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代謝阻害剤でてんかんを治療する [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

ホームページでの告知が誤っているのですが、
本日健康診断説明会出席のため、
午後5時で診察を終了させて頂きます。
受診予定の方はご注意下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
てんかんとLDH.jpg
今年3月のScience誌に掲載された、
昔からあるケトン食という食事によるてんかん治療の、
詳細なメカニズムを明らかにした論文です。

岡山大学の井上剛先生らのグループによる研究です。

これは非常にロジカルで見事な論文で、
作者の頭の良さがちょっと読むだけで分かります。
しかも、基礎的な研究でありながら、
臨床に直結している点が素晴らしいのです。

てんかんは世界の人口の1%が罹患している、
という報告があるほど多い病気です。
通常抗てんかん薬による治療が行われますが、
多くの薬が開発されているにも関わらず、
患者さんの3分の1は薬物治療に抵抗性です。

抗てんかん薬というのは、
神経細胞の興奮を抑える作用の薬です。
てんかんという病気が、
大脳の神経細胞の過剰な反復性の興奮が、
原因として起こると考えられているからです。

しかし、こうした薬剤は、
興奮していない神経にも、
少なからずの影響を与えるので、
イライラや朦朧状態などがしばしば生じますし、
血液濃度を管理しても使用が多くの薬で必要となります。
更には重症の薬疹や血液障害など、
特有の副作用を持つ薬もあります。
妊娠も使用中は多くの薬剤で禁忌です。

こうした多くの副作用や有害事象がある上に、
3分の2の患者さんにしか有効でないのだとすれば、
治療水準は満足の行くものとは言えません。

一方で、メカニズムは不明であるにも関わらず、
一定の有効性を示し、
抗けいれん薬が無効の事例にも有効で、
古くから行なわれている治療があります。

それがケトン食による食事療法です。

ケトン食というのは、
ごはんやパンなどの炭水化物を一切摂らず、
脂肪を主体とした食事です。

今流行りの低炭水化物食の、
かなり極端な形態という言い方も出来ます。

通常脳の神経細胞はブドウ糖をエネルギーとしています。
しかし、ブドウ糖が供給されないような飢餓状態では、
ブドウ糖の代わりにケトン体を利用します。
このケトン体は脂肪酸が分解されて生じるのです。

要するにケトン食というのは、
炭水化物を摂らないで脂肪を多く摂ることにより、
脂肪酸の産生を促し、
ブドウ糖の代わりにケトン体を神経細胞に利用される治療だ、
ということになります。

このケトン食が、
てんかんの患者さんに一定の有効性を示し、
ある種の伝統的な治療として、
1920年代から行われているのです。

ケトン食の原理は、
極度の低炭水化物状態にして、
脳細胞にブドウ糖の代わりにケトン体を利用してもらうことです。
それがてんかんの抑制に有効だとすれば、
ブドウ糖を利用する場合とケトン体を利用する場合との間で、
脳神経細胞の働き方には違いがあり、
それがてんかんの発作の抑制に繋がっているのだと想定されます。

しかし、それは一体どのような違いでしょうか?

上記文献の著者らは、
まずブドウ糖をケトン体に変更することにより、
神経細胞の膜の電位が、
どのように変化するのかを、
神経細胞を取り出して膜の電位を計測する、
パッチクランプという手法で検証しています。

使用されているのは、
視床下核の神経細胞です。

ブドウ糖で還流すると、
細胞膜は脱分極して興奮しますが、
それをケトン体に切り替えると、
膜電位はマイナスに動いて過分極となり、
神経の興奮は沈静化します。
そこでもう一度ケトン体をブドウ糖に切り替えると、
再び膜電位はプラスに動いて脱分極が起こるのです。

ここでケトン体の代わりに乳酸を使用すると、
ブドウ糖と同じような脱分極の反応が起こります。

そこで今度は細胞内に存在していて、
乳酸とピルビン酸とを交互に変換する酵素である、
LDH(乳酸脱水素酵素)を阻害する薬剤を使用すると、
乳酸を投与しても、
脱分極は起こらなくなります。
そして、そこにピルビン酸を更に添加すると、
今度は脱分極が起こるのです。

これらの実験及び幾つかの追加の実験から、
以下のようなメカニズムが想定されます。
それがこちらです。
てんかんの代謝説の図.jpg
この図は上記の文献を解説した、
New England…の解説記事から取ったものです。

上の図で黄色いのが神経細胞で、
緑色のものが血液脳関門をなしている細胞の1つである、
アストロサイトと呼ばれる支持細胞です。

身体から運ばれるブドウ糖は、
まず血管からアストロサイトに入り、
代謝されてピルビン酸になると、
LDHの作用で乳酸に相互に変換され、
今度は神経細胞へと輸送されます。
輸送された乳酸は再びLDHの作用でピルビン酸に変換、
今度はミトコンドリアに入って代謝を受け、
生成されたATPの作用で、
ATP感受性Kチャネルが閉じると、
カリウムの細胞外への流出が減少するので、
細胞は脱分極して興奮することになるのです。

ケトン体は直接神経細胞のミトコンドリアに入ります。
アストロサイトからの乳酸の流入はないので、
そのため細胞内のATPはそれほど増加せず、
このため細胞は過分極に傾いて抑制されるのです。

これがケトン食がてんかん発作を抑制する、
主なメカニズムだと想定されます。

上記文献においては、
LDH阻害作用を持つ薬剤により、
てんかんモデル動物において、
実際にてんかん発作が抑制されることも確認しています。

この薬剤は特定のタイプのLDHに選択的に働くので、
脳の作用を全て抑制するようなことがなく、
これまでの抗てんかん薬より副作用が少ないことが期待されます。

このように、
ケトン食という極めて古い治療のメカニズムの解明により、
てんかんを細胞内の代謝を抑制することにより治療するという、
新たな治療への筋道が示されたのです。

これまでにない画期的な知見であり、
今後のてんかん治療が大きく変わる端緒になるような気がします。

今後の臨床への応用を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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