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組織の幹細胞の分裂回数が発癌に与える影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
幹細胞の増殖と発癌.jpg
今年の1月のScience誌に掲載された、
癌の原因をその組織の細胞の分裂回数で分析した、
なかなか興味深い論文です。

原文に既に「bad luck」という言葉があり、
そのため「癌の多くは運不運で決まる」
というような、
やや扇情的な報道をされたために、
批判する意見も専門家から多く寄せられる、
という少し残念な経過を辿っているようです。

ただ、確かに詰めの甘い部分があるのですが、
内容自体は非常に興味深く、
示唆的な部分を多く含んでいると思います。

癌は遺伝と環境によって生じる、
というような言い方がよくされます。

一方で、癌というのは細胞が分裂して増殖する時の、
遺伝子のコピーミスのようなもので、
誰でも起こる可能性のあるものだ、
というような言い方もされます。

この2つのどちらが正しい、ということもないのですが、
今の考え方は基本的には後者で、
その細胞のコピーミスが起こり易くなったり、
修正され難くなる要因が、
環境要因や遺伝要因という理解になるようです。

細胞が増殖する時のコピーミスで癌になる、
と書きましたが、
これは全ての細胞において成り立つことではなく、
寿命が長く、その生涯に渡って増殖を繰り返している、
その組織の元になる細胞、
これを幹細胞と呼びますが、
その組織の幹細胞の増殖時のミスのみが、
その要因となる、というのが現在の理解です。

多くの癌は複数の遺伝子変異が蓄積されることにより発症しますが、
そうした変異が短い寿命の細胞の中で、
短時間で起こるという考えには無理があります。
発癌というのは、
主に寿命が長く増殖を繰り返しながらその本態は維持される、
幹細胞にのみ起こる現象なのです。

遺伝性の癌の代表に、
遺伝性大腸腺腫症という病気があります。

これはAPC遺伝子という、
一種の癌抑制遺伝子の変異が生まれ付きあることにより、
全身に腺腫、特に大腸や胃に多数の腺腫(ポリープ)が出来、
生涯では高率にそこから大腸癌が発症する、
という病気です。

このAPC遺伝子の変異があると、
最初のコピーミスが予め用意されていることにより、
腺腫形成が、ほぼ自動的に起こってしまう、
という経路が考えられています。

しかし、ここで興味深いことは、
1つの管である消化管でも、
小腸の30倍以上、大腸の癌の発症リスクは多くなっている、
ということです。

同じ遺伝要因である、
APC遺伝子の変異はありながら、
何故小腸の粘膜細胞は、
あまり癌にならないのでしょうか?

ここで面白いのはネズミ(マウス)との対比です。

先天的にAPC遺伝子に変異のあるネズミは、
矢張り癌が増えるのですが、
人間とは異なり小腸に出来る癌の方が、
大腸よりも多いのです。

人間とネズミのこの癌の出来る場所の違いを、
どのように説明すれば良いのでしょうか?

ネズミと人間の小腸と大腸で、
異なっているのはその幹細胞の細胞分裂の回数です。

どんな組織の幹細胞でも、
その個体の生涯の中で細胞分裂を繰り返すのですが、
その細胞分裂の回数には、
組織毎に一定の傾向が存在しています。

幹細胞が増殖を繰り返す組織もあれば、
それほど繰り返さない組織もあるのです。

そして人間では大腸粘膜の幹細胞の方が、
小腸よりも増殖回数が多いのですが、
ネズミでは大腸より小腸の方が多く増殖を繰り返すのです。

ここにおいて、
その組織の幹細胞の増殖回数が多いほど、
癌は発生し易くなるのではないか、
という推測が生まれます。

同じような例は他にもあります。

皮膚癌には基底細胞癌とメラノーマ(悪性黒色腫)があり、
いずれも紫外線が発癌要因であることが知られています。
しかし、同じように紫外線を浴びていても、
その発癌の頻度は基底細胞癌が多く、
メラノーマは少ないのです。
そして、その幹細胞の増殖回数を調べてみると、
基底細胞癌の元になる基底細胞の幹細胞の分裂回数の方が、
メラノーマの元になる、
色素細胞の幹細胞の分裂回数より多いのです。

