前立腺癌検診の推奨中止とその影響について(2015年アメリカの知見) [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともクリニックはいつも通りの診療になります。
朝から雨と風が激しく、
寒さも厳しくて、
昼には訪問診療もあるので、
ちょっと心配です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJAMA誌に掲載された、
アメリカにおける前立腺癌検診の、
推奨中止の影響についての論文です。
前立腺癌は高齢の男性に多い癌で、
以前には骨や肺に転移したり、
周辺に浸潤したりしないと、
滅多には見つからないタイプの癌でした。
それが1980年代後半に、
PSAという血液の一種の腫瘍マーカーの測定が、
導入されることにより、
早期の癌の診断が可能となるようになりました。
アメリカでは1992年に、
アメリカ泌尿器科学会とアメリカ癌学会が、
50歳以上のPSAによる癌検診を推奨する声明を出します。
それにより格段に癌検診は広まり、
それまでには見付からなかった、
早期の前立腺癌が多く発見され、
治療されるようになります。
この効果はかなり劇的なものです。
こちらをご覧ください。
早期の前立腺癌が多く見付かるようになり、
それに伴って転移して見付かる進行した前立腺癌が、
劇的に減少している、
というのがこの図の所見です。
ただ、癌検診の元締め的な立場にある、
アメリカ予防医療専門委員会は、
この時点でPSA検診を推奨する、
という判断をしませんでした。
それは何故かと言うと、
前立腺癌の多くは、
それほど進行して命に関わるものではないので、
PSAによる前立腺癌検診が、
受診者の生命予後を改善する、
という明確なデータが得られなかったからです。
前立腺癌は早期に発見出来れば、
その後に命に関わるようなことは、
極めて少ない癌であることは間違いがありません。
つまり、検診をすることにより、
確実に進行癌は減少するのです。
その意味では癌検診として理想的です。
しかし、その自然経過は非常に長く、
比率的に言うと進行癌は稀なので、
不特定多数の人口にPSA検診を行なうと、
「わざわざ見付けなくてもその人の寿命に何ら影響しない」
多数の悪性度の低い前立腺癌を発見して治療してしまう、
という過剰診断と過剰治療の問題に直面するのです。
その予後の良さから、
トータルに目に見えるような寿命の延長というような結果には、
なかなか結び付き難いのだと思います。
1996年にアメリカ予防医療専門委員会は、
PSAを用いた不特定の住民健診は推奨しない、
という声明を出しました。
それが2002年には判定するデータに乏しい、
という適応に含みを残す表現になり、
2008年には75歳以上の男性には推奨せず、
75歳以下の男性では判定するデータに乏しい、
という表現になります。
2012年にPLCO研究という、
アメリカで癌検診の効果を検証した、
大規模な臨床研究の結果が発表されました。
これは38000人余りを約11年間観察したものですが、
PSA検診による前立腺癌死亡リスクの低下は、
確認されませんでした。
同年にアメリカ予防医療専門委員会は、
全ての年齢層において、
PSA検診を推奨しない、という声明を発表します。
これはアメリカ国内のみならず、
世界的にかなりの影響を与えました。
同年には今度はヨーロッパにおいて、
ERSPCと言われる大規模なPSA検診の有効性についてのデータが、
発表されました。
16万人という規模で11年間の観察を行ない、
PSA検診による、相対リスクで29%、
検診者1000人当たり1.07人の前立腺癌による死亡を有意に減らした、
という結果になっています。
(2012年時点の発表データ)
アメリカとヨーロッパで、
それぞれ別個の結果になっているのですが、
その理由はアメリカのデータでは、
PSA検診をしていないコントロール群でも、
実際には74%の対象者が1回はPSAを測定していた、
というバイアスにあったようです。
ただ、ヨーロッパのデータにおいて、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
というPSA検診の効果を、
