アディポネクチン受容体作動薬の可能性について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプトの事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のNature誌に掲載された、
糖尿病の新たなメカニズムの治療薬についての、
東大の門脇孝先生のグループによる論文です。
門脇先生は糖尿病研究の分野では大スターで、
僕にとっては雲の上の人です。
それは僕が少し糖尿病の研究をしていた、
20年くらい前からそうでした。
当時から先生は海外の大きな学会の、
座長などを務めていましたし、
その業績は詳細は良く分かりませんが、
非常に華々しいものらしく、
先生の周りには既に近寄りがたいオーラがありました。
その門脇先生が、
10年以上研究を重ねてこられたのが、
アディポネクチンです。
アディポネクチンというのは、
脂肪細胞から分泌される一種のホルモンで、
健康な脂肪細胞からは多く分泌されているのですが、
脂肪細胞が中性脂肪を沢山蓄えて肥大する、
所謂メタボの状態になると、
その分泌が減少します。
脂肪の細胞がホルモンを分泌する、
というのが20年くらい前の大きな発見で、
当時は学会でそんな話を聞いても、
「へえ、そうなの」というくらいで、
何の感慨もなかったのですが、
今考えると矢張りびっくりの発見だったのです。
アディポネクチンは、
インスリンの効きを良くし、
動脈硬化の抑制する作用があります。
このインスリンの効きを良くする作用は、
肝臓と筋肉において、
AMPKという酵素を活性化させることにより、
脂肪を燃焼させ、ブドウ糖を細胞に取り込むことによって行われます。
これは人間が運動するのと同じ作用です。
動脈硬化の抑制作用は、
血管の炎症を抑えることによる、
と考えられています。
このアディポネクチンの働きは、
運動不足によって内臓脂肪が蓄積すると、
急激に失われます。
メタボの状態というのは要するに、
アディポネクチンが減少した状態、
というようにも考えられるのです。
運動不足によって内臓脂肪が溜まると、
脂肪細胞は肥大してアディポネクチンを出さなくなり、
結果としてインスリン抵抗性が生じて、
糖尿病が起こり、動脈硬化が進行します。
しかし、運動して脂肪細胞が小さくなると、
アディポネクチンの分泌は復活するので、
インスリンの抵抗性も改善する訳です。
アディポネクチンの発見は1994年のことで、
大阪大学の松澤先生のグループによるものです。
日本の研究者の発見ですが、
門脇先生ではありません。
しかし、その後特に2000年代の前半に、
今ご説明したようなアディポネクチンの多くの作用と、
そのメカニズムを解明したのは、
門脇先生のグループによる、
精力的な仕事があったのです。
アディポネクチンは善玉ホルモンですから、
それを薬として使用すれば、
糖尿病のみならず、
メタボという状況がトータルに治療出来る、
という可能性が膨らみます。
気の早いメディアが煽ったのか、
それとも巧みな宣伝活動の成果であったのか、
15年以上前から、要所要所でこの話題は、
「糖尿病の新薬への道が開かれた」
のようなキャッチフレーズで紹介されました。
報道を読んだり見たりする限りは、
すぐにでも日本発の新薬が門脇先生の手で誕生する勢いです。
ただ、そのまま10年以上が経過しましたが、
そのような新薬は発売にはなりません。
その間にインクレチン関連薬が、
「夢の糖尿病の薬」として華々しく発売され、
どうも夢の薬という訳でもなさそうですが、
新薬として売れていることは間違いがありません。
アディポネクチン作動薬は、
どうなったのでしょうか?
