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テクネチウム99mとその過剰投与を考える [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプトのチェックなどして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日何とも驚天動地で戦慄的な、
こんなニュースがありました。

【子ども150人、過剰内部被曝】
【○○市立○○病院の放射性物質を使った検査で、日本核医学会などが勧告する基準を超える同位元素が投与され、子ども約150人が過剰に内部被曝していることが分かった。】 【同病院で1999年から今年までにこの検査を受けた15歳以下の子どもに同医学会や日本放射線技師会など複数の推奨基準を超える量のテクネチウムが投与された。うち40人が10倍以上だった。】
【過剰投与された子どもたちの全身の内部被曝線量を算出すると生涯の推計で平均約30ミリシーベルト。多い子で150ミリシーベルト以上だった。】
【大半の子が腎臓の働きを調べる検査を受けており、腎臓に特化した影響を示す内部被曝線量の値は平均350ミリシーベルト。約3700ミリシーベルトに達した子もいた。】

問題となったのは、
テクネチウム99mという放射性物質を用いた検査です。

Tc(テクネチウム)99mは人工の放射性物質で、
半減期が6.02時間と短く、
γ線のみを放出します。
このテクネチウムを、
身体の特定の場所に、
集積し易い性質を持つ物質と結合させ、
身体に注射すると、
身体の外部から特定のエネルギー量のγ線を、
計測することにより、
その臓器の異常の検出に効果を発揮するのです。

今回の問題で、
使用されたのはTc-99mDMSA で、
これはDSMA(ジメチルカプトコハク酸)という物質が、
高率(90%以上)に腎臓の皮質に集積する、
という性質を利用しています。

つまり、この物質に放射性テクネチウムを結合させて、
身体に注射すると、
その殆どが腎臓に集まるので、
使用後1時間以上してから、
シンチカメラでγ線を測定すると、
腎臓から尿管のどの部位にγ線が検出されるかによって、
腎臓や尿管の病気の検出に役立つのです。

この検査は有用性のあるものですが、
放射性物質を身体に注射して行なうので、
当然受ける患者さんは、
一定量の内部被曝を受けます。

検査そのものとしては、
当然多くの放射性物質を投与した方が、
より強い集積があり、
検査の精度は上昇します。
バックグラウンドとの差が大きくなるからです。
つまり、見易く奇麗な画像が得られます。

しかし、当然被曝量は少ない方が良いのですから、
そのバランスを考えて、
適切な用量とされるものが、
添付文書上は設定されています。
Tc-99mDSMA の場合、
その成人の使用量は、
1回につき37~185メガベクレルです。
メガは10の6乗ベクレルのことです。
ただ、これは概ね成人の使用量が、
185メガベクレルということで、
小児の場合、
そこから体重で勘案して、
使用量が概算されます。

それでは、この検査における1回の被曝量は、
どのくらいのものでしょうか?

添付文書の記載によると、
全身の吸収線量は0.144mGy/37MBq とされています。
これはアメリカの核医学会による、
MIRD法の換算値によるものです。

Gyはγ線の場合はシーベルトとほぼ同じですから、
37メガベクレル当たり、
0.144ミリシーベルトの吸収線量と置き換えて、
問題はないものと思います。

ただ、この物質は単独のTc-99mとはその体内動態が異なり、
殆どが腎臓に集積するように人工的に設計された物質です。

従って、腎皮質の吸収線量に限って換算すると、
37MBq当たり14.10ミリシーベルトと、
その桁は100倍になります。

報道を読むと、
通常の推奨量より、
41人のお子さんに対しては10倍以上、
19人のお子さんに対しては5倍以上の用量が使用されていたと、
推測されています。
ただ、10倍以上のお子さんは59件、
5倍以上のお子さんは96件と書かれていますから、
複数回の検査が行なわれており、
被曝は決して一度ではないことが分かります。
また、当該の投与を主導した放射線技師は、
1回きりの検査が想定される場合には、
10倍量を使用し、
複数回の検査が想定されるお子さんには、
5倍量を使用するなどの、
「調整」を自分なりに行なっていたことも、
同時に推測されます。

それでは、何故このような常軌を逸した、
恐るべき過誤が行なわれたのでしょうか?

ここには幾つかの構造的な問題があります。

医者が患者さんに、
腎臓のシンチの検査の指示を出す場合、
それが小児科の医者であれば、
放射線科に検査の依頼をします。
その時勿論年齢や体重は依頼書に書き込むでしょうが、
使用する放射性物質用量は、
どちらかと言えば、
依頼する放射線科に、
お任せにするのが通常だと思います。

それでは、放射性物質の使用量を決定するのは、
放射線科の医師でしょうか?