癌遺伝子に関わるような後天的な変異が、
細胞の分裂により生じる確率は、
それがどんな細胞であっても、
大きな違いのないことが分かっています。

そうであるなら、
その組織の幹細胞が、
その生涯に細胞分裂する回数こそ、
癌の発症リスクを決定する、
最も大きな要因ではないかと考えることが出来ます。

しかし、これまでにそうした事項を、
トータルに検証したようなデータは、
あまり存在していませんでした。

そこで今回の文献の著者らは、
これまでの組織の幹細胞の分裂回数と、
発癌のリスクが、共にデータとして存在している癌を選び、
その分裂回数と発癌リスクとの関連性を検証しました。

それをまとめた図がこちらです。
幹細胞の増殖回数と発癌リスクの図.jpg
細かくて分かりづらいかと思いますが、
横軸はその組織の幹細胞の生涯の分裂回数で、
縦軸は発癌の生涯リスクです。
いずれも対数表示になっています。

様々な組織の癌をプロットすると、
それがかなり綺麗な直線上に載ります。

つまり、組織の違いには関わらず、
その組織の幹細胞の分裂回数が多いほど、
生涯の発癌のリスクは増加しています。

1回の細胞分裂により、
一定の確率で発癌に繋がる変異が起こるのであれば、
そうした分裂の回数が2倍になれば、
発癌のリスクも2倍になっておかしくはありません。

ここから極めて大雑把な推測としては、
環境要因や遺伝素因で影響される部分は、
大きく見積もっても発癌全体の3分の1程度に過ぎず、
残りの3分の2は、
一種の細胞分裂時の確率の蓄積で、
規定される現象だ、ということになるのです。

「癌になるのは運、不運」という言説の元は、
ここにあります。

文献の後半では、
各癌毎に、環境や遺伝要因に規定される比率が大きな癌と、
細胞分裂の回数に規定される比率の大きな癌とを、
分類して比較が行われています。

たとえば甲状腺癌では、
乳頭癌や濾胞癌は放射線などの環境要因により大きく影響される癌で、
その一方で髄様癌は細胞分裂の回数により大きく影響される癌です。

このような発癌要因を知ることで、
その癌への対処法が決まります。

環境要因の影響を大きく受ける癌では、
肺癌の予防のために禁煙を進める、
というような一次予防の観点が重要になる一方、
細胞分裂の回数で規定されるような癌では、
予防ではなく早期発見のための検診や検査が、
その対処としてはより重要なものになるのです。

この論文はあくまで幹細胞の振る舞いの分かっている組織のデータのみを、
プロットしたものなので、
全ての癌を網羅するようなものではなく、
データとしては充分なものではありません。

しかし、一部の医療ニュースで書かれているような、
クズのような論文ではなく、
これまで感覚的には皆が分かっていた事項を、
改めてトータルに検証したという意味で意義のあるもので、
癌に対する対処の面で、
多くの示唆的な側面を含んでいると思います。

医療ニュースの批判的なコメントだけを、
原文を読まずに引用されるような方もいらっしゃるのですが、
是非短い論文ですので、
一読されることをお勧めします。
結構面白いのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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dumbo

fujikiさま、興味深い報告ありがとうございます。
何となく推測であったものが、はっきりと論文として出てくると眼からうろこのような気が致します。
by dumbo (2015-01-07 11:30) 

心配ママ

私は甲状腺乳頭癌を患い二年前に摘出したのですが、担当医師な聞いても原因は分からないとの事です。特に放射線等の影響も思いあたらず、何故癌になってしまったんだろうと不思議です。
by 心配ママ (2015-01-08 00:47) 

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