大変失礼ですが、そういうものはもう出ないのかしら、
と思っていると、今回の発表になったのです。
アディポネクチンが最強の善玉ホルモンであるなら、
それをそのまま薬にすれば、
それでOKのように思います。
しかし、実際にはアディポネクチンは蛋白質なので、
薬として飲んでも分解されて血液には移行しません。
そこで、肝臓や筋肉にある、
アディポネクチンの受容体に、
結合する物質で、
その作用を増強するような働きがあり、
しかもその大きさが小さくて、
飲み薬として使用しても、
血液にしっかり移行する物質がないかと、
先生は探求の手を伸ばしたのです。
その結果、アディポロンと名付けられた物質が、
その候補として選択され、
その働きを多角的に検証したのが、
今回の論文です。
それによると、
このアディポロンは2種類あるアディポネクチンの受容体を、
共に活性化させ、
肥満のネズミのメタボの状態を、
この物質を飲ませるだけで改善させ、
かつ肥満で短命のネズミの、
寿命を延長させることにも成功した、
と書かれています。
アディポロンというのは、
勿論今回付けられたニックネームのようなもので、
甘いお菓子みたいな名前です。
僕の読み込みが足りないのかも知れませんが、
その明確な構造や化学式などは、
論文中には記載はないようです。
今後の特許に関わるものなのかも知れません。
これは勿論まだネズミの実験の段階ですが、
これが人間でもそのまま成り立つと仮定すると、
飲むだけでメタボの状態を改善して、
寿命まで延長するのですから、
糖尿病のみならず、メタボの特効薬としての、
効果が期待されるのです。
ニュースなどでは5年以内の人間での新薬の実用化を目指す、
ということのようですから、
期待しつつその進捗を待ちたいと思います。
やや辛口なことを言いますと、
これまでにもこうした作用を部分的に実現した薬はあったのですが、
心臓に負担が掛かることや発癌誘発などの有害事象があり、
少なくとも「夢の薬」にはなっていません。
これはあくまでアディポネクチンの受容体作動薬ですから、
本当にその受容体のみで効果を示すのかは、
まだ証明はされていません。
別個に有害な作用のある可能性も、
ないとは言えないのです。
また自然におけるアディポネクチンの働きは、
一種のバランスの中に成立しているので、
長期間一部の作用のみを刺激し続けることが、
本当に良いことづくめなのか、
というような点も疑問に思います。
このように、まだ夢の新薬への道は、
そう平坦ではないと思いますが、
大きな可能性を秘めていることは間違いがなく、
糖尿病研究の大スターの手による、
新薬の誕生を期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプトの事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のNature誌に掲載された、
糖尿病の新たなメカニズムの治療薬についての、
東大の門脇孝先生のグループによる論文です。
門脇先生は糖尿病研究の分野では大スターで、
僕にとっては雲の上の人です。
それは僕が少し糖尿病の研究をしていた、
20年くらい前からそうでした。
当時から先生は海外の大きな学会の、
座長などを務めていましたし、
その業績は詳細は良く分かりませんが、
非常に華々しいものらしく、
先生の周りには既に近寄りがたいオーラがありました。
その門脇先生が、
10年以上研究を重ねてこられたのが、
アディポネクチンです。
アディポネクチンというのは、
脂肪細胞から分泌される一種のホルモンで、
健康な脂肪細胞からは多く分泌されているのですが、
脂肪細胞が中性脂肪を沢山蓄えて肥大する、
所謂メタボの状態になると、
その分泌が減少します。
脂肪の細胞がホルモンを分泌する、
というのが20年くらい前の大きな発見で、
当時は学会でそんな話を聞いても、
「へえ、そうなの」というくらいで、
何の感慨もなかったのですが、
今考えると矢張りびっくりの発見だったのです。
アディポネクチンは、
インスリンの効きを良くし、
動脈硬化の抑制する作用があります。
このインスリンの効きを良くする作用は、
肝臓と筋肉において、
AMPKという酵素を活性化させることにより、
脂肪を燃焼させ、ブドウ糖を細胞に取り込むことによって行われます。
これは人間が運動するのと同じ作用です。
動脈硬化の抑制作用は、
血管の炎症を抑えることによる、
と考えられています。
このアディポネクチンの働きは、
運動不足によって内臓脂肪が蓄積すると、
急激に失われます。
メタボの状態というのは要するに、
アディポネクチンが減少した状態、
というようにも考えられるのです。
運動不足によって内臓脂肪が溜まると、
脂肪細胞は肥大してアディポネクチンを出さなくなり、
結果としてインスリン抵抗性が生じて、
糖尿病が起こり、動脈硬化が進行します。
しかし、運動して脂肪細胞が小さくなると、
アディポネクチンの分泌は復活するので、
インスリンの抵抗性も改善する訳です。
アディポネクチンの発見は1994年のことで、
大阪大学の松澤先生のグループによるものです。
日本の研究者の発見ですが、
門脇先生ではありません。
しかし、その後特に2000年代の前半に、
今ご説明したようなアディポネクチンの多くの作用と、
そのメカニズムを解明したのは、
門脇先生のグループによる、
精力的な仕事があったのです。
アディポネクチンは善玉ホルモンですから、
それを薬として使用すれば、
糖尿病のみならず、
メタボという状況がトータルに治療出来る、
という可能性が膨らみます。
気の早いメディアが煽ったのか、
それとも巧みな宣伝活動の成果であったのか、
15年以上前から、要所要所でこの話題は、
「糖尿病の新薬への道が開かれた」
のようなキャッチフレーズで紹介されました。
報道を読んだり見たりする限りは、
すぐにでも日本発の新薬が門脇先生の手で誕生する勢いです。
ただ、そのまま10年以上が経過しましたが、
そのような新薬は発売にはなりません。
その間にインクレチン関連薬が、
「夢の糖尿病の薬」として華々しく発売され、
どうも夢の薬という訳でもなさそうですが、
新薬として売れていることは間違いがありません。
アディポネクチン作動薬は、
どうなったのでしょうか?
