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井上ひさし「頭痛肩こり樋口一葉」 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診ですが、
色々あってかなりヘビーな1日となり、
いつもより遅い更新になります。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
頭痛肩こり樋口一葉.jpg
井上ひさしの評伝ものの中では、
代表作の1つとして再演の機会も多い、
「頭痛肩こり樋口一葉」が今、
新宿サザンシアターで上演中です。

この芝居は初演が1984年で、
井上ひさしとしては、
そのキャリアの中期に当たる戯曲ですが、
初期のアングラの物まねと、
軽喜劇的な部分とダークなドロドロの世界とを、
ないまぜにして叩き込んだような、
魅力もありますが、
あまり万人向きとは言えず、
戯曲としても未整理のものから、
1976年の「雨」辺りで独自の作風を確立し、
1979年の「しみじみ日本・乃木大将」辺りから、
日本の歴史上の人物を、
独自の視点から描く、
評伝劇のジャンルで、
成功を収めた時期の、
代表的な作品の1つです。

1980年の「イーハトーボの劇列車」と共に、
人気世評共に高く、
再演をされる頻度も高い作品です。

僕は「頭痛肩こり樋口一葉」は1996年に1回、
「イーハトーボの劇列車」は1980年代の後半に、
多分2回観ていると思います。

評伝劇ではあるのですが、
どちらも主人公自体はそう印象の強い役ではなく、
「イーハトーボの劇列車」は主人公の父親役が、
「頭痛肩こり樋口一葉」は主人公の母親役と、
幽霊の花蛍役が、
印象深く書き込まれています。

井上ひさしの芝居はこの時期から、
説教臭が徐々に強くなって来て、
作者の押し付けたい思想を、
割と直接的にクライマックスで言葉にするので、
その辺りが僕にはどうしても抵抗があるのですが、
「頭痛肩こり樋口一葉」では、
まだ説教臭はそれほど強くはなく、
「小説で世界を変革する」
みたいなことを言われると、
おやおや、と思うのですが、
むしろ生と死とが曖昧に交錯する独特の世界が、
朧に展開する辺りが、
他の井上作品にはあまりない魅力です。

以下ネタばれを含む感想です。

作品は樋口一葉(夏子)を主人公に、
その短い人生と死後2年までを、
1年毎にお盆の16日のみの連続で描く、
という趣向です。

キャストは女性のみ6人で、
徹頭徹尾女性のみの芝居です。

一葉は樋口家の戸主でありながら、
仕事を度々変えるなどして、
本当の人生の目標を、
なかなか定めることが出来ないのですが、
花蛍という誰を恨んで化けて出ていいのか分からずに、
悩んでいる幽霊との交流を通して、
生きながら、死後の世界と生の世界とを行き来して、
そこから着想を得た物語で、
女流作家としてデビューを飾ります。

一方で生の世界のみに縛られた、
一葉の母は、
「世間」を大切にして生きていますが、
その「世間」というものの胡散臭さが、
一葉と幽霊との交流から明らかになってゆきます。

話が進むにつれて、
生きている人間の数が減り、
どんどん幽霊が増えて行って、
感動的なラストでは、
唯一生きている一葉の妹が、
引っ越しの荷物を必死で担ぐ姿を、
5人の幽霊が応援しつつ見守るのです。

まあ、趣向の勝利と言えるのですが、
この作品は一葉を描くのにお盆の1日のみを連続させ、
女優さんのみのキャストで、
しかもどんどん幽霊が増えて行って、
多くの魂によって、
けなげな生がサポートされている、
という感動的な収束点に至るのです。

井上ひさしの多くの戯曲の中でも、
最も巧緻な趣向を持ち、
それが単なる仕掛けには終わらずに、
感動に結び付いたという点で、
代表作の名に恥じない作品だと思います。

初演以来変わることなく使用されている、
宇野誠一郎さんの楽曲が、
シンプルながら素敵に耳に残ります。

今回の上演では、
初演からの演出を務めていた木村光一が、
演出から離れ、
代わりに栗山民也が演出に当たっています。

最近の流れとして、
井上ひさし作品の演出は、
木村光一さんの演出を取り止め、
栗山さんか鵜山仁さんの演出に、
変更されるようになっているようです。

以前書いた「藪原検校」のように、
木村演出が劣化して、
かつての衝撃性や藝術性を、
失いつつあったことは事実ですから、
変更は井上作品を今後も上演するとすれば、
必然とも考えられます。

ただ、特に鵜山さんの演出は、
地味でやや陰鬱としていてケレン味がなく、
木村さんの演出が、
低予算の中でも、
かなり苦労して色彩感のある華やかな感じを、
内在させていたのに対して、
そうした華やかさが皆無なので、
個人的には井上作品は全て単色に染め変えられるようで、
納得がいきません。

栗山演出はその点では、
もう少し幅が広いのですが、
矢張り地味な印象は変わりません。

井上作品の多くはこまつ座で上演されていますが、
全国の会場を廻る旅芝居が基本なので、
簡単に持ち運びの出来るセットと、
何処でも使える舞台機構のみを使用する、
ということが基本になります。

