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ネット医学記事の「嘘」を考える [科学検証]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
昼には老人ホームの診療には出掛ける予定です。

それでは今日の話題です。

ネットには様々な医療情報が溢れています。
そのうちの何を信じて何を信じないかは、
非常に難しいところです。
僕もあまり他人のことは言えません。
僕なりの基準を持って、
正確な記事を心がけているつもりですが、
悪口を書かれることも一再ではありません。

ですから、
他の方の書かれたものの批判は、
極力しないようにしているのですが、
今回ネットであまりに酷い記載を見付けたので、
これだけは書かないといけないと思い、
禁を破ることにしました。

それが東洋経済オンラインに2015年11月26日付で書かれた、
次のような題名の記事です。
《サプリ過剰摂取は「死亡率」を引き上げていた》

某大学の名誉教授という肩書の方が、
書かれた記事なのですが、
内容は青魚の脂として有名な、
EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)で、
その過剰摂取により、
「死亡率」が引き上げられていた、
というビックリするような内容です。
その部分のみ引用します。

「外国の医学専門誌に発表された論文によると、EPAを医薬品として大量に摂取すると、死亡率が少し高くなることもわかりました(参考文献:Lancet2007;369:1090-98.)。その薬を服用した人たち(平均年齢61歳)を平均して4.6年間ほど追跡したところ、なんらかの原因で死亡した人の割合が3.1%でしたが、年齢、生活習慣、検査値などが同じで薬を飲まなかった人たちの死亡率2.8%に比べ、高い傾向が認められたのです。この論文の中では、死亡原因についての分析はなされていませんでしたが、脳出血などの副作用がわずかながら増えていたと報告されており、死亡率を高めた要因の1つだったと考えられるようです。」

これを読んで皆さんはどのように思われますか?

もっともらしい文章で書かれているので、
「そうか、EPAで死亡率が上昇した、という論文があるのだな」
と思われた方がいらっしゃるかも知れません。

しかし、実際にはそんな論文はありません。
この作者の脳内妄想中にしか存在していないのです。

こちらをご覧下さい。
JELIS.jpg
これが上記の引用の中にあるLancet誌の論文です。
僕も自分の本の中でご紹介した、
非常に有名な知見です。
日本で行われたJELIS研究と呼ばれるもので、
その根幹の部分は、
EPA(商品名エパデール1日1800ミリグラム)を、
高コレステロール血症の患者さんに、
スタチンに上乗せで使用したところ、
心血管疾患のリスクが19%有意に低下した、
というものです。
総死亡には差はついていません。
つまり、予防効果があったという結果です。

それがどうして「死亡率」の増加、
という記載になっているかと言うと、
総死亡がコントロール群では265名(2.8%)であったところ、
EPA使用群では286名(3.1%)になっていた、
ということから導いているのです。
ただ、これは統計的には全く差はなく、
Hazard ratioは1.09でp valueは0.333、
95%CIは0.92から1.28です。
これでもし記事にあるように、
「高い傾向が認められた」ということになれば、
両群で全く比率が同一でなければ、
常に「どちらかが高い傾向」と言えることになってしまいます。

専門家と称する方が、
論文を引用しながら、
こうした素人に誤った印象を持たせるような書き方をしては、
絶対にいけません。
しかも、個別の表現はそれほどの間違いはなく、
その結論と与える印象が誤っている、という点が、
「分かっていて敢えてやっている」
と想定されて、かなり悪質な感じがするのです。

有意差はないけれど、
少し高い傾向があった、
というようなことは論文の解説で書くことはあります。
ただ、その論文のメインの知見をまず説明し、
それに付け加えるような形で記載するべきだと思います。
上記の文献は誰がどう読んでも、
心血管疾患がEPAによって一定レベル予防された、
という知見がメインであるのですから、
少なくとも最初にそれを説明する必要があるのです。
それをしないで、
「ほら、大して意味はないけど、こっちが少し数字が大きいよ」
ということだけを説明する、
というのは、ミスリード以外の何物でもないのです。

