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妊娠中の放射線被爆による小児癌死亡リスクを考える [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
子宮の被ばくと小児癌論文.jpg
1997年のThe British Journal of Radiology誌に掲載された、
妊娠中の腹部へのレントゲン照射が、
胎児に与える影響についての、
それまでの研究をまとめて論じたレビューです。

著者はタバコと肺癌の関連でも多くの業績のある、
疫学研究のエキスパートです。

この内容は、
以前から一度きちんと取り上げたいと思っていたのですが、
福島の原発事故時に、
ご妊娠をされていた方に、
無用なご不安を与えることを危惧して、
これまで避けて来ました。

ただ、事故より1年が過ぎ、
事故後の被ばくを受けて、
今ご妊娠中の方は、
もういらしゃらない時期になりましたので、
今回記事にさせて頂きます。

極力慎重な記載を心掛けたいと思いますが、
もし不適切な部分がありましたら、
削除したいと思いますので、
ご指摘をお願いします。

今回の福島原発事故後の、
様々な報道からもお分かりのように、
100ミリシーベルト未満、
特に50ミリシーベルト未満という、
低線量の放射線被ばくが、
身体にどのような影響を与えるのか、
という点についての、
信頼のおけるデータは、
それほど多くはありません。

こちらをご覧下さい。
低線量被ばくのデータの表.jpg
これは心臓のCTや血管造影検査における、
医療被ばくの影響についての、
総説的文献から取ったものですが、
50ミリシーベルト未満の低線量被ばくの影響について、
これまでの代表的な研究成果を一覧としたものです。

50ミリシーベルト未満という、
低線量の被ばくにおいて、
人体に生じ得る可能性が指摘されているのは、
端的に言えば将来の発癌のリスクだけです。

それを検証した代表的な疫学研究は、
このように3種類があり、
それはこの表の左から、
まず広島・長崎の原爆被ばく者の調査である、
Life Span Studyと、
放射線作業従事者の調査である、
15-Country Study、
そして今回ご紹介する、
妊娠中の胎児被ばくの調査である、
Oxford Survey of Childhood Cancerです。

Life Span Studyについては、
以前記事でご紹介しました。
15-Country Studyについては、
また日を改めてご紹介したいと思います。

今日はこの一番右にある、
Oxford Survey of Childhood Cancer
についての話です。

妊娠中には、
お腹のレントゲン撮影はしてはいけない、
と言われます。

それは一体何故でしょうか?

何を当たり前のことを言っているんだ、
お腹にいるお子さんに、
悪い影響がないために決まっているじゃないか、
と言われる方がいらっしゃるかも知れません。

しかし、ちょっと待って下さい。

レントゲンによる被ばく量は、
非常に軽微なものです。

今では1枚0.02~0.05ミリシーベルト程度とされていますし、
1950年代以前には、
10ミリシーベルトを超えることもあったようですが、
それでも低線量であることに変わりはありません。

そして、
報道などでも放射線の専門家の意見として、
100ミリシーベルト以下では、
奇形の発生を含めて、
如何なる影響も胎児に与えることはない、
と再三言われています。

それが事実なら、
別に1枚や2枚、
妊娠中にレントゲンを撮っても、
何の問題もないように、
理屈では思えます。

実際、1950年代には、
胎児の異常をチェックする目的で、
妊娠中のお母さんに対して、
腹部のレントゲン撮影をするのは、
一般的な医療行為でした。

まだ超音波検査は実用化されておらず、
お子さんが双子かどうか、
というような事項についても、
レントゲン照射以外に、
あまり良い方法が存在しなかったからです。

この時点では、
このレントゲン照射は、
特に母体や胎児には、
影響はないものと、
考えられていました。

ところが…

1956年にセンセーショナルな論文が発表されます。

イギリスとその周辺で、
10歳以下のお子さんの癌による死亡と、
そのお子さんの妊娠中に受けた、
母体へのレントゲン照射との関連性を検証したところ、
妊娠中にレントゲン照射を受けることにより、
小児癌の死亡リスクが、
およそ倍になった、
というのです。

この時点では、
この結果は懐疑的に受け止められました。

「このような低線量の被ばくで、
出生後の発癌率が上昇するなどと言うことはあり得ない」
と考えられたのです。

それでヨーロッパやアメリカで、
多くの追試が行なわれました。

そのうちで最も大規模であったのが、
イギリスで行なわれた大規模研究で、
これをOxford Survey of Childhood Cancer
と呼んでいます。
略してOSCCです。
それ以外にもアメリカでも複数の研究が行なわれました。

その結果を一覧にしたのが、
こちらになります。
(見易くする関係で元データの右をカットしています)
子宮被ばくと小児癌CCSのまとめの図.jpg
一番上の行がOSCCのデータで、
一番下に、全てのデータを、
一括して解析したデータがあります。

世界中のデータがほぼ同一の傾向を示しており、
トータルで言うと、
妊娠中の被ばくにより、
お子さんの小児癌で死亡する相対リスクが、
4割程度上昇しているのが分かります。

これは発癌リスクではなく、
15歳以下の年齢で癌のため死亡した、
癌の死亡リスクです。

こうした多くの報告が間違いなく同じ方向を向いているのですから、
このデータの信頼性は、
かなり高いものだと判断が出来ます。

それでは、
どのくらいの線量で、
こうしたリスクの上昇が起こるのでしょうか?

