SSブログ

お腹を触る、ということ [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は最近印象に残った、
幾つかの事例についての話です。

実際の事例を元にしていますが、
守秘義務及び、
患者さんの特定を避ける観点から、
敢えて事実を一部変更して、
記載した部分のあることをお断りしておきます。

Aさんは慢性の肝臓病があり、
定期的に大学病院の消化器内科に通っていました。
毎回の診察では、
まず事前に自動血圧計に自分で手を入れて、
血圧を測り、
それからこれも自動の体重計に載って、
その結果が印字された紙を、
看護師さんに渡します。
それから採血指示の紙を持って採血室に行き、
緊張した面持ちの若い医者に、
採血をしてもらいます。
採血の針が明らかに震えていたので、
ドキリとしましたが、
どうにか上手く1回で終わりました。

それから採血結果が出るまでしばらく待ち、
診察室に呼ばれます。

主治医はモニターの検査結果の画面を開いていて、
Aさんが入っても、
モニターからは目を離しません。
遠慮することもないと思い、
患者用の椅子に掛けると、
「どうですか、調子は?」
とモニターを見たまま話し掛けるので、
ああ私が入って来たことは分かってはいるのだな、
とAさんは思います。
主治医は検査結果のデータと、
体重と血圧の紙を見て、
それを見ながら何やら電子カルテの画面に、
打ち込みをします。

「うん。順調ですね。ちょっと体重は増えているかな」
と主治医が言うので、
「最近食事が美味しくて」
とAさんは言います。
その言葉に対するレスポンスはなく、
少し間を置いて主治医は、
「それではいつものお薬を出しておきますね」
と言います。

診察はそれでお終いです。

主治医の手はその間、
電子カルテのキーボードから離れることはなく、
Aさんの身体に、
一瞬たりとも触れることはありませんでした。

概ね、
Aさんの診察はいつもこんな感じです。

正直に言うと、
最近何となく食欲がなく、
お腹が張って身体が重いような気がしていました。

ただ、食事も摂れて、
身体も動けていましたから、
それほど深刻な事態とは思わず、
そのことを主治医には言いませんでした。

勿論、お腹の調子が悪いと言えば、
主治医はAさんをベットに寝かせて、
Aさんのお腹を触ったと思います。

しかし、そうした時には、
主治医の機嫌は非常に悪くなり、
何でお前は余計な仕事を増やすんだ、
と言わんばかりの態度になるので、
Aさんは過去の経験から、
余程のことがなければ、
いつも口答えはしないようにしていました。

ところが…

どうもそれから日々お腹の張りは強くなる感じです。
夜に横になると、
息苦しい感じもします。

しかし、
まだ診察から1週間しか経っていませんし、
次の予約は2ヶ月先の予定です。

予約外で大学病院を受診した時の、
この世のものとは思えない煩わしさを知っているAさんは、
病院には行けないと思い、
もう少し暇で、もう少し敷居の低い、
診療所を受診されました。

座った姿勢で拝見しただけで、
もう風船にされた蛙のように、
お腹は膨らんでいます。
触ると硬く張りがあり、
それだけで間違いはないと思いましたが、
念のため超音波検査で確認すると、
大量の腹水が溜まっていて、
胃や腸はその中にプカプカ浮いているような状態です。

僕は大学病院宛に紹介状を書いて、
すぐに行って頂く段取りにしました。

勿論Aさんは肝硬変症の状態で、
多少の腹水が溜まることは、
想定内だったのだと思います。
しかし、その事実は、
Aさん本人にも、
そのご家族にも、
全く知らされてはいませんでした。

Aさんは腹水貯留のため、
即日入院となりました。

それから、こんな事例もありました。

Bさんは高齢の男性で、
おしっこの出が最近悪く、
我慢もし難い状態になったので、
総合病院の泌尿器科を受診しました。

多くの知的な皆さんが薦めるように、
その道の専門医を受診されたのです。

初診の時には詳細な質問表を渡されて、
それに症状を書き込むと、
お尻から指を入れられる診察があり、
おしっこや血液を取ったり、
超音波をしたりと、
幾つかの検査が行なわれます。