そもそもこの試験は、
コレステロール値が一定レベル以上高い患者さんを対象としていて、
それほど死亡のリスクの高い方が対象ではなく、
スタチンに上乗せしての効果を見ているので、
それほどの差が付くことは、想定されていないのです。
それでも相対リスクで心血管疾患に2割の差が付いているのは、
かなり画期的なことで、
総死亡に両群で差のないのは、
ある意味当然の結果であると言って良いと思います。

これでエパデールは非常に注目されたのですが、
残念ながらその後この論文に匹敵するような、
EPAの心血管疾患予防効果を示すデータはなく、
その後のメタ解析やシステマティックレビュー的な文献の多くでは、
EPAのこうした作用には懐疑的な結論になっています。
エパデールを推奨される先生の見解では、
他の多くの同様の試験では、
サプリメントのEPAを使用していて、
純度の高い製剤を使用すれば、
また結果は変わる筈だ、
というようなことになるのですが、
実際にはその後そうした精度の高い、
エパデールに関するデータは、
存在していないと思います。

従って、
EPA製剤には心血管疾患の予防効果のある可能性があり、
スタチンが使用出来ないような患者さんにおいて、
その使用は一定の意義があるけれど、
その積極的な使用を行なうほどの、
データの蓄積には乏しい、
というくらいが、
現状のコンセンサスではないかと思います。

そして、僕の知る限り、
生命予後の悪化を含め、
明確な有害事象を示す、
精度の高いデータはないと思います。

いずれにしても、
色々な不正確でヘンテコな科学解析記事を読みましたが、
まともな論文を引用しておいて、
ここまで強引で出鱈目な解説に結び付けたものを、
読んだことは初めてです。
同じ著者が一般向けの本を出されているのですが、
怖ろしくて中身を読む気にはなれません。

どうか賢明な皆さんはこのような奇怪な情報に、
惑わされないようにして頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

やまんば@糖尿病

ミスリードはなぜするのですかね?
誰の得にもなりませんね。自身の信用を傷つけるだけなのにドーなってるのですかね。
by やまんば@糖尿病 (2015-11-27 11:35) 

ひみこ

石原先生、
こうした類の話は後をたちませんね。本といい、あの国営放送の番組、最近は症例を紹介し新米医師たちを競わさせる番組も…
情報が氾濫し過ぎて、何を信じれば良いのか…
50手前で閉経し、心臓の周り?冠動脈かな、弁が石灰化している=動脈硬化と最初の病院で指摘、医師は気にしなくていいで説明なし。怖くて他の病院に行き、そこでは気にしなくていいけど年齢的に若いから頸動脈エコーやりましょうと言われました。ちょっとネットで調べたら怖くなりました。
やっと、先生の冠動脈石灰化とエコー検査の話がリンクにあり納得。同じ年齢の前宝塚女優さんが倒れているので焦ります。
記事に関係ない質問をごめんなさい。
by ひみこ (2015-11-28 07:14) 

オレンジ

石原先生、今回の記事も成程、そういうこともあるのかと驚きをもって拝見致しました。
知名度のある雑誌の記事についてはついつい信じてしまいがちですが、心して読まなければなりませんね。
それにしてもなぜこの教授はこのような記事を書かれたのでしょうか。
正確性はさておき(そうされては困りますが)、話題性を求めるあまり、なのでしょうか。

by オレンジ (2015-11-30 15:58) 

神奈川のフロイド

石原先生、何時も興味深く拝読させていただいています。
有難うございます!お忙しいでしょうに、先生の飽くなき研究心には敬服いたします。
先生は「研究所の研究者ではなくてごく普通の街中の臨床医」であられるのに常に新しい医療情報を収集されてバランス感覚良くコメントした頂けることに感謝です。先日も友人の歯科医師に先生のこのブログを紹介させて頂きました。私の周りにもブログを書いている医師や医療関係者がいろいろいますが石原先生のように「実名」で個人情報を開示している人は殆どいません。さぞかし、時には不適切で不愉快なメイルもあるかと思いますが、先生のブログは多くの迷える患者さんが救われ、そしてを勇気づけています!。正義感の強い石原先生!怯まないでこれからもバランスの良い医療情報を宜しくお願いします!


by 神奈川のフロイド (2015-12-01 08:37) 

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