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静脈血栓塞栓症の診断における年齢補正の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から紹介状など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
Dダイマーの年齢補正値.jpg
今月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
静脈血栓塞栓症の診断のための、
血液検査の精度についての論文です。

これはとっても良く似た、
同じグループの研究者による論文が、
昨年の6月に同じ雑誌に掲載されていて、
その時にブログ記事にしています。

前回の論文も、
過去のデータを解析し直したものでしたが、
今回も同様の手法で、
それをより多数例において、
俯瞰的な検討と過去のデータをまとめて解析して、
その結果を検証した内容になっています。

同じ研究者のグループによる、
同じような内容の2本の論文が、
同じ雑誌に時間差で掲載され、
いずれも自前のデータではなく、
過去のデータを解析し直しただけ、
というのですから、
何か釈然としない感じがありますが、
僕には分からない、
斬新さが潜んでいるのかも知れません。

深部静脈血栓症というのは、
主に骨盤や足の静脈に血栓が出来、
それが血行不良を起こしたり、
炎症を起こしたりする病態で、
そこに出来た血栓が、
肺の動脈を詰まらせるのが、
肺塞栓症です。

深部静脈血栓症やそれに伴う肺塞栓症には、
幾つかの臨床的な診断基準がありますが、
簡単な検査で早期に診断することは、
難しい病気であることも知られています。

肺塞栓症における息苦しさや脈拍の上昇、
といった臨床的な所見と共に、
血液検査で重要視されているのが、
D-ダイマーという検査です。

D-ダイマーは血栓の分解産物の1つです。
人間の身体は血栓が出来ると、
それを溶かす線溶というメカニズムが作動するので、
血栓は部分的に溶解し、
それが血液中に検出されるようになります。

従って、
血液検査でD-ダイマーが検出されなければ、
身体に血栓はなさそうだ、
ということになりますし、
仮に一定レベルを超える検出があれば、
深部静脈血栓症などの、
血栓症の可能性がありそうだ、
ということになるのです。

全身に血栓が出来る病態の代表が、
DIC(播種性血管内凝固症候群)と呼ばれるもので、
この場合D-ダイマーは著明に上昇します。

ただ、
深部静脈血栓症やそれに伴う肺塞栓症の場合には、
全身に血栓の出来るような病態とは違うので、
その上昇の程度は軽度です。

そこで問題は、
数値がどのレベル以下であれば、
深部静脈血栓症や肺塞栓症を否定して良いのか、
という基準値の設定になります。

深部静脈血栓症や肺塞栓症の診断に用いる場合、
D-ダイマーがこれこれの数字を超えているから、
肺塞栓症が確実です、
というような言い方は出来ません。

この数値は身体の何処かで血栓が溶解していれば、
それだけで上昇するので、
それが肺塞栓症であるとは言えないからです。

ただし、
この数値が明確に基準値を下回っていれば、
深部静脈血栓症の可能性は、
かなりの蓋然性を持って、
否定出来るのです。

従って、
どの数値を下回れば正常と見做せるか、
と言う点が最大の問題になります。

現在診療所で採用している検査法では、
その正常値は1.0μg/ml 未満となっています。

ただ、
深部静脈血栓症の否定のためには、
概ね0.5を基準とすることが、
日本のガイドラインでも推奨されています。

そして、
欧米においても、
その基準値は0.5μg/ml未満とするのが、
一般的な考え方です。

厳密に言うと、
この検査には測定法が複数あり、
その世界的な標準化は行なわれていないので、
海外での数値と日本のものとを、
単純に比較することには問題があるのですが、
それが今は触れないことにします。

Dダイマーが0.5μg/ml未満であれば、
全年齢において、
ほぼ100%肺塞栓症や深部静脈血栓症は否定されます。

つまり、
この基準値を用いた診断の、
特異度はほぼ100%です。

しかし、
問題はこれより高い数値であった時に、
その患者さんが肺塞栓症や深部静脈血栓症である確率は、
特にその患者さんがご高齢であると、
それほど高いものではない、
という事実です。

ご高齢の方では、
明確な異常がなくても、
D-ダイマーの数値がやや高めになることが、
知られています。

これは年齢による血管の動脈硬化の進行に伴い、
一定レベルの血栓傾向が、
生理的に生じることと、
高齢者の代謝が低下していることなどが、
その要因と考えられます。

従って、
年齢に関わらずに基準値を設定すると、
適切な除外診断に使用出来ず、
疑いの事例を増やして、
不要な検査が沢山行なわれる事態を招きかねません。

Dダイマーの数値が0.5を越えている時に、
その患者さんが深部静脈血栓症や肺塞栓症である確率は、
50歳未満では49~67%ですが、
80歳以上の高齢者では、
0~18%に過ぎない、
というデータが存在しています。

そのため、
年齢によりD-ダイマーの基準値を補正しよう、
という試みが、
幾つか提案されています。

そのうちの1つは、
50歳を超える年齢では、
年齢に10を掛けた数値を、
基準値にしよう、
という考え方です。
これは単位がμg/L になっているので、
上の表記ではその1000分の1になります。

すなわち、
年齢が80歳だと、
基準値は0.8になる訳です。

今回この補正値の効果を、
これまでの多くのデータから解析したところ、
80歳を越える年齢層においても、
補正値を越えていた場合に、
病気である確率は35.2%に高まり、
この補正値未満では、
病気でない確率も97%を越えていました。

つまり、
これで万全とは言えませんが、
50歳以上においては、
年齢に10を掛けて1000で割った数値を、
基準値としてDダイマーの数値を活用すると、
より無駄な検査が回避出来、
静脈血栓症の診断の精度を上げることに、
役立つ可能性が高いと考えられるのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

モカ

こんにちは。
いつもありがとうございます。
今日の論文もとても興味深かったです。

肺塞栓症をその症状から診断するのは難しいと聞いたことがあります。
疑われる場合にDダイマーを調べ、さらに肺シンチなどで鑑別することになるのでしょうか…。

先日ブラジルに行ってきました!
飛行機で血栓ができないように、水を飲んで脚を時々動かしていました(^_^)
by モカ (2013-05-17 15:42) 

fujiki

モカさんへ
コメントありがとうございます。
原因がはっきりせず、
Dダイマーの上昇している方が時々いて、
判断に迷うことがあります。
by fujiki (2013-05-18 08:42) 

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