不妊治療で乳癌リスクは増加するのか? [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年の4月のCancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention誌に掲載された、
不妊治療でよく用いられる薬剤と、
乳癌のリスクとの関連についての文献です。
先日コメント欄でご質問を受けた内容です。
不妊治療においては、
妊娠率を高めるために、
排卵誘発剤を用いて、
卵巣を刺激することが一般的に行なわれます。
この時に使用される内服の排卵誘発剤の代表が、
クロミフェン(商品名クロミッドなど)で、
実際に生理周期や排卵を起こすために、
脳下垂体から分泌されているホルモンとほぼ同じものを、
注射で使用するのが、
hMG-hCG療法です。
不妊治療の最初のステップは、
自慰で採取した精液を精製して、
膣に注入する人工授精ですが、
この時女性は、
通常クロミッドもしくは、hCG-hMGを用いて、
効率的かつ確実な排卵を誘発します。
こうした治療を5から6回繰り返しても、
妊娠が成立しない場合には、
次のステップとして体外受精が検討されますが、
この場合は採卵と言って、
卵巣に針を指して卵子を採取する操作が必要となるので、
より強い卵巣への刺激が必要となります。
さて、このように人工的に薬を使って卵巣を刺激し、
排卵を促すことを繰り返すことは、
女性の身体にその後好ましからぬ影響を、
及ぼすことはないのでしょうか?
色々な影響が考えられますが、
今回問題としているのは、
乳癌のリスクの増加についてです。
排卵誘発剤などの使用は、
結果として血液の女性ホルモンの上昇を伴いますから、
女性ホルモン誘発性の癌である乳癌のリスクを、
高めるという可能性は否定出来ません。
ただ、勿論不妊治療を長期間継続される方もいますが、
基本的には通常より女性ホルモンが上昇するのは、
一時的な期間であるに過ぎません。
そうした影響は軽微なので、
無視しても問題はない、
という意見がある一方で、
いやいやその影響は将来的に無視出来ない、
という意見もあります。
これまでに多くの、
排卵誘発剤による乳癌リスクの増加についての報告がありますが、
増加したと言う報告が複数ある一方で、
変化のないという報告も複数あり、
更にはむしろリスクは減少した、
とする報告も少数ですが存在しています。
今回の研究はこの混乱に一定の結論を得ようとしたものです。
対象は1965年から1988年の期間に、
アメリカの5つの専門施設で不妊治療を受けた、
トータル12193名の患者さんで、
2010年までの継続的な長期の経過観察を行ない、
不妊治療後の乳癌のリスクと、
使用した薬剤との関連性を検証しています。
個々の患者さんの経過をきちんと追っていて、
平均で30年という長期間の観察が行なわれている、
と言う点において、
これまでの多くの同じ目的の研究より、
信頼性の高いものと、
考えることが出来ます。
こうした研究手法としては、
事例の数も充分です。
その結果…
経過観察期間中に、
患者さんに749例の乳癌が見付かりました。
診断の時点での平均年齢は52.7歳です。
患者さんの38.1%でクロミッドが使用されていましたが、
トータルに見てクロミッド使用群で、
その後に有意な乳癌の増加は認められませんでした。
ただ、クロミッドの使用量と使用回数が多い群では、
若干の乳癌リスクの増加が認められました。
具体的には12周期以上に渡ってクロミッドが使用された群では、
未使用と比較して1.69倍、
有意に浸潤癌のリスクは増加していました。
hCG-hMGの使用と乳癌リスクとの関連についても、
トータルでは関連性は認められませんでした。
患者さんの多くはクロミッドとの併用です。
ただし、不妊治療にも関わらず妊娠されなかった女性に限ると、
薬剤使用による乳癌リスクは、
1.98倍有意に増加していました。
これはかなり昔に不妊治療を受けた患者さんが多く、
当時のクロミッドの使用量は、
現在よりずっと多いものでした。
(現行は1回100mgから150mgが概ね使用されていますが、
以前は1回250mgが一般的でした)
つまり、用量や回数から換算すると、
12周期以上で1.69倍のリスク増加というのは、
現状は有り得ないレベルで、
現行の使用量を守って使用する範囲においては、
明確な乳癌リスクの増加は、
ないと考えて良いのではないか、
というのが上記の文献の著者らの見解です。
更に妊娠されなかった女性のリスクが高いことに関しては、
薬剤の関与という可能性より、
不妊の状況自体が、
癌の発症と関連していた可能性が高いのでは、
という見解を取っています。
従って、その解釈でいけば、
排卵誘発剤による乳癌リスクの増加は、
心配する必要はない、
ということになるのですが、
正直その判断は微妙です。
もう1つの問題は今回診断された乳癌は、
若年性の事例が多いことで、
より長期の経過観察を継続すると、
また別個のデータが出る、
と言う可能性も残っています。
こうした問題は、
