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抗凝固剤「プラザキサ」死亡事例5例を検証する [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日から診療所は通常の診療に戻ります。
胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

ワーファリンに変わる新薬として、
鳴り物入りで発売された、
抗凝固剤の「プラザキサ」を使用した患者さんで、
発売の3月14日から、
8月11日までの5ヶ月弱の期間に、
重篤な出血の事例が81例報告され、
そのうち因果関係を否定出来ない死亡の事例が、
5例に達したため、
厚生労働省は8月13日付で、
緊急の注意喚起を行ないました。

プラザキサは主に、
心房細動という不整脈に使用される薬です。

心房細動は加齢に伴って生じることの多い不整脈ですが、
特にご高齢の方で慢性化して心臓が大きくなると、
脳卒中の原因となることが知られています。
その予防のため抗凝固剤という、
血が固まり難くなる薬を使用するのですが、
従来その目的にもっぱら使用されていたワーファリンは、
納豆を食べられないなどその使用に食事などの制限があり、
また用量を血液の検査をしながら調節する、
という煩雑さもあって、
そうした手間の要らないプラザキサの発売が、
医師と患者さんの双方から期待をされていたのです。

以前6月の時点で、
3例の重篤な出血性の副作用が報告され、
その時点で一度記事にさせて頂きましたが、
今回追加された事例を含めて、
5例の事例を僕なりに分析し、
今後の処方の方針を考えたいと思います。

事例1は前回も検討しました。
80歳代の女性で、
ワーファリンからの切り替え後、
15日で全身からの出血を契機に亡くなられています。
投与前の血清クレアチニン値が、
2.21mg/dl ですから、
腎機能の点からいって、
明らかに不適格な事例です。
血清のクレアチニン値は腎機能の指標で、
腎機能の低下と共にその数値は上昇します。
1つの目安としては、
男性で1.5、女性で1.3を超えていれば、
この薬の使用は控えるのが無難です。
従って、この2.21というのは、
かなりそれを超過した数値なのです。

事例2は何と100歳代の女性で、
投与日数などの詳細は不明ですが、
症状発現時のクレアチニン値は1.7mg/dl で、
プラザキサの効き過ぎをチェックする1つの指標である、
aPTT (活性化部分トロンボプラスチン時間)という数値は、
107.4秒と異常に延長していました。
aPTTは凝固機能の指標となる数値の1つで、
血が固まり難くなればその秒数が延長します。
この数値が80秒を超えると、
出血性の合併症が増加するとされています。
手元の文献によると、
この時のプラザキサの血中濃度は、
800μg/l を超えていたと想定されます。
通常の適正使用での血中濃度は60~170程度ですから、
上限の5倍以上の血中濃度に達していた、
と考えられるのです。

事例3は70歳代の男性で、
投与前の血清クレアチニンは1.2mg/dlと記載されています。
投与量は1日220mgですから、
用量は減量されており、
クレアチニン値と年齢から考えても、
非常に慎重な処方です。
しかし、投与から5日で出血性ショックを来たして、
亡くなられているのです。
唯一の問題は抗血小板剤であるアスピリンが、
プラザキサと一緒に使用されていることです。

ワーファリンとアスピリンとの併用は、
僕は心房細動に対しては、
絶対に行ないませんが、
血栓症のリスクの高いと思われるケースでは、
決して禁忌とされるものではありません。

ただ、病名は心房細動と慢性腎不全と書かれていますから、
それならば海外データから考えても、
血栓症の予防には、
プラザキサ単独で問題はないものと思われます。
実際この方も発症時のaPTTの数値は、
94.6秒と危険域に延長しています。

事例4は80歳代の女性で、
使用量は1日220mgと低用量が選択されています。
クレアチニンは1.15mg/dl でこれも問題はありません。
ただ、事例3と同じで、
心房細動の血栓症予防目的にもかかわらず、
プラザキサにアスピリンが併用されています。

事例5も80歳代の女性です。
使用量は1日220mgの低用量で、
クレアチニンも換算で1.19ですから、
大きな問題はなさそうに思えます。
それが投与開始後10日で、
失血による死亡をされているのです。
発症時のaPTTは75秒で、
これは必ずしもリスクのある延長とは言えません。
唯一の問題は出血のリスクが若干存在する、
血小板凝集抑制効果のあるプロスタグランジン製剤が、
併用されていることですが、
これも一般的には禁忌の処方ではありません。

以上が死亡事例5例の概略です。

今回の安全性情報に記載された注意事項は、
出血の兆候の有無を注意深く観察することと、
患者さんに出血のあった場合にすぐに主治医に連絡するよう、
周知徹底すること、
そして腎機能をチェックしながら処方すること、
の3点です。

しかし、以上の注意を守れば、
重篤な出血性の合併症が回避出来るのでしょうか?

事例1と2はともかくとして、
事例3から5までの事例に関しては、
それだけの注意で深刻な事態が回避出来たとは、
僕には思えません。

特に事例5はプロスタグランジン製剤の併用以外に、
注意の出来る余地はなく、
実際にaPTTも延長は軽度なのですから、
そのリスクの推定は非常に困難です。

また事例3もアスピリンの併用以外には問題になる点はなく、
にもかかわらず5日という短期間で、
aPTTが94.6秒という延長を来たしているのですから、
この薬の蓄積効果は、
かなり急速に生じると考えた方が良さそうです。

総じて現時点での判断としては、
当初言われていたよりも、
出血性の合併症が、
プラザキサで生じ易いことは事実で、
その点を考えれば、
腎機能に注意を払い、
70歳以上の方では原則低用量を用いると共に、
慢性の心房細動における血栓症の予防であれば、
プラザキサ単独で使用するべきで、
アスピリンやプロスタグランジン製剤など、
他の抗凝固剤、抗血小板剤などの併用は、
余程慎重に考える必要がありそうです。

これまで慢性の心房細動の血栓症予防には、
もっぱらワーファリンが使用されて来ました。
しかし、実地医家のレベルでは、
副作用のリスクを重く考える傾向があり、
治療域の下限の辺りにコントロールすることが、
比較的多かったのではないかと思います。
その一方でプラザキサは、
充分に効果のあるレベルのワーファリンと、
同等の効果を有する薬剤なので、
ワーファリンからの切り替えは、
実際にはそれまでのワーファリン量を、
かなり増やしたのと同等の意味を持ち、
切り替え自体が出血性の合併症を増やす、
という意味合いを、軽く考えることで、
患者さんにとって危険な事態を招きかねないのではないか、
と思うのです。

プラザキサは勿論有用性の高い薬ですが、
ワーファリンより安全ということはなく、
むしろ出血性の合併症は起こり易い、
という意識を持って、
慎重に使用するべき薬ではないか、
と僕は思います。

今日は取り急ぎプラザキサの、
報告された死亡事例5例を検証しました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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