福島と長崎の甲状腺超音波検査結果を考える [科学検証]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
診療所は今日から通常通りの診療に戻ります。
今日は事情があって、
いつもより早い更新になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2001年の日本内分泌学会誌に掲載された、
長崎とチェルノブイリ近郊での、
甲状腺結節の頻度と、
尿中のヨードとの関連についての文献です。
これは最近一部で話題になったものなのですが、
僕なりに現時点で正しいと思うことを、
まとめておきたいと思います。
長瀧重信先生や山下俊一先生は、
笹川財団の支援の元に、
ベラルーシやキエフなどで、
大規模なお子さんの甲状腺の検診を行ないました。
全体で21万人を超えるという、
それまでにない大規模なものです。
そして、その結果として、
原発事故後の小児甲状腺乳頭癌の増加が、
確認されたのです。
当時僕は大学の内分泌の教室にいて、
内分泌学会では何度か長瀧先生にはお会いしました。
甲状腺専門の教授が退官の時には、
長瀧先生が大学に来て講演をしてくれました。
丁度外科の教室では教授選の時期になり、
甲状腺外科の手術を、
一手に引き受けていた菅谷先生が、
教授選に落ち(先生失礼な表現を申し訳ありません)、
「そのまま教室にはいられないだろうし、
菅谷先生は何処に行くんだろう?」
「チェルノブイリらしいよ」
「えっ!!!」
というビックリニュースが飛び交っていたのです。
チェルノブイリの原発事故後に、
小児の甲状腺癌が著増したことは事実と確認されました。
次に問題になるのは、
一体どのような放射性物質が原因で、
そうした発癌が起こったのか、
ということです。
「そんなの決まっているだろう。
放射性ヨードだよ」
と言われる方があるかも知れません。
ただ、ことはそれほど単純ではありません。
放射性ヨードは確かに原因の可能性が高いことは事実ですが、
その一方で放射性ヨード131は、
医療用にも広く使用されていて、
その範囲において甲状腺癌の増加を認めていない、
という事実があります。
これはお子さんへの感受性云々で、
説明が可能ではあるのですが、
実際には比較的低年齢層にも、
放射性ヨードの治療は行なわれていて、
仮に放射性ヨード131が単独でチェルノブイリ事故後の、
甲状腺乳頭癌著増の原因なのだとすれば、
本来はもっと医療用の被曝においても、
同様の問題が起こっても良い筈です。
この点については、
かなり微妙な問題なので、
明日またまとめて触れたいと思います。
さて、1990年代後半の時点で、
長瀧先生達のグループが、
注目していたことの1つは、
ヨードの摂取量の違いにより、
甲状腺乳頭癌の発症に、
違いがあるのではないだろうか、
という仮説でした。
最もチェルノブイリ後の癌の発症が多かった、
ベラルーシのゴメルは、
ヨードの摂取量の少ない地域でもありました。
このことが、
事故後の甲状腺癌の発症において、
一定の役割を果たした可能性があるのでは、
と考えたのです。
上記の文献は、
その流れの中で書かれたもので、
日本の長崎を含む幾つかの地域と、
ゴメルのヨード摂取量を比較し、
それと甲状腺の超音波検査の結果とを、
これも比較検証したものです。
それではこちらをご覧下さい。
これはゴメルにおける19660例のお子さん
(10代が主体と思われます)と、
日本の長崎の同年代のお子さん250例とを、
甲状腺の超音波検査の結果で比較したものです。
長崎の250例中では、
甲状腺腫(超音波による計測の判定です)が、
4例で1.6%。
甲状腺の結節
(これは最大径が5.1ミリ以上の充実性の結節と思われます)は、
1例も検出はされていません。
従って、癌も勿論検出はなしです。
一方でゴメルにおいては、
13.58%に甲状腺腫が認められ、
結節が1.74%、
癌は0.2%に認められています。
ヨードの摂取量は、
おしっこのヨード濃度で検討されていて、
ゴメルでは平均で47.3μg/Lであるのに対して、
長崎のお子さんでは362.9μg/L、
札幌の成人では1015.5、
浜松の成人では208.4となっています。
日本においても、
年齢層やその土地柄によって、
ヨードの摂取量には、
かなりの幅があることが分かります。
示されているデータは、
殆どこれで終わりですから、
正直あまりレベルの高い論文ではありません。
ゴメルのデータは、
チェルノブイリの被ばく後、
時間の経ってからのものですから、
それと日本のお子さんのデータを比較したところで、
条件が違い過ぎて比較の対象にはなりませんし、
ヨードの摂取量と甲状腺異常との関連性を、
比較することも出来ません。
日本のデータと比較するのであれば、
原発事故とは無関係の地域で、
ヨード摂取量の少ない地域と比較するのでなければ、
意味はないのです。
ただ、この論文の中には、
物凄く予見的で興味深いことが書かれています。
以下、引用します。
it is important to clarify the current situation of iodine intake not only to understand their health conditions but also to make a preparatory plans in the event of a future unexpected nuclear accident.
