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何故チェルノブイリ後の甲状腺癌は放射性ヨードが原因なのか? [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日もいつもより早い更新になります。

それでは今日の話題です。

今日は昨日に引き続いて、
チェルノブイリ原発事故後の、
甲状腺乳頭癌についての話です。

チェルノブイリの原発事故後、
4年くらいが経過した時点から、
被ばく地域において、
小児の甲状腺乳頭癌が、
増加しているのではないか、
という報告がなされるようになりました。

最初の有名な報告は1992年のNature誌のものです。

その後長瀧重信先生や山下俊一先生らのグループが、
笹川財団の資金援助の下に、
当地で大規模な甲状腺検診を行ない、
その結果及び、
当該地域の医療機関による、
甲状腺癌治療の報告事例の蓄積などから、
放射線被ばくを誘因とした、
小児甲状腺癌の増加が、
ほぼ間違いのない事実であることが判明しました。
それが1990年代の後半のことです。

こちらをご覧下さい。
笹川財団調査甲状腺癌の頻度の図.jpg
笹川財団の検診結果の、
1994年時点でのまとめです。
画像を見やすくするため、
元の図の右側を切っています。
右には地域ごとの放射性セシウムの汚染状況と、
尿中のヨードの濃度とが記載されていて、
いずれも甲状腺癌の発症率との関連は、
ないことが示されています。

ゴメルにおいてその甲状腺癌の頻度は圧倒的に多く、
当該年齢の人口10万人当たり200人を超えています。
ただ、これはあくまで検診を受けたお子さんの中での頻度です。
検診を受けないで甲状腺癌の治療を受けたお子さんは、
勿論他に沢山いらっしゃるので、
この数値はあくまでその一部に過ぎません。
このデータはむしろ潜在性の癌の頻度を示しているのです。
全体で39人しかいないじゃないか、
というようなことを呟かれる方がいますが、
それは勿論誤りです。
また、昨日お見せしたデータにあるように、
癌以外に5ミリを超える結節は、
その10倍は存在し、
更にその10倍近い甲状腺の何らかの異常が、
検出されているのです。

しかし、その時点で、
一体どのような放射性物質の、
どのような形態の被ばくが、
甲状腺乳頭癌を誘発したのかは、
分かってはいませんでした。

こちらをご覧下さい。

これは1998年に長瀧先生がお書きになった文献にあるものです。
チェルノブイリ甲状腺癌の原因の図.jpg
この時点で、
これだけ多くの仮説が、
想定されていたことが分かります。

当初は半減期の長い放射性セシウムの量で、
汚染の程度は判断されていました。
そのため、
甲状腺癌の発症も、
セシウムの被曝との関連性が考えられたのですが、
実際にその土のセシウムを測定しても、
その量と甲状腺癌の発症との間に、
明確な関連性はありませんでした。

現在でも完全に否定されてはいない仮説は、
ヨード131より半減期の短い放射性ヨードである、
テルル132(半減期78時間)と、
ヨード132(半減期2.3時間)の関与です。
テルル132はチェルノブイリの原発事故では、
ヨード131とほぼ同等のベクレル数が、
放出されたと考えられていて、
それがヨード132へと変換されます。

チェルノブイリの事故直後(5日後)に、
日本に帰国した旅行者の測定結果が報告されていて、
それによると、
ほぼ1対1の比率で、
甲状腺はヨード131とテルル132とに、
被曝していた、
という結果が得られています。

つまり、
よりエネルギー量の多い放射性ヨードが、
甲状腺癌を誘発した可能性は否定出来ないのです。

そして、その検出はヨード131より、
半減期が短いのでより困難で、
明確なデータは存在しません。

放射性ヨード131が甲状腺癌を誘発した、
という仮説が、
現在では支配的ですが、
放射性ヨード131は医療用に使用されていて、
その範囲で特に甲状腺の発癌誘発が、
それも数年という短い期間で生じた、
という報告はなく、
お子さんの放射性感受性の違いや、
体質的な因子など、
色々と説明はありますが、
それでもどうも釈然としないものが残るのは事実です。

その意味で、
実はテルル132が要因なのだ、
と言う説は実証は困難ですが、
その可能性が否定された訳ではありません。

放射性ヨード131が、
発癌を起こすというメカニズムは、
現時点でもはっきりと解明はされていないと思います。
勿論多くの文献がありますが、
仮説の域を出ないものです。

