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結腸癌は本当に見落としだったのか? [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診の整理をして、
紹介状を書いて、
それから今PCに向かっています。

さて、今日の話題です。

岩手県盛岡市の診療所で、
結腸癌を見落とされた、として、
女性の患者さんの遺族が診療所の医師を訴えた、
との報道がありました。

報道で分かる範囲の経過はこうです。

Aさんは右脇腹などの痛みを訴えて、
その診療所を受診。
2ヶ月間で13回の診療を行ないましたが、
精神的なもの、との判断で、
整腸剤の処方しかなかったそうです。
それから程なくして、他院で検査したところ、
進行した結腸癌が見付かり、
数ヶ月後にAさんは亡くなりました。

皆さんはこの経過を、
どう思われますか。

杜撰な診療でひどい見落としだ、
と思われるでしょうか。

確かにそうかも知れません。

しかし、こうした場合の診断は、
意外に難しいこともあるのだと言うことを、
診療所の医者の立場としては、
ちょっと皆さんに分かって欲しい気もします。

そんな訳で、
今日はこの事例についての話です。

報道は、僕の見た範囲のものは、
かなり情報の内容が制限されていて、
詳細は不明の点も多いですね。
それが意図的なものなのかどうかは分かりません。

まずAさんの年齢も分かりませんし、
健康な方だったのかも、何か持病がおありになったのかも、
分かりません。
ご本人が検査を希望されていたのに、
医者がそれを拒んだのか、
それともAさん自身検査を希望されていなかったのか、
も分かりません。
更に言えば、何か検査が行なわれたのか、
それとも何も検査はされなかったのか、
すら定かではありません。

ただ、記事のニュアンスから言って、
この医者が何の病気を疑っていたのかは分かります。

最近の僕のブログを読まれている皆さんも、
多分お分かりだと思います。

そう、この医者は、Aさんが、
「過敏性腸症候群」ではないか、
と疑っていたのですね。
2ヶ月に13回という受診回数は、
そう考えれば、
決しておかしなものではありませんし、
整腸剤しか出さなかったことも、
一概に手抜きとは言い切れません。

結腸癌と過敏性腸症候群との鑑別は、
簡単なものでしょうか?

それは、結腸癌の出来る場所によって、
かなり違います。

結腸とは、大腸の大部分のことです。
口の側から進むと、右側の盲腸の位置から始まり、
右側を上に進むと(この部分を上行結腸と言います)、
それから、右から左へとお腹を横断
(それが横行結腸)、
左側から下がって(下行結腸)、
その後でグルリとSの字に廻り
(S状結腸と言います)、
直腸から肛門に抜けるのです。

もし、Aさんの右の脇腹の痛みが、
結腸癌から来たものだとすると、
盲腸に程近い場所に病気があったことになります。
「上行結腸癌」ですね。

大腸癌は、通常はS状結腸と直腸に、
起こることが多いのです。
この場合、ある程度進行すると、
便が癌にこすれて、
微量の出血が起こるので、
便潜血という、便を取るだけの簡単な検査で、
その出血を検出することが出来ます。
勿論痔などの他の原因でも、
便に出血の混じることはあるので、
万能な検査ではありません。
しかし、便の検査をして、
もし出血の兆候があれば、
積極的に大腸の精密検査をしよう、
というきっかけにはなります。
また、ある程度癌が進行すると、
便は細くなり、
スムースに出なくなることがしばしばあります。
出口に近い場所なので、
症状を見て取りやすいのです。

一方、肛門より更に遠い場所の癌では、
便潜血の検査は、あまり当てにはなりません。
出血は大量でなければ腸の中で吸収され、
便で検出が困難になるからです。

Aさんの癌が、
上行結腸の癌であったとすると、
簡単な検査で早期に見付けることは、
困難であったことがお分かり頂けるか、
と思います。

早期の上行結腸癌は、症状を出しません。
従って、早期のうちに見付けるには、
症状や兆候が何もなくても、
大腸の造影検査か大腸の内視鏡検査をしなければならない、
という結論になります。

