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アルツハイマー病における抗精神病薬の効果とその中断リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
リスペリドンの中止と問題行動の再発.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
アルツハイマー病の精神症状に対する、
リスペリドンという抗精神病薬の効果と、
その中断後の再発リスクについての文献です。

アルツハイマー病を含む、
老年期の認知症において、
その経過の一時期に、
特有の攻撃的な言動や、
妄想などの精神症状が見られることがあります。

これは理性的な部分、
感情をコントロールしたり、
脳の情報を統合したりする高次の機能が、
比較的初期に低下するため、
感情が不安定に暴走し、
生じる現象と大雑把には考えられます。

こうした症状は周囲のご家族や、
介護をされる方にとっては大きな負担になり、
精神的な苦痛にもなると共に、
おそらくはご本人にとっても、
そうした不安や怒りや衝動に支配された状態は、
お辛いもののように推測されます。

こうした症状に対して、
主に使用される薬が、
国内外を問わず、
抗精神病薬と呼ばれる薬剤です。

抗精神病薬は元々は統合失調症の、
妄想や興奮を抑える目的で使用されている薬剤で、
ドーパミンという興奮性の刺激伝達物質の働きを、
抑制することが主な働きになります。

この薬は適応を誤らなければ、
統合失調症の所謂陽性症状に対しては、
非常に効果のある薬剤ですし、
認知症の攻撃性や精神症状に対しても、
主に経験的な使用が行なわれています。
ただ、一定の改善効果のあったとする文献は複数ありますが、
まだその適応には議論の余地が残っています。

この薬を認知症に対して使用する場合には、
統合失調症に使用する場合より慎重に、
その副作用や有害事象の有無を、
確認する必要があります。

このタイプの薬は、
脳全体の働きを落とす方向に働くので、
認知機能自体は悪化する可能性がありますし、
歩行がスムースに出来なくなる、
錐体外路症状という副作用が生じ易くなります。
最近使用されている、
非定型抗精神病薬というタイプの薬は、
その副作用を軽減したとされていますが、
それでもゼロになった、
という訳ではありません。

認知症では元々脳の働きは低下しているのですから、
ご高齢の認知症の患者さんに使用する場合には、
そうした副作用はより強く生じ易い、
という可能性があるのです。

実際2005年に発表された論文によれば、
認知症に非定型抗精神病薬という薬を使用した場合、
患者さんの死亡リスクが1.6~1.7倍高くなる、
という結果が示されています。

そこで、
現行のアメリカFDAの指針では、
こうした抗精神病薬の、
認知症の精神症状への使用は、
やむを得ない場合のみに行ない、
短期間に留めて早期に中止することを推奨する、
というものになっています。

この場合の使用期間は、
概ね3~6カ月が想定されています。

しかし、
それは本当に正しい考えなのだろうか、
というのが今回の論文の著者らの疑問です。

認知症の患者さんの中には、
少量の非定型抗精神病薬が著効して、
明らかに状態が改善するケースがあります。

これまでの研究では、
患者さんにどの程度の効果があったのかは、
あまり検討せず、
全ての抗精神病薬が使用された患者さんを対象として、
その使用のリスクを検証していました。

治療に反応した患者さんだけを選択しても、
薬を使用していることにより、
しない場合と比較して、
長期的には患者さんの予後が悪化するのでしょうか?

これが第一の疑問です。

もう1つの疑問は、
治療を中断した場合の精神症状の再発です。

これまでの抗精神病薬を中断した試験では、
概ね中断による症状の悪化は見られなかった、
という結果が出ています。
しかし、それは短期間の検証であって、
しかも抗精神病薬の使用の基準が、
あまり明確ではない事例を対象にしています。

本当に必要な患者さんに使用した場合でも、
中断により症状の再発が生じないのか、
という点については、
実証的なデータは不足しているのです。

治療中断により本当に症状は再発しないのか?

これが2つ目の疑問です。

そこで今回の研究では、
253名のアルツハイマー病の患者さんを対象とし、
精神症状や攻撃性があって、
抗精神病薬の適応と考えられる180名に対して、
リスペリドン(商品名リスパダールなど)という、
非定型抗精神病薬を、
平均で1日0.97㎎使用し、
まず4カ月間の経過を観察しています。

この使用量は、
日本での使用料とほぼ同等です。

その結果、
112名の患者さんがリスペリドンの効果があり、
症状が改善しました。

180名の患者さんの中で、
30名(17%)の患者さんが、
歩行がスムーズでなくなるなどの、
錐体外路症状を呈しています。

この112名のうち110名の患者さんを、
今度は3つの群に振り分けます。

1つ目の群はその後8カ月間に渡りリスペリドンを継続します。
つまり、トータル1年間継続するのです。

2つ目の群は最初の4カ月はリスペリドンを継続し、
その後の4カ月は偽薬に切り替えます。

3つ目の群は最初の4カ月は偽薬を使用し、
その後の4カ月はリスペリドンを再開するのです。

その結果、
振り分け後の4カ月においては、
精神症状の再発は、
リスペリドン継続群に比較して、
偽薬に切り替えるとほぼ倍増しており、
後半の4カ月では更にその差は広がって、
継続群の4.88倍、
中断群では再発リスクが増加する、
というデータが得られました。

