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小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

美容目的の特定の石鹸の使用により、
一種の「小麦アレルギー」が発症し、
昨年から大きな問題になっているのは、
おそらく皆さんもご存じだと思います。

まず事例をご紹介します。

患者さんは40代の女性で、
それまでに特に食べ物で強いアレルギー症状を起こしたことはなく、
アトピー性皮膚炎もなく喘息もありません。
花粉症すら経験したことがありませんでした。
つまり、特にアレルギー素因のない方です。

自然な老化をあきらめるな、という、
やや無責任な宣伝に乗り、
美容石鹸を購入し、
毎日朝晩の洗顔にその石鹸を使用しました。

石鹸使用後1ヶ月くらいしてから、
洗顔後に目の周りが赤く腫れるようになります。
症状は痒みを伴っていますが、
それほど強いものではなく、
少し時間が経つと治まります。

勿論この時点で石鹸と症状との関係を疑い、
石鹸の使用を中止しても良いのですが、
一般的にはそうされない方が多く、
この方も症状があっても、
石鹸の使用は継続しました。

症状はそのうちにやや強くなり、
鼻詰まりや鼻炎のような症状も、
同時に出現するようになります。

さすがにここまで来るとおかしいと思い、
石鹸の使用を控えましたが、
異変の起こったのはその後のことでした。

その日は風邪気味だったので、
少しいつもより起きるのが遅くなりました。
朝食にパンを食べてから、
手持ちの風邪薬を飲み、
出勤のため家を出て、
いつもより時間に余裕がなかったので、
駅までの道を走りました。

すると、駅に着いたところで、
全身に強い痒みが出て、
顔は赤く腫れ上がり、
息苦しい感じもして来ました。

症状は一時的で改善しましたが、
その後も矢張り同様に、
食事の後に全身に蕁麻疹の出ることが繰り返されます。

これが、
比較的典型的な「小麦依存性運動誘発アナフィラキシー」です。
英語表記はWheat-dependent Exercise-induced Anaphylaxis 、
略してWDEIAです。

WDEIAとは一体どのような病気でしょうか?

これは要するに運動で発作が誘発される、
重症の小麦アレルギー、
という意味合いの用語です。

食べ物でアレルギー症状の起こる、
所謂「食物アレルギー」には幾つかの種類があります。

たとえば、ソバアレルギーは、
少量のソバを口にしただけで、
アレルギー症状の出現するのが特徴です。

その一方で小麦のアレルギーは、
通常少量の小麦を食べただけでは症状は起こらず、
小麦を食べてから運動したり、
解熱剤や鎮痛剤を使用したりすると、
そうした刺激により症状が出現する、
という特徴があります。

上記の患者さんのケースでは、
小麦を含むパンを食べた後で、
解熱鎮痛剤を含む風邪薬を飲み、
駅まで走る、という運動をすることで、
発作が起こっているのです。

それでは何故、
ソバアレルギーと小麦のアレルギーでは、
その起こり方に違いがあるのでしょうか?

これは厳密には全てが分かっている訳ではありませんが、
一応の説明が存在します。

食物アレルギーは、
Ⅰ型アレルギーというタイプのアレルギーです。

アレルギーというのは、
要するに一種の免疫反応です。

身体にアレルギー源となる異物が侵入すると、
その異物のある部分、
それは通常は蛋白質ですが、
その部分を抗原とする抗体が、
身体で産生されます。
その抗原と抗体とが体内で結合すると、
そこから一連の免疫反応が起こり、
その結果として蕁麻疹が出たり、
顔が腫れたりするような、
一種の炎症が起こるのです。

これはたとえばウイルスや細菌が身体に侵入した時に、
起こる現象と基本的には同一ですが、
感染症の時に産生される抗体は、
IgG抗体やIgA抗体、IgM抗体であるのに対して、
アレルギー反応ではIgE抗体である、
という違いがあります。