日本の健康保険による医療の原則では、
その病気を強く疑う兆候のある時以外は、
検査はしてはいけないことになっています。

この原則に立てば、
早期の上行結腸癌を疑う兆候などはないのですから、
検査は保険診療ではやってはいけないことになります。

では、Aさんのケースのように、
進行が疑われる上行結腸癌の場合はどうでしょうか。

癌自体が痛みの原因となることは、
稀なことだと思います。

僕は診療所で働くようになってから、
多分5名の上行結腸癌の患者さんを診る機会がありましたが、
痛みが症状として出たケースは、
1人もありません。
1人は体重減少の精査目的で、
3人は便潜血の陽性での検査で、
たまたま見付かりました。
便潜血は先に書きましたように、
癌のための症状ではなかったと思います。
ですから、「たまたま」なのです。
もう1人の方は、しこりをお腹に触れましたが、
その時点で既に皮膚まで浸潤していたのです。
それでも、別に痛みはありませんでした。

痛みが出るのは、その場所の炎症がある時か、
腸が癌で詰まって、
腸閉塞を起こす時しか考え難いのですが、
どちらも症状は激烈で、
Aさんのケースに当て嵌まるとは思えません。
同じ診療所の医師として、
その症状の訴えがあって、
2ヶ月放置し得るとは、
考え難いからです。

とすれば、Aさんの腹痛の原因は、
癌と直接の関係があった、
とは報道を読む限り考え難いのです。

すると、どういうことが考えられるでしょうか。

僕の推論はこうです。

Aさんの腹痛が、ある部分だけの強い痛みでなかったとすれば、
むしろ「過敏性腸症候群」を疑うのは、
自然のことです。
問題はその時点で、
どれだけ身体の異常を否定することが出来たか、
ということです。

「過敏性腸症候群」の診断ガイドラインによれば、
まず発熱、粘血便、体重減少、お腹にしこりを触れる、
などの「警告症状」がなかったかが、
1つの鑑別になります。
次に年齢です。
50歳以上は腸の検査を積極的に疑う、
1つの目安になります。
(勿論、この間の女優深浦加奈子さんの例のように、
例外は存在します)
それから、血液検査や便の検査、
単純のお腹のレントゲン写真か、
お腹の超音波検査をします。
ここまでして異常がなく、
逆に「過敏性腸症候群」に特徴的な症状があれば、
腸の検査なしで、
「過敏性腸症候群」と判断して良い、
とされています。

今回のケースの場合、
この段取りを、診療所の医師が、
何処まで踏んでいたかが、
見逃しであったか、なかったか、
の基準となります。

ねっ、そう考えると、
なかなか奥が深いでしょう。

ただ、上記の手続きを全て踏んだとしても、
結腸癌の見落としはあり得るのです。

今回の事例について、
医師やその他の人の書いたブログを、
幾つか読みましたが、
「お腹のレントゲンを撮れば、分かった筈だ」、
というものや、
「お腹の痛みを精神的なものと言うのは非科学的だ」、
という無知丸出しの意見、
また、
「2ヶ月に13度も受診していて、
それだけ辛かった筈なのに検査もしないのは手抜きだ」、
というものなど、
あまりに無理解な意見が多かったので、
少し古い事例ですが、
あえて取り上げました。

報道は事実ですが、
情報が少な過ぎるので、
意見は勿論僕の推測に過ぎません。
あくまでフィクションとして、
読んで頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。


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かねこまさこ

 77才の女性、骨粗鬆症(治療中)以外は健康です。
長年、年一度の健康診断の度に腸鮮血反応を実施してきましたが、今回初めてプラスになり、内視鏡検査を受けました。
上行結腸にポリープが4個見つかり、内1個は9ミリあったため、粘膜切除術で取っていただき、生険してもらっていますが、血縁者に腸のガンが何人もいるハイリスクグループなので、心配しています。
 この記事を読んで、成る程とよく分かりました。
 有り難うございました。

by かねこまさこ (2009-07-18 11:14) 

fujiki

かねこまさこさんへ
コメントありがとうございます。
生検の結果はまだなのでしょうか。
でも、ご心配のない可能性が高いと思いますし、
万一癌であったとしても、
早期に見付かり良かったのではないかと思います。
by fujiki (2009-07-19 06:52) 

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