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ワルファリンの遺伝情報を利用したコントロールの効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ワルファリンのコントロールの比較.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
ワルファリンという薬の、
遺伝子の個人差を利用した投薬量の調整の効果についての文献です。

ワルファリンは抗凝固剤で、
要するに血を固まり難くする薬です。
その用途は主に心房細動という不整脈で、
心臓の血栓が出来易い患者さんの血栓症の予防と、
足の静脈瘤などに出来た血栓が、
肺に飛ぶ肺塞栓症などの再発予防の目的です。

このワルファリンは血栓症の予防に、
非常に有効性の高い薬ですが、
その効果が変動し易く、
かつ個人差の大きなことが知られています。

たとえば1日3mgのワルファリンを使用しても、
全く効果のない方がいる一方で、
非常に効きが強くて出血性の合併症を起こすような方もいます。

何故このような違いがあるのでしょうか?

その理由の全てが分かっている訳ではありませんが、
2つの因子がその個人差に、
大きく影響していることが分かっています。

その1つは肝臓の代謝酵素CYPの1つである、
CYP2C9の個人差で、
もう1つはワルファリンが作用する部位である、
VKORC1という酵素の個人差です。

ワルファリンは50年以上前に、
殺鼠剤として開発された薬ですが、
それがビタミンKに係わる凝固因子の働きを妨害する、
ということは分かっていても、
その詳細なメカニズムは長く不明でした。

それが分かったのは2004年にNature誌に掲載された論文においてで、
ワーファリンのターゲットが、
ビタミンKの再生回路に係わる、
VKORC1(vitaminK epoxide reductase complex 1 )という蛋白質であることが、
初めて明らかになったのです。

このVKORC1には遺伝子の変異が存在していて、
この変異のある人では、
ワーファリンの効果が発揮され難くなります。

つまり、この遺伝子変異のある人では、
ワーファリンを飲んでも効果があまりない、
ということが起こり得るのです。

一方でCYP2C9は肝臓の代謝酵素である、
CYPの1つで、
ワーファリンは主に肝臓でこの酵素による分解を受けます。

このCYP2C9には、
その代謝の力の弱い遺伝子の変異があるので、
その変異のある人では、
同じ量のワーファリンでも、
分解されずに血液中に溜まり易くなるので、
その効きが強くなる可能性が高くなります。

つまりCYP2C9の変異があると、
ワーファリンの効き過ぎが生じることがあり、
VKORC1の変異があると、
ワーファリンが効かないことがある、
ということになります。

概ねワルファリンの効きの個人差の、
5~6割はこの2つの遺伝子の変異の有無で、
説明が可能だと考えられています。

アメリカのワルファリンの添付文書では、
この2つの変異を確認した上で、
ワーファリンを使用することが推奨されています。

しかし、日本では現時点でそうした記載はありません。

一種の先進医療として、
日本でもその個人差を検査した上でのワルファリンの使用が、
施設を限定して行われています。

そして、こうした試みは世界的に行なわれていて、
その効果を検証したのが今回の論文です。

アメリカの複数施設において、
ワルファリンの導入が必要なトータル1015名の患者さんを、
くじ引きでほぼ半数ずつの2つの群に分け、
最初の5日間のワルファリンの使用量を、
一方の群では臨床的な指標のみを活用して、
もう一方の群ではCYP2C9の変異の有無と、
VKORC1の変異の有無とを元にした調節を行ないます。
最初の5日間を過ぎた時点からは、
通常の方法での調節を行ない、
治療開始後4週間の時点での、
コントロールの差を評価しています。

現行推奨されている、
一般的なワルファリンの用量設定は、
平均的な維持量で開始し、
開始後5日は連日INRという、
コントロール指標の測定を行なって、
用量を微調節する、というものです。
ただ、これは通常は入院が必要な方法ですから、
日本の一般的な臨床においては、
より低用量から開始して、
1週間位毎に外来でINRを測定し、
徐々に増量を図るような手法が、
特に心房細動で外来での開始では、
一般的な方法だと思います。

この文献においては、
海外で一般的な導入法である、
推測した維持量で開始して、
5日間で調節する、という方法での比較を行なっています。
患者さんの基礎疾患は、
6割が深部静脈血栓症や肺塞栓症で、
心房細動の事例は2割程度です。