つまり、
抗精神病薬による症状の改善が認められた患者さんにおいては、
3から6カ月の使用で、
オートマチックに投薬を中止する、
という現在のアメリカの指針は、
必ずしも適切ではない可能性がある、
ということになります。

ただ、
今回の研究では、
リスペリドンを継続した患者さんのうち、
実際に1年間の使用を完遂出来たのは、
32名中10名に過ぎず、
その意味で決して継続がより良い予後に結び付くと、
今回の結果のみから言うことは出来ないように思います。

それでも、
抗精神病薬の認知症への使用が、
その事例を慎重に選択し、
その効果が見られた場合には、
決して患者さんの予後の悪化に、
直結するものではなく、
むしろ長期予後も改善する可能性もある、
ということは、
臨床のこうした薬の使用において、
臨床医が考慮するべき点ではないかと考えます。

個人的にも、
認知症の患者さんの精神症状に、
リスペリドンが著効した事例は複数経験しており、
その使用が多くの点でメリットのあるケースが存在すると、
経験からはそう思います。

問題はその場合の比較的長期間の継続可否で、
これは錐体外路症状の兆候や、
認知機能の低下の程度、
心臓や肺の機能の状態なども見定めながら、
慎重に検討するべきものではないかと考えます。

今日は認知症の精神症状に対する、
抗精神病薬の効果についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
ご指摘を受け一部表現を改めました。
(2012年10月21日午前7時10分修正)
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コメント 3

三宅貴夫

初めてブログを拝見しました。
わかりやすい解説です。
解説されたNEJMに掲載された論文は私の個人サイト「認知症なんでもサイト」でも紹介しました。
リスペリドンが効果のあったアルツハイマー病の人の症状については中断は慎重にとの結論です。
貴ブログでは抗精神病薬が
「認知症の攻撃性や精神症状に対しても、一定の改善効果が国内外問わずに確認されています」とありますが。どの論文を指しているのdしょうか。
無作為2重盲検法による臨床試験でその有効性が確認されず、我が国でも外国でも非定型抗精神病薬がBPSDの適応となっていません。
にもかかわらず我が国では広くー時に「統合失調症」という保険病名でー使われているのが現状です。
この論文はこの現状を追認し後押しする恐れがあります。
BPSDについては多角的に原因を明らかにし、それに基づく多様な対応が必要でしょう。抗精神病薬はそのごく一部として位置づけるべきと考えます。
by 三宅貴夫 (2012-10-21 06:31) 

fujiki

三宅貴夫さんへ
貴重なご指摘ありがとうございます。
海外の治療効果については、
上記の文献のイントロの記載を参考にしたものです。
国内においては、
国内においては、
確かに明確にその効果を示したものはないと思います。
あくまで経験的な使用における効果、
という意味合いでご理解下さい。
国内外という表現は、
誤解を招く可能性があると思いますので、
修正をさせて頂きました。
ただ、保険適応はありませんが、
認知症のガイドラインには、
その記載はあったと記憶しています。
(すいません。今日これから入院なので、
調べる時間がなく、
あやふやな記載をお許し下さい)
私も認知症の精神症状に対して、
積極的に抗精神病薬を使用するべきという考えではなく、
あくまでその必要性が高い局面に、
限定して使用するべきと考えます。

ただ、個人的には幾つか著効例も経験しており、
その必要性があると判断した場合には、
勿論ご家族にもそのリスクをお話した上でのことですが、
期間を限定した使用は行なうメリットはあり、
症状が改善した後には、
その継続を再検討するのが、
適切なように考えます。

臨床をしている者から見ますと、
今回の論文のような検討は、
臨床に直結するものなので、
非常に参考になるのですが、
実際にはあまり行なわれないので、
貴重なものと思い、興味深く読みました。

ただ、三宅さんが言われるように、
これはあくまで応急の手段であって、
対処療法であり、
継続でそれほどの弊害がないからと言って、
継続しても良いと読むべきではなく、
私もそうした考えは持ってはおりません。
しかし、たとえば半年以内に中止する、
という見解も、
必ずしも根拠のあるものではなく、
患者さん毎に慎重に、
その適否を考えるのが妥当なように思います。
by fujiki (2012-10-21 07:06) 

三宅貴夫

さっそくのご返事、ありがとうございます。
BPSDへの非定型抗精神病薬の有効性については日本神経学会の「認知症疾患治療ガイドライン2010」が詳しいと思います。同ガイドラインでは非定型抗精神病薬をグレードBと評価し、Aとはみなしていません。
こうしたなかで、我が国では有効性が曖昧な抑肝散がなぜか広くつかわれているようです。
by 三宅貴夫 (2012-10-21 10:26) 

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