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自閉症に対するオキシトシン点鼻の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
オキシトシンの自閉症への効果.jpg
今月のJAMA Psychiatry誌に掲載された、
オキシトシンという脳内ホルモンを、
自閉症の治療に利用しようという、
臨床研究の結果をまとめた論文です。

東京大学の研究グループによるもので、
文科省が旗振りをしている研究の一環として報告されたものです。

一般のメディアでも先日報道されました。
勿論非常に好意的で、
画期的な研究成果だぞよ、
というようなニュアンスの報道です。

自閉症はより大きくはアスペルガー症候群などを含めて、
「自閉症スペクトラム障碍」と呼ばれ、
他人の感情を理解したり、
他人と信頼関係を築いたりすることが苦手で、
社会生活において多くの困難を有することが、
人口の100人に1人という頻度の多さから、
単なる病気と言う捉え方ではなく、
人間社会において常に対応するべき人間的な課題とも言えます。

自閉症スペクトラム障碍の患者さんから、
多くの天才が生まれ、
人間社会の活力や進歩の源泉の1つが、
そうした方の能力を活かすことにあるのは、
歴史が教える事実です。

従って、
自閉症スペクトラム障碍の患者さんに、
その才能は存分に開花させて頂きながら、
他者への共感のし辛さを、
少しでも改善するような方法があれば、
単に医療レベルではなく、
社会全体にとって意義のあることだと考えられるのです。

上記文献の著者らのグループは、
発せられた言葉の内容よりも、
それを発する人間の表情や声の表現の仕方を重視して、
相手の自分への友好性を評価する、と言う能力が、
自閉症スペクトラム障碍の患者さんでは弱い、
という知見を2012年に発表しています。

それを検証しているのが、
ちょっと特殊な実験です。

こちらをご覧下さい。
自閉症の感情反応試験の説明.jpg
不思議な画像ですね。

右側の画像は笑顔ですが、
笑顔で明るい声色でありながら、
「お前は最低のクズ野郎だ」
というような酷い言葉を発しています。

一方で左の画像は、
相手を愚弄するような表情で、
そうした不快な声色でありながら、
「君は最高だね」
というようなほめ言葉を発しています。

昔竹中直人がピン芸でやっていた、
笑顔で「なんだこの野郎!」と陽気に怒る、
「笑いながら怒る人」というのがありましたが、
それに近いような発想です。

こうした画像を被験者に次々と見せて行き、
画像の人物が自分の味方であるか敵であるかを、
2択で選ばせることを繰り返します。

すると、自閉症スペクトラム障碍の人では、
そうでない人と比較して、
右の画像を敵と考え、
左の画像を味方と考える比率が、
多かったと言うのです。

個人的には何となく釈然としない思いがしますが、
こうした試験です。

話は変わって、オキシトシンという脳内ホルモンがあります。

これは脳下垂体の後葉という場所から分泌され、
子宮の収縮に働くことから、
その目的で注射薬が使用されています。

それが近年になり、
オキシトシンの脳内作用が注目されるようになりました。
これは上記の文献の著者らのグループによる報告もあり、
海外の別個の複数のグループによる報告もあって、
いずれもこのホルモンに、
他者との信頼関係の構築を、
促すような効果のあることが示唆される結果となっています。

このオキシトシンの最近の知見と、
上記の画像の実験で検証されたような、
自閉症スペクトラム障碍の他者理解の能力の低下とを、
併せて考える時、
オキシトシンを薬として使用することにより、
自閉症スペクトラム障碍の他者理解の低下が、
改善する可能性が考えられます。

今回の研究はその点を具体的に検討したもので、
自閉症スペクトラム障碍の患者さん40名を、
くじ引きで20名ずつの2つの群に分け、
患者さんにも試験の担当者にも分からないように、
一方にはオキシトシンのスプレーを点鼻で使用し、
もう一方には効果のないスプレーを同じように使用して、
その後に上記の画像を見せる検査を行ない、
その結果を比較しています。

