運動の脂肪細胞に対する効果について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年の1月のNature詩に掲載された、
白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞との間を繋ぐ、
イリシンというホルモンについての論文です。
脂肪細胞に白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞がある、
という話は、
お聞きになった方も多いのではないかと思います。
白色脂肪細胞は、
中性脂肪を蓄える働きを持った細胞で、
一般的に「脂肪」と言う時の、
内臓脂肪や皮下脂肪は、
主にこの白色脂肪細胞の集まりのことを指しています。
その一方で、
見た目に茶色っぽい色をした、
別個の脂肪細胞が存在することが知られていて、
これを「褐色脂肪細胞」と呼んでいます。
この褐色脂肪細胞は、
一種のエネルギー産生細胞で、
たとえば気温が低く、
そのままでは身体の温度が、
身体の機能を維持出来ないほど下がってしまう可能性があると、
褐色脂肪細胞は速やかに脂肪を分解し、
熱を産生して体温を上昇させるのです。
こうした働きは褐色脂肪細胞にはありますが、
白色脂肪細胞にはありません。
褐色脂肪細胞は白色脂肪細胞に比べると、
その数は少なく、
概ね特定の身体の部位にのみ分布していて、
その働きにも体質的な差があると考えられています。
褐色脂肪細胞の数が多く、
その働きが強い人は、
脂肪が燃焼され易いので、
肥り難いのですが、
その反対に褐色脂肪細胞が少ない人は、
脂肪が燃え難く、
肥り易く痩せ難いと考えられます。
こうした話を聞くと、
人間の身体はどうも不公平なものだな、
という気がします。
肥り易い体質の人であっても、
褐色脂肪細胞を増やし、
脂肪を燃焼し易くするようなことは出来ないのでしょうか?
運動は脂肪の燃焼に有効だ、
と言われます。
必ずしも激しい運動ではなく、
必ずしもそれが毎日でなくても、
脂肪を燃焼させるようなことは可能だ、
と運動を讃美する本には書かれています。
しかし、その一方で、
白色脂肪細胞の脂肪を燃焼させるには、
ちょっとやそっとの運動では、
無理なのだ、
という内容のことも良く書かれています。
一体どちらの意見が正しいのでしょうか?
問題は白色脂肪細胞を燃焼させるには、
確かにかなりの激しい運動が必要となるけれど、
褐色脂肪細胞に関してはそうではない、
ということです。
そして、実際にはそれほど激しい運動ではなくても、
脂肪の燃焼と思われる現象が、
肥り易い体質の人であっても、
人間の身体で起こることは事実です。
このことから、
運動により脂肪は燃焼され易くなるのではないか、
という推測が生まれます。
運動というのは、
言ってみれば筋肉を収縮させてエネルギーを消費することです。
そのことによって脂肪が燃焼するとすれば、
筋肉の細胞と脂肪の細胞との間に、
何らかの関係がある筈です。
ここまでを整理すると、
以下のようになります。
運動が脂肪を燃焼し易くする効果のあることは分かっています。
そして、勿論個人差はありますが、
そうした運動の効果が、
全ての人で認められることも分かっています。
こうした効果は筋肉細胞と脂肪細胞との、
何らかの相互作用によりもたらされることは、
理屈から言えば明らかで、
白色脂肪細胞が燃焼し難い、
ということから考えて、
脂肪細胞の種類とその相互作用との間にも、
何らかの関連性があることは明らかです。
しかし、その関連性の実体は、
これまで分かってはいなかったのです。
今回ご紹介する文献は、
それを主にネズミの実験で検証したものです。
これまでの知見として、
運動により筋肉細胞において、
PGC1-αという一種の転写因子が、
誘導されることは分かっています。
そこで、
PGC1-αを強く発現するような変異を持つネズミを造り、
それを通常のネズミと比較して解析すると、
FNDC5という蛋白質が誘導され、
それが分解されると、
イリシンという一種のホルモンが、
血中に放出されます。
イリシンというのはこの文献の著者の命名で、
ギリシャ神話の女神イリスから来ています。
イリスは女神ヘラの伝令役を務めるので、
筋肉の信号を脂肪に伝達する伝令の、
意味をそこに込めているのです。
このイリシンは血液中に分泌され、
それが白色脂肪細胞に働き掛けると、
今度はそこでUCP1という熱産生に係わる蛋白質を増加させます。
このUCP1は褐色脂肪細胞の特徴の1つなのです。
つまり、運動により筋肉細胞からイリシンが分泌されると、
それが白色脂肪細胞を褐色細胞様の性質を持つように変化させるのです。
通常のネズミにイリシンを注射すると、
それにより熱産生が高まり、
脂肪が燃焼し、
そのネズミは肥満状態から改善します。
人間においても、
このイリシンがほぼ同等の効果を示すことが、
確認されていて、
血液中のイリシンが増加することが、
運動による脂肪燃焼の、
少なくとも一部のメカニズムであることは、
間違いがないと考えられます。
端的に言えば、
運動をすることにより産生された筋肉由来のホルモンが、
白色脂肪細胞を褐色脂肪細胞様に変化させることにより、
脂肪が燃焼し代謝に良い影響をもたらすのです。
この知見を現時点でどう考えれば良いのでしょうか?