放射線の被ばくによる影響の論争でも思いますが、
明確に白黒が付く、
と言う性質のものではなく、
可能性を完全には否定せず、
かと言って存在するデータ以上に過度に見積もることもせずに、
大局観を持って考えることが重要なように思います。
この問題に限定して言えば、
不妊治療の継続により、
若干の乳癌リスクの増加が起こる可能性は否定出来ませんが、
通常現行で使用されている薬剤の、
適正な範囲の使用においては、
明確に証明出来るほどのリスクの増加はない可能性が高い、
というくらいの判断が妥当なのではないかと考えます。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
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不妊治療でよく用いられる薬剤と、
乳癌のリスクとの関連についての文献です。
先日コメント欄でご質問を受けた内容です。
不妊治療においては、
妊娠率を高めるために、
排卵誘発剤を用いて、
卵巣を刺激することが一般的に行なわれます。
この時に使用される内服の排卵誘発剤の代表が、
クロミフェン(商品名クロミッドなど)で、
実際に生理周期や排卵を起こすために、
脳下垂体から分泌されているホルモンとほぼ同じものを、
注射で使用するのが、
hMG-hCG療法です。
不妊治療の最初のステップは、
自慰で採取した精液を精製して、
膣に注入する人工授精ですが、
この時女性は、
通常クロミッドもしくは、hCG-hMGを用いて、
効率的かつ確実な排卵を誘発します。
こうした治療を5から6回繰り返しても、
妊娠が成立しない場合には、
次のステップとして体外受精が検討されますが、
この場合は採卵と言って、
卵巣に針を指して卵子を採取する操作が必要となるので、
より強い卵巣への刺激が必要となります。
さて、このように人工的に薬を使って卵巣を刺激し、
排卵を促すことを繰り返すことは、
女性の身体にその後好ましからぬ影響を、
及ぼすことはないのでしょうか?
色々な影響が考えられますが、
今回問題としているのは、
乳癌のリスクの増加についてです。
排卵誘発剤などの使用は、
結果として血液の女性ホルモンの上昇を伴いますから、
女性ホルモン誘発性の癌である乳癌のリスクを、
高めるという可能性は否定出来ません。
ただ、勿論不妊治療を長期間継続される方もいますが、
基本的には通常より女性ホルモンが上昇するのは、
一時的な期間であるに過ぎません。
そうした影響は軽微なので、
無視しても問題はない、
という意見がある一方で、
いやいやその影響は将来的に無視出来ない、
という意見もあります。
これまでに多くの、
排卵誘発剤による乳癌リスクの増加についての報告がありますが、
増加したと言う報告が複数ある一方で、
変化のないという報告も複数あり、
更にはむしろリスクは減少した、
とする報告も少数ですが存在しています。
今回の研究はこの混乱に一定の結論を得ようとしたものです。
対象は1965年から1988年の期間に、
アメリカの5つの専門施設で不妊治療を受けた、
トータル12193名の患者さんで、
2010年までの継続的な長期の経過観察を行ない、
不妊治療後の乳癌のリスクと、
使用した薬剤との関連性を検証しています。
個々の患者さんの経過をきちんと追っていて、
平均で30年という長期間の観察が行なわれている、
と言う点において、
これまでの多くの同じ目的の研究より、
信頼性の高いものと、
考えることが出来ます。
こうした研究手法としては、
事例の数も充分です。
その結果…
経過観察期間中に、
患者さんに749例の乳癌が見付かりました。
診断の時点での平均年齢は52.7歳です。
患者さんの38.1%でクロミッドが使用されていましたが、
トータルに見てクロミッド使用群で、
その後に有意な乳癌の増加は認められませんでした。
ただ、クロミッドの使用量と使用回数が多い群では、
若干の乳癌リスクの増加が認められました。
具体的には12周期以上に渡ってクロミッドが使用された群では、
未使用と比較して1.69倍、
有意に浸潤癌のリスクは増加していました。
hCG-hMGの使用と乳癌リスクとの関連についても、
トータルでは関連性は認められませんでした。
患者さんの多くはクロミッドとの併用です。
ただし、不妊治療にも関わらず妊娠されなかった女性に限ると、
薬剤使用による乳癌リスクは、
1.98倍有意に増加していました。
これはかなり昔に不妊治療を受けた患者さんが多く、
当時のクロミッドの使用量は、
現在よりずっと多いものでした。
(現行は1回100mgから150mgが概ね使用されていますが、
以前は1回250mgが一般的でした)
つまり、用量や回数から換算すると、
12周期以上で1.69倍のリスク増加というのは、
現状は有り得ないレベルで、
現行の使用量を守って使用する範囲においては、
明確な乳癌リスクの増加は、
ないと考えて良いのではないか、
というのが上記の文献の著者らの見解です。
更に妊娠されなかった女性のリスクが高いことに関しては、