従って、
どうしてもこじんまりとして地味なものになります。

「頭痛肩こり樋口一葉」の木村演出は、
かなり緻密に明治の借家を再現したセットを作り、
その安っぽいペラペラの壁の向こうに、
朧に見える「あの世」の世界を垣間見せました。
何らケレン味はありませんが、
ラストその借家で重い荷物を担ぎ上げる風景は、
写実的なだけに感動を深めます。

今回の栗山演出は、
基本的には木村演出を踏襲していますが、
セットはより抽象的でシンプルになり、
家の壁も殆ど省略されて、
ラストは殆ど素の舞台になっています。

個人的にはこの作品でこれはまずいと思います。

この作品ではきちんとした家のセットのあることが、
非常に重要なことなのです。
その日本家屋の頼りなげな風情が、
その向こうにある死の世界を、
呼び込むところに味があるからです。

最初から何もないのでは、
イメージが膨らみません。

もう1つの大きな違いは、
長く幽霊の花蛍を演じていた新橋耐子さんが、
若村麻由美さんに交代し、
その演出が大きく変わったことです。

ご覧になった方はご存じのように、
新橋さんの花蛍は極め付けの当たり役で、
その気品のあるそれでいてとぼけた風情は、
この作品の核を作っていました。

しかし、原作の設定は27歳なので、
かなり無理のある感じに、
なっていたことは確かです。

若村さんの花蛍はもっと陽性で明るく、
芝居は歌舞伎の女形のそれを取り入れていて、
非常に華やかな感じになっています。

ただ、
原作の世界にこれが合っているか、
ということになると、
残念ながら生と死との朧な感じが薄れて、
花蛍の出演場面のみ、
「若村麻由美ワンマンショー」のような感じになっているので、
違和感がありましたし、
原作のしみじみとした風情が、
完全に消えてしまいました。

音響のエコーの多用と含めて、
この愛すべきシンプルな作品が、
これまでよりかなり人工的で冷たい感じになってしまったことは、
僕には残念でなりません。

一葉役の小泉今日子は今乗っているので、
非常に期待したのですが、
この役の地味さもあって、
ボチボチの控え目な演技に終始したのは、
これもやや残念ではありました。

もう1つの作品の核である、
一葉の母親役の三田和代は、
さすがに老練なところを見せましたが、
淡路恵子、渡辺美佐子などのこれまでの上演の、
錚々たる顔ぶれと比較すると、
やや地味な印象はありました。

総じてこの名作を、
演出し直すにしても、
もう少しありようはなかったのかな、
と思いますが
(だってこれじゃどの作品も殆ど同じセットじゃん)、
役者さんの好演と併せて、
観る価値のある舞台であることは、
間違いがないと思います。

それでは今日はこのくらいで。

もう夕方になりますが、
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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コメント 7

midori

先生こんにちは。
今日は久々にお芝居を(小野寺の姉弟)観てきまして、
もらったチラシにこのお芝居のがあり、
井上ひさしか、へえ~と思っていたところでした。
なるほど、参考になりました。


by midori (2013-07-28 18:30) 

月子

懐かしいです。昔、新橋耐子三の花蛍で観ましたが、新橋さん素晴らしかったです。
話は違いますが、先生はフェイスブックはされないんですか?期待です。
by 月子 (2013-07-28 19:15) 

fujiki

midori さんへ
あれは僕も観ました。
あまり感想という感じでもないので、
そのままにしています。
by fujiki (2013-07-29 08:20) 

fujiki

月子さんへ
コメントありがとうございます。
新橋さんは良かったですよね。
「雨」の名古屋章とか、
「イーハトーボの劇列車」の佐藤慶とか、
「きらめく星座」のすまけいとか、
渋い役者さんの当たり役が多いのも、
井上作品の魅力でしたね。
そうした作品のキャストを変えての再演は、
ほぼ全て成功していない、
という気がします。
SNSは正直リスクがあるので、
今は及び腰です。
by fujiki (2013-07-29 08:24) 

月子

そうですね、私は2ヶ月ちょっと前にふと入ってみたものの、性格上お友達をたくさん増やしたいという使い方は出来ず、自分の好きな分野の視野を広げてくれる情報を書いていらっしゃる人や、興味のある事を教えてくれそうな人に、おそるおそる何人か申請・・・とかがほとんどです。まあ邪道な使い方ですね。数人なぜだかお友達申請してくださった方もいましたがうれしかったけどびっくりしました。
by 月子 (2013-07-29 09:35) 

アミナカ

頭痛肩凝り樋口一葉
私もこれは
何をおいても、新橋さんの幽霊、新橋さんの幽霊と楽しみにしていた作品でした。
時々、舞台のセットにしっくり役者さんがなじんで、舞台セットなのにそこに生活感があるよに溶け込みながらも、台詞が台詞として際立って、お芝居を観ている感覚はハッキリと満足できる種類のものがありますが、昔のキャストで観た時はそんなお芝居だった気がします。
今回のキャストも悪くはなさそうですが、上記のような不思議なギャップはないような感じですね。
バラバラのキャラクターに目に見えない不思議な一体感が宿っていた以前の感じと違い、不思議な一体感はなさそうな印象をうけました。
by アミナカ (2013-07-29 13:41) 

fujiki

アミナカさんへ
確かに良かったですよね。
ああいう、ほんわりとした品のある女優さんは、
今では殆ど見掛けなくなりました。
今回の演出は…駄目だと思います。
by fujiki (2013-07-29 21:40) 

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