SSブログ

心臓の負荷検査の危険性を考える [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

少し前にこんなニュースがありました。

【狭心症の負荷検査で後遺症「病院に過失」名古屋地裁】
【狭心症の検査で運動負荷試験を受けた直後の措置が不充分で、脳の後遺障害が残ったとして、(中略)40代の男性の妻が、同市内にある「○○病院」(中略)に損害賠償を求めた訴訟の控訴審で名古屋高裁は12日、病院側に計約6600万円の支払いを命じる判決を言い渡した。】
【男性は2004年1月、胸の痛みを訴えてこの病院に行き、男性医師が狭心症を疑って、自転車のペダル踏み運動器具「エルゴメーター」で運動負荷試験を行った。この試験中に男性は不整脈で意識を失い、蘇生後も(中略)障害が残った。】
【裁判長は「医師が立ち会わず除細動器も準備しないままの状態で試験を行なっており、少なくとも2分29秒間は何の蘇生措置も行なわなかった」と認定。その上で、(中略)医師に注意義務違反があったと結論づけた。】

狭心症の診断のための検査中に、
不整脈で心肺停止の状態となり、
そのために後遺症が残った、という事例です。

元のソースは確認していませんが、
この事例を取り上げたネットの記事の記載では、
運動負荷試験には臨床検査技師のみが立会い、
医師が不在のまま行なわれたようで、
その検査室には除細動器がなく、
患者さんは検査中に心室細動という不整脈を、
起こされたのだそうです。

第一審では経験のある臨床検査技師がいた、
という点を重視して無罪となり、
今回の第二審は有罪になっています。

皆さんはこの事例を、
どうお考えになりますか?

問題はこの患者さんにとって、
こうした検査が必要であったのか、
という点が1点で、
この検査が医師の不在のもとに、
臨床検査技師のみが立ち会って行なわれ、
除細動器を含めて、
適切な蘇生措置が、
直ちに行なえないような環境下で行なわれたことが、
果たして妥当であったのか、
という点がもう1点です。

その2つの点について、
僕なりにちょっと考えてみたいと思います。

それではまず最初の問題点についてです。

この患者さんに運動負荷検査が適切だったでしょうか?

運動負荷心電図検査は、
安定狭心症の診断のための検査です。

狭心症というのは、
心臓を栄養する冠動脈という血管が、
何らかの原因で血流不足に陥り、
そのために心臓の筋肉に必要な血液が、
供給されなくなることにより起こる病気です。

一般的にはその原因の多くは、
冠動脈の動脈硬化で、
進行して動脈硬化巣が破裂するなどして、
血管が完全に詰まってしまった状態が、
心筋梗塞です。

心筋梗塞は、
その詰まる血管の場所にもよりますが、
放置すれば命にもかかわる深刻な病気です。
一方で、その急性期の治療は大きな進歩を遂げ、
適切な治療が速やかに行なわれれば、
その長期的な経過はまた別の話ですが、
少なくとも短期的に死亡するなどの事態は、
多くの場合回避出来るようになりました。

従って、問題は血管が動脈硬化の影響で、
ある程度以上狭まっているような狭心症を、
的確に診断することと、
心筋梗塞に移行し易いような病態を、
的確に診断する、ということにあります。

「狭心症は発作の時に心電図を撮らないと診断が出来ない」
というような話を、
聞かれた方もいらっしゃるかと思います。

心筋梗塞にすぐには結び付かないような、
血管がやや狭いような状況では、
運動をした時だけ胸が苦しくなるような症状が出ます。

この時に症状がない状態で心電図を撮り、
異常がない場合には、
運動をしてもらって、
心電図に変化が現われないかをチェックします。

これが記事にある運動負荷試験です。

運動負荷試験は、
あくまでそれほどの危険性がないと考えられる時に、
狭心症の診断の精度を上げるために行なう試験です。

心筋梗塞寸前のような危険な状態の時に、
この検査を行なえば、
その負荷自身が引き金になって、
心筋梗塞を起こす可能性があるからです。

上記の事例での問題は、
患者さんの胸の痛みが、
果たして安定狭心症として問題のないものであったのか、
それとも心筋梗塞の予兆を疑わせるような、
そうした兆候が僅かでも認められていたのか、
という点にあります。