薬剤の関与という可能性より、
不妊の状況自体が、
癌の発症と関連していた可能性が高いのでは、
という見解を取っています。
従って、その解釈でいけば、
排卵誘発剤による乳癌リスクの増加は、
心配する必要はない、
ということになるのですが、
正直その判断は微妙です。
もう1つの問題は今回診断された乳癌は、
若年性の事例が多いことで、
より長期の経過観察を継続すると、
また別個のデータが出る、
と言う可能性も残っています。
こうした問題は、
放射線の被ばくによる影響の論争でも思いますが、
明確に白黒が付く、
と言う性質のものではなく、
可能性を完全には否定せず、
かと言って存在するデータ以上に過度に見積もることもせずに、
大局観を持って考えることが重要なように思います。
この問題に限定して言えば、
不妊治療の継続により、
若干の乳癌リスクの増加が起こる可能性は否定出来ませんが、
通常現行で使用されている薬剤の、
適正な範囲の使用においては、
明確に証明出来るほどのリスクの増加はない可能性が高い、
というくらいの判断が妥当なのではないかと考えます。
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今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
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- メディア: 単行本(ソフトカバー)
2014-05-30 08:05
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先生、先日はご回答ありがとうございます。こちらで御礼申し上げます。また、私の関心ごとを記事にして頂きありがとうございます。
私の解釈では
・米国癌学会では不妊治療薬で乳がんリスクが高くなることはほぼ
ないと考えて良い
・先生のご意見では、リスクは若干上がるかもしれないが、その
リスク上昇はごく少ないものか無い可能性もある
ということでよろしいでしょうか?
by エルサ (2014-05-30 17:43)
エルサさんへ
それでOKです。
群を選べば最大で2倍程度の有意差は出る点と、
クロミッドの量が増えると、
有意差が出る点を考えると、
無関係とは言えないと思います。
しかし、現行の使用量ではその差は無視出来る、
という判断から、
学会のステートメントは書かれているのだと思います。
by fujiki (2014-05-30 19:14)
エルサさんへ
ちなみに本記事の文献が、
米国癌学会の見解の元になったものそのものです。
by fujiki (2014-05-30 21:36)
先生ありがとうございます。私はAIHの時には卵子を育てるためにセキソビット100mg(場合によってはクロミッド50mg)を一日3回、5日飲み、AIH実施後は着床しやすくするためにプロゲストン5mgを一日2回、10日間飲んでいます。
これは内服している不妊治療薬の量としてはどのようなものでしょうか?
また1回100-150mgというのは1日ということですか?
by エルサ (2014-06-02 10:32)
先生こんにちは。
お暇な時で結構ですのでお返事頂けると嬉しいです。
催促のような形になり申し訳ありません。
by エルサ (2014-06-07 19:07)
エルサさんへ
不妊治療での使用量としては、
一般的な量ではないかと思います。
1回100から150mgという文献の記載は、
1日という意味だと思います。
by fujiki (2014-06-08 22:27)
先生早速の回答ありがとうございます。
これである程度安心して治療に望めます。
本当にありがとうございました。
by エルサ (2014-06-09 10:36)
先生また質問したいことがあります。よろしいでしょうか?
自然妊娠と顕微授精を比べた時、生まれてくる子供に
染色体異常や先天的な異常がある確率が明らかに違うという
論文などは出ているのでしょうか?
by エルサ (2014-06-24 22:54)
不妊治療で乳がんリスクが高くなるかということでこちらにたどり着きました。
更年期の治療でのホルモン剤及びピルなどの服用に関しても
賛否両論の意見でわからなくなってしまいます
これから治療をするのですが
不安でなりません。
by トリタンチコ (2016-05-19 11:17)
トリタンチコさんへ
これはそうしたリスクはゼロではないのです。
ただ、50歳代くらいで更年期症状があり、
それが生活の指標になっているようなケースでは、
トータルに見て、
ホルモン剤治療のメリットが大きい、
というのが現時点でのコンセンサスだと思います。
個々の病気のリスクは上がるものもあるのですが、
生命予後などについては、
むしろトータルには良い影響がある、
というデータがあります。
特に貼り薬のホルモン剤については、
従来のものより有害事象は少ない可能性があります。
by fujiki (2016-05-20 08:36)