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結核診断前のニューキノロン使用による死亡リスクの上昇について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

やることが有り過ぎて、
朝からブルーです。
やるべきことの半分も出来ていないのですが、
取り敢えずPCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ニューキノロンの死亡リスク.jpg
2012年のInt J Tuberc Lung Dis誌に掲載された、
ニューキノロンというタイプの抗生物質の、
安易な使用が、
結核の患者さんの予後に影響を与える、という、
他人事とは思えない論文です。

ニューキノロンと呼ばれている抗生物質があります。

ニューキノロンという名称は、
新しい「キノロン系抗菌剤」という意味合いです。
ニューと名付けられている以上、
それ以前のオールドキノロンが存在する筈です。

最初のキノロン系抗菌剤は、
ナリジクス酸と呼ばれ、
1962年に開発されました。
この薬は現在でもウィントマイロンという商品名で、
使用されています。

この薬は純粋に化学合成された抗菌剤です。
そのメカニズムは、細菌のDNA合成を阻害する、
というもので、それまでにない画期的な機序の薬です。

皆さんもお馴染みの抗生物質に、
ペニシリンがあります。
この薬は元々アオカビから見付かった成分ですが、
これは細菌の細胞壁を造らなくさせる、
「細胞壁合成阻害剤」です。
この細胞壁は人間には存在しないので、
この薬は細菌には毒ですが、
人間には毒ではない、ということが言えます。

抗生物質というのは、
このように細菌には毒であるけれど、
人間には毒でないものでなくてはいけません。
まあ、当然のことですよね。
これを「選択毒性」という言い方をします。
要するに抗生物質には「選択毒性」が必要なのです。

ここで、キノロン剤のことを考えてみましょう。
キノロン剤はDNA合成を阻害する薬です。
しかし、DNAは皆さんもご存知のように、
人間にとっても、その遺伝情報の根幹です。
従って、単純に全てのDNA合成を妨害する薬であれば、
当然人間に対しても毒であるのです。

それではこの薬は人間に対しても毒性を持つのでしょうか?

一応の説明はこうです。
キノロン剤はDNAジャイレース(DNA gyrase )
という酵素を妨害する性質があります。
この酵素はDNAの立体構造を変化させる働きを持ち、
その酵素の種類は、人間と細菌では異なっています。
キノロン剤は細菌のDNAジャイレースのみを阻害するので、
人間には害がないのです。

ただ、これはペニシリンの選択毒性と比べると、
ちょっと弱いのです。
細菌の細胞壁に類するものは人間には存在しないのですから、
ペニシリンの選択毒性は明らかです。
しかし、キノロン剤は人間にも存在するDNAの阻害剤です。
その酵素に違いがあるとは言っても、
その選択毒性はもっと弱いと考えられるのです。

このことが、キノロン剤を使う上で、
医者が常に頭に置くべきことです。
キノロン剤は抗生物質ではありますが、
抗癌剤にむしろ近いような性質を持っているのです。

その効果はある意味絶大ですが、
それに伴ってリスクもまた存在することを、
僕達は常に理解しておく必要があります。

さて、ナリジクス酸を始めとする、
初期のキノロン剤は、
グラム陰性菌と呼ばれる、一部の細菌にしか効かない、
という性質がありました。
おまけに血液の蛋白質とくっつき易く、
実際に細菌が増殖している組織に、
侵入し難いという欠点があります。

その欠点を解消し、
幅広い種類の細菌に効果があるように、
その構造を改良したものが、
所謂「ニューキノロン」です。

1984年に登場したノルフロキサシン(商品名バクシダールなど)が、
その最初の薬剤で、これは化学構造を少し変えることにより、
従来のDNAジャイレース以外に、
topoⅣと呼ばれる酵素の阻害作用も兼ね備えたものです。 
その後、オフロキサシン(商品名タリビットなど)、
エノキサシン(商品名フルマークなど)、
シプロフロキサシン(商品名シプロキサンなど)が、
次々と開発されました
以上の初期のニューキノロンの多くは国産の開発品です。
この分野では日本の製薬会社が世界をリードし、
多くの薬剤を海外に送り出したのです。