また、弁膜症で同様の胸痛などの症状が出現することがあり、
その場合は運動負荷は不整脈を誘発するリスクが高いので、
通常時の心電図に変化がある、聴診で心雑音が聴取される、など、
そうした病気の疑われるような兆候がなかったかどうかも、
1つのポイントです。

事例の詳細は把握していないので、
その点の実際は何とも言えませんが、
運動負荷検査は時にリスクを伴うものであり、
その適応には慎重であるべきだと、
僕は思います。

次に2点目ですが、
運動負荷試験が、
医師の立ち会うことなく、
行なわれたことの是非についてです。

これは僕は論外だと思います。

負荷試験というのは、
病気を誘発するための検査なのですから、
その負荷の強さをどうするか、
どの時点でリスクがあるかの判断は、
非常に微妙なもので、
マニュアル通りなら、
リスクが回避される、
というものではありません。

この検査は基本的には、
最初にその検査の必要性を判断した医師が、
責任を持って行なうべきもので、
同じ医師が立ち会わないまでも、
その患者さんの状況は、
充分伝達を受けた医師が、
責任を持って検査を行なうべきです。

大学病院で検査を担当していた時には、
概ね週に2回の午後を利用して、
運動負荷試験を行なっていましたが、
その場合は必ず2名の医師で立会いました。

地域の中規模の総合病院に勤務していた時には、
臨床検査技師が主に検査の準備をし、
負荷の直前に主治医が呼ばれて、
立ち会うような形を取っていました。

ただ、そうした形を取っていると、
たまたま主治医がその時忙しくて、
臨床検査技師がベテランであったりすると、
「あっ、忘れてた。今手が離せなくて行けないんだ。
あの人は危険はなさそうだから、
ちょっとやっておいてよ」
「分かりました」
というようなことが起こり易くなるのです。

そうした油断が、
今回の事例の裏にも、
あった可能性があるのではないかと思います。

平成19年の日本循環器学会専門医教育指定病院と関連施設への、
アンケート調査の結果によると、
回答のあった154施設中、
3施設では医師の立会いなく、
運動負荷試験が行なわれていた、
という結果が報告されています。

専門医の教育施設でもこうした事例がある、
という事実は、
僕は重く考えるべきものではないかと思います。

一方で運動負荷心電図検査は、
お腹の超音波検査よりも低い診療報酬しか算定出来ず、
医師の立会いが必要でリスクのある検査でありながら、
医療機関の収入にはあまり結び付きません。

診療所でも一時エルゴメーターによる、
運動負荷検査を行なっていましたが、
僕自身と看護師が準備から全て行なうので、
1時間近い時間が掛かり、
数年でその使用を断念した経緯があります。

現在では造影剤を利用したCTやMRIの検査で、
比較的簡単に冠動脈の狭窄の有無を、
診断することが可能となったので、
リハビリで運動の耐容能を見るような場合を除いては、
心筋シンチではない、
単独の運動負荷試験の適応は、
それほど大きなものではなくなりました。

特にある程度リスクの考えられるケースでは、
少なくとも最初に行なう検査ではなくなったと思います。

先にも触れましたが、
同じ運動した時に胸が苦しくなる、
という訴えでも、
心臓に雑音があるような場合には、
弁膜症がその原因になっているケースがあり、
そうした場合にも負荷は危険で、
まず心臓の超音波検査で、
弁膜症の有無や程度を確認することの方が優先するのです。
その順番を間違えると、
重篤な不整脈を負荷で誘発することがあります。

ただ、軽い負荷を掛けることによって、
病気の重症度がある程度絞り込めるケースはあり、
その場合は症状の出ない程度の軽い負荷でも、
診断に役立つことはしばしばあるのです。

つまり、運動負荷試験はルーチンで、
マニュアル通りにやるような性質のものではなく、
診断行為と直結したものなので、
その判断は医師が責任を持ってその場で行なうことが、
必須だと僕は思います。