通常はそうだと思います。

ただ、今回の事例などを見ると、
必ずしもそうではないようです。

体外診断用放射性医薬品は、
区分から言えば薬品の一種ですが、
それでいて通常処方箋が発行されていません。
これはその調剤の特殊性から、
通常薬剤師が調剤を行なうことは少なく、
放射線技師が専らその任に当たっているからです。

僕の手元に日本核医学会が主導した、
放射性医薬品等適正使用評価小委員会の、
2009年の報告書がありますが、
それによると調査した医師の6割は、
放射性医薬品の調剤を、
放射線技師がやるべきと考えていたのに対して、
放射線技師の6割は、
それは本来医者がやるべきだと答えています。
ただ、法的に厳密に言うと、
放射線技師には調剤を行なう資格はないのです。

問題は放射性医薬品の調剤は、
被ばくの恐れのある行為であり、
そのため業務の押し付け合いに、
成り易い面があるということです。
その点は問題点として、
上記の報告書にも書かれています。
そのため、薬剤師は放射性医薬品の調剤業務に携わることが少なく、
医者は忙しい等の理由で他の職種に調剤を任せる傾向があり、
結果として放射線技師が、
その業務に従事することが多くなります。
最初は用量等医師の確認の元に行なっていても、
ベテランになればその知識も、
放射性医薬品の調剤に関しては、
医者より放射線技師の方が遥かに上になるのですから、
「いつも通りでやっておいてね」
「分かりました」
「数値も君が書いておいてね」
のような関係が、
成立し易くなるのです。

今回の事例では、
専ら経験のある放射線技師が、
自分の独断でその使用量を決め、
その薬剤を注射器に詰め、
その注射器を渡された医者か看護師が、
患者さんに注射をしていたものと推測されます。

その技師は良い画像を得るために、
放射性物質の量を、
通常より数倍以上多く調剤し、
検査の指示書には、
通常量を記載していたのです。
処方箋は発行されないため、
放射線技師の独断で、
そうしたことが行なわれてしまったのです。

それでは、何故このことは発覚したのでしょうか?

Tc-99mDSMA の1バイアルは、
通常の成人量と同じ185MBqです。

要するに通常なら1バイアルで間違いなく済むところ、
2バイアルを超える薬剤が必要になっている訳ですから、
薬剤の管理上間違いなくおかしなことですし、
そもそも高価な医薬品を、
数分の一しか請求しないのですから、
病院の経営上も大きな損害になります。

おそらくはそうした点で問題になり、
発覚したものと思われます。

患者さんの被曝量は、
γ線のカウント数のデータから、
類推したもののようです。

今回の事故から得られる教訓は何でしょうか?

日本核医学会の今回の事件に対する声明は、
今回の被曝と福島原発の事故との混同を怖れた、
その違いの強調と、
検査自体の必要性の言及に多くが割かれ、
肝心の放射性医薬品の管理の問題点については、
「やるべきことは全てやっている。後は現場の問題だ」
と言わんばかりのいつものような内容です。

ただ、引用された文書を読んでも、
放射性医薬品の調剤が、
個々の医療機関でまちまちの対応がされている点、
職種による認識の相違など、
問題点が多く指摘されているにもかかわらず、
その点に踏み込んだ言及が、
何ら見られない点は問題だと思います。

勿論放射性医薬品を用いた、
シンチのような診断のための検査は、
非常に有用性の高いものではありますが、
「被曝量が多い方が良い画像が得られる」
という問題点があり、
その安全性を確保するためには、
厳密な調剤の管理が必須です。
ただ、ガイドラインを設定しても、
それが大学病院のような大病院でないと、
現実的には困難なものであれば、
結果としてこうした事態を招く、
素地になるのではないかと思います。

放射線医療に従事する医療者の多くは、
放射線医療の有効性と安全性とを、
強調するご発言を繰り返していて、
それが決して誤りであるとは僕は思いませんが、
現実に長い年月、
総合病院で放射線業務に従事していた放射線技師が、
患者さんの被曝量を最小限にする、という、
放射線を使用する医療行為の、
最も本質的な最低限の知識を、
微塵も持っていなかった、
という事実を、
そしてその点をチェック出来るようなシステムが、
存在しなかった、という事実を、
全ての医療関係者は、
重く受け止めるべきではないかと僕は思います。

上記の調剤業務についての説明は、
主に2009年の日本核医学会の委員会の報告書に、
基いています。
僕は現在病院勤務ではないので、
事実と相違する部分があるかも知れません。
その点について何かありましたら、
「優しく」ご指摘頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

midori

そういう経緯だったのですね、コワすぎます。
私も小さい頃、腎臓患ったので、
そんな検査はしていなかったとしても、
なんとなく背中がヤな感じに凝ってきました。
今夜、夢に出そうです。
もー、あっちでもそっちでも、こんな話ばかりで、
どうやって子どもを守ればいいのか、暗い気持ちになりますね。
by midori (2011-09-05 10:14) 

fujiki

midori さんへ
医療被爆は色々な意味で、
大きな問題だと僕は思いますが、
あまり大きな声では言えません。
ただ、科学技術というのは、
概ねそうしたところのあるもので、
初期にはそのメリットとデメリットを、
天秤に掛ける理性が働くのですが、
一旦その使用が常態化してしまうと、
そうしたリスクに対する意識は、
次第に薄れてくるもののようです。
by fujiki (2011-09-06 08:04) 

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