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コレステロール管理の新ガイドラインを考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今年の4月に、
「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」
が発表されました。

これは日本動脈硬化学会が作成したもので、
前回の2007年の改訂時には、
その内容が、
所謂メタボの健診の叩き台になりました。

動脈硬化性疾患という名称になっていますが、
実際には心臓病の予防のための、
コレステロールの目標値の設定が、
その主な目的です。

つまり、
僕のような末端の医療者は、
こうしたガイドラインの指示に従って、
その必要に応じ、
患者さんにコレステロールを下げるような薬を、
処方することになるのです。

ただ、
問題はその基準の設定やその根拠、
検査値の測定法などに多くの混乱があり、
それが改訂毎に大きく変わるので、
実際に診療する側にとっては、
患者さんへの説明にも、
非常に困るということです。

以下、その点を僕なりに噛み砕いてご説明します。

まず、
こちらをご覧下さい。
高脂血症のガイドライン改訂1.jpg
これは今回のガイドラインにおける、
コレステロールと中性脂肪の基準値を示したものです。

LDLコレステロールが、
所謂悪玉コレステロールで、
HDLは善玉のコレステロールです。

従来の基準はLDLの140以上が高い、
というものでしたが、
今年の改訂では、
新たに120~139が境界域とされています。

しかも、
LDLの測定は、
ここに書かれている換算式を用いること、
と明記されています。

このLDLの測定については、
前回のガイドラインでは、
計算法と並行して、
LDLコレステロールの直接測定も、
推奨すると取られかねない記述があり、
そのため、
所謂メタボ健診では、
LDLコレステロールの直接測定が採用され、
本来計算のためには測られる必要のある、
総コレステロールが、
多くの企業健診や住民健診でも計測されない、
という弊害が生じています。

この不正確で国際的にはあまり評価されていない、
LDLコレステロールの直接測定を、
安易に導入した上に、
今回は平然と削除するという、
首尾一貫しない姿勢が、
このガイドラインの大きな問題点です。

次にこちらをご覧下さい。
高脂質血症の新ガイドラインのフローチャート.jpg

患者さんからよく質問を受けることは、
コレステロールはどの数値を超えると異常値で、
どの数値から薬を飲む必要があるのか、
ということです。

しかし、
その答えはそう単純ではありません。

コレステロールを医療のレベルで下げる目的は、
動脈硬化による病気、
主には心筋梗塞などの予防にあります。

予防には一次予防と二次予防とがあって、
一次予防というのは、
まだそうした病気になる前に、
コレステロールを下げて予防しよう、
という考え方で、
二次予防というのは、
一旦心筋梗塞などを発症した患者さんが、
その再発を予防しよう、
という考え方です。

感覚的にもお分かり頂けるかと思いますが、
二次予防の方がその予防効果は明確で、
コレステロール値もより下げる必要性があるのですが、
一次予防の場合には、
コレステロールのみが病気の原因という訳ではないので、
その予防効果は臨床試験においても、
そうクリアなものにはなり難いのです。

従って、
一次予防の場合に、
どのくらいのコレステロールを問題にするべきかは、
コレステロール値のみで決められる事項ではなく、
他の動脈硬化性疾患の危険因子を、
総合的に検討して決める必要があります。

しかし、
そんなことが可能でしょうか?

患者さんの状態はそれこそ千差万別なのですから、
非常に多くの方を追跡して、
動脈硬化に由来する病気になる頻度を、
長期間観察する必要があります。

そんなデータが日本に存在するのでしょうか?

上のフローチャートを見て頂くと、
NIPPON DATA80 と書いてあります。

その元論文がこちらです。
NIPPONデータ80文献.jpg
これは1980年から19年間に渡り、
9638名の日本に住む住民のデータを解析したものです。

このデータを元にして、
その後10年間にある人が
どのくらいの確率で、
動脈硬化性疾患を発症するかを計算し、
そのリスクが高い人では、
より低いコレステロールの値を、
その目標値とするのです。

