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甲状腺微小癌の話 [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で診療所は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日ある方から次のようなご質問を受けました。

あるブログに次のような記載があったのだそうです。

チェルノブイリの原発事故の後に、
小児の甲状腺癌が著増した、
という話を反原発論者の人は盛んに言うけれど、
実は甲状腺癌と言うのは、
あっても特に健康には問題のない、
「癌もどき」のようなものが殆どで、
それを事故後検診で見付けるようになったので、
見掛け上増えただけで、
実際には別に増えてはいないのではないか、
と言うのです。

この指摘は本当でしょうか?

この問題は結構単純に見えて奥が深いのです。

今日はその点について、
僕なりに考えてみたいと思います。

甲状腺には微小癌というものがあります。

これは概ね1センチ以下の大きさの、
甲状腺癌のことを指しています。
その殆どは甲状腺乳頭癌、
というタイプのものです。

甲状腺の超音波検査が普及するまでは、
甲状腺癌の診断は、
甲状腺を指で触わって、
しこりを発見するのが主な手段でした。

そのため、見付けられる大きさは、
1センチでせいぜいで、
それより小さなものは発見することは出来ません。

従って、甲状腺癌というのは、
大きさが1センチを超える、
甲状腺の固いしこりのことを指していたのです。

それが精度の高い超音波検査が普及するようになると、
3ミリ程度の大きさのしこりまで、
検出が可能となります。
しこりが見付かると、
次はそれが良性か悪性かの判断、ということになります。

一般には甲状腺に針を刺して、
そこから細胞を採取し、
その細胞の変形の様子から、
それが癌であるかどうかを判断するのです。

そうした検査が普及してみると、
今度は意外に数ミリという大きさのしこりであっても、
実際には乳頭癌が結構含まれている、
ということが分かって来ました。

ある日本人の研究者が、
30歳以上の女性に対して、
甲状腺の超音波検査を行ない、
小さくてもしこりのある人には、
細胞診の検査を行なったところ、
その3.5%に甲状腺癌を発見した、
という報告があります。

更には亡くなった方の解剖をしてみると、
甲状腺のご病気がない方であっても、
矢張り3~10ミリ程度の大きさの微小甲状腺癌が、
概ね数%の確率で見付かっている、
というデータが世界中で報告されています。

中には3割以上の方に微小癌が見付かった、
という論文もありますが、
これは1ミリ未満というような大きさのものも、
全て癌として集計した結果なので、
臨床的な意味合いは乏しいと思います。

要するに甲状腺の微小乳頭癌というのは、
結構な確率で起こるもので、
しかしその多くはさほど大きさは大きくならず、
転移したり浸潤したりすることもなく、
人間の数十年の寿命の中では、
特に問題にはならずに終わるのです。
従ってそうした癌には治療も不要です。

しかし、中には一般に言われるような癌の性質を示して、
周囲に浸潤したり転移したり、
命にかかわるような性質のものが存在するのです。

ここに甲状腺乳頭癌というものの特殊性があります。

たとえば微小癌の段階では転移はしない、
と確定しているなら、
1センチを超えないしこりは、
そのまま超音波検査だけで様子を見ていれば、
それで良いということになるので、
話は単純で済みます。

しかし、実際には全身に転移があって、
その原発巣を検索したら、
実は甲状腺の微小癌だった、
というような報告も稀にあるのです。

今のところそうした癌と通常の微小癌とを、
見分けられるようなマーカーはなく、
その点が問題を複雑にしています。

従って、現状は甲状腺に1センチ未満のしこりを見付ければ、
その経過を観察しつつ、
どの時点で細胞診を行なうか、
どの時点で治療に踏み切るか、
そうした点を個々の患者さんにおいて、
個別に判断しないといけないのです。

