SSブログ

自動車運転警告制度の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
運転の警告論文.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
自動車運転が危険と考えられる患者さんへの、
主治医からの警告制度についての、
カナダにおける効果についての論文です。

痙攣発作が起る可能性のある患者さんや、
糖尿病の治療中で低血糖のリスクの高い患者さん、
睡眠時無呼吸症候群などで、
居眠りの危険の高い患者さんなどに対して、
その病状に応じて、
自動車などの運転の制限を設けるべきかについては、
日本でも議論のあるところです。

認知症の高齢者に関しては、
一定の指針があり、
免許の更新時にチェックが行なわれるようになりましたが、
それ以外のご病気については、
主治医の裁量に任せられている部分が大きく、
届け出の義務や罰則の規定はない上に、
現行では真面目に申告した患者さんだけが、
却って不利益を蒙る、
というような不公平もあります。

てんかんで治療を充分に行なっていなかった患者さんが、
人身事故を起こしたような不幸な事例が報告されると、
その規制が一時的には大きな話題になりますが、
色々な立場があり、
こうした規制がベストだという、
明確なひな形も存在しないので、
議論は平行線を辿るのが、
今まで繰り返されて来た経緯です。

上記論文のイントロダクションを読んでも、
この問題の難しさは、
アメリカやカナダでも決して変わりはない、
ということが分かります。

一定の規制が必要なことは、
誰でも理解しています。

自動車というのは、
人間の判断力や注意力に、
その安全性の多くを委ねている道具で、
そうした判断力や注意力が低下した状態で、
運転を行なったり、
通常は問題がなくても、
運転中に急にそうした判断力や注意力の低下した状態に陥れば、
重大な事故に繋がりかねないことは、
立場を問わず全ての人が認めるところです。

勿論そうした人間の認知機能の介入する必要のない、
完全に自動運転かそれに準じる乗り物が開発されれば、
それで問題は解決する訳ですが、
それにはまだ長い時間が掛かりそうです。

そうなると、
事故を起こす可能性の高い身体状態の方は、
運転をさせない、
というのが次善の解決策になります。

アルコールは認知機能を低下させるので、
飲酒運転を禁止するのは、
これは誰も反論はしませんし、
そのための検査も出来、
法律も整備されています。

次に問題になるのは、
意識を失ったり、
居眠りの原因になるような病気の患者さんの場合です。

ある病気の患者さんに、
あなたは自動車の運転をしてはいけませんよと言うためには、
その病気でこれこれの状態であると、
これだけ自動車事故を起こす危険性が、
そうでない人よりも増加する、
という明確なデータが必要です。

しかし、
実際には個別の事例は大々的に報道されても、
検証可能なようなデータは、
日本のみならず海外においても、
あまり多くはなく、
かつまたその結果には相反する部分があります。

つまり、
ご病気の方で自動車事故が多い、
というような事項は、
明確に証明された事実ではないのです。

しかし、それでもこの問題を放置することは許されず、
何らかの規制は確実に必要です。

今回の論文は、
そうした規制をいち早く導入した、
カナダのオンタリオ州の報告ですが、
この難しい問題を考える上で、
1つの示唆を与えてくれるものです。

カナダのオンタリオ州においては、
医師に対して、
1968年から既に、
自動車事故のリスクの高い患者さんを、
当局に届け出る制度が導入されています。
届け出を受けた当局は、
その患者さんを登録します。
この制度は免許を失効させるものではありませんが、
そのうちの1~3割の患者さんは、
その後結果として免停になっています。

しかし、
実際にはその届け出数は非常に少ないものでした。

お分かりのように、
診察の時にそうした話をすれば、
患者さんは、
それは困るし、充分注意して運転するから大丈夫だ、
と言ったり、
運転は控えるので届け出はしないで下さい、
のように言うことが多いと思いますし、
それを無視して主治医が届け出を行なえば、
患者さんとの信頼関係にひびが入る事態が、
往々にして起ることになります。

そこで2006年には、
この届け出に対して、
行政は36ドル25セントをその都度医師に支払う、
という金銭的な措置を講じました。

これも日本でも厚労省のよくやる、
医者をお金で釣る、
嫌らしい行政措置ですが、
良いことか悪いことか、
その措置が功を奏し、
それ以降格段に届け出の数は増加しました。