その結果として再度病院を受診すると、
「軽度の前立腺肥大症です。
まだ残尿はそれほどありませんから、
まずは前立腺を緩める薬を使って、
しばらく様子を見てみましょう」
と言われます。

それから、
毎回2ヶ月分の薬が出て、
2ヶ月毎に診察があります。

ただ、2回目以降の診察は、
予め簡単な症状を書き込む、
チェックシートのようなものを渡され、
それに丸を付けると、
診察室では矢張り殆どずっとモニターを見ている主治医が、
そのチェックシートだけを見て、
「うん。変わりはありませんね。
いつも通りの薬を出しておきます」
と言うだけで終わりになります。

Aさんの診察と同じように、
矢張り主治医の手が、
Bさんの身体に一瞬たりとも触れることはありません。

それから半年くらいの時間が過ぎます。

Bさんが診察毎に書き込むチェックシートには、
毎回これといった違いはありません。
おしっこは普通に出ている気がするのですが、
急に尿意を催すような感じがあって、
そのコントロールはし難いのです。

そんな時、
Bさんはお腹の張りと吐き気を覚え、
これはおしっことは別のものと考えて、
診療所を受診されました。

お腹を触らせて頂くと、
柔らかいのですが、
全体に張りがあります。

それで、
超音波検査をしてみると、
腸のガス像には特に問題はなく、
腸閉塞の所見もなかったのですが、
膀胱がおへその上くらいまで拡張していて、
一部は外側に瘤のように広がっています。
要するに大量のおしっこが溜まっていたのです。

それで一度しっかり、
出せる範囲でおしっこを出してもらったのですが、
少量は出たものの、
大部分はまだ溜まったままです。

つまり、
前立腺肥大のために、
おしっこが出難い状態が続き、
膀胱は限界を超えて拡張してしまったので、
膀胱の伸び縮みする力が、
完全になくなってしまい、
大量の残尿が生じる事態となっていたのです。

それで、
紹介状を書いて、
予約より前に病院の泌尿器科を、
受診して頂きました。

即日おしっこの管が挿入され、
しばらくはそのまま様子を見ることになりました。

お家で管の管理をするのは、
かなりの負担です。

1日にしてこんなことが起こったとは、
まず間違いなく考えられません。

膀胱が過剰に拡張した状態が、
かなりの期間続いていたのです。

Bさんが診察の度に渡されたチェックシートには、
そうした残尿の有無を確認する項目も、
勿論あるのですが、
それは残尿の自覚症状を、
きちんと把握出来ている場合しか有効ではなく、
Bさんのように、
大量の残尿があっても、
少しお腹はるな、
というくらいの自覚しかない場合には、
役には立たなかったのです。

この2つの事例からの、
僕なりの教訓は、
「診察でお腹を触ることは、
重要な行為である」
ということです。

ただ、僕自身、
毎回それが出来ている、
という訳ではありません。

僕が大学病院時代に一時師事していた先生は、
必ずお腹の診察はするべき、
という意見でした。

それから同じ医局のある先生は、
非常に忙しい外来をこなしていたのですが、
それでも2回の診察に1回は、
お腹を触るように心掛けていました。

今思うとさすがだと思いますが、
時間がないとなかなか出来ることではありません。

ただ、同じ治療者でも、
鍼灸をされている方は、
必ずお腹の所見を治療の度に取っています。

同じ治療者として、
矢張り彼らの態度を、
僕も見習うべきだと思いました。

診察所見は多くの情報を与えてくれると共に、
患者さんの身体を実際に触ることは、
医療の基本であると、
教科書には書かれています。

しかし、
多くの検査が開発され、
問診は専用のチェックシートのようなものが、
同じく開発されるようになると、
診察はマニュアル化し、
どうしてもそうした機会は失われがちになります。