つまり、今回日本人のヨード摂取量と、
甲状腺のエコー所見のデータを取ったのは、
将来起こるかも知れない、
原発事故などの準備の側面もある、
と言うのです。
ここまで言われるのですから、
今回の福島のデータと、
比較することにしてみます。
それは上記論文の著者らの意志に、
適うものであるからです。
こちらをご覧下さい。
今年の3月末の時点までの、
福島県内の甲状腺エコー検査の結果をまとめたものです。
論文の表と比較するポイントは、
5.1ミリ以上の結節の頻度です。
嚢胞については、
長崎の文献では、
基本的に検出の対象となっていないので、
比較することは出来ないと思います。
さすが同じ先生が陣頭指揮を執っているだけあって、
過去のデータときちんと比較可能なように、
なっているのです。
今回の38114人の甲状腺超音波検査において、
5.1ミリ以上の結節は184例で、
その頻度は0.48%です。
すなわち、これを単純に以前の長崎のデータと比較すると、
長崎の250例中にはゼロであった結節が、
今回は既に0.48%の頻度で検出されている、
ということになります。
この数値だけ見れば、
確かに今回の福島の方が多いのですが、
結節の頻度が長崎でも0.48%であるとすれば、
例数が250例では、
単純計算で1.2例ということになり、
それがゼロであってもおかしくはなく、
単純比較をすることは、
例数が違い過ぎてあまり意味はない、
と考えるのが妥当だと思います。
要するに250人の検査というのは、
甲状腺の結節の頻度を見る上では、
例数が少なくてあまり意味を成さないのです。
従って、問題は今の時点ではなく、
たとえばこれから5年後に、
この頻度がどのくらいになっているかであり、
その時にはチェルノブイリのデータと、
今回の福島のデータは、
明確に比較することが可能となるのです。
福島の調査に対する1つの疑問は、
何故今回尿のヨードの測定を、
しなかったのか、
ということですが、
おそらくチェルノブイリの後のデータの蓄積から、
ヨードの摂取量と甲状腺発癌との間には、
あまり明確な関連性はない、
という判断があったのであり、
ヨードの摂取量に関しては、
全例の検査ではなく、
スポットの検査で充分であろう、
という判断があったのではないか、
と思われます。
ヨード摂取量と甲状腺発癌との関連性については、
このようにヨードの不足が、
発癌を誘発するのでは、
という意見がある一方で、
つい最近の癌センターなどによる、
コホート研究において、
むしろヨードの過剰摂取が発癌リスクを高めるのでは、
という正反対の意見があったりもして、
どうも明確な傾向は見えて来ませんが、
概ね不足しない程度の少なめの摂取に留めるのが、
安全策であろう、
という点は間違いがないのではないかと思います。
最後にもう1点、
ネットなどの意見で、
超音波検査は日進月歩で進歩しているので、
チェルノブイリの笹川財団データと、
今の福島のデータとを、
そのまま比較は出来ない、
という趣旨の意見がありましたが、
それは僕は誤りだと思います。
僕は大学にいた時には、
甲状腺の超音波検査も、
当番で行なっていましたが、
1980年台後半の時点で、
一般的なレベルの機器を用いて、
その性状の判断を別にすれば、
甲状腺の5ミリを超える結節を、
見落とす、ということは考えられません。
実際にやって頂けば分かりますが、
甲状腺で5ミリというのは、
かなり大きいのです。
従って、
5ミリを超える結節に限った議論としては、
チェルノブイリ後の日本の調査も、
今回のものと同列に考えて、
その頻度を比較することに、
何ら問題はないと考えます。
今日は福島と過去の長崎のデータについての、
僕なりの分析をお届けしました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
診療所は今日から通常通りの診療に戻ります。
今日は事情があって、
いつもより早い更新になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2001年の日本内分泌学会誌に掲載された、
長崎とチェルノブイリ近郊での、
甲状腺結節の頻度と、
尿中のヨードとの関連についての文献です。
これは最近一部で話題になったものなのですが、
僕なりに現時点で正しいと思うことを、
まとめておきたいと思います。
長瀧重信先生や山下俊一先生は、
笹川財団の支援の元に、
ベラルーシやキエフなどで、
大規模なお子さんの甲状腺の検診を行ないました。
全体で21万人を超えるという、
それまでにない大規模なものです。