ただし、
このデータには幾つか問題があります。

この日本のデータでは、
性別、年齢、高血圧、糖尿病、総コレステロール、
のみしか動脈硬化性疾患のリスクが検討されていません。

しかも採血は随時なので、
空腹時ではなく境界型の糖尿病の存在も分かりません。

動脈硬化性疾患の予防ガイドラインの一番の重要な検査値は、
LDLコレステロールですから、
本来はこれではまずいのですが、
データがないのでどうにもならず、
まず総コレステロールのみとそれ以外の危険因子から、
その後10年間に心筋梗塞などの心臓病で、
死亡する平均的なリスクを計算し、
それをポイントに変換して、
データが実際にはない、
善玉コレステロールの数値や、
境界型糖尿病の有無などを、
加算ポイントとして付け加え、
それを総合してリスクを評価しよう、
というのです。

それが、
上の図のフローチャートの意味です。

このチャートを元に、
段階を作り、
それを元にして、
個々の患者さんのコレステロールの目標値を決めます。
それがこちら。
脂質管理目標値の表.jpg
リスクに伴い、
コレステロールの目標値が段階的に変わります。
極めてややこしいですね。

non-HDL-Cという見慣れない用語が急に出現していますが、
これは総コレステロールの数値から、
単純に善玉のHDLの数値を引き算したもので、
LDLの代わりに、
これを指標にしようという考えがあり、
そのため併記されています。

整理すると、こういうことです。

これまでは、
コレステロールが160を超えると、
心筋梗塞の発症率が1.4倍になる
(数字は正確なものではなく、ただのたとえです)、
というような表現が使われていましたが、
心筋梗塞の発症に結び付くようなリスクは数多くあり、
その個人差が大きいので、
この表現はあまり適切なものではない、
という考え方から、
実際にその方の状態を総合的に考えた時、
その後の10年間に心筋梗塞などを発症する確率を、
個々の方のリスクから割り出し、
それがある確率を超える場合に、
その確率を減らすために、
コレステロール低下療法を行なう、
という考え方に転換したのです。

この考え方は、
それまでのコレステロールの数値だけで、
闇雲に治療を行なう、
という考え方に比べるとより合理的なのですが、
一方でリスクの評価が複雑であることと、
元になる住民のデータが、
正確なものでないと意味がない、
という問題があります。

アメリカでは、
フラミンガム研究という有名な疫学データがあり、
それに基づいてこうしたクラス分けが実施されていて、
ヨーロッパはまた別箇のクラス分けがあり、
日本はそれに遅れる形で、
今回のガイドラインを作成したのですが、
元になるデータの弱さが、
結論の信頼性を、
やや弱いものにしているように思います。

長くなりましたので、
明日は海外のガイドラインと対比する形で、
日本のガイドラインの問題点を考えたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとって、
いい日でありますように。

石原がお送りました。
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今野祥山

善玉のHDLの数値が10年以上180近かったので、興味深く読ませてもらいましたがなかなか難しいものですね。
検診の度に薬を飲むように言われていましたが拒否してきました。
その代わり血管や心臓のエコーにより問題が出ていないかチェックはしていてまったく異常有りません。
薬に頼らずに何か改善する方法が無いかと思い、1年間青汁を飲用する実験をしてみましたら180が120まで下がりました。再度効果を確認する為に青汁の飲用を止めて次の検診でどうなっているか確認します。
このような事例は有りましたでしょうか。
by 今野祥山 (2012-08-24 15:53) 

北岡

おはようございます。non-hdlとは?を検索していて、石原先生のブログで見つけました。私自身LDL-Cが170程あります。ただし、それ以外の数値は規定内で糖尿もなし、BMIも標準です。ただし、喫煙あり(1日1箱) 年齢は40代、女性です。 1次予防として、スタチン製剤を飲むべきでしょうか?また、服用する場合のスタチン製剤は何を勧めますか? あと、親戚中に心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病の方はいません。
お忙しいところ、すみません。よければ、先生の御判断をよろしくお願い致しますm(_ _)m
by 北岡 (2013-12-01 09:54) 

fujiki

北岡さんへ
ご返事が遅れまして申し訳ありません。
LDLの管理目標値は160ということになります。
判断は非常に微妙で、
スタチンを飲むより禁煙をする方が、
トータルなリスクの低下には、
より役立つという気がします。
ただ、開始する選択も誤りとは言えません。
スタチンは最もデータの多いのは、
シンバスタチンとアトルバスタチンです。
ピタバスタチンは、
副作用の報告は少ないのですが、
使用されている症例数自体が少ないので、
その評価は微妙です。
by fujiki (2013-12-09 06:29) 

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