大きいとみるのか小さいとみるのかは難しいところです。
アメリカ予防医療専門委員会は、
この効果が小さいとみている訳です。
さて、今回の論文は、
2012年のPSA検診を推奨しないという発表以降、
PSA検診の数と前立腺癌の頻度が、
どのように推移したのかを検証しています。
2000年と2005年には50歳以上の男性の35%が受診していた、
PSA検診比率は、
2010年には36%で、
それが2013年には31%に低下しています。
その一方で前立腺癌の診断頻度は、
2008年には50歳以上の男性10万人当たり540.8件であったものが、
2012年には10万人当たり416.2件まで減少しています。
これをアメリカの人口で換算すると、
2011年に診断された前立腺癌患者は213562名で、
それが2012年には180043名に減少したことになります。
この1年に33519名減少したということになるのです。
この間に環境要因等が大きく変化したとは考えにくいので、
この患者数の減少は、
単純にPSA検診の受診者が減少したことを、
反映している可能性が高いと考えられます。
つまり、検査をしなかったから、
発見されなかっただけであって、
実際の病気の頻度自体は変わっていないのです。
ERSPCの最も長い13年間のフォローデータでは、
1人の前立腺癌の死亡を減らすために、
27名の患者が診断される必要がある、
という結果になっています。
これをそのまま適応すると、
前立腺癌のPSA検診の推奨を中止したために、
本来は診断される筈であった前立腺癌の患者が、
33519名見落とされ、
そのうちの27分の1に当たる1241名の死亡が、
検診が推奨されていれば救えた可能性のある命である、
ということになります。
これは敢くまで仮定に仮定を重ねた結論なので、
実際に見落とされた患者さんが、
今死亡している、ということではありません。
2012年にPSA検診が全面的に推奨されなくなったことにより、
PSA検診を受ける男性の数が減り、
そこで診断されなかった前立腺癌が、
そのくらいの影響を今後及ぼす可能性がある、
という試算に過ぎません。
実際にこうした超過死亡が生じるかどうかは、
2022年かそれ以降くらいにならないと分からないのです。
PSA検診の有効性から言って、
50歳以上の全ての男性にPSA検診を行なう、
という方針は誤りです。
このことはPSA検診に積極的な、
アメリカ泌尿器科学会も認めています。
受診者1000人に1人くらいで、
前立腺癌の診断数のうちの27分の1程度の、
死亡を減らすことと引き換えに、
膨大なコストと過剰診断と過剰治療の弊害が生じることは、
どう考えても割には合いません。
その一方で、
こうした癌の早期発見のための試みを、
完全に止めてしまえば、
救える命が救えない結果になる、
ということもまた事実です。
それではどうすれば良いのでしょうか?
ここはシンプルに、
より悪性度の高い癌のリスクを絞り込み、
そのリスクの高い集団に絞って、
検診を行なうしかないのです。
そして、診断後はその悪性度に合わせて、
すぐに治療を行なうのは、
病状の進行が認められる場合に限定し、
それ以外のケースは、
定期的な経過観察を基本とすることで、
過剰診断と過剰治療の弊害を、
最小限にとどめるような工夫を行なうのが最良なのです。
前立腺癌のPSA検診は、
世界規模の癌検診の「実験」でしたが、
多くの犠牲を払いながら、
将来のより良い癌検診に向けて、
着実な進歩は見えて来ているように思います。
最後に日本の対応ですが、
泌尿器科学会はPSA検診を推奨し、
厚労省は現時点で推奨していない点は、
アメリカと同じです。
悪性度の高い対象者の振り分けなどに関しては、
あまりしっかりとしたコンセンサスはないようです。
こうした問題については、
基本的に日本の行政も学会も、
アメリカなどの後追いを、
様子を見ながらしているだけなので、
「日本独自の検証」のようなことを、
言ってはいますが、
あまり実態はないように個人的には思います。
(失礼な発言をお許し下さい)
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともクリニックはいつも通りの診療になります。
