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抗うつ剤治療が自殺企図や希死念慮に与える影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
自殺リスクと抗うつ剤論文.jpg
Arch Gen Psychiatry誌の今月号に掲載された、
一部の抗うつ剤の治療と、
その後の自殺企図などの問題行動に、
与える影響についての、
所謂メタ解析の論文です。

現在使用されている、
うつ病の薬の添付文書には、
概ね以下のような文言が入っています。

【海外で実施した7~18歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照試験において有効性が確認できなかったとの報告、また、自殺に関するリスクが増加するとの報告もあるので、本剤を18歳未満の大うつ病性障害患者に投与する際には適応を慎重に検討すること。】

これは文面にもありますように、
日本でこうしたデータが存在する、
という訳ではありません。

流れから言いますと、
まず2004年にアメリカのFDAが、
お子さんや思春期での抗うつ剤の使用は、
自殺のリスクを上昇させる可能性がある、
との警告を出したのです。

続いて2006年には、
この警告の年齢を18~25歳にまで拡大しました。

この警告の元になっているのは、
主に製薬会社の行なった、
抗うつ剤の新薬の臨床試験の結果における、
有害事象の頻度の報告の解析です。

製薬会社の臨床試験の解析結果によると、
自殺企図や希死念慮のリスクが、
偽薬の治療と比較して、
トータルでお子さんでは1.78倍であった、
というものです。

より高い年齢層で、
同様の検討を行なうと、
18~24歳の年齢層では、
同様のリスクは1.62倍となり、
25~64歳の年齢層では、
そのリスクは今度は有意に21%低下し、
65歳以上では63%低下していました。

つまり、
大うつ病の患者さんに抗うつ剤治療を行なうと、
24歳以下の年齢層では、
自殺に関連するリスクが増加し、
25歳以上の年齢層では、
そのリスクは治療により減少する、
という結果です。

この結果は発表当時、
かなり大きく報道されましたし、
某テレビ局などは、
露骨に抗うつ剤の恐怖を煽るような、
番組を何度も放映しました。

実際には、
大人においては、
明確に自殺関連のリスクも、
抗うつ剤治療により低下していたのですが、
そのことはあまり触れられませんでした。

ただ、
このデータの解析には、
幾つかの問題点がある、
というのが今日ご紹介する文献の著者らの意見です。

まず、
解析されたデータは、
SSSRIとSNRIという、
比較的最近発売された新規の抗うつ剤が、
その対象となっています。

製薬会社のデータで、
くじ引きで偽薬か抗うつ剤の、
どちらかを本人にも分からない方法で選択し、
その後の治療経過を追ったものですが、
経過観察期間で解析されたのは、
2か月程度の短期間ですし、
実際に完遂された自殺の事例は、
その中には含まれてはいません。

自殺リスクが1.7倍ということの中身は、
あくまでチェックシートの質問の、
「死にたいと思うことがどのくらいありますか?」
のような項目の集計がその主体で、
実際の自殺企図の事例はごく少数なのです。

そこで今回の研究では、
概ねFDAの解析と同様のデータを用いながら、
個々の患者さんの経過を、
なるべく長期間追跡して解析する、
という手法を取り、
どのような治療のタイミングで、
自殺関連のリスクがあり、
治療行為やうつ病自体の経過と、
そのリスクとの関連を、
より詳細に解析しています。

目的とする解析が、
可能な臨床データのみを対象としたため、
薬剤に関しては、
SSRIのフルオキセチンと、
SNRIのベンラファキシンのみが、
解析の対象となっています。
これはいずれも、
日本では使用されていない薬です。
フルオキセチンの商品名はプロザックで、
最初のSSRIとして有名な薬ですが、
日本では正式な採用はされませんでした。
ベンラファキシンの商品名はエフィクサーで、
これも有名なSNRIですが、
日本では採用がされていません。
また小児のデータがあるのは、
フルオキセチンのみです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

自殺関連リスクと一口に言いますが、
その中には「死にたいと考える」所謂希死念慮と、
実際に自殺を計画する、自殺企図、
未遂を含め実際に行われた自殺行為の、
3種類があります。

