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新型インフルエンザ迅速診断法の話 [新型インフルエンザA]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から紹介状を書いたりして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

以前、新型インフルエンザの確定診断に、
掛かる時間を従来の6時間から、
1時間以内に短縮する、
という新しい検査を半年以内に実用化するために、
1億数千万円の税金を急遽投入する、
という報道についての記事を書きました。
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2009-05-23-2

その時点で僕はこの分野については、
かなり無知だったので、
いい加減な情報を記事にしてしまいました。
今日はそれを修正させて頂くと共に、
それでも末端の医者の立場としては、
納得のいかない点が多々あるので、
それについての私見を表明したいと思います。

1983年にPCR(Polymerase Chain Reaction )
という画期的な検査手法が発明されました。
これは特定の部位の遺伝子を一定時間で大量に増やし、
それを検出するという方法です。
生物化学の殆どの分野で、
有用性の高い技術となったのですが、
感染症の分野に限って言えば、
以前ならたとえば結核菌の感染を証明するには、
結核菌を培養し、
それを何ヶ月も培養しなければなりませんでしたが、
このPCR法を用いれば、
たとえごく少量の菌しか存在しなくとも、
その遺伝子を数時間で増幅させ、
検出することが可能となったのです。

このPCR法は極めて有用な方法ですが、
特殊な機器を必要とし、
通常6時間以上の時間が掛かります。

そのために迅速診断が必要とされる分野では、
このPCR法の時間短縮を図る試みが、
幾つか行なわれたのです。

その代表的なものが、LAMP(Loop Mediated Isothermal Amplification )法と、
SmartAmp法(Smart Amplification Process )と言われる技術です。

どちらも日本で開発された技術で、
今までに鳥インフルエンザの検出や、
癌遺伝子の多型の検出、ノロウイルスの検出などの、
実績を持っています。

いずれの方法とも、基本的にはPCRと同じように、
特定の遺伝子の部位を増幅させるのですが、
特殊な技術によって、
その増幅に必要な培養に掛かる時間を大幅に短縮し、
通常同じ温度で30分~1時間培養すれば、
結果の出るように工夫されたものです。
SmartAmp法は遺伝子の読み取りに、
通常のPCRと同じタイプの機器が必要ですが、
LAMP法はその遺伝子配列のあるなしを判定するだけなら、
目で見るだけでも可能なシステムになっています。

従って、標的である今回の新型インフルエンザウイルスのRNAを元に、
必要な試薬等が精製され、準備されれば、
すぐにでもこの技術は新型インフルエンザの診断にも、
応用可能なのです。

よろしいでしょうか。

現時点の報道等では、SmartAmp法の開発が、
優先されるような状況のようです。
何故LAMP法ではないのか、
LAMP法も並行して開発されているのか、
その辺の事情はよく分かりませんが、
現在は各自治体の検査機関で、
通常のPCR法による診断がされているのですから、
それをそのまま利用して、
迅速診断をしよう、との考えなのかも知れません。

ですから、半年以内に新型インフルエンザの診断が、
従来の6時間から1時間程度に短縮されることは、
これはもう余程のことがなければ、
実現可能です。

そうなると、逆にちょっと疑問なことがあります。

検査法を通常のPCRから、SmartAmp法やLAMP法に切り替えることは、
これはもう通常の手続きといって良いものなのですから、
何か画期的な迅速診断法が開発されるかのような、
あの仰々しい報道は、
一体何だったのだろうか、
ということです。
僕も含めて、そうした分野に知識のない人を、
騙そうという意図が、何となく透けて見える気がします。

たとえば、数年前にノロウイルスの集団感染が問題になったことがありましたね。

あの時にも今回と同じことがあり、
まずPCRでノロウイルスの検出が行なわれたのですが、
時間が掛かり、
その後比較的速やかに、
LAMP法が導入され、
比較的迅速に診断が付くような体勢が整えられたのです。

やることはあの時とさほど違いがあるとは思えません。
あの時に特別の予算が組まれたでしょうか。
そんなことはなかった気がします。
それでは何故今回は1億数千万ものお金が、
緊急に支出される必要があるのでしょうか。
どうも解せません。
現実にどれだけのお金が何処に使われるのか、
その収支を是非示して欲しいものだと思います。

このPCRの技術について、
実地医家の立場からの意見をちょっと言わせて下さい。
PCRの検査は、基本的には研究設備もあるような、
大きな病院でなければ、通常自前で施行することはありません。
技術的に不可能な訳ではなく、
経営的に成り立たないからです。
PCRを利用した検査には、
保険適応になっているものも、多くありますが、
そうした検査を診療所で施行するには、
外部の検査機関に依頼しなければなりません。
ただ、検査の診療報酬は、
ぎりぎりで決められているため、
2000円でやりなさい、と国で決めた検査でありながら、
検査会社に依頼すると、
5000円でしか受けられません、
と言われるような検査も多く存在します。
この場合、必要な検査でありながら、
実際には診療所で施行することは、
不可能なことになるのです。