まず、人間にとっての運動の健康への有効性が確認され、
運動療法についても、
より科学的なアプローチが可能となる、
というメリットが考えられます。
それから、
イリシンを治療薬として使用する、
という考え方が成立します。
運動が必要なのに怠けてしないで、
その代りにイリシンを注射するというのでは、
本末転倒に思えますが、
実際には運動が困難な状態で、
そのことによる糖尿病の悪化などが、
問題となるケースはあり、
その場合に運動の代用としてイリシンを使用することは、
意義のある方法ではないかと思われます。
ただし、こうした物質の作用は、
一面的ではない場合もあり、
まずはそのメカニズムの詳細な検討が第一で、
臨床応用を急ぐべき性質のものではないように、
僕には思えます。
今日は筋肉と脂肪細胞との、
運動を介した関連性についての、
最新の知見をご紹介しました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年の1月のNature詩に掲載された、
白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞との間を繋ぐ、
イリシンというホルモンについての論文です。
脂肪細胞に白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞がある、
という話は、
お聞きになった方も多いのではないかと思います。
白色脂肪細胞は、
中性脂肪を蓄える働きを持った細胞で、
一般的に「脂肪」と言う時の、
内臓脂肪や皮下脂肪は、
主にこの白色脂肪細胞の集まりのことを指しています。
その一方で、
見た目に茶色っぽい色をした、
別個の脂肪細胞が存在することが知られていて、
これを「褐色脂肪細胞」と呼んでいます。
この褐色脂肪細胞は、
一種のエネルギー産生細胞で、
たとえば気温が低く、
そのままでは身体の温度が、
身体の機能を維持出来ないほど下がってしまう可能性があると、
褐色脂肪細胞は速やかに脂肪を分解し、
熱を産生して体温を上昇させるのです。
こうした働きは褐色脂肪細胞にはありますが、
白色脂肪細胞にはありません。
褐色脂肪細胞は白色脂肪細胞に比べると、
その数は少なく、
概ね特定の身体の部位にのみ分布していて、
その働きにも体質的な差があると考えられています。
褐色脂肪細胞の数が多く、
その働きが強い人は、
脂肪が燃焼され易いので、
肥り難いのですが、
その反対に褐色脂肪細胞が少ない人は、
脂肪が燃え難く、
肥り易く痩せ難いと考えられます。
こうした話を聞くと、
人間の身体はどうも不公平なものだな、
という気がします。
肥り易い体質の人であっても、
褐色脂肪細胞を増やし、
脂肪を燃焼し易くするようなことは出来ないのでしょうか?
運動は脂肪の燃焼に有効だ、
と言われます。
必ずしも激しい運動ではなく、
必ずしもそれが毎日でなくても、
脂肪を燃焼させるようなことは可能だ、
と運動を讃美する本には書かれています。
しかし、その一方で、
白色脂肪細胞の脂肪を燃焼させるには、
ちょっとやそっとの運動では、
無理なのだ、
という内容のことも良く書かれています。
一体どちらの意見が正しいのでしょうか?