朝から雨と風が激しく、
寒さも厳しくて、
昼には訪問診療もあるので、
ちょっと心配です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJAMA誌に掲載された、
アメリカにおける前立腺癌検診の、
推奨中止の影響についての論文です。
前立腺癌は高齢の男性に多い癌で、
以前には骨や肺に転移したり、
周辺に浸潤したりしないと、
滅多には見つからないタイプの癌でした。
それが1980年代後半に、
PSAという血液の一種の腫瘍マーカーの測定が、
導入されることにより、
早期の癌の診断が可能となるようになりました。
アメリカでは1992年に、
アメリカ泌尿器科学会とアメリカ癌学会が、
50歳以上のPSAによる癌検診を推奨する声明を出します。
それにより格段に癌検診は広まり、
それまでには見付からなかった、
早期の前立腺癌が多く発見され、
治療されるようになります。
この効果はかなり劇的なものです。
こちらをご覧ください。
早期の前立腺癌が多く見付かるようになり、
それに伴って転移して見付かる進行した前立腺癌が、
劇的に減少している、
というのがこの図の所見です。
ただ、癌検診の元締め的な立場にある、
アメリカ予防医療専門委員会は、
この時点でPSA検診を推奨する、
という判断をしませんでした。
それは何故かと言うと、
前立腺癌の多くは、
それほど進行して命に関わるものではないので、
PSAによる前立腺癌検診が、
受診者の生命予後を改善する、
という明確なデータが得られなかったからです。
前立腺癌は早期に発見出来れば、
その後に命に関わるようなことは、
極めて少ない癌であることは間違いがありません。
つまり、検診をすることにより、
確実に進行癌は減少するのです。
その意味では癌検診として理想的です。
しかし、その自然経過は非常に長く、
比率的に言うと進行癌は稀なので、
不特定多数の人口にPSA検診を行なうと、
「わざわざ見付けなくてもその人の寿命に何ら影響しない」
多数の悪性度の低い前立腺癌を発見して治療してしまう、
という過剰診断と過剰治療の問題に直面するのです。
その予後の良さから、
トータルに目に見えるような寿命の延長というような結果には、
なかなか結び付き難いのだと思います。
1996年にアメリカ予防医療専門委員会は、
PSAを用いた不特定の住民健診は推奨しない、
という声明を出しました。
それが2002年には判定するデータに乏しい、
という適応に含みを残す表現になり、
2008年には75歳以上の男性には推奨せず、
75歳以下の男性では判定するデータに乏しい、
という表現になります。
2012年にPLCO研究という、
アメリカで癌検診の効果を検証した、
大規模な臨床研究の結果が発表されました。
これは38000人余りを約11年間観察したものですが、
PSA検診による前立腺癌死亡リスクの低下は、
確認されませんでした。
同年にアメリカ予防医療専門委員会は、
全ての年齢層において、
PSA検診を推奨しない、という声明を発表します。
これはアメリカ国内のみならず、
世界的にかなりの影響を与えました。
同年には今度はヨーロッパにおいて、
ERSPCと言われる大規模なPSA検診の有効性についてのデータが、
発表されました。
16万人という規模で11年間の観察を行ない、
PSA検診による、相対リスクで29%、
検診者1000人当たり1.07人の前立腺癌による死亡を有意に減らした、
という結果になっています。
(2012年時点の発表データ)
アメリカとヨーロッパで、
それぞれ別個の結果になっているのですが、
その理由はアメリカのデータでは、
PSA検診をしていないコントロール群でも、
実際には74%の対象者が1回はPSAを測定していた、
というバイアスにあったようです。
ただ、ヨーロッパのデータにおいて、
1000人当たり1.07人の死亡を減らした、
というPSA検診の効果を、
大きいとみるのか小さいとみるのかは難しいところです。
アメリカ予防医療専門委員会は、
この効果が小さいとみている訳です。
さて、今回の論文は、
2012年のPSA検診を推奨しないという発表以降、
PSA検診の数と前立腺癌の頻度が、
どのように推移したのかを検証しています。
