SSブログ

抗うつ剤についての報道とその影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
抗うつ剤の報道とその後の自殺リスク.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
抗うつ剤の悪影響についての報道などの周知が、
その後の自殺企図などの問題行動に与える影響についての文献です。

2003年にアメリカのFDAは、
若年者への抗うつ剤の使用が、
自殺企図や自殺を増やす可能性がある、
との警告を出しました。
この端緒となったのはパロキセチン(商品名パキシル)のデータで、
イギリスで2003年の6月に、
パロキセチンの18歳未満の大うつ病の患者さんへの使用が、
禁忌となったのが最も早い行政レベルの対応です。
その後それ以外の抗うつ剤についても、
同様の傾向のある可能性が示唆されました。
2004年にFDAは、
それまでの新規抗うつ剤の臨床試験の結果を解析し、
24試験のうち20試験において、
小児への使用によりうつ病における自殺企図もしくは希死念慮が、
1.66倍増加する可能性がある、
という結果をまとめました。

こうした結果とFDAの対応は、
日本においても大きく報道されましたが、
アメリカにおいても、
勿論大きな注目を集め、
一般へのメディアなどの報道も盛んに行なわれました。

FDAの小児への抗うつ剤についての警告と、
それに伴うメディアの報道は、
果たしてその後の患者さんの予後に、
どのような影響を与えたのでしょうか?

今回の文献はその影響を真正面から取り上げたものです。

現実の地域を対象として、
社会的変化の効果を、
あたかも実験科学の比較対照試験のように、
社会調査により測定評価する、
非実験的研究(疑似実験的研究)という手法を用いて、
FDAの警告とそれに続く報道の前後で、
抗うつ剤の処方と自殺企図や希死念慮が、
どのように変化したのかを検証しています。

対象はアメリカの12の州の住民の健康保険のデータで、
2000年から2003年秋までの、
FDAの警告以前の時期と、
警告や報道が主に集中した、
2003年後半から2004年の終わりまでの時期、
そして2005年から2010年までの時期の3つに分けて、
その間の抗うつ剤の処方の数の動きと、
うつ病の患者さんの自殺企図や希死念慮を、
急性薬物中毒(向精神薬の過量服薬)に絞って検証しています。

患者さんの年齢は小児(10から17歳)、
若年成人(18から29歳)、成人(30から64歳)、
に分けて検討しています。

その結果…

警告後の2005年以降の時期では、
警告前の時期と比較して、
抗うつ剤の処方数は小児の患者さんで31.0%、
若年成人で24.3%、成人で14.5%、それぞれ低下していました。

それと一致して、
軽度ですが有意な自殺企図(過量服薬)のリスクが、
小児で21.7%、若年成人で33.7%、それぞれ増加しました。
しかし、成人では有意な増加はありませんでした。

つまり、
小児への抗うつ剤の使用が危険であり、
自殺の増加に繋がりかねない、という報道により、
患者さんは薬の中止や減量を求め、
処方医も処方を控えるので、
抗うつ剤の使用は明確に減少しました。

これが無駄で危険な処方を減らし、
患者さんの予後の改善に結び付くものであるなら、
それに越したことはないのですが、
実際には必要な処方が中断される結果になり、
それによって却って自殺企図が増える結果になったのでは、
というのが上記文献の著者らの推論です。

ただし…

勿論そう断定することは今回のデータのみからは出来ません。

元の抗うつ剤のリスクについてのデータにおいても、
自殺自体のリスクが増加した、
というような結果は得られていません。
実際の自殺の事例というのは、
相対的には少数であるので、
それが増えたとか減ったとかと言うことに、
統計的な意味が見い出せることはなく、
通常は過量服薬や自傷行為などで、
それを代用しているに過ぎないのです。

今回のデータは特に、
集計のし易さから急性の薬物中毒に限っての解析なので、
それが自殺のリスク自体とイコールである、
という保証はないのです。

また、仮に抗うつ剤の処方の減少と、
過量服薬の増加との間に関連があるとしても、
それは不適切な処方の結果とも考えられるので、
FDAの警告や報道が影響している、
というように直結されるのは強引に過ぎます。

ただ、「抗うつ剤は危険なので即刻止めるべきだ」
というような扇情的な報道が行なわれれば、
その内容自体には誤りはなくても、
不必要な投薬が行なわれている患者さんよりも、
本当に投薬の必要な患者さんの方が、
不安に駆られて投薬を中断し、
病状が悪化する可能性は当然想定されることでもあり、
今回のデータは、
単純に鵜呑みにするようなものではありませんが、
報道や行政の警告や指導の在り方について、
示唆的な部分を多く含むことは、
間違いがないように思います。

要は報道することそのものではなく、
その伝え方と、
どのような伝え方をすると、
どのような影響が想定されるのかについての、
想像力の問題ではないでしょうか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2014/05/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





nice!(34)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 34

コメント 6

北御門

こんばんは。いつも拝読しております。パキシルは一般内科のDr.がたにも処方されやすい薬剤だと感じていた時期がありました。今はかなり慎重になっつきているようです。ところで、話題が変わりますが、マクロライド系の薬剤を重複させるような事ってありますでしょうか? 現実ある患者さんでエリスロマイシン200mg 2錠/日とクラリス2錠/日が同時処方されていて本人も7日間は重複服用していました。
よろしければ、教えてください。
ちなみに、エリスロマイシン200mgは何年も内服しています。
by 北御門 (2014-07-10 23:43) 

fujiki

北御門さんへ
併用に効果がある、という文献は、
読んだことはありません。
ただ、そういう考えがあっても、
おかしくはないようにも思います。
ひょっとしたら文献があるのかも知れません。
おそらくはエリスロマイシンの少量は、
慢性気管支炎や蓄膿などに対しての持続療法で、
その患者さんが急性感染の症状を呈したので、
クラリスを載せたのかも知れません。
ただ、それであれば勿論、
クラリスのみにして、
何ら問題はないように思います。
海外用量はクラリス1日1000mgが一般的なので、
「オグサワ」処方のように、
併用することによって用量を海外用量に近付けた、
ということかも知れませんが、
いずれにしても査定はされると思いますし、
個人的にはあまり意味のないように思います。
by fujiki (2014-07-11 08:26) 

北御門

こんばんは。丁寧なお返事有り難うございました。その患者さんは、入院されエリスロマイシンがとまりました。
by 北御門 (2014-07-11 22:12) 

ささじぃ

先日は別の記事での質問に回答いただきありがとうございます。
抗うつ剤などは脳に作用すると思うのですが、長期にわたる服用で脳に何らかの問題が生じることはありますか?例えば機能が変わるとか脳が萎縮してしまうとかです。抗うつ剤にかかわらず抗不安薬など脳に作用する薬はどうしてもその辺りが気になってしまいます。
by ささじぃ (2014-07-17 10:25) 

fujiki

ささじぃさんへ
勿論その可能性が皆無ではありません。
特に高齢者でその影響が大きいことを示唆する報告が、
多いように思います。
ただ、その一方で薬剤によるセロトニンの増加などにより、
脳の機能が回復したとする報告も複数あります。
現状の理解としては、
その投薬に必要性があり、
必要量を最小限度の使用であれば、
メリットがリスクを上回ると、
考えて頂いて良いように思います。
by fujiki (2014-07-18 08:23) 

ささじぃ

回答ありがとうございます。
脳への影響で頻度が高いものはどのようなものでしょうか?
また抗不安薬と抗うつ剤ではどちらが脳への影響は大きいのでしょうか?
by ささじぃ (2014-07-18 10:02) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0