そして、その結果として、
原発事故後の小児甲状腺乳頭癌の増加が、
確認されたのです。
当時僕は大学の内分泌の教室にいて、
内分泌学会では何度か長瀧先生にはお会いしました。
甲状腺専門の教授が退官の時には、
長瀧先生が大学に来て講演をしてくれました。
丁度外科の教室では教授選の時期になり、
甲状腺外科の手術を、
一手に引き受けていた菅谷先生が、
教授選に落ち(先生失礼な表現を申し訳ありません)、
「そのまま教室にはいられないだろうし、
菅谷先生は何処に行くんだろう?」
「チェルノブイリらしいよ」
「えっ!!!」
というビックリニュースが飛び交っていたのです。
チェルノブイリの原発事故後に、
小児の甲状腺癌が著増したことは事実と確認されました。
次に問題になるのは、
一体どのような放射性物質が原因で、
そうした発癌が起こったのか、
ということです。
「そんなの決まっているだろう。
放射性ヨードだよ」
と言われる方があるかも知れません。
ただ、ことはそれほど単純ではありません。
放射性ヨードは確かに原因の可能性が高いことは事実ですが、
その一方で放射性ヨード131は、
医療用にも広く使用されていて、
その範囲において甲状腺癌の増加を認めていない、
という事実があります。
これはお子さんへの感受性云々で、
説明が可能ではあるのですが、
実際には比較的低年齢層にも、
放射性ヨードの治療は行なわれていて、
仮に放射性ヨード131が単独でチェルノブイリ事故後の、
甲状腺乳頭癌著増の原因なのだとすれば、
本来はもっと医療用の被曝においても、
同様の問題が起こっても良い筈です。
この点については、
かなり微妙な問題なので、
明日またまとめて触れたいと思います。
さて、1990年代後半の時点で、
長瀧先生達のグループが、
注目していたことの1つは、
ヨードの摂取量の違いにより、
甲状腺乳頭癌の発症に、
違いがあるのではないだろうか、
という仮説でした。
最もチェルノブイリ後の癌の発症が多かった、
ベラルーシのゴメルは、
ヨードの摂取量の少ない地域でもありました。
このことが、
事故後の甲状腺癌の発症において、
一定の役割を果たした可能性があるのでは、
と考えたのです。
上記の文献は、
その流れの中で書かれたもので、
日本の長崎を含む幾つかの地域と、
ゴメルのヨード摂取量を比較し、
それと甲状腺の超音波検査の結果とを、
これも比較検証したものです。
それではこちらをご覧下さい。
これはゴメルにおける19660例のお子さん
(10代が主体と思われます)と、
日本の長崎の同年代のお子さん250例とを、
甲状腺の超音波検査の結果で比較したものです。
長崎の250例中では、
甲状腺腫(超音波による計測の判定です)が、
4例で1.6%。
甲状腺の結節
(これは最大径が5.1ミリ以上の充実性の結節と思われます)は、
1例も検出はされていません。
従って、癌も勿論検出はなしです。
一方でゴメルにおいては、
13.58%に甲状腺腫が認められ、
結節が1.74%、
癌は0.2%に認められています。
ヨードの摂取量は、
おしっこのヨード濃度で検討されていて、
ゴメルでは平均で47.3μg/Lであるのに対して、
長崎のお子さんでは362.9μg/L、
札幌の成人では1015.5、
浜松の成人では208.4となっています。
日本においても、
年齢層やその土地柄によって、
ヨードの摂取量には、
かなりの幅があることが分かります。
示されているデータは、
殆どこれで終わりですから、
正直あまりレベルの高い論文ではありません。
ゴメルのデータは、
チェルノブイリの被ばく後、
時間の経ってからのものですから、
それと日本のお子さんのデータを比較したところで、
条件が違い過ぎて比較の対象にはなりませんし、
ヨードの摂取量と甲状腺異常との関連性を、
比較することも出来ません。
日本のデータと比較するのであれば、
原発事故とは無関係の地域で、
ヨード摂取量の少ない地域と比較するのでなければ、
意味はないのです。
ただ、この論文の中には、
物凄く予見的で興味深いことが書かれています。
以下、引用します。
it is important to clarify the current situation of iodine intake not only to understand their health conditions but also to make a preparatory plans in the event of a future unexpected nuclear accident.