IgE抗体は寄生虫症の時には、
その排除に働くのですが、
何故ソバや小麦に対して、
そうした抗体が産生されるのかは、
分かっていません。

人間にとってそうした抗体が作られることには、
あまりメリットがあるようには思えないからです。

そして、このIgE抗体により、
急性に引き起こされる免疫反応が、
Ⅰ型アレルギーです。

それでは何故、
ソバと小麦のアレルギーに違いがあるのかと言うと、
ソバのアレルゲンとなる構成蛋白質は、
分解され難いので、
そのままの形で血液中に入り易いのに対して、
小麦の抗原となる蛋白質は、
通常はアミノ酸に分解されてしまって、
あまり血液中に入ることはないからです。

皆さんは蛋白質はアミノ酸に分解されて、
腸から吸収されると、
習ったと思います。

全ての蛋白質が100%アミノ酸に分解されるものなら、
蛋白質はそのままの形では血液の中には入らず、
食物のアレルギー反応は、
起こる筈がない、
という理屈になります。
アミノ酸は抗原にはならないからです。

しかし、実際に食物アレルギーが起こっているのは、
その身体の消化の仕組みは万全のものではなく、
分解されないある程度の大きさの蛋白質が、
そのままの形で血液の中に入ることがある、
という事実を示しています。

その場合ソバの蛋白質は血液中に入り易く、
そのため少量でも重症のアレルギー反応が起こり易いのですが、
小麦蛋白は分解され易いので、
通常の状態では、
アレルギー反応は起こらないのです。

それでは何故、
運動と解熱鎮痛剤の使用は、
小麦のアレルギーを誘発するのでしょうか?

これも完全には解明されていない現象ですが、
矢張り一応の説明は存在します。

運動は全身の血流を増加させ、
免疫系を活発化します。
そのため運動により未消化な蛋白質の吸収が増加し、
普段より多くの抗原が、
血液中に入るのです。

解熱鎮痛剤は小腸の粘膜を障害することにより、
その透過性を亢進させます。
また、解熱鎮痛剤は、
COX1という炎症物質の合成に働く酵素を阻害する薬ですが、
その酵素の阻害作用自体により、
免疫細胞が刺激に過敏になり、
症状を出し易くなるのでは、
という考え方もあります。
食品添加物の一部にも、
解熱鎮痛剤類似の作用があるので、
インスタントラーメンの摂取後に、
発作の起こり易い、というような知見も存在します。

こうした考え方が事実であるなら、
COX1という酵素を阻害しないタイプの鎮痛剤である、
COX2阻害剤以外の全ての解熱鎮痛剤や、
それに類似の構造を持つ食品添加物は、
アレルギー反応の増強作用がある、
ということになり、
アスピリン喘息でなくとも、
アレルギー素因のある方には、
アスピリンなどの長期使用は望ましくはない、
ということになりそうですが、
色々と差し障りがあるようで、
表立ってそうしたことを言われる専門家は、
あまりいらっしゃらないようです。

最初の石鹸に事例に戻りますと、
この石鹸には「加水分解小麦」という成分が、
フワフワの泡を作る目的で、
使用されていました。

これは通常の小麦を酸などで分解したものですが、
その中に含まれる蛋白質の成分が、
人間に対して強い抗原性を持つものであったようです。

現在までの分析により、
その抗原はこれまで知られていた、
一般的な小麦アレルギーの抗原とは、
異なるものであると考えられています。

それでは、
何故肌に使用する石鹸で、
小麦の食物アレルギーになったのでしょうか?

