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イギリスの認知行動療法のこと [身辺雑記]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

昨日パソコンがまた急にネットに繋がらなくなってしまって、
昨日から非常に憂鬱です。

それだからと言う訳でもないのですが…

昨日のNHKスペシャルの、
うつの話をご覧になりましたか?

アウトラインをお話すると、
抗うつ剤の不適切使用と、
それで却って悪くなった事例の話。
双極性障害であったのに、
うつ病と誤診されて長引いた事例の話。
そこから、医師の技量にばらつきがあるのではないか、
という話と、金儲け主義の病院の話から、
医者の技量を高めるための講習会の話。
うつの新しい診断法と、
治療法についての話。
そして、最後はイギリスの心理療法の取り組みと、
日本の現状の話でした。

全体のバランスとしては、
医療不信を煽る方向に、
ややシフトしていて、
キャスターのエキセントリックで挑発的な感じを含めて、
あまり客観的な番組ではないと思いました。

特に、抗うつ剤の乱用は事実だと思いますが、
その最たる原因は、
「うつを疑ったら、すぐに薬を使い、常用量まで増やしなさい」、
という一部の製薬メーカーの強力な宣伝と、
その宣伝を説いて廻った「専門医」の先生達なのに、
その点については全く触れられず、
医者の不勉強と金儲け主義のせいにされ、
薬にもモザイクが掛けられて、
却って見る人の不安を煽るような内容になっていたのは、
納得がいきませんでした。
こういう報道は、基本的に不安のみを煽るものでは、
いけないと僕は思います。

また、抗うつ剤の量が多過ぎることが問題なのか、
複数の抗うつ剤を漫然と併用することが問題なのか、
安定剤や抗けいれん剤、睡眠導入剤の乱用が問題なのか、
最初は「抗うつ剤」の話だったのに、
途中で紹介された薬の大多数は、
画面で見る限り、抗不安薬や睡眠導入剤だったりもして、
論旨も一貫性のあるものではありませんでした。

番組の中で図を使い、
SSRIでセロトニンが脳の中で上がると、
ノルアドレナリンが下がってしまうので、
意欲低下が起こり、
それをうつの悪化と誤認して更に薬を増やすと、
それで却ってうつが悪化する悪循環になる、
という説が紹介されていましたが、
そんな単純な図式が本当に成立するのでしょうか?
もしそうなら、SSRIという薬の存在自体が、
無意味なものになってしまいます。
少なくとも僕はそんな論文やデータを読んだことはありません。
ただ、断定的には言えないので、
また勉強してもう少し正確な話を今度したいと思います。

それから、どの医者が良い処方をするかを試すために、
ある女性がほぼ同時に、
5箇所の医療機関を受診して、
全く同じ症状を訴えて診察を受け、
それぞれから薬をもらい、
それがばらばらであったことを、
医療機関の診療が如何に杜撰であるかの証拠として、
提示していましたが、
こういうやり方はどうなのでしょうか?
患者さんが本当に迷われて、
多くの医療機関を受診されることを、
悪いこととは思いません。
納得のいくまで医療機関を探すのは、
むしろ正しい選択です。
でも、医療の杜撰さを検証するために、
一種の「おとり捜査」のようなことをして、
その処方を持って、厚生労働省に取材するのは、
あまり公平な取材のあり方とは言えないのではないでしょうか。
医者と患者さんの立場は端から対等ではないのだから、
こうした方策で身を守り、
より良い医療機関を見付けないといけないのだ、
という考えを否定はしませんが、
同じ人間同士の関係として、
ちょっとフェアではない、という気がします。
実際の患者さんの例は例として、
マスメディアの態度としては、
個別に医者に「こうした病状で初回にどんな薬を出しますか?」
というアンケートを行ない、
その結果を分析して取材するような方法を、
取るべきではなかったかという気がします。
こういう取材は、医者を犯罪集団と同じに扱っているようで、
ちょっと切ない気分になります。

ただ、後半紹介されたイギリスの事例は、
1つの理想が示されていて、
興味深く思いました。
国が多くの心理士を養成して、
無料で受診出来る心理療法のセンターを造り、
軽いうつや適応障害の患者さんは、
医師の指示で、
まずそちらを受診します。
認知行動療法を主体とした心理療法を行ない、
うつ病が悪化したり、
適応障害が顕在化して社会生活に困難の生じるのを、
水際で食い止めようというのです。

番組では、うつ病を薬を使わないで治療する取り組み、
というニュアンスで紹介していましたが、
それは違うと僕は思います。

ごく初期の段階で症状を掴まえ、
うつ病やパニック障害や適応障害が、
薬の治療が必要となる前の段階で、
食い止めようという試みなのです。

これが所謂「うつ病」を増やさないための、
おそらく最良の処方箋です。

所謂「うつ病」ーという言い方をしたのは、
今の社会で多くの人が、
社会に適応出来ずに苦しみ、
心と身体を病んでいる状況に対して、
うつ病とか、双極性障害とか、適応障害、
パニック障害、社会不安障害などと、
一々病名を発明する必要性に、
僕は何となく疑問を感じるからです。