今日は運動負荷試験とそのリスクについての話でした。

念のため補足しますが、
今回の内容は報道された事例を検証することが目的ではなく、
あくまで心臓の負荷検査についての、
一般論としての話で、
報道された事例における医療機関の責任等についての、
僕の見解を述べたものではありませんので、
その点はご理解の上、
注意深くお読み頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(31)  コメント(7)  トラックバック(0) 

nice! 31

コメント 7

永遠の通りすがり

直接、blogの内容に関係なくて、すみません。

私の場合、胸が痛い時に心電図を撮っても多分なんの異常も出ないんだろうなと思っています。
本当のところはわかりませんが。

部屋の中では結構動ける。ならばと外出しようとすると、着替える段階で胸痛で動けなくなる。
アホみたいな毎日です。
by 永遠の通りすがり (2011-08-22 23:25) 

fujiki

永遠の通りすがりさんへ
あまりうまく言えないのですが、
無理はしない範囲で、
粘って下さい。
by fujiki (2011-08-23 08:49) 

永遠の通りすがり

無理はしていませんよ。静かーに、暮らしています。お手伝いも一段落しましたし。
まあ、例のこともコンスタントにやってはいますが。

胸痛も、致死的な状況決してに陥ることのない、ただの心筋の酸素不足だと思うと全くの「痛みの感じ損」。

粘って辿り着いた私の未来に希望なんてありませんて(笑)。

(なんか攻撃的な感じの文になってしまいました。すみません)
by 永遠の通りすがり (2011-08-23 09:33) 

ひじり

私は今、現在入ったばかりの病院でエルゴメータの検査を技師1人で実際やらされてて、もともと技師のみで行うのは法定外業務だし、
やってたとしても二人体制とかなのに、ここは1人で。循環器の患者さんも多く件数も多いですし、たまにやっぱり危ない事態にもなったりすることもたまにあるので、この法定外業務をさせられてることが本当にストレスで今、不眠や鬱に悩まされてます。本当は医師が患者さんにかける負荷をどのくらいにするかを決めたりしなきゃなのに、うちはそれも技師がしてて、もうあんまりすぎませんか?エルゴしてて本当に患者さんが前触れなくいきなり倒れたらこっちは基本波形を見てるので対応出来ないですよ。
本当にやめてほしいです。

悩んでいるので返信下さると嬉しいです。
by ひじり (2013-02-06 19:52) 

fujiki

ひじりさんへ
エルゴメーターの検査は、
医師の立会の元に行なうべきだと思います。
お立場を考えると難しい問題ですが、
それは正当な要求だと思いますので、
「1人での検査は出来ない」
と強く言われても良いのではないか、
と私は思います。
まず当該の学会などに問い合わせをして、
見解をご確認され、
その結果をお持ちの上で、
交渉に臨まれるのが良いかも知れません。
by fujiki (2013-02-09 08:20) 

ひつじ

先日、母がエルゴメーターの検査を受けて、不整脈を起こし電気ショックを2度、薬物療法を一度受けてなんとかおさまりました。
検査自体そんなリスクがあるとは知らずに受けたのですが、その時に大きな病院に関わらず医師の立ち会いもなく、臨床検査技師の
説明対応もきついものでした。
説明はなしで、ひたすらペダルをとめたらだめときつく言われるのみで止めることもその方法も教えてくれなかったのです。
こちらは何が起ったのか分からないまま、電気ショックになりました。
83歳の高齢の老人にはこの検査はリスクが大きく、本当に必要だったのかと問いただしたくなります。

by ひつじ (2015-02-05 11:12) 

fujiki

ひつじさんへ
お母様本当にお辛かったと推察します。
負荷試験は医師立ち会いの元に、
負荷が強すぎないように、
慎重に行なうのが本来だと思います。
ただ、上記記事にもありますように、
専門医療機関でも、
立ち会いのないケースはあり、
それが明確に禁じられている、
ということではないようです。
by fujiki (2015-02-05 21:57) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0