その結果…

オキシトシンの使用により、
言語よりも声色や表情で、
敵か味方かを判断する傾向が増加し、
その判断をするまでの時間も短縮、
機能性MRIという検査においては、
内側前頭前野と呼ばれる、
自閉症スペクトラム障碍で活性が低下する部位の、
脳活動の回復傾向が認められました。

これはオキシトシンを1回のみ点鼻して、
その後40分で検査を行なった結果です。

上記文献の著者らはこの結果を持って、
オキシトシンの使用により、
認知症スペクトラム障碍の患者さんの症状の1つが、
改善する可能性が高いと主張しています。

結果は正直微妙です。

一番の僕の疑問は、
この「笑いながら怒る人」的な映像の試験で、
どの程度自閉症に特徴的な他者認識が反映されているのか、
という点にあります。

怒りながら相手を褒めるという映像は、
正直ただの変な人ですから、
それを味方と分類したり敵と分類することが、
本当により高次のコミュニケーション能力に繋がる、
というのは俄かには承服出来ない見解です。
相手を判断するのに、
「敵か味方」という二分法は問題がないのでしょうか?
多くの人は他人に対して、
そうした判断をしている訳ではないのではないでしょうか?

ただ、判定法はともかくとして、
オキシトシンの点鼻に、
単回の使用でも明確な脳内作用を惹起する効果のあることは、
間違いのないことのように思えます。

しかし、これが継続的な効果なのか、
オキシトシンの点鼻を長期間継続することで、
安定した効果が得られるのか、
その使用に安全上の問題はないのか、
というような点については、
まだ今後の検討を待たなければならないと思います。

自閉症スペクトラム障碍の特有の生き辛さを、
軽減する治療というのは、
これまでに殆ど存在しませんでしたから、
これは画期的な治療に結び付く可能性があります。

ただ、まだほんの研究の始まりに過ぎませんから、
今後の知見の積み重ねを待ちたいと思いますし、
単にこうした方法の良い面ばかりを強調するのではなく、
問題点も検証するような、
バランスの取れた研究の進歩を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 6

ハマコウ

自閉症スペクトラム障碍
コミュニケーションで悩む人にとって 大きなニュースですね
 
by ハマコウ (2013-12-28 08:59) 

エル

カンピロバクターの件ではお世話になりました。

実は私の子どもは自閉症です。
この点鼻薬については聞いたことがあります。

こうした薬が発表されると、年少児の親御さん─とりわけ告知されたばかりのかたほど、強い関心を示すようです。

以前、あるTV番組で水銀を排出する「キレーション」がとりあげられたとき、かなり話題に上り、試してみたいという親御さんが多数ありました。
それから10年ほど経ちましたが、果たして何人のかたが試してどれだけの効果を得られたものか─放送したTV局は追跡調査をしていませんし、ネットなで個人的に報告しているかたも見かけません。

「単にこうした方法の良い面ばかりを強調するのではなく、
問題点も検証するような、
バランスの取れた研究の進歩を期待したいと思います。」
その通りだと思います。
むやみに特効薬にとびつかないことが大切であり、このように冷静さを呼びかける言葉に耳を傾けたいと思うのです。

私の子どもはもう成人しています。
障害特性のために生きづらさはあると感じますが、このままでもそこそこ幸せに暮らすことはできると信じています。
by エル (2014-01-09 09:58) 

クマ

ネットで話題になってましたが、この記事を読んでどういう内容なのかがよくわかりました。正直、自閉症の治療とどう関係してるのかわからないですが、改善率がほんのわずかということなので、オキシトシンが治療に
使えるのかはかなり微妙だと思います。
by クマ (2014-01-12 15:17) 

fujiki

ハマコウさんへ
いつもお読み頂きありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2014-01-14 08:17) 

fujiki

エルさんへ
貴重なご指摘ありがとうございます。
この問題は非常に難しいですね。
by fujiki (2014-01-14 08:18) 

fujiki

クマさんへ
コメントありがとうございます。
手軽に使用が可能で、
それほど有害事象の想定されない点が、
この方法の利点だと思います。
ただ、その使用の方法や有効性については、
まだまだ検討が必要だと思います。
by fujiki (2014-01-14 08:20) 

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