ノロウイルスの時の例を引きますと、
保険適応されているノロウイルスの検査は存在しませんでした。
当初PCRの検査を検査会社に依頼すると、
1人調べるのに、5000円掛かる、という法外な要求です。
しかも、検査の結果が届くのは、
依頼して3日後のことです。
そのうちにLAMP法が導入されましたが、
値段はむしろ上がり、結果の届くのも、
3日後で変わりません。
要するに僕のような診療所の立場に立てば、
別に検査に掛かる時間が6時間であろうが、
1時間であろうが、何の変わりもないのです。

そして、その苛々がやや解消されたのが、
去年のことです。
ノロウイルスの迅速診断のキットが、
販売されたのです。
これはウイルスの抗原をその場で判定するもので、
インフルエンザの迅速キットと同じです。
価格は1人当たり、2000円程度で、
今までの法外な請求に比べれば夢のようです。
しかし、これは純然たる海外の商品なのです。

どうして日本でこうした実地医家に真に役立つ発明品がないのでしょうか。

それは研究者の目線が僕達にはないことの、
証左ではないかと僕は思うのです。

数日前の新聞記事では、
おそらくはSmartAmp法と思われる迅速診断法が、
夢の発明のように語られ、
研究者のコメントとして、
将来的には機械を小型化して、
一般の病院のような医療機関でも検査を可能にする予定だ、
との文面もありましたが、
もしそうなればコストは何処が負担するのでしょうか。
今は湯水のように税金を使っている訳ですが、
一般病院や診療所には、勝手に自前で買え、
と言うのでしょうから、
仮に保健適応の検査になるとしても、
とても採算が取れるものとは思えません。
PET検査や新型MRIのように、
口車に乗って購入した医療機関が、
たちまちバタバタと倒産するのが関の山でしょう。
その研究者の方は、
医療ビジネスとしての可能性を考えておられるのでしょうが、
(実際にベンチャー企業が試薬を販売しているのです)
その前途は多くの医療機関の屍の上に築かれるのだということには、
その優れた頭脳を使っては頂けなかったようです。

問題の本質はこんなところにはないのではないか、
と僕は思います。
厚生労働省協力医療機関のようなところには、
次々と新しい発明品が投入されますが、
末端の多くの医者の役に立つものではありません。
その中には保険適応をされるものもありますが、
採算を無視したような診療報酬しか設定されず、
それにクレームを付けてくれるような専門家は誰もいません。
末端の多くの医者に利用出来ないということは、
結局大多数の患者さんには利用出来ないということです。
たとえば感染症の大流行が予想され、
その診断に役立つ発明であるならば、
それは実地医家のすぐに利用出来るようなものでなくては、
結局は意味がないのではないでしょうか。
誰か実地医家のための発明を、
真に志してくれるような研究者はいないのでしょうか。
そうした目線に立った発明品であれば、
必ずやビジネスとしても成功し、
多くの患者さんの実際の役に立つものになると思うのですが…

皆さんはどうお考えになりますか?

後半は何となく愚痴のようになりましたが、
今日はインフルエンザの遺伝子診断法の概説でした。
一応僕の守備範囲では、
誤りのないよう努めたつもりですが、
検査の原理の点など、
もし誤りがあればご指摘頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

tashi

迅速診断は安価なLAMP法ではないのですね......。
ちょっと驚きです。
厚労省が水際対策に、通常180万円のサーモグラフィーを
300万円で151台購入したのと同様、おかしい!と声を大に
しても、某検疫官のように黙殺されてしまうのでしょう。
現場を知らない官僚の判断でしょうが、税金の無駄遣いと
言わざるを得ません。

by tashi (2009-06-15 21:22) 

fujiki

tashi さんへ
コメントありがとうございます。
そうですか。
LAMP法の方が安価なのですね。
それで何となく、どういうことがしたいのか、
分かったような気がします。
例のエコポイントやエコカー減税も、
結局ごく一部の大企業を潤すためのものですし、
同じような計算が働いているのだと得心しました。
by fujiki (2009-06-16 07:51) 

tashi

新型インフルエンザ対策に関して、もう一言付け加えると
成田空港の検疫に伴って停留措置に要した費用はいったい
どれ位だったのでしょうか?
少なくともホテル1棟を2ヶ月間借り上げて、機内で近くに
座った旅行者を隔離した際のコストは、単純計算しても
おそらく1人数百万円です。
それ以前に、検疫を素通りした感染者がいたことは事実
ですので、何の為の水際対策だったのか、本応に意味が
あったのか、きちんと検証すべきだと思いますが、また
闇に葬り去られるのでしょうね。

by tashi (2009-06-16 20:34) 

fujiki

tashi さんへ
本当にそうですね。
別に処罰を受けるとかそういうことではなく、
この方針を決定した専門家は、
その責任は明確にするべきだと思います。
そうでないと、また同じことの繰り返しになりますね。
by fujiki (2009-06-17 08:20) 

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