今回の2つの事例は、
診察所見の重要性を、
再認識させてくれるものでしたし、
患者さんが無用な苦しみに遭うことのないように、
自省の意味を込めて、
ご紹介をさせて頂きました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(37)  コメント(10)  トラックバック(0) 

nice! 37

コメント 10

midori

私は田舎出身なので、都会に住んでも
大きな総合病院に行くという考えが浮かばず、
診療所か、せいぜい専門の小さな病院にしか行きません。
(仕事は大学病院の医師とが多いのですが、
 人生のお世話になる人、という感じは持っていません。
 まあ今のところ大病も無いので
 それで済んでいるとも言えますが)
今日の記事のような話を聞くと、結果的に
自衛のようになっているかもなあと思います。
そんな無機質な診察を受けたことはないですしね。
by midori (2012-06-07 09:53) 

さくとらじろう

はじめまして

きっかけは確か、「村上春樹 1Q84」で検索していたらたどり着いたのだったと思います。
以来、先生のブログを読むことが毎朝の楽しみのひとつです。

僕は田舎に住んでおり、病院が嫌いで、オペラや演劇はどちらかというと苦手、という人間です。
先生と僕との間には「村上春樹を読む」以外の共通点は未だ見出せないのですが、それでも先生のブログを読んでいると、(適切な言葉が見当たらないのですが)ほっとするような気がしています。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、時々、救われているような気さえしています。
どうしてなのかは、まだわかりません。

最近、英語の勉強のためにTEDの動画を見ているのですが、
今、聴き込んでいるビデオが今日の内容とぴったりだったので
勝手にシンクロニシティ(は言い過ぎでしょうか...)を感じ
勢いにまかせてコメントしました。
失礼しました。

今日が石原先生にとってよい一日でありますように。

ご参考まで:
Abraham Verghese ”A doctor's touch”, TED Global 2011
http://www.ted.com/talks/abraham_verghese_a_doctor_s_touch.html
by さくとらじろう (2012-06-07 10:12) 

かんた

先生、こんにちは。
今回の件、読んで「なるほど」と思いました。
確かに触診されること少ないんですよね。

話ししか聞かないで、よく何もしないでわかるなぁって思ってました。
時間削減なんですね。。。
こちらとしては、長い時間待たされて、診察がものの5分程度で終わると、もっとちゃんと診てほしいって思うし、でもそれを言えないし、モヤモヤして帰る事が多いんです。

そういう時は、
先生にお腹の調子が悪ければ「お腹見て下さい」とか、
喉が痛ければ「喉を見て下さい」とか、
「聴診器つかわなくて大丈夫ですか?」とか
言ってもいいのでしょうか?

by かんた (2012-06-08 00:45) 

Licca

鍼灸院では毎回お腹や舌はもちろん、
あっちこっちを診ますよね。
実際の鍼灸の効果より、
この触れる行為が安心をもたらしているようにも思えます。

一方、聴診器で肺の音を聞かない呼吸器内科の医師がいたりして、
びっくりというか、がっかりというか、
状態が比較的安定していた時期の事ですので、
まあ良しとしました。

医師の手で脈拍や血圧を測ってもらうと、とっても嬉しい!
これって、私がしっかりおばちゃん、
いえ、おばあちゃんになった証拠かも。


by Licca (2012-06-08 07:59) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。
電子カルテに慣れていないと、
そうしたことになり易い、という傾向はあります。
某病院では、
医者1人に専属のクラークがついて、
検査などの打ち込みをしていましたが、
それはそれで経済的に大丈夫なのかしら、
と不安になります。
本来は医者の事務作業は、
少ないに越したことはない、
と思いますが、
実際にはどんどん増えている訳です。