今回のデータでは、
2006年の4月1日から2009年の12月31日までの間に、
医師からの運転不可の警告を受けた、
トータル10万75人の様々な疾患の患者さんを追跡し、
その患者さん達が、
それ以前の4年間に、
交通事故を起こした比率と、
それ以後の4年間に交通事故を起こした比率とを、
比較検討しています。

警告以降に事故が減っていれば、
警告にはそれが免許の失効に結び付かずとも、
一定の効果があった、
ということになります。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

オンタリオ州の自動車免許保有者は、
904万人余で、
病院で救急受診をするような自動車事故は、
記録上1000人のドライバー当たり年間1.98件起っています。

これに対して、
警告を受けた10万75人を見ると、
警告以前の4年間において、
自動車事故の比率は、
1000人のドライバー当たり年間4.76件で、
平均の倍以上である、
ということが分かります。

ご病気の内訳は、
意識消失やめまいの発作が全体の26%で、
糖尿病が18%、睡眠障害が15%、
認知症が13%でてんかんと脳卒中が11%、
うつ病が8%という比率になっています。

こうした話題ですと、
どうしてもてんかんの患者さんが、
主体の話になりますが、
実際には比率的にはそうでもないのだ、
ということが分かります。

ただ、勿論これは、
主治医から患者さんを見た場合の話です。

こちらをご覧下さい。
運転の警告の図.jpg
横軸のゼロが個々の患者さんに警告がなされた時点で、
縦軸は事故を起こした患者さんの数を示しています。

警告後に事故の比率は、
明らかに低下しています。
トータルに見ると、
年間1000人当たり4.76件から、
平均で2.73件まで低下しています。

細かく見ると、
一番減少しているのは、
認知症と脳卒中後の患者さんで、
要するにご高齢の方が多いので、
警告を機に運転をしなくなる方が、
多いためと考えられます。
ご家族も強くそれを勧めると思いますし、
ご本人もうすうすもう無理かな、
と思われていて、
お仕事をされていなければ、
自動車の必要性も、
低くなるためと考えられます。

アルコール依存症と睡眠障害の方は、
低下はしているものの認知症などに比べると、
その低下率は少なく、
ご病気の自覚の問題と、
より若い方が多く、
仕事に運転が不可欠なケースが多いことも、
影響していると考えられます。

てんかんはその中間くらいに位置しています。

うつ病はもう1つの問題です。

事故率の高さで言うと、
一番多いのがうつ病で次がアルコール依存症です。

つまり、
痙攣などの発作より、
むしろ精神的に不安定な状況が、
事故を誘発し易いことを示しています。

うつ病の患者さんは、
警告の効果は大きく、
それにより事故のリスクは62%と大きく低下しています。

しかし、
その一方でうつ病の悪化による病院などの受診は、
むしろ増えているという結果が出ています。

うつ病の患者さんは真面目なので、
警告を受ければ運転を止めるのですが、
そうした対応を取られたこと自体が、
患者さんにとってのショックになり、
うつ病自体は悪化しているのです。
こうした問題は、
つくづく難しいと、
思わざるを得ません。

結果のもう1つのポイントは、
警告を受けた患者さん自身の、
事故を起こす比率は減っていますが、
患者さん以外でトータルに見ると、
決して事故自体は減っていない、
と言う結果であったことにあります。

つまり、
運転をしないという選択は、
他の誰でもない、
その患者さん自身にとってもっとも意味のあることなのです。
それが社会的に良い影響を及ぼすかどうかは、
また別の問題なのであり、
今回のデータから、
そうした結論を得ることは出来ません。

おそらく交通事故の大部分は、
むしろ健康な方の、
不注意や慢心から起こるものであり、
ご病気の方が、
他の方に被害を与えるような事故を起こす比率は、
トータルにはそれほど高いものではないのです。

今回のデータは、
あくまでカナダの一地域のものですから、
日本にこれをそのまま当て嵌めることは出来ません。

ただ、非常に興味深く示唆に富むデータであり、
日本においても科学的な検証を行なった上で、
それに基づく対応策が、
取られる必要があるのではないかと思います。

あくまで免停などに結び付くのではない、
警告のみを行なってその効果を検証することは、
日本においても意味のあることのように思いますし、
診断する医師のみに責任が課されるような、
現行の制度は見直されるべきではないかと考えますが、
皆さんはどうお考えになりますか?

今日はご病気をお持ちの方の自動車運転についての、
警告制度についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(25)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 25

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0