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西川美和「ディア・ドクター」 [映画]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は休みで、
実はちょっと二日酔いです。
すいません。

今日は休みなので、映画の話です。

先週の水曜日に新宿で、
「ディア・ドクター」という映画を観ました。

映画館で映画を観るのは、
去年の8月に「ぽにょ」を観て以来ですから、
随分と久しぶりのことになります。
友達の薦めがあり、また批評も非常に良かったので、
急遽観ることにしたのです。

笑福亭鶴瓶が農村で、
たった1人の診療所の医師を演じる映画で、
村で1人暮らしの老婦人八千草薫との関係が、
主軸となる物語です。

観た直後は、何かすっきりとしなくて、
医学監修のあら(後で詳しく書きます)ばかりが気になり、
わざわざ映画館で観るほどのこともなかったかな、
という感想でした。
ただ、何となく心に引っ掛かるものはあって、
監督の西川美和の長編一作目の「蛇イチゴ」と、
二作目の「ゆれる」をDVDで取り寄せ、
一昨日「ゆれる」を観て、今さっき「蛇イチゴ」を観ました。

そうしてみると、
ああ、これは最初の作品から、
順を追って観るべきだったのだな、
とちょっと後悔しました。
同じモチーフが、基本的には繰り返し描かれていて、
最初の「蛇イチゴ」が格段に分かり易く、
次第にテーマは底に沈んで、
分かり難い形式になってゆくからです。

そのテーマを一言で言えば、
人間の心の中にある「正義感」という得体の知れないものが、
結果的に人間の関係性を破壊し、
秩序を崩壊させてゆく、という悲劇です。
しかし、その「正義感」こそが、
人間を人間たらしめているものでもあるのです。

以下、ネタばれの感想です。
まだ映画をご覧になっていない方は、
ご注意してお読み下さい。

「ディア・ドクター」は「偽医者」の話です。
主人公の鶴瓶は父が医者だったのですが、
自分は医者にはなれず、
医療機器メーカーでペースメーカーの営業マンをしています。
それが何かのきっかけ(作品中には語られません)によって、
偽医者になり、無医村の診療所長に請われて就任します。

映画はその鶴瓶が診療所から突如逃げ去ったその夜から始まり、
彼が偽医者と知って、それを追う2人の刑事と、
遡るその2ヶ月前からの出来事とが交錯して進みます。

八千草薫は胃癌なのですが、
それを胃カメラで診断した鶴瓶は、
そのことを隠し、彼女の意を汲んで、
自分で彼女を看取ろうとします。
しかし、彼女の娘は循環器内科の医師で、
その娘に偽の説明をした直後、
唐突に鶴瓶は診療所の診察室から、
白衣のまま逃げ出し、そのまま失踪します。

鶴瓶が何故逃げたのか、というのが、
この映画の1つのポイントで、
僕の友達は娘の女医に、
自分が偽医者であることを見抜かれたと、
感じたためではないか、
という意見でした。
僕の観た時の理解は、
娘は鶴瓶のたどたどしい説明に、
納得して「それでは母をよろしくお願いします」
と心から言ったのですが、
その瞬間に、自分で看取ることの責任の重さに、
本当に意味で気付き、
その責任から一目散に逃げたのではないか、
というものでした。

それから数日して、
また別の人にそのことを訊くと、
最後に娘が今度村に来るのは1年後になる、
という話をしたので、
その瞬間に鶴瓶は、
自分のしていることは、母と娘の絆を完全に断つことになる、
と気付き、娘に母親を任せるために、
その場から逃げたのではないか、
というものでした。
逃げた鶴瓶は、
その後すぐに、駅の公衆電話から、
認知症で息子であることすら理解の出来ない父親に電話を掛け、
父のペンライトを盗んだのは自分だ、
という告白をします。
この場面は親子の絆を示すために、
前の場面に対比されているのだというのです。

そう言われると、なるほどと思いました。
逆に言うと、あまり僕がそのことに気付かなかったのは、
僕自身の心の中に、
親子関係の大切さ、というような意識が、
希薄なせいなのかも知れません。

ラストシーンの解釈を含めて、
この映画の巧みさは、
そうした観る人の価値観によって、
その人が何を大切と考えて生きているかによって、
その様相を変える、という点にあるのかも知れません。

西川監督は、役者の長いクローズアップで、
その表情の微妙な変化に、
多くの意味合いを持たせる演出が特徴です。
「蛇イチゴ」の宮迫博之や平泉成、「ゆれる」の香川照之など、
それまでの彼らの映像の中で、
一度も見たことのなかったような、
唯一無二の表情が切り取られているのはさすがです。

ただ、僕は先に「ディア・ドクター」を観たので、
その時にはクローズアップが妙に芝居掛かって、
無用のものに思え、
あまり注意を払う気分になれなかったのが、
今になると残念です。
その意味でもう一度観直したいな、
と思うのですが、
ちょっと時間の余裕がなく無理のようです。