それでは何故メカニズムが明確でないのに、
その被曝と発癌との関連性が、
事実として認識されているのか、
と言うと、
放射性ヨード131の推定される被曝量と、
甲状腺癌の発症率との間に、
一定の相関が認められているからです。

こちらをご覧下さい。
コホートによる甲状腺被曝量の推測論文.jpg
2006年のJournal of National Cancer Institute誌に掲載された、
甲状腺の被曝線量と、
甲状腺癌の発症との関連を検討したコホート研究の論文です。

これは事故後10日から60日の間に、
首の外側からシンチカメラで測定する方法で、
甲状腺の吸収線量を割り出し、
その計測値をその後の甲状腺癌の発症と比較したものです。

テルル132は既にこの時点では、
評価は困難なレベルに低下しています。

このデータでは、
甲状腺の吸収線量が、
250mGyから740mGyの範囲で、
発癌のリスクは2.31倍に増加しており、
それより多い線量では、
よりそのリスクは高くなっています。
つまり、線量と甲状腺癌の発症リスクとの間に、
正の相関があるのです。

こちらをご覧下さい。
甲状腺の被曝線量と甲状腺癌リスクの図.jpg
これがその相関を、
直線的な関連があると仮定して、
図示したものです。
計算上は1グレイの甲状腺吸収線量当たり、
過剰相対リスクが5.25と計算されます。

これが概ね、
基礎的な数値として、
多くの文献に引用されています。

チェルノブイリの原発事故後に、
小児甲状腺乳頭癌が著増したことは、
明確な事実ですが、
その原因は明確に分かっている訳ではありません。

放射性ヨード131のみを原因と仮定しても、
その吸収線量と発症リスクとの間に、
一定の相関関係が成立しているので、
無関係でないことはほぼ間違いがありませんが、
メカニズムが不明で、
医療用の放射性ヨードで、
同様の現象が確認されない、
という点は矛盾する部分があります。

「放射性セシウムが甲状腺癌の原因ではないのか?」
というような発言をすると、
「それは非科学的で既に否定された見解だ」
という反応が概ね返って来ますが、
実際にはその可能性が完全に否定された訳ではなく、
勿論セシウムがメインの原因であるとは、
到底考えられませんが、
副次的な誘因としての可能性まで、
否定し切ることは出来ないのではないかと、
僕は思います。

放射能の被ばくによる小児甲状腺癌の発症には、
まだ解明されていない部分が多くあり、
単純にヨード131が原因だ、
と決め付けることは危険で、
将来別個の考え方が出て来る可能性は、
充分にあるのではないかと思えてなりません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

人力

興味深いデータを紹介頂きありがとうございます。
半減期が短いのでほとんど見逃されていますが、
ヨウ素132の影響は無視できないのでは無いでしょうか。

甲状腺に選択的に取り込まれるので甲状腺癌が増えると考えれば、
テルル132よりもヨウ素132の方が明らかに影響は大きいと思われます。

環境中でヨウ素132の数値が低いのはヨウ素132の半減期が
2.3時間程度と短いからです。
ところが、テルル132は半減期が3日程度ですから、
事故直後に体内にそれなりの量が取り込まれます。
そしてそれが体内で崩壊する事で、娘核種のヨウ素132が供給されます。半減期の2.3時間に間に、ヨウ素132は甲状腺に選択的に取り込まれ、そこで放射線を発生して次々に崩壊します。

ヨウ素131(半減期8.02日)、
テルル132(半減期3.204日)
テルル132の娘核種のヨウ素132(半減期2.295時間)

放出される放射線のエネルギーが同じだと過程すれば、
テルル132の被放射能はヨウ素131の2.5倍
ヨウ素132の被放射能は85.7倍になります。

チェルノブイリから帰られた旅行者のヨウ素131とヨウ素132の量が同じであるならば、ヨウ素132はその瞬間にもヨウ素131の85倍の放射線を甲状腺の細胞に浴びせかける事になります。

DNAの修復時間を仮に2日と過程するならば、ヨウ素131の放射線の影響は、ある程度キャンセルされますが、半減期が2.3時間では、DNAの修復は追いつきません。

ですから、実際にはヨウ素132はヨウ素131の85倍以上のダメージをDNAに与える事にはならないでしょうか?

素人考えですが、体内にヨウ素132の供給源のテルル132が大量い存在する事が原因の様に思えます。
by 人力 (2012-05-08 18:54) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
ご指摘のように、
僕もヨード132の方がホンボシのような気がします。
ただ、検証は福島の今回も、
実際には不可能なので、
実証されることはないと思います。
by fujiki (2012-05-09 08:03) 

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