このうち、
実際の自殺行為は臨床研究のデータとしては、
殆ど集計には含まれておらず、
自殺企図自体もごく僅かで、
大多数は希死念慮です。

従って、
解析の対象となるのは、
希死念慮以外にはないのです。

それが、
こうしたデータを見る上での、
一番のポイントです。

この希死念慮の解析結果を見ると、
治療開始前が最もそのリスクは高く、
治療開始後の時間経過に従って、
治療薬群でも偽薬使用群でも、
そのリスクは低下してゆきます。

対象は大うつ病のみですから、
当然治療開始前は状態が悪く、
「死について考えることがありますか?」
のような質問に「イエス」と答える率は高いのです。

しかし、その時点で明確に自殺企図などがある場合には、
入院治療などが適応となり、
偽薬を使用する可能性のある、
臨床試験などの被験者にはなりませんから、
自ずと重症の事例は外されている、
ということになります。

こうした事例で年齢が25歳以上の場合には、
抗うつ剤を使用した方が、
自殺関連のリスクは減少し、
その違いは観察期間が長くなるに従って、
大きなものになってゆきます。

更にはこのリスクの減少は、
抑うつの重症度の指標で補正すると、
ほぼ消滅します。

つまり、
少なくとも希死念慮を指標とした場合、
25歳以上の大うつ病の患者さんにおいては、
短中期的に抗うつ剤の治療効果は明確にあり、
それはうつが改善することにより生じる、
と考えられます。

ただ、同様の検討を、
25歳未満の年齢層で行なうと、
その結果はかなり違ったものになります。

矢張り、
若年層においても、
抗うつ剤の治療により、
うつ病の指標自体は改善しています。

しかし、
治療群でも偽薬群でも、
希死念慮のリスクの低下には、
全く差は見られません。

つまり、
薬を飲んでも飲まなくても、
自殺関連のリスクという観点のみで考えると、
殆ど差はない、
という結果だったのです。

ただ、FDAの解析結果に見られたような、
薬を飲んだ方が自殺関連リスクが高い、
というような結果は、
今回の解析では得られませんでした。

解析方法は今回の方が理に適っているものであり、
少なくともFDAの警告の元になったデータに関しては、
あまり意味のあるものとは考えない方が良い、
と現時点では考えられます。

今回の結果をどう考えるべきでしょうか?

抗うつ剤、特にSSRIは、
自殺関連リスクを高める、
という意見があります。

その見解が完全に否定された訳ではありませんが、
その根拠の1つとなっていた、
FDAの解析結果については、
実際には不充分なものであり、
解析の仕方によっては別の結果が得られることは事実です。

ただ、
25歳未満の若年者とそれ以降の年齢層とを比較すると、
同じ大うつ病の診断であっても、
SSRIやSNRIといった抗うつ剤の、
希死念慮のリスク低下における効果は、
明確に異なっています。

抑うつの指標では年齢に関わらず効果が認められるのですが、
希死念慮に関しては、
若年層では明確な効果がないのです。

しかし、
自殺リスク以外のうつの指標に関しては、
年齢に関わらず有効性が認められます。

つまり、
若年層では抑うつが改善しても、
それが希死念慮の改善には結び付いていない、
という奇妙なことになります。

論文の著者らは、
若年層の自殺関連リスクは、
他の年齢層よりもともと高く、
それは若年層の希死念慮が、
抑うつ以外の原因で生じている可能性があるからではないか、
と推論しています。

従って、
若年層へのSSRIの使用は、
矢張りより慎重であるべきだとは思います。

ただ、このデータは実際の自殺や自殺企図について、
情報を与えてくれる性質のものではありません。
抗うつ剤の治療が自殺企図を増やす、
という可能性については、
明確に証明するような臨床データはなく、
しかし、
そうした事例は存在しない、
と言い切ることも当然ながら出来ない、
というのが現状だと思います。

よく自殺のリスクはうつ病の回復期に高まる、
というような記載があります。

しかし、
今回のデータを見る限りは、
少なくとも希死念慮に関しては、
そうした傾向はなく、
抑うつの改善に伴って、
希死念慮も改善すると考えるのが、
妥当のようです。

メンタルな病気の治療薬については、
その病気の性質上、
偽薬とくじ引きで割り付けるような試験は、
非常に行ない難く、
実際には製薬会社の承認時のデータくらいしか、
厳密なものはありません。