患者さんを悩ましている状況は、
個々に全く違っています。
その意味では症状の出方が同じであっても、
対処法は異なる筈ですし、
病名は患者さんの数だけなければおかしいのではないか、
という気がします。

その一方で、
患者さんを取り巻く社会と、
その患者さんとの軋轢の方向性には、
明らかに共通項があります。
それを考えると、ただ症状の方向性が異なるからと言って、
別々の病名で診断するのも、
却って誤りではないのか、
という思いもあるのです。

いずれにしても、
今のような「様子を窺う」、
カウンセリングのようなものではなく、
初期の積極的な心理療法の導入が、
税金を投じて無料で行なえるようになれば、
1兆円くらいの予算を付けても、
それに見合う経済効果はあると僕は思います。

それだけの人的損失が、
現実に起こっているのです。
それは僕が毎日の臨床で肌で感じていることです。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

miyabi

こんばんは☆
今日のお話もいろいろと考えさせられる内容でした。
昨日のTVはみておりませんでしたが難しい問題ですね。
うつの話からは少しそれますが、
5箇所の医療機関を受診した方の話を読んで
少しわかるような気がするんです。
私も今のDrに巡り合うまで10箇所の病院にかかりました。
病院にかかっているにもかかわらず
病気が進行していくのが不安で不安でたまらない毎日でした。
心まで病んでしまうんです。
よくならなければDrが信用できなくなってしまうんですよ。
…まぁでもそれはその人の気持ちの持ちようでもあるんですけどね。
あとは治療方針の徹底、また医療費などの面でも
多くの人が同じように治療を受けられるようになれば
どんなによいだろうと願うばかりです。
実際、死んでしまったらどんなに楽だろうと思っていた自分が
ここまで回復するとは夢にも思っていませんでしたから…
重い話になってしまいましたが、
先生のお話はいろいろな観点から読み取りができてためになります。

by miyabi (2009-02-23 21:41) 

fujiki

miyabiさんへ
いつもありがとうございます。
5箇所の医療機関を同時に受診した方の話は、
知らず知らずに医者の「上から目線」になっていたような気がします。
その方のもらった処方だけを、
証拠として結論を出すような、
杜撰な取材のやり方を問題にしたかったのですが、
患者さんへの配慮に欠けていたという気がします。
ご指摘心に刻みます。
色々な視点の意見を頂けると、
僕も勉強になります。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2009-02-24 08:24) 

iyashi

私もそのTV観ましたが、あまりにも極端すぎる内容だったと同感です。
実際にあの番組を見て、うまくコントロールされていたのに服薬を中止してしまって調子を崩してしまった方もおられるようです。
メディアはただ面白く番組を作成するのではなく、報道するからにはそれだけの影響力があるという責任感をもっと持って欲しいですね。
by iyashi (2009-03-13 14:57) 

fujiki

iyashiさんへ
読んで頂きありがとうございます。
恐怖感と不安とをただただ煽るような構成で、
内容も一方的で不正確な点の多い、
問題のある番組だったと思います。
ただ、「精神医療の後進性が分かり衝撃的だった」、
などの感想も多く、
それを読むと、医療者の端くれとしては、
考えさせられます。
自分にかかわりのあまりない世界の番組だと、
なるほど政治家は悪い奴だ、
とか、
建設会社や役人は悪徳だ、
などと素直に思ってしまうのですが、
多分そうした番組の取材も、
同じ程度にいい加減なのではないか、
と考えると、
そうしたものに影響されて、
世論が盛り上がったりする現状は、
恐さを感じますね。
by fujiki (2009-03-13 23:11) 

y

初めてコメントします。こんな昔の記事に今さらコメントしてしまってすみません。私はうつ病になって3年で薬剤性肝障害になり、今は減薬しながら肝臓を治療しています

ブログの記事をざっと読みましたが、患者歴3年の私から見て、
先生は能力のあるお医者様だとお見受けしましたので、
すぐこのブログをお気に入りに入れました。
お医者様のサイトをお気に入りに入れるのはこれで2つ目です。
他の診療科と併設してあるメンタルクリニックは専門家ではないから
ヤブ医者だろうと勝手な偏見を持っておりました。
謹んでお詫び申し上げます。

さて、NHK取材班の「うつ病治療 常識が変わる」という本を昨日初めて読みました。NHKスペシャルの同名の番組と例のクローズアップ現代の薬叩き番組の内容をまとめた本です。元になった放送は見ていません。しかし、副作用の被害者の私から見てもこの本は一方的に偏っていてひどい内容でした。