結果として、遺伝子変異の情報を元にして調節しても、
通常の臨床的な年齢などの指標を元に調節しても、
治療開始後4週間での、
コントロール目標の達成率や、
その達成までに掛かった時間、
その間の出血や血栓症などの合併症には、
明確な差はありませんでした。
ただ、アフリカ系アメリカ人のみで解析すると、
遺伝子情報を活用した方が、
コントロール達成までの期間が短縮された、
と言う傾向は示されています。

この論文の載った同じ号に、
これ以外に2つの同様の検証を行なった文献が、
併せて掲載されています。
いずれもヨーロッパの大規模臨床試験の結果を元にしたものです。

1つの試験では、
遺伝子情報を利用した5日間の調節と、
75歳未満で初日にドカンと10mgという高用量を使用し、
2日目には5mgに落とすという、
Loading dose法という方法が比較されています。
この試験では、
明確にコントロール達成までの期間が、
遺伝子情報を活用した方法の方が短い、
という結果が得られています。

しかし、このLoading dose法は、
現在では合併症のリスクが高いとして、
あまり行なわれていない方法なので、
当然とも言える結果です。

もう1つの文献では、
最初のアメリカの文献とほぼ同様に、
臨床指標を用いた従来の調節法と、
遺伝子情報を用いた調節法を、
開始後5から7日間で行ない、
その後はINRを元に調整を行なう、
一般臨床の方法で経過を観察しています。

治療期間はアメリカの研究より長い12週間ですが、
結論としては矢張り2つの方法の間に、
有効性の差は付いていません。

つまり、現状では、
遺伝子情報を利用してワルファリン量の調節を行なう方法と、
従来やり方で調節を行なう方法との間で、
明瞭な効果やリスクの差は見られていません。

ただ、同じ雑誌に載せられた、
専門家の解説記事などを読むと、
細かく検討すると重症の出血などの発症は、
これまでのスタンダードな方法で多い傾向にあり、
臨床試験のレベルでは明確な差は付かないけれど、
患者さんにとっては一定の有用性は期待出来るのでは、
というニュアンスの見解もあるようです。

勿論遺伝情報も得られることに越したことはないのです。
より緻密なコントロールが、
事例によっては可能となることは、
おそらく間違いはありません。
ただ、検査のコストも掛かりますから、
それを越えた有用性がなければ、
安易に導入することは出来ません。

日本においては、
1000例の心房細動の外来患者さんの事例を、
2つに割り付け、
一方はワルファリンを1~2mgから開始して、
1週間毎にINRを測定してコントロールし、
もう一方は遺伝子情報から維持量を推定して、
その量で開始し、
その後は1週間毎にINRを測定してコントロールするという、
現行の日本の臨床の実際に、
マッチした内容の臨床試験を、
文科省の肝入りで2011年12月より開始しています。

その結果はまだ報告の段階にはないようです。

この試験は海外のものと比較しても、
例数は充分ですが、
所謂盲検試験ではなく、
患者さんも主治医もどちらが選択されたのかを、
知っている状態での開始ですから、
データの信頼性は低く、
少なくともNew England…クラスの雑誌には載りません。
このデザインであれば、
盲検にすることは充分可能で、
患者さんへの不利益も少ないと思うので、
何故そうしないのか、はなはだ疑問ですが、
偉い先生の決めたことなので、
僕のような馬鹿には理解出来ない、
深淵な理由があるのだと思います。

いずれにしても、
日本における試験結果の公表も待ちたいと思いますし、
この問題については、
今後もデータが続々と出ると思いますので、
その動向を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

bpd1teikichi_satoh

Dr.Ishhara興味深い記事有り難う御座います。
爺の大学時代の友達が心房細動があり、カテーテルアブレーション
を、受けましたが、心房細動が治らず再度アブレーションをと
Dr.に言われましたが、断ったらしいです。
血栓予防に、ワルファリンを飲んでいますが、40倍薬価の新薬
ならば納豆を食べられると言われましたが、断ったらしいです。
by bpd1teikichi_satoh (2013-12-17 11:47) 

fujiki

bpd1teikichi_satohさんへ
コメントありがとうございます。
今の所ダビガトランなどの新薬が、
その効果の面で、
良くコントロールされたワルファリンに、
明確に勝るということはなさそうで、
事例によっての使い分けが、
妥当なように思います。
by fujiki (2013-12-19 08:17) 

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