仕事量はどんどん増やされて、
その権限は縮小され、
文句だけは言われて、
収入は減らされているのですから、
本当は抗議行動でも起こして良いくらいだと思いますが、
医者というのは概ね僕を含めて、
プライドのみ肥大した、
間抜けで世間知らずのお人よしなので、
従順にそれに従って、
疑問を感じないのだと思います。
by fujiki (2012-06-08 08:24) 

fujiki

さくとらじろうさんへ
コメントありがとうございます。
ブルーだったので、
とらじろうさんのコメントを読んで、
ちょっと救われた思いがしました。
これからも読んで頂ければ嬉しいです。

ですので、
実際に共時性だと思います。

by fujiki (2012-06-08 08:27) 

fujiki

かんたさんへ
コメントありがとうございます。
勿論無駄なことは、
しない方が良いのですし、
どういう診察が本当に良いのかは、
難しいところだと思います。

ご希望は言って頂いて構わないと思います。
その方が概ね医者のためにもなるのです。
ただ、色々なタイプの人間がいるので、
常に良い結果になるとは限りません。
ある程度のお互いの信頼感が生まれてから、
言って頂く方がより良いかも知れません。
信頼感が全く生まれなければ、
勿論もう行かなければ良いのだと思います。
by fujiki (2012-06-08 08:30) 

fujiki

Licca さんへ
コメントありがとうございます。
診察所見を元に、
検査を行なう方が効率も良く、
医療費の削減にも繋がって、
誤診も減ると思いますが、
実際にはその順番が、
逆転していることが多いかと思います。
ただ、一芸に秀でた医者というのも、
実際にはいるのですから、
もう少し適材適所が、
あるべきのようにも思います。
by fujiki (2012-06-08 08:36) 

竹

忙しい病院ですと患者さんは一度もDr.と目を合わせずに診察室から出ることも少なくありませんよね。電子カルテが導入されたのでなおさらです。私は調剤薬局の薬剤師なのですが、
確認事項がたくさんあるのでどうしてもモニターや処方箋、薬に目が釘付けになるんですが、
患者さんの目を見ること、心がけたいです。

私自身患者として消化器を受診しています。毎回「調子はいかがですか?」と聞かれます。
以前、「相変わらず胃は痛いです。気持ち悪いです」と答えたら、たちまちDr.が不機嫌になり「しょうがないんですよ。薬は出しています」とおっしゃるので、今は「かわりないです。気になることはありません」と回答しています(笑)おなかは触られたことは一度もありません!

◆最近観たお芝居(個人的な感想です)◆
①「フィンランドサマー」…構成や演出は面白かったです。しかし最後に、そりゃないでしょー?という医療シーンが出てきてがっかりしてしまいました。
②「サンタクローズコンゲーム」…うーーん。勢いで行ってしまったのですが、強烈に途中退場したかったです^^;
③Sweat&Tears-東京キッドブラザース 44th-公演
『あなたからの贈り物…』 作・構成・演出:林邦應(IOH)
音楽:小椋佳/深野義和…東京キッドブラザース を知っている人なら、もっと楽しめたのかもしれません。林さんの作品のファンなら好きなお芝居でしょう。まだ赤坂見附でやっています。
④中嶋朋子さんと宅間孝行さんの朗読会イベント(モーパッサンの短編をピアノ生演奏とともに聞く)…最高でした!
秋のセレソンDXの笑う巨塔、どうでしょうね。

お芝居は観る側の好みがあるから難しいですね。
長々と失礼いたしました
by 竹 (2012-06-10 12:44) 

fujiki

竹さんへ
コメントありがとうございます。
東京キッドはその昔柴田恭平の頃に、
2回ほど観ていますが、
当時既にちょっと恥ずかしい感じでした。
セレソンは楽しみですが、
サンシャイン劇場は、
ちょっと小屋が大き過ぎて、
芝居が散漫になりそうな危惧は感じます。
by fujiki (2012-06-12 08:22) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0