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妊娠中の抗甲状腺薬使用による先天異常発症リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今年の診療は本日で終了となります。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
妊娠初期の抗甲状腺薬の安全性オランダ.jpg
今年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載された、
妊娠初期にバセドウ病の治療薬である、
抗甲状腺剤を使用した際の、
胎児の先天異常の発症を検証した文献です。

これはオランダの研究ですが、
同様の日本の研究結果も、
2112年の同じ医学誌に発表されています。

今日は両者の結果を併せて、
この問題の現時点での全体像を俯瞰したいと思います。

バセドウ病というのは、
甲状腺を刺激するタイプの自己抗体の働きにより、
甲状腺が持続的に刺激されて、
甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、
甲状腺機能亢進症を呈する病気です。

この病気の治療法は、
大きく分けて3種類あります。

抗甲状腺薬とお呼ばれる飲み薬の使用と、
放射性ヨードによる治療、
そして甲状腺の大部分を切除する手術です。

日本で好んで行なわれているのは飲み薬による治療です。
薬を飲むだけという簡便さが利点ですが、
通常数年かそれ以上という、
長期間の治療が必要である点と、
一旦改善しても再発が多く、
明確な治療終了の基準がない点、
更には看過出来ない副作用の存在が、
その欠点です。

抗甲状腺薬には、
MMIと略されるチアマゾール(商品名メルカゾール)と、
PTUと略されるプロピルチオウラシル(商品名チウラジール)があります。
海外ではこれに加えて、
カルビマゾールという薬剤が使用されていますが、
これは体内で代謝されてチアマゾールになるので、
基本的にはMMIと同じものです。

MMIとPTUとを比較すると、
抗甲状腺剤としての有効性や使い易さは、
明確にMMIの方が勝っているのですが、
副作用の頻度については差があることが、
以前から指摘されています。

中でも問題となるのが、
妊娠中に使用した場合の、
胎児の先天異常の発症リスクの増加で、
この点については世界的に、
以前からチアマゾールの方が、
プロピルチオウラシルよりリスクが高いと考えられていました。

これは1984年以降に複数の報告があり、
食道閉鎖、臍帯ヘルニア、後鼻孔閉鎖、頭皮欠損、尿膜管遺残などの、
臍腸管関連奇形という、
同一の部位を起源とする複数の奇形の発症が、
チアマゾールによる胎児の先天異常の特徴とされました。

こうした奇形はプロピルチオウラシルでは、
殆ど報告がなかったので、
妊娠中の使用においては、
プロピルチオウラシルの使用が、
推奨されることになったのです。

ところが…

日本においては最近まで、
それとは別個の見解が存在していました。

妊娠中の甲状腺異常の大家である、
百渓尚子先生を中心として、
バセドウ病の患者さんから出産されたお子さん、
700例以上の調査が行なわれ、
外表奇形の発症頻度は1%程度で、
その比率においても内容においても、
正常妊娠と差がなく、
「抗甲状腺剤が奇形を起こすという根拠はない」
という見解が示されたのです。
論文は1998年に発表されています。

しかし、2000年代になり、
海外では同様のチアマゾールによる奇形の報告が相次いだので、
2008年から「妊娠初期に投与されたチアマゾールの妊娠結果に与える影響に関する前向き研究」
という長い名称の研究が開始されました。
ポイントは奇形の原因となるとされる、
妊娠初期(妊娠12週まで)のチアマゾールの使用と、
臍腸管関連奇形の発症との関連性を、
より重視したという点にありました。

その結果がこちらになります。
妊娠初期の抗甲状腺薬の安全性日本.jpg
2012年のJ Clin Endocrinol Metab誌の文献ですが、
トータルで6744名のバセドウ病合併妊娠を対象としています。

妊娠初期にチアマゾールを使用した場合、
未使用では1906例中40例の2.1%に胎児奇形を認めたのに対して、
1231例のうち4.1%に当たる50例に胎児奇形を認め、
チアマゾールの使用により、
有意に胎児奇形のリスクは増加していました。
ほぼ2倍になっているという結果です。
これまでの海外の報告と同様に、
臍腸管関連奇形がその増加の主体を占めていました。
プロピオチオウラシルでの胎児奇形の比率は、
1399例中21例の1.9%で、
こちらは未使用と違いがない、という結果でした。

つまり、
日本での検討においても、
海外と同様にチアマゾールの妊娠初期の使用により、
臍腸管関連奇形は、
確実に増加する、という結果になったのです。

この結果だけを見ると、
妊娠中にはプロピオチオウラシルを使用すれば、
リスクは少ないというように思えます。

しかし、本当にその結論で良いのでしょうか?

最初にご紹介したオランダの論文は、
プロピオチオウラシルの安全性に、
疑義を呈する結果となっています。

これは国民総背番号制が取られているオランダにおいて、
抗甲状腺剤の妊娠初期の使用と、
胎児奇形の頻度との関連を検討したものです。
未使用の場合の胎児奇形の頻度が5.7%であったのに対して、
プロピオチオウラシルの使用では8.0%、
チアマゾール(含むCMZ)の使用では9.1%、
両者を切り替えで使用した場合には10.1%と、
いずれの抗甲状腺剤の使用においても、
未使用と比較して有意な胎児奇形の増加を認めました。

日本のデータと比較して、
数倍胎児奇形の発症率は多いのですが、
これは何を異常に区分するか、という、
分類上の問題もあるので、
必ずしもデータ同士の比較は出来ません。

ただ、これをチアマゾール使用群での、
臍腸管関連奇形に限って解析すると、
それは未使用の21.8倍という、
より強いリスクの増加として計算されました。

つまり、チアマゾールによる臍腸管関連奇形の増加は、
かなり特異的な現象で、
ほぼ間違いのないことですが、
プロピオチオウラシル単独でも、
矢張妊娠初期の使用においては、
胎児奇形のトータルな頻度は、
増加する可能性がある、という結果になっています。

現時点でこの問題をどう考えれば良いのでしょうか?

バセドウ病の患者さんは若い女性に多く、
その治療には数年以上の時間を要することが多いので、
患者さんの妊娠をどう考えるかが、
大きな問題になります。

抗甲状腺薬による治療の場合、
勿論薬を中止してから妊娠して頂くのが、
理想的であることは間違いがありませんが、
患者さんの個々の事情もあり、
維持量の抗甲状腺剤で、
甲状腺機能が安定した状態にあれば、
ご妊娠を許可するのが医療者としては妥当な判断です。

ただ、妊娠初期の抗甲状腺剤の使用においては、
チアマゾールで臍腸管関連奇形の頻度が、
使用しない場合の20倍程度上昇する可能性が高く、
現状では妊娠12週以前には、
プロピオチオウラシルを使用することが、
望ましいと考えられます。
しかし、データによってはプロピオチオウラシルでも、
トータルな奇形の頻度はチアマゾールと変わりがない、
というものもあり、
その点は患者さんに良く理解して頂く必要があります。

抗甲状腺剤の使用が妊娠中は望ましくない、
という見地に立つと、
妊娠を希望される方には、
積極的に手術を勧めるべき、
ということになりますが、
手術には別箇のリスクもあり、
妊娠中に甲状腺機能が変動する可能性もあるので、
その方針が最善とも言い切れません。

この問題はまだ統一された確固たる見解はないので、
個々の事例において、
患者さんの最善を考えた検討が行なわれるべきだと思いますし、
今後の研究の結果も注視して行きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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