問題は白色脂肪細胞を燃焼させるには、
確かにかなりの激しい運動が必要となるけれど、
褐色脂肪細胞に関してはそうではない、
ということです。
そして、実際にはそれほど激しい運動ではなくても、
脂肪の燃焼と思われる現象が、
肥り易い体質の人であっても、
人間の身体で起こることは事実です。
このことから、
運動により脂肪は燃焼され易くなるのではないか、
という推測が生まれます。
運動というのは、
言ってみれば筋肉を収縮させてエネルギーを消費することです。
そのことによって脂肪が燃焼するとすれば、
筋肉の細胞と脂肪の細胞との間に、
何らかの関係がある筈です。
ここまでを整理すると、
以下のようになります。
運動が脂肪を燃焼し易くする効果のあることは分かっています。
そして、勿論個人差はありますが、
そうした運動の効果が、
全ての人で認められることも分かっています。
こうした効果は筋肉細胞と脂肪細胞との、
何らかの相互作用によりもたらされることは、
理屈から言えば明らかで、
白色脂肪細胞が燃焼し難い、
ということから考えて、
脂肪細胞の種類とその相互作用との間にも、
何らかの関連性があることは明らかです。
しかし、その関連性の実体は、
これまで分かってはいなかったのです。
今回ご紹介する文献は、
それを主にネズミの実験で検証したものです。
これまでの知見として、
運動により筋肉細胞において、
PGC1-αという一種の転写因子が、
誘導されることは分かっています。
そこで、
PGC1-αを強く発現するような変異を持つネズミを造り、
それを通常のネズミと比較して解析すると、
FNDC5という蛋白質が誘導され、
それが分解されると、
イリシンという一種のホルモンが、
血中に放出されます。
イリシンというのはこの文献の著者の命名で、
ギリシャ神話の女神イリスから来ています。
イリスは女神ヘラの伝令役を務めるので、
筋肉の信号を脂肪に伝達する伝令の、
意味をそこに込めているのです。
このイリシンは血液中に分泌され、
それが白色脂肪細胞に働き掛けると、
今度はそこでUCP1という熱産生に係わる蛋白質を増加させます。
このUCP1は褐色脂肪細胞の特徴の1つなのです。
つまり、運動により筋肉細胞からイリシンが分泌されると、
それが白色脂肪細胞を褐色細胞様の性質を持つように変化させるのです。
通常のネズミにイリシンを注射すると、
それにより熱産生が高まり、
脂肪が燃焼し、
そのネズミは肥満状態から改善します。
人間においても、
このイリシンがほぼ同等の効果を示すことが、
確認されていて、
血液中のイリシンが増加することが、
運動による脂肪燃焼の、
少なくとも一部のメカニズムであることは、
間違いがないと考えられます。
端的に言えば、
運動をすることにより産生された筋肉由来のホルモンが、
白色脂肪細胞を褐色脂肪細胞様に変化させることにより、
脂肪が燃焼し代謝に良い影響をもたらすのです。
この知見を現時点でどう考えれば良いのでしょうか?
まず、人間にとっての運動の健康への有効性が確認され、
運動療法についても、
より科学的なアプローチが可能となる、
というメリットが考えられます。
それから、
イリシンを治療薬として使用する、
という考え方が成立します。
運動が必要なのに怠けてしないで、
その代りにイリシンを注射するというのでは、
本末転倒に思えますが、
実際には運動が困難な状態で、
そのことによる糖尿病の悪化などが、
問題となるケースはあり、
その場合に運動の代用としてイリシンを使用することは、
意義のある方法ではないかと思われます。
ただし、こうした物質の作用は、
一面的ではない場合もあり、
まずはそのメカニズムの詳細な検討が第一で、
臨床応用を急ぐべき性質のものではないように、
僕には思えます。
今日は筋肉と脂肪細胞との、
運動を介した関連性についての、
最新の知見をご紹介しました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2012-05-09 08:00
nice!(16)
コメント(2)
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フルマラソンを走ると、その後、ご飯が美味しくて直ぐに1Kgくらい太ってしまうのは私だけでしょうか・・。
by 人力 (2012-05-10 09:31)
人力さんへ
そうですね。
食欲というのも重要な要素で、
その対処を誤ると、
運動の効果も、
元の木阿弥に成りかねません。
by fujiki (2012-05-10 20:29)