従って、
その有効性も有害事象の有無も、
そうしたデータで判断せざるを得ない、
という点が大きな問題点ではないかと思います。

また、上記のデータは、
基本的にはプロザックとエフィクサーに
(小児はプロザックのみに)、
限って成り立つものですが、
その薬が日本では使用されていません。
一番基礎となる薬剤が、
しばしば製薬会社や行政の恣意的な都合で、
日本では採用されないというケースがあり、
その点も日本の医療の問題ではないかと思います。

今日は抗うつ剤治療の、
自殺リスクに与える影響についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

人力

SSRI系の服用に関わる自殺は、薬を減らしたり、服用を中止する段階で発生するとの説があったか思います。自殺する元気が出てきて、自殺願望を実行してしまうというのは、俗説でしょうか?

以前妻が軽いうつ症状になった時、知り合いの意志はSSRI系の抗うつ剤を処方しました。その効果はてき面で、布団から出る事もままならない妻が、出社できる状態に一瞬で変化しました。

しかし、その変化は急激で、病状が回復しているというよりは、一種の向精神薬の効果の様に見受けられ、当然、薬の効果が消えると、うつ症状に戻ってしまいました。

かつて先生がSSRI系の抵うつ剤はドーパミンの誘導効果があるという論文を紹介されていたのではないかと記憶しておりますが、それが本当であるならば、SSRIは、脳の自律的なドーパミン分泌を低下させる為に、かえってSSRI依存を引き起こし、絶薬時にドーパミン低下による精神の変調をきたすのでは無いでしょか?

私は妻の薬の効き方は異常と思われたので、直ぐに取り上げて、二つに割って飲ませ、1週間後からは4つに割って飲ませ、その後は生あくびを頻繁にする状態が続けば、4つに割ったものを飲ませました。

その結果、うつ症状は二ヶ月程度で緩和し、その後1年程度はあまり仕事で無理をしない様に気をつけさせたら、今では元気過ぎて困っています。尤も、本人もスポーツジムを日課にするなど、ストレス管理には気を配っています。

私は多くの「うつ」は病気では無く、脳や精神の疲労に対抗する為の、脳の防衛反応だと考えていますが、そこに抗うつ剤を処方する事で、薬物依存が発生してしまう事が、現代の「作られた鬱病」の正体では無いかと疑っています。素人考えで恐縮ですが・・。
by 人力 (2012-06-09 02:15) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
「回復期に自殺を実行する元気が出る」
というのは、
確かに専門家と言われる先生も、
発言をされていますが、
その先生の経験からの推測であって、
確たる根拠があったり、
メカニズムがはっきりしているものでは、
ないと思います。

通常大うつ病に限った話としては、
病気の時期には関わらず、
病状が悪い時に、
自殺関連のリスクは高まる、
と考えるのが妥当なように思います。

SSRIの内服により、
速やかに脳内のセロトニンが上昇することは、
人間でも確認されていて、
それが興奮な衝動的な気分、
身体的な不快感として感じられる人もいれば、
全く感じない人もいます。
個人的にはSSRIによりそうして初期の強い変化が、
現れる場合には、
内服の継続はしない方が安全ではないか、
と思います。

その意味で、
奥様への人力さんの対応は、
適切なものだったと考えます。

自殺関連リスクと言う場合、
臨床研究においては、
その殆どは希死念慮のみで判断しているので、
実際の自殺という行為とは、
同義ではない可能性が高く、
その辺にこの問題の混乱の大きな要因が、
あるように思います。

現実には自殺リスクそのものを検証するのは、
非常に難しいと思います。
by fujiki (2012-06-09 08:26) 

あんみつ

いつも冷静で客観的な先生のブログは勉強になります。

様々な事象について、マスコミはセンセーショナルに取り上げたほうが、視聴率や雑誌の売上など利益に結び付きますから、主に叩くほうが多いように思われます。

この先、心の病にかかる人が減るとは思えません。より正確な情報を得られるよう、関係機関や研究者、マスコミには望みたいものです。
勿論、治療にあたる医師からも。
by あんみつ (2012-06-09 19:20) 

fujiki

あんみつさんへ
コメントありがとうございます。
言われる通りで、
正確かつ迅速な情報の提供が、
重要ではないかと思います。
by fujiki (2012-06-11 08:37) 

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