2000年と2005年には50歳以上の男性の35%が受診していた、
PSA検診比率は、
2010年には36%で、
それが2013年には31%に低下しています。
その一方で前立腺癌の診断頻度は、
2008年には50歳以上の男性10万人当たり540.8件であったものが、
2012年には10万人当たり416.2件まで減少しています。
これをアメリカの人口で換算すると、
2011年に診断された前立腺癌患者は213562名で、
それが2012年には180043名に減少したことになります。
この1年に33519名減少したということになるのです。
この間に環境要因等が大きく変化したとは考えにくいので、
この患者数の減少は、
単純にPSA検診の受診者が減少したことを、
反映している可能性が高いと考えられます。
つまり、検査をしなかったから、
発見されなかっただけであって、
実際の病気の頻度自体は変わっていないのです。
ERSPCの最も長い13年間のフォローデータでは、
1人の前立腺癌の死亡を減らすために、
27名の患者が診断される必要がある、
という結果になっています。
これをそのまま適応すると、
前立腺癌のPSA検診の推奨を中止したために、
本来は診断される筈であった前立腺癌の患者が、
33519名見落とされ、
そのうちの27分の1に当たる1241名の死亡が、
検診が推奨されていれば救えた可能性のある命である、
ということになります。
これは敢くまで仮定に仮定を重ねた結論なので、
実際に見落とされた患者さんが、
今死亡している、ということではありません。
2012年にPSA検診が全面的に推奨されなくなったことにより、
PSA検診を受ける男性の数が減り、
そこで診断されなかった前立腺癌が、
そのくらいの影響を今後及ぼす可能性がある、
という試算に過ぎません。
実際にこうした超過死亡が生じるかどうかは、
2022年かそれ以降くらいにならないと分からないのです。
PSA検診の有効性から言って、
50歳以上の全ての男性にPSA検診を行なう、
という方針は誤りです。
このことはPSA検診に積極的な、
アメリカ泌尿器科学会も認めています。
受診者1000人に1人くらいで、
前立腺癌の診断数のうちの27分の1程度の、
死亡を減らすことと引き換えに、
膨大なコストと過剰診断と過剰治療の弊害が生じることは、
どう考えても割には合いません。
その一方で、
こうした癌の早期発見のための試みを、
完全に止めてしまえば、
救える命が救えない結果になる、
ということもまた事実です。
それではどうすれば良いのでしょうか?
ここはシンプルに、
より悪性度の高い癌のリスクを絞り込み、
そのリスクの高い集団に絞って、
検診を行なうしかないのです。
そして、診断後はその悪性度に合わせて、
すぐに治療を行なうのは、
病状の進行が認められる場合に限定し、
それ以外のケースは、
定期的な経過観察を基本とすることで、
過剰診断と過剰治療の弊害を、
最小限にとどめるような工夫を行なうのが最良なのです。
前立腺癌のPSA検診は、
世界規模の癌検診の「実験」でしたが、
多くの犠牲を払いながら、
将来のより良い癌検診に向けて、
着実な進歩は見えて来ているように思います。
最後に日本の対応ですが、
泌尿器科学会はPSA検診を推奨し、
厚労省は現時点で推奨していない点は、
アメリカと同じです。
悪性度の高い対象者の振り分けなどに関しては、
あまりしっかりとしたコンセンサスはないようです。
こうした問題については、
基本的に日本の行政も学会も、
アメリカなどの後追いを、
様子を見ながらしているだけなので、
「日本独自の検証」のようなことを、
言ってはいますが、
あまり実態はないように個人的には思います。
(失礼な発言をお許し下さい)
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2015-11-26 07:34
nice!(35)
コメント(1)
トラックバック(0)
高血圧、高コレステロール、糖尿病では一人助けるのに100人以上治療が必要です。
27人で1人助かれば効率的な検査では???
それとも、検診はすべて不要ということでしょうか?
by ポパイ (2017-07-20 18:18)