石鹸というのは要するに、
皮膚の表面の汚れや古い角質を除去する目的を持つもので、
一時的には皮膚のバリアを、
障害する性質を持つものです。
つまり、洗顔の瞬間には、
その肌は外敵への防御作用を失い、
無防備に近い状態になっているのです。
パックというのはこの原理によるもので、
健康な肌にコンドロイチンを塗り付けても、
間違いなく吸収はされませんが、
洗顔をして、
皮膚表面の脂質を剥ぎ取ってしまえば、
無防備で障害された皮膚からは、
一定量の分子量の大きな物質も、
吸収される可能性があるのです。
これが「お肌に栄養が染み込む」ということの実態です。

仮に塗り付ける成分が、
身体にとって毒性のあるものであったり、
アレルギーを惹起し易い性質のものであったら、
それが非常に危険な行為であることは、
皆さんにもお分かり頂けるかと思います。

今回の事例では、
通常は沁み込まない小麦蛋白の成分が、
皮膚を介して体内へと、
半ば強制的に吸収されたのです。

それは通常小麦を含む食品を食べても、
殆ど吸収されない成分であったために、
身体にとって強い抗原性を持ち、
強力に小麦アレルギーを誘導したのです。

怖ろしいことは、
花粉症でも分かるように、
一旦このようにして成立した「小麦アレルギー」は、
容易なことでは元に戻ることはない、
ということです。

化粧という、
皮膚から化学物質を吸収させる行為の怖さが、
ここにあります。

アレルギーというのは皮膚というものと、
腸管というものとに大きな関連性を持っています。
両方とも外敵から身を守る重要なバリアであり、
そこにおける障害や乱れが、
互いに関連し合って、
多くのアレルギーの病状を成立させるのです。

従って、何を食べるか、ということと共に、
何を肌に付けるか、ということも、
皆さんの健康を維持する上で非常に重要なことで、
今回の石鹸の事例は、
そのことを考え直す、
重要な機会としなければならないのではないか、
と僕は思います。

今日は特殊な小麦アレルギーの話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 12

☆ acco ☆

『経皮毒』って言葉をよく耳にしますが、
私はシャンプーがあわないと、
肌荒れや体調不良を起こし易いです。
頭皮は毛穴が大きいからかな・・・?
by ☆ acco ☆ (2011-11-24 11:16) 

ちばおハム

このアレルギー反応がとても不思議だったので、今日のお話も興味深く拝見いたしました。
皮膚から吸収されてアレルギー反応を起こすまでになる、ということが驚きでした。

by ちばおハム (2011-11-24 14:21) 

FUMI

小麦に限らず、食物依存性運動誘発アナフィラキシーということを聞いたことがありますが、血液検査で食物依存性アナフィラキシーが発症する食物を調べる事は可能なんでしょうか?
by FUMI (2011-11-24 16:19) 

fujiki

acco さんへ
コメントありがとうございます。
アトピーなど皮膚のバリアが障害された状態では、
よりその影響は大きいようです。
by fujiki (2011-11-25 08:17) 

fujiki

ちばおハムさんへ
まだメカニズムの確定したものではないようですが、
石鹸と抗原との組み合わせが、
そのリスクを高くしたもののようです。
by fujiki (2011-11-25 08:19) 

fujiki

FUMI さんへ
コメントありがとうございます。
特異的IgEの数値が、
参考にはなりますが、
誘発試験を含めて、
幾つかの方法を組み合わせて、
確定診断に至るようで、
血液検査だけでの診断は困難だと思います。
by fujiki (2011-11-25 08:21) 

FUMI

お答えありがとうございます。
とりあえずは、血液検査でどんな食物に反応するか調べることが望ましいでしょうか?
by FUMI (2011-11-25 12:26) 

ユリイカ

超超超~素晴らしい!面白くて全ての記事にハマります!品無く鼻息荒くすん~(ここで演歌の拳)~ごいっ!!と言いたくなります!
私は化学物質過敏症患者で、全く理数系には関わってきませんでしたが、拙書執筆に必要となり勉強を始めました
先生!参考にご意見をお伺いさせて下さいませ
組換DNAの接着にはリン酸エチレンを使用しますし、殺虫剤には有機リン酸エチレンが使用されています
リン酸は無機ですがエチレンと結合したら有機ですから『同等物』と想像しますが如何でしょう?
となるとDNAに損傷が起こるのは当然だから発ガン性は当然!ただし人体側にも防御機構がある…等々と、大演説を拙書下書きに殴り書きしました(←ワープロで♪)
そして私は有機リン全般の有害性について興味があります!