次に、医療監修に対する、ちょっとした僕の不満です。

申し訳ないのですが、この映画の医療監修は上出来とは言い難く、
作品の質を下げている、というのが僕の意見です。

まず鶴瓶の勤めている診療所には、
旧式の機器しかないにもかかわらず、
何故か新型の胃カメラだけが装備されています。
高額の機械を、財政の厳しい筈の村が、
リースで買ったのでしょうか。
どう考えても不自然な話です。
鶴瓶は何処で胃カメラを覚えたのでしょうか。
身分を偽って研修を受け、技術を習得することも、
勿論不可能ではありませんが、
逆にそうした研修まで受けているのであれば、
他の診療行為が全てたどたどしい、
という状態とのギャップが不自然です。

要するに基本的な映画の設定は、
何のトレーニングも受けていない、
偽医者というものでありながら、
胃カメラだけは出来ることになっているのです。
これは勿論胃癌の診断をしないと、
ストーリーが進まないからですが、
ちょっと無理のある設定ではないかな、
という気がします。

鶴瓶が八千草薫に、他のスタッフに内緒で、
1人で胃カメラをする場面があります。
胃カメラで見るだけならともかく、
組織を取って診断に出しています。
これはどう考えても、
助手がいないと出来ない手技です。
最初に無理な設定にしてしまったので、
あちこちに綻びが出てしまったのだと思います。

また、鶴瓶がどのような診療をしていたのかが、
画面を見ていても全く分かりません。
偽医者ではあるにせよ、
何年も診療をしている訳です。
それなりのスタイルがある筈ですが、
動揺しておどおどする様子ばかりが強調され、
それが全く見えて来ません。

映画で取り上げられている症例は、
大雑把に言えば4つだけで、
その1つは胃癌で、後は緊張性気胸と、
妄想性障害と、窒息です。

でも、今更「緊張性気胸」はどうでしょうか。
テレビで医療関係のドラマをやれば、
1クールで必ず1回は出て来る病気です。
一刻の猶予もない状況を設定して、
身近な針で応急的に胸に穴を開けるのです。
こんなドラマ的には手垢の付いた事例ではなく、
もっと、あまり触れられないような病気を、
取り上げた方が良かったのではないでしょうか。
この辺にも、医療監修の怠慢を僕は感じます。

細かい手技に関しても、
たとえば鶴瓶が点滴をするのに、
針を抜いて押さえもせずに絆創膏を貼ってしまったり、
と杜撰な箇所が目に付きます。
こうした点はちょっとした監修者の目配りで、
すぐになくせる性質のものです。

最後にキャストについて言えば、
八千草薫の娘の役は、
「蛇イチゴ」のつみきみほにやって欲しかったな、
と思いました。
これは基本的に同じキャラで、
心の中の「正義感」が、
親子や兄弟の血の絆に優先する、
という人間の業のようなものを反映しているからです。

今日は最近観た映画の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

東京は雨ですが、良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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コメント 6

iyashi

『ゆれる』は観ました。

なかなか私はシリアスで面白かったのですが。

ディア・ドクターはまだ観てないので今度借りてきてみようと思います
by iyashi (2009-08-03 14:29) 

fujiki

iyashi さんへ
まだ公開中なので、
DVDの発売はしばらく先になりそうです。
「ゆれる」とは大分印象の違う作品で、
インパクトの強さなら、圧倒的に「ゆれる」が上ですね。
ただ、それとは違う味わいがあって、
観て損はない作品だとは思います。
by fujiki (2009-08-03 21:14) 

a-silk

先生は、映画も診察、診断されているのいですね。
治療ができなくて、残念ですね。

TVで整体師やカイロ関係の人が「足の長さが違う、骨盤がずれている」というような、場面をたまに見ますが

足の長さを、見る前に、患者の身体をまっすぐに、寝かせる必要が
あります。外後頭隆起ー仙骨ー両内踝が一直線になっていないと
脚長検査になりません。

それと、踵で長さを見ると、もし足関節に異常があると、正確な検査
になりません。
両内踝の差を調べるのが、本当です。

お忙しい中、本当に、親切、丁寧に返答されていますね。
なかなか、できないことです。
知識と元気を、いつも頂いています。ありがとうございます。

by a-silk (2009-12-12 17:23) 

fujiki

a-silk さんへ
コメントありがとうございます。

確かにそういうはったりを、
テレビなどで言われる方は、
よくいますね。

またそうした知識を教えて下さい。
勉強になります。
by fujiki (2009-12-13 09:35) 

midori

>僕自身の心の中に、
>親子関係の大切さ、というような意識が、
>希薄なせいなのかも知れません。

ちょっとドキリとしました,
自分のことを言われたのかと思って.

『ディア・ドクター』は,映画館で3回観ましたが,DVDも買ってしまいました.
日本映画で一番好きな作品かもしれません.
by midori (2010-02-05 12:51) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。

多分僕はまだこの映画を読み込めていない、
という気がするので、
また観直してみたいと思います。
by fujiki (2010-02-06 08:45) 

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