでした。

つまり、
甲状腺癌の術後にTSHの抑制療法を行なうと、
長期的には心臓病の死亡リスクが増加する可能性がある、
という結果です。

ただ、これは後ろ向きの単独施設のデータで、
治療の期日も30年の幅があるので、
患者さんの条件はかなりまちまちであると想定され、
これだけでTSHの抑制が心臓病の死亡リスクの増加に結び付くと、
結論付けるのは時期尚早だと思います。

他の要素が影響している可能性も大きいからです。

今後少なくとも前向きの研究で、
同様の結果が得られるかどうかを検証する必要があります。

ただ、通常甲状腺癌の予後が良いので、
それだけで話が終わってしまうようなところがありますが、
予後が良いからこそ、
こうした長期予後に影響を与える因子の分析は重要で、
術後1年程度の期間は、
TSHを基準値未満に抑制しても、
その後は再発の所見がなければ、
0.5から1程度に緩めてコントロールすることが、
将来的にはスタンダードになるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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