そして、
線量が増加するに伴って、
リスクは上昇しているのでしょうか?

ちょっと問題になるのは、
実際に照射された放射線量が、
測定されている訳ではなく、
これはあくまでその時のレントゲンフィルムの枚数などから、
推測された数値に過ぎない、
ということです。

こちらをご覧下さい。
年代とレントゲン被曝量.jpg
時代毎のレントゲン撮影1枚の、
被ばく線量をグラフにしたものです。

1950年代半ば以降、
技術の進歩や安全への意識により、
格段に線量が低下していることが分かります。

従って、最近の事例では、
被ばく線量は正確になっている反面、
線量が少ないので、
よりそのリスクは低くなって捕まえ難くなり、
過去の事例では、
線量が大きいので、
その影響も大きいのですが、
線量の正確な推測は困難である、
という問題があります。

ただ、こうした点を勘案しても、
線量の増加と共に、
お子さんの小児癌死亡リスクが、
増加していることは確認されています。

このレビュー文献の時点での推計によると、
少なくとも10ミリグレイ以上で、
小児癌死亡リスクの上昇は認められ、
1グレイ当たり、
6%程度の死亡リスクの上昇が認められます。
これは相対リスクではなく、
絶対リスクです。

ただ、この線量のグレイは、
胎児の吸収線量なので、
一般的にシーベルトで表現される、
レントゲンの実効線量とは異なります。

しかし、
少なくともこのデータが表明していることは、
妊娠中に50ミリシーベルト未満の被ばくを受けても、
お子さんの小児癌での死亡リスクは、
増加する可能性が高い、
ということです。

それでは、
多くの専門家の方が、
たとえ妊娠中の被ばくであっても、
100ミリシーベルト以下の線量では、
母体にも胎児にも、
影響を与えることはない、
と断言されているのはどうしてでしょうか?

それは、
この研究結果が症例対照研究という方法でのみ施行されていて、
同様の目的のもとに行なわれた、
コホート研究という、
より精度の高い方法では、
癌死亡リスクの上昇は、
確認されていない、
という事実にあるものと、
考えられます。

症例対照研究というのは、
このケースの場合、
小児癌の死亡の統計を利用して、
その死亡されたお子さんの履歴を遡り、
妊娠中の被ばくの有無を確認、
それを被ばくを受けていない対象者と、
後から比較する、
という手法を意味しています。

一方でコホート研究というのは、
妊娠したお母さんを多数観察して、
妊娠中の被ばくの有無により、
その後のお子さんに小児癌の発症がなかったかを、
検証するような方法です。

並べてみるとお分かりのように、
症例対照研究よりコホート研究の方が、
より精度の高い方法であると言えるのです。

それでは、
コホート研究で確認されない以上、
妊娠中の被ばくにより小児癌が増えるという、
症例対照研究のデータは、
誤りとするべきなのでしょうか?

上記のレビューの著者らの見解をご紹介すると、
結論としては、
OSCCのデータは信頼のおけるものだ、
という判断です。

現在では妊娠中に10ミリグレイを超えるような被ばくをする、
というような事態は、
現実には殆ど考えられないので、
コホート研究を行なっても、
その差は出なくても当然と考えられるのです。

唯一その検証に使えるデータは、
広島・長崎の被ばく者のコホート研究で、
その結果は妊娠中の被ばくであっても、
低線量で小児癌の死亡は増えていない、
という結論なのですが、
OSCCでは小児癌の死亡は、
被ばく後4~7年でピークとなっているのに対して、
広島・長崎のデータは、
被ばく後5年から始まっており、
その意味で比較が困難となっているからです。

この問題については、
福島での調査が開始されており、
その推移を注意深く見守る必要があると僕は思います。

それでは今日のまとめです。

多くの海外の症例対照研究のデータによると、
妊娠中の10ミリグレイを超える、
胎児への放射線外部被ばくにより、
生まれたお子さんの15歳までの癌死亡リスクが、
絶対リスクで1グレイ当たり6%増加する、
という見解が得られています。
これは数少ない、
100ミリシーベルト未満の、
低線量被ばくの影響を示唆するデータの1つです。
また、被ばくから発癌による死亡までの期間が、
4~7年をピークとしている、
という点で、
それ以外の放射線誘発癌と、
一線を画するデータです。
ただ、現時点でコホート研究により、
その結論は支持されていません。

100ミリシーベルト未満の低線量被ばくにより、
現時点で起こり得る可能性が、
単なる確率としての推測ではなく、
個別の信頼性のあるデータとして示唆されているのは、
放射性ヨードによる小児甲状腺癌の発症と、
妊娠中の被ばくによる、
小児癌死亡リスクの上昇です。
従って、この2つの事項については、
福島においても、
今後の厳密な検証が必要な事項だと考えられるのです。