先生は認知行動療法の部分を評価されているようですが、この本を読む限り個人的にはあまり良い印象は持っていません。良いことばかり書きすぎなのでは?と思います。かつてSSRIを夢の薬だともてはやした現象が認知行動療法にも起きているのではないか?と思います。コンピュータによる認知行動療法というのも紹介されていましたが、そういうのを見る限り深刻な医師不足を解消するための苦肉の策という部分もあるのかなと。
イギリスの家庭医制度は個人的には好きではありません。家庭医と性格が合わなかったら地獄です。日本のフリーアクセスのほうが最初から専門医に診てもらえますし患者の選択肢が広がるので好きです。(ドクターショッピングという弊害はありますが)

認知行動療法学会のサイトには「即効性があり、確実な効果がある」なんて書いてますが、正直うそ臭いなと思います。確実な効果がある治療法なんてありえるんでしょうか。デメリットもたぶんたくさんあるのでは…と思います。

私は認知行動療法の効果自体にも疑念を持っています。効いたという科学的なデータがあると色んなサイトに書かれていますが、原理的に二重盲検法が使えないのでは?バイアスを排除できてない結果なのではないか?と。インターネットでいろいろ調べてみましたがこの疑念を払拭する情報はありませんでした。もちろん自分の体の状態と適する治療法を一番把握しているのは主治医ですから、主治医が認知行動療法を処方すれば受けますが、あまり積極的に受けたくはないですね。もっと厳密な根拠が欲しいです。

話は変わりますが、精神科の場合はある程度上から目線でも良いと思いますよ。世間の人々はインフォームドコンセントを金科玉条のように言いますが、精神科の患者は判断力が大幅に低下していたり病名に精神的打撃を受けたりしますから、何でも説明して患者に選択させればいいというものではありません。それに現実的な診察時間で専門知識を全部噛み砕いて説明するなんて不可能でしょうから、パターナリズムもある程度は必要だと思います。
by y (2013-12-24 12:29) 

y

書き足りないのでもうちょっと書きます。たくさん書き散らしてしまってすみません。

この本の中で女性が初診で5件の病院を回った話ですが、私は精神科の患者としてはふさわしくない態度だと思います。

逆にmiyabiさん(はじめまして)のやり方は一見似てるように見えますが正しいやり方と思います。大多数の人々は良いお医者様とは患者の要望を何でも聞いてくれる先生、だと思い込んでいるのですが、これは違うと思います。良いお医者様とは自らの経験と勘と根拠に基いて「治してくれる」お医者様だと思うのです。上記のようなお医者様は患者に媚びているだけです。患者に媚びるお医者様は金儲け主義が多いと思います。話がそれましたがmiyabiさんは「治らないから医者を変えた」と仰っておられます。治せないお医者様は良いお医者様ではないので変えるのが当然の対応であり非難されるべきものではありません。

ところがこの本に出てくる女性はまだどんなお医者様かもわからないのに「念のために他にも聞いておきたい」という馬鹿げた理由で初診で5件もの病院をハシゴし処方制限を大幅に超える大量の薬を手に入れているのです。うつ病患者は急性期には衝動的に何をするかわかりませんから(私も何気なく電車に飛び込もうとしたことがあります)薬を大量に持つと危険ではないでしょうか。他の先生に話を聞きたかったら正式なセカンドオピニオンを利用すべきだったでしょう。精神科のセカンドオピニオンはまだ発展途上だとは思いますがドクターショッピングよりはマシです。

また、私は各医療機関で最初の診断が違うことを特に問題だとは思いません。うつ病の治療はお医者様と患者が協力して手探りをしながらその人に合った治療法を見つける作業だと思っています。途中で診断名が変わることもよくあります。よって、最初の診断などどうでもいいことです。逆にDSM通りにチェックしてはいうつ病ですねなんてほうが怖いです。

長々と書いてしまい、申し訳ありませんでした。
副作用の被害者の私からみてもあまりにひどい本で、
アマゾンのレビューでも1点を付けたのですが他の人は5点や4点があまりに多く絶望していたため不満なところを書き散らしてしまいました。
すみませんでした。
by y (2013-12-25 01:07) 

fujiki

yさんへ
貴重なご意見ありがとうございます。
SSRIを散々持ち上げておいて、
弊害があれば今度は認知行動療法をもてはやして、
以前は持ち上げていたSSRIを罵倒する、
というメディアの態度は、
yさんご指摘の通りだと思います。
診療所では精神科の非常勤医師と私が連携する形で、
相互補完的な診療を行なっていて、
万全とは勿論言えないのですが、
それはそれで1つの形ではないか、
というように考えています。
by fujiki (2013-12-25 08:13) 

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