ここで最初のご質問に戻りましょう。

チェルノブイリ事故後の小児の甲状腺癌が、
実は何の問題もない微小癌だったのでは、
という疑問についての話です。

まずこちらをご覧下さい。
甲状腺癌の大きさの図.jpg
これは以前ご紹介した、
放射線誘発甲状腺癌の、
特異的なマーカーについての論文にある図表です。

この論文はチェルノブイリ被曝後の、
甲状腺癌の組織をその対象にしています。
ここにあるように、
腫瘍のサイズは平均1.5~2センチで、
最小のものが5ミリです。
つまり微小癌も含まれてはいますが、
大半はそうではないことが分かります。
また外科手術時の年齢は殆どが10代です。

つまり、通常の甲状腺乳頭癌とは、
その年齢も起こり方も違うのです。
そもそも被曝後の甲状腺癌が注目されたのは、
肺転移を起こした小児の甲状腺癌が、
1990年代の初めから急増したことで、
このことからも、
決して過剰な検診をしたために、
甲状腺癌が見掛け上増えた、
というような現象ではないことが分かります。

では、次にこちらをご覧下さい。
甲状腺癌の発症率グラフ.jpg
これはよく引用される2006年の、
「Cancer consequences of the Chernobyl accident:20 years on」
と題された論文にある図表です。

これを見ると0~14歳の小児の甲状腺癌は、
被曝後10年くらいにピークがあり、
15~18歳時の甲状腺癌は、
被曝後15年にピークのあることが分かります。

つまり同じ甲状腺癌でも、
その発症の仕方には幾つかの違いがあるのです。

こうした経過は、
検診のバイアスにより生じたものとは、
説明し難いものだと僕は思います。

従って、最初のご質問に対しての僕の答えとしては、
確かに検診によるバイアスとしての癌の頻度の増加は、
ある程度はあるとは思いますが、
癌の診断は基本的には手術所見で確定しており、
その多くは微小癌ではなく臨床的な癌で、
微小癌を闇雲に手術している訳ではないのです。
しかもその年齢層は通常より低く、
被曝後の年齢で一定の傾向を示していることからも、
被曝の影響と考えるべき性質のものだと僕は思います。
この辺のことに関しては、
以前ご紹介したような放射線誘発癌に特異的なマーカーが、
信頼性のあるものなら、
近いうちにもう少しクリアになって来ると思います。

今日は甲状腺の微小癌の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

西崎毅史

いつも楽しく拝読させて頂いております。突然、不躾な質問をさせて頂くことをご容赦下さい。
最近、携帯電話の健康リスクが報道されておりますが、Bluetoothや無線LANにも同様のリスクがあるのでしょうか?
アドバイスを頂けましたら幸いです。
URLがありませんので、メールアドレスを記します:nishizt@auone.jp
by 西崎毅史 (2011-06-16 08:20) 

fujiki

西澤毅史さんへ
コメントありがとうございます。
電磁波の性質やその強さによって、
影響は異なると思うので、
申し訳ありません、
明確なお答えは出来ないのですが、
同様のリスクは皆無ではないと思います。

ただ、携帯電話の場合、
耳に密着させての長期の使用が問題だ、
という話なので、
機器と身体を密着させた長期間の使用で無ければ、
同様の問題は無視出来るレベルと、
考えて良いのではないかと思います。
by fujiki (2011-06-17 08:10) 

mobanama

「Cancer consequences of the Chernobyl accident:20 years on」の図の年齢区分を、被ばく時年齢と解釈して、被ばくした年齢の違いにより、その後の経緯に差があると説明されているように思えるのですが、その年齢区分は診断時の年齢ではないでしょうか。(原文でもそこは明記されていないように思えます。さらに元のデータまでは遡っていません。)
「同じ甲状腺癌でも、その発症の仕方には幾つかの違いがある」というより、一貫して、就学前程度の年齢の小児が最も感受性が高く、その集団の加齢に伴って、ピークが見られる年齢区分が移行しているように思えます。

私の誤読でしたら申し訳ありません。

by mobanama (2011-06-17 08:18) 

fujiki

mobanama さんへ
コメントありがとうございます。
年齢区分