今日は妊娠中の低線量被ばくの、
お子さんに与える影響を考えました。

念のため補足しますが、
原発事故の時期にご妊娠をされていた方で、
お子さんの健康にご不安を感じた方は、
心配をし過ぎる必要はありません。

上記の文献の内容が事実として、
仮に10ミリグレイの被ばくを、
妊娠中に受けたとしても、
小児癌の死亡リスクは0.06%程度の増加に留まります。
つまり、そうならないことの方が、
ずっとずっと多いのです。

僕が言いたいことは、
お子さんの成長の過程を、
注意深く見て頂いて、
勿論そうした危惧が杞憂に終わることを期待しますが、
頭の片隅にそうした可能性を置いて頂くことで、
適切な受診の機会を逃すことがなくなり、
お子さんの今後の健やかな成長に、
少しでも繋がるのではないか、
という思いからです。

どうかその趣旨をご理解の上、
慎重にお読み頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。c
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コメント 7

MDISATOH

Dr.Ishihara興味深い記事でした。お願いが有るのですが、
妊娠中の気分安定薬の崔奇形成について記事をリクエスト
致します。私達の仲間の精神障害者の妊娠と薬(向精神薬)
との関係は重要ですから。勿論、私達には年齢的には、
関係有りませんが。お教え頂くと、ピアカウンセラーとして、
為に成ります。
by MDISATOH (2012-03-19 09:41) 

人力

 福島の若い娘さんを持たれる親御さんの切実な悩みが私のブログにも良く寄せられますが、私は素人なので、先生のブログを勝手ながら紹介させていただいております。

 先生の、「そんなに心配は無いだろうが、注意は必要」というスタンスが、一番現実的で、安心に繋がるものと思っております。

 胎児に限らず「被曝」を検討する時に、一瞬被曝のレントゲン撮影と、1年間で微量な放射線を浴びる慢性的な被曝の差に世の研究者が無頓着な事が非常に疑問です。

 福島など極々弱い線量の慢性被曝に比べれば、医療被曝の危険性は格段に大きいのではないかと思うのですが・・・。(素人考えで申し訳ありません)

 

by 人力 (2012-03-19 16:22) 

fujiki

MDISATOH さんへ
コメントありがとうございます。
承知しました。
ちょっと資料集めに時間が掛かるかも知れません。
少しお待ち頂ければと思います。
by fujiki (2012-03-21 08:27) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
僕もトータルには、
医療被爆の問題の方が、
ずっと大きいと考えます。
医療における放射線の意義は、
現時点では勿論大きなもので、
それをすぐになくすことは出来ませんが、
矢張り長期的に考えると、
僕は代替的な診断法や治療法の開発を進め、
将来的には医療被爆をゼロにするのが、
望ましい方向性ではないかと、
個人的には考えます。
by fujiki (2012-03-21 08:30) 

koyan

はじめまして、先生の「科学検証」興味深く拝見しています。

今回、小児甲状腺癌の事を書かれていたのでお教え願いたいのですが、チェルノブイリ原発事故に関する調査研究されている今中哲二先生が「チェルノブイリ20 年:事故の経過、汚染、被曝、影響」
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No102/imanaka060414.pdf
の中で「子ども甲状腺ガンの甲状腺被曝量と発生率」の図表を用いて「1万人・年・グレイ当り2.3 件という値を示している。仮に、このリスクが40 年間続くとしたら、1グレイの甲状腺被曝を受けた子どもが後々甲状腺ガンになる確率は、2.3×10-4×40=0.01、つまり1%となる。」と解説されていますが、この内容は信頼できる数値でしょうか?

お手数を掛け申し訳ないですが、この数値が気になりますので宜しくお願いします。
by koyan (2012-04-01 23:21) 

fujiki

koyanさんへ
これはおかしいと思います。
絶対過剰リスクという書き方なので、
これは要するに、
通常の発症頻度が、
たとえば1年間に人口1万人当たり10人として、
1グレイの被ばくを受けると、
それが12.3人に上昇する、
ということだと思います。
この数字を年数で掛け算したりするのは誤りだと思います。

天気予報のようなものを想定して頂ければ良いと思いますが、
今日の雨の確率が10%でも、
10日でそれが100%になる訳ではありません。
それと同じに考えて頂ければ良いと思います。

1年というのは平均化された、
架空の1年の話で、
特定の人の毎年のリスク、
という訳ではないからです。

勿論ある人が生涯に癌になる確率、
ということも計算は出来るのですが、
その上乗せのリスクは、
単純にこの数字に年数を掛けて求めるものではないと思います。
年齢と共に、
当然放射線以外の原因による、
発癌が増えるので、
過剰リスクはむしろ減少すると考えられます。
by fujiki (2012-04-02 08:06) 

koyan

早速ご回答いただきまして、ありがとう御座います。

情報が錯綜して何を信じて良いか解らない状況で、先生のように明確に解りやすく説明していただける方がいて心強いです。




by koyan (2012-04-02 09:55) 

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