先生は如何思われますか?
先生の病院に会いに行きたいぐらいです!(行きませんが♪)
by ユリイカ (2012-06-15 18:58) 

fujiki

ユリイカさんへ
過分なお言葉ありがとうございます。
励みになります。

生化学は苦手なので、
確たることは言えませんが、
有機リン系の薬物の毒性は、
勿論中には発癌性を指摘されているものもあると思いますが、
主にはコリンエステラーゼの阻害による、
神経の中毒症状ですから、
発癌性と必ずしも直結するものではないように思います。
有機溶剤による膀胱癌の発症などに関しては、
そのメカニズムは明確ではないと思いますが、
薬物の直接的な遺伝子への損傷より、
慢性炎症の関与が大きい、
というような解釈が主体ではないかと思います。
by fujiki (2012-06-16 08:51) 

ユリイカ

お返事ありがとうございます!
本当に素晴らしさくてハマっています
『納得』の大切さを痛感させられ『説得力』があり素晴らしいです!

さてお答え頂いた神経毒性は自身が化学物質過敏症の為よく勉強もしたし体感もされます

コリンエステラーゼの活性中心に有機リンが先回りしてリン酸結合してしまい、放出後に分解されないアセチルコリンがシグナルを発し続けて神経のインパルスが暴走してしまうのでしたよね…?これは現代病(←でもアメリカ等では農薬開発の直後の百年前から)の『線維筋痛症』(ベトナム帰還兵に多い)や、化学物質過敏症と、関係が深いと私は見ています(これらの病気は一般には原因不明とされていますが)

実は、有機リン酸エステル等が吸入された場合に、
1各関門を通り抜ける事、2血液系からシトクロムP450でも分解されずにエポキシドとして数%残ること3脂肪細胞に蓄積すること
等を知り、もしかしたら経皮吸入された場合に、1化学形態を変えずに細胞膜に取り入れられる可能性(細胞膜は天然の有機リンだから)2更に核酸内部に染み込みDNAに置き換わる可能性(最先端組換DNAの接着技術に使用されるから)3リンパ系にのる可能性があるのでは?

という点について悩んでおり、お考えが伺いたかったのです

発がん性はその『結果』でしかなく、私はむしろプロセスに興味を持ちます

(あ…『発がんは結果でしかない発言』で万が一がんの方がお読みになり、お心を傷付けたならゴメンナサイ!私はがん経験者で悪性リンパ腫(短命の余命宣告も)と乳ガンを患いましたが、化学物質過敏症や線維筋痛症や筋ジストロフィの苦しみに比べたら、私にとってはがんなんて全然大した事はありません

さて
先生
私は科学や医学とは無縁な畑で生まれ育ちましたのでトンチンカンな事を申し上げていたらおてかずをおかけして大変に恐縮です

医学科学の知り合いがあまり居ないので忌憚のないご意見をお願い申し上げます!

毎回長文で誤字だらけでスミマセン!
by ユリイカ (2012-06-16 17:12) 

あやか

こんにちは。
私は小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーと診断されたものです。自分の病気を色々と調べるうちに先生のサイトにたどり着き、記事を読ませてもらいました。
解熱鎮痛剤については、以前、担当医の先生から小麦摂取とアスピリン服用を同時にすると発症する危険性が高くなるので控えてくださいと言われていたのですが、詳しい理由はよくわかりませんでした。
今回記事を読ませてもらい、少し理由が理解できたので良かったです。
アレルギーについては今色々と解明されてきているみたいですが、早く私のこのアレルギーも詳しい原因等が解明されたらいいなと思っています。
by あやか (2015-06-14 21:47) 

fujiki

あやかさんへ
コメントありがとうございます。
ご病気心配なことと推察します。
不明な点が多いのですが、
記事が少しでもご参考になれば幸いです。
by fujiki (2015-06-14 22:15) 

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