しかし、ニューキノロン系の薬剤は、
比較的特有の副作用を幾つか持っています。
その中にはメカニズムの不明なものもあります。

そもそもこの薬は選択毒性が弱いという欠点があり、
神経細胞に対する毒性が、
通常は問題にならないレベルではあるとはいえ、
存在することも事実です。

従って、感染症に対しては、
非常に強力な武器であると共に、
安易に使用することは慎むべき薬でもあるのです。

通常の副作用とはまた別個に、
最近ニューキノロンの使用で問題視されているのが、
肺結核の患者さんに、
それと知らずにニューキノロンを使用した場合のリスクです。

実はニューキノロンの多くは抗結核剤としての効果も持っていて、
結核治療の使用薬剤にもなっています。

肺結核の初期症状は発熱や咳ですから、
これは結核以外の風邪や細菌性の気管支炎や肺炎とも、
変わることはありません。

従って、
肺結核が初期に咳を伴う風邪や気管支炎、肺炎などと、
誤診されることは多く、
そうした場合に有効性の高い薬として、
ニューキノロンが処方されることも少なくありません。

2007年のアメリカの文献によれば、
肺結核の診断の前1年間に、
ニューキノロンが使われたケースは、
全体の41%に及んでいた、
というようなデータがあります。

仮にそれが肺結核であっても、
ニューキノロンが使用されれば症状は一時的に改善します。
しかし、
その使用法は結核の場合とは違いますから、
完治には至らず再燃します。
そして、再燃した結核は、
ニューキノロンの耐性を獲得し易いことも、
複数の報告があります。

つまり、
肺結核の可能性のある患者さんに、
安易にニューキノロンを使用することは、
その患者さんの結核の診断を遅らせ、
一旦診断された後も、
その治療の選択肢を狭める可能性があるのです。

しかし、そのリスクというのは、
実際にどの程度のものなのでしょうか?

上記の文献以前には、
2006年のThorax誌の論文があり、
これは台湾の肺結核の流行する地域で、
548名の肺結核の患者さんを、
後ろ向きで検討したところ、
14.4%にニューキノロンの処方があり、
比較に適切ではないと考えられる患者さんを除外して、
318名でその予後の検証をしたところ、
ニューキノロンを細菌感染のために使用した患者さんにおいて、
死亡リスクが補正後に4.22倍と増加していた、
というものです。

ただ、これは後から事例を集めて処理する、
という精度の高くはない方法ですし、
抗生物質の使用歴のある患者さんは、
元々体調自体も悪かった可能性があるので、
そのままニューキノロンの使用が、
予後の悪化に結び付いた、
というようには言い切れないデータだと思います。

今回の文献では、
アメリカの結核流行地域ではない場所において、
609名の肺結核と診断された患者さんを、
その診断前半年以内に、
ニューキノロンが使用されたかどうかで2群に分け、
その予後の違いを検証しています。

ニューキノロンの使用は全体の35%で確認されています。

実際のニューキノロンに対する結核菌の耐性は、
ニューキノロン使用群で、
検査可能であった176例中5例に、
未使用群では265例中1例に認められていました。

勿論これはニューキノロン使用群で多いのですが、
これをもって高率に耐性が誘導される、
と判断するかどうかは、
微妙なようにも思います。

患者さんの死亡のリスクは、
ニューキノロン未使用と比較して、
年齢やHIVの感染の有無などを補正した結果、
ニューキノロンの使用により、
1.82倍に有意に増加する、
という結果でした。

ただ、これはCOPDや糖尿病など、
患者さんの基礎疾患のデータが考慮されておらず、
当然COPDの患者さんでは、
ニューキノロンの使用率も高いでしょうが、
COPD自体が生命予後に関わる病態ですから、
こうした因子が配慮されないデータに、
どの程度の信頼性があるかは、
若干の疑問も残ります。

いずれにしても、
そのリスクの程度が実際にどの程度かはともかくとして、
肺結核の可能性が否定出来ない患者さんに対して、
安易にニューキノロン系の薬剤を使用することは、
肺結核の診断を遅らせたり、
結核菌の耐性化を誘導するリスクが、
想定されることは事実で、
末端の臨床医の1人としては、
「あの馬鹿医者のせいで結核の診断が遅れた」
などとお叱りを受けないように、
勿論専門医の先生方のような、
光り輝く頭脳の持ち合わせはないので、
出来ることは知れていて、
気を付けているつもりではいても、
毎日ミスを重ねて後悔の日々なのですが、
患者さんに不利益の及ばないように、
精一杯の診療への努力は、
日々続けたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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