大変失礼ですが、そういうものはもう出ないのかしら、
と思っていると、今回の発表になったのです。
アディポネクチンが最強の善玉ホルモンであるなら、
それをそのまま薬にすれば、
それでOKのように思います。
しかし、実際にはアディポネクチンは蛋白質なので、
薬として飲んでも分解されて血液には移行しません。
そこで、肝臓や筋肉にある、
アディポネクチンの受容体に、
結合する物質で、
その作用を増強するような働きがあり、
しかもその大きさが小さくて、
飲み薬として使用しても、
血液にしっかり移行する物質がないかと、
先生は探求の手を伸ばしたのです。
その結果、アディポロンと名付けられた物質が、
その候補として選択され、
その働きを多角的に検証したのが、
今回の論文です。
それによると、
このアディポロンは2種類あるアディポネクチンの受容体を、
共に活性化させ、
肥満のネズミのメタボの状態を、
この物質を飲ませるだけで改善させ、
かつ肥満で短命のネズミの、
寿命を延長させることにも成功した、
と書かれています。
アディポロンというのは、
勿論今回付けられたニックネームのようなもので、
甘いお菓子みたいな名前です。
僕の読み込みが足りないのかも知れませんが、
その明確な構造や化学式などは、
論文中には記載はないようです。
今後の特許に関わるものなのかも知れません。
これは勿論まだネズミの実験の段階ですが、
これが人間でもそのまま成り立つと仮定すると、
飲むだけでメタボの状態を改善して、
寿命まで延長するのですから、
糖尿病のみならず、メタボの特効薬としての、
効果が期待されるのです。
ニュースなどでは5年以内の人間での新薬の実用化を目指す、
ということのようですから、
期待しつつその進捗を待ちたいと思います。
やや辛口なことを言いますと、
これまでにもこうした作用を部分的に実現した薬はあったのですが、
心臓に負担が掛かることや発癌誘発などの有害事象があり、
少なくとも「夢の薬」にはなっていません。
これはあくまでアディポネクチンの受容体作動薬ですから、
本当にその受容体のみで効果を示すのかは、
まだ証明はされていません。
別個に有害な作用のある可能性も、
ないとは言えないのです。
また自然におけるアディポネクチンの働きは、
一種のバランスの中に成立しているので、
長期間一部の作用のみを刺激し続けることが、
本当に良いことづくめなのか、
というような点も疑問に思います。
このように、まだ夢の新薬への道は、
そう平坦ではないと思いますが、
大きな可能性を秘めていることは間違いがなく、
糖尿病研究の大スターの手による、
新薬の誕生を期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-11-06 08:22
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コメント(5)
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石原先生こんにちは。
いつも拝読しています。
アディポロンというアゴニスト、期待してしまいます。
無事薬になるといいですね。
でもやはり運動は大切なのだなと思いました。
ありがとうございました。
by モカ (2013-11-06 13:11)
モカさんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-11-11 08:43)
なるほど良く解りました。運動は大切なのですね、良い回転になると健康になれるし、悪い回転になると、どんどん悪くなる。予防医学が大切なこと良く解りました。人間の体って素晴らしいですね。
by 連続モチーフ編み (2014-01-25 11:18)
この論文、今、捏造問題疑惑で揺れています。
臨床医として、どうお感じか?
by ハカイダー (2016-09-23 10:35)
ハカイダーさんへ
ことの真偽はまだ分かりませんが、
門脇先生のアディポネクチン関連のお話は、
本文にも書きましたように、
ずっと前からやってらっしゃる割に、
新薬などが実現する、という話はないなあ、
という印象は持っておりました。
データやグラフを少しいじったり、
都合の悪いデータを取り除いたりするのは、
昔から沢山の方がされていて、
「あの先生のデータは少しおかしいね」
というようなことはよくあったと思います。
ただ、たとえば僕が以前師事していた先生は、
100%愚直にそうしたことはされなかったので、
これはもう研究者の資質の問題だと思います。
おかしなことをされる先生の研究は、
結局は再現性がないので、
他の研究者によって補強されるということがなく、
新薬などの開発にも結び付きません、
その辺りは、科学というものは正直なところがあって、
真実は矢張り顕れるものだと思います。
by fujiki (2016-09-24 06:23)