つまり、今回日本人のヨード摂取量と、
甲状腺のエコー所見のデータを取ったのは、
将来起こるかも知れない、
原発事故などの準備の側面もある、
と言うのです。
ここまで言われるのですから、
今回の福島のデータと、
比較することにしてみます。
それは上記論文の著者らの意志に、
適うものであるからです。
こちらをご覧下さい。
今年の3月末の時点までの、
福島県内の甲状腺エコー検査の結果をまとめたものです。
論文の表と比較するポイントは、
5.1ミリ以上の結節の頻度です。
嚢胞については、
長崎の文献では、
基本的に検出の対象となっていないので、
比較することは出来ないと思います。
さすが同じ先生が陣頭指揮を執っているだけあって、
過去のデータときちんと比較可能なように、
なっているのです。
今回の38114人の甲状腺超音波検査において、
5.1ミリ以上の結節は184例で、
その頻度は0.48%です。
すなわち、これを単純に以前の長崎のデータと比較すると、
長崎の250例中にはゼロであった結節が、
今回は既に0.48%の頻度で検出されている、
ということになります。
この数値だけ見れば、
確かに今回の福島の方が多いのですが、
結節の頻度が長崎でも0.48%であるとすれば、
例数が250例では、
単純計算で1.2例ということになり、
それがゼロであってもおかしくはなく、
単純比較をすることは、
例数が違い過ぎてあまり意味はない、
と考えるのが妥当だと思います。
要するに250人の検査というのは、
甲状腺の結節の頻度を見る上では、
例数が少なくてあまり意味を成さないのです。
従って、問題は今の時点ではなく、
たとえばこれから5年後に、
この頻度がどのくらいになっているかであり、
その時にはチェルノブイリのデータと、
今回の福島のデータは、
明確に比較することが可能となるのです。
福島の調査に対する1つの疑問は、
何故今回尿のヨードの測定を、
しなかったのか、
ということですが、
おそらくチェルノブイリの後のデータの蓄積から、
ヨードの摂取量と甲状腺発癌との間には、
あまり明確な関連性はない、
という判断があったのであり、
ヨードの摂取量に関しては、
全例の検査ではなく、
スポットの検査で充分であろう、
という判断があったのではないか、
と思われます。
ヨード摂取量と甲状腺発癌との関連性については、
このようにヨードの不足が、
発癌を誘発するのでは、
という意見がある一方で、
つい最近の癌センターなどによる、
コホート研究において、
むしろヨードの過剰摂取が発癌リスクを高めるのでは、
という正反対の意見があったりもして、
どうも明確な傾向は見えて来ませんが、
概ね不足しない程度の少なめの摂取に留めるのが、
安全策であろう、
という点は間違いがないのではないかと思います。
最後にもう1点、
ネットなどの意見で、
超音波検査は日進月歩で進歩しているので、
チェルノブイリの笹川財団データと、
今の福島のデータとを、
そのまま比較は出来ない、
という趣旨の意見がありましたが、
それは僕は誤りだと思います。
僕は大学にいた時には、
甲状腺の超音波検査も、
当番で行なっていましたが、
1980年台後半の時点で、
一般的なレベルの機器を用いて、
その性状の判断を別にすれば、
甲状腺の5ミリを超える結節を、
見落とす、ということは考えられません。
実際にやって頂けば分かりますが、
甲状腺で5ミリというのは、
かなり大きいのです。
従って、
5ミリを超える結節に限った議論としては、
チェルノブイリ後の日本の調査も、
今回のものと同列に考えて、
その頻度を比較することに、
何ら問題はないと考えます。
今日は福島と過去の長崎のデータについての、
僕なりの分析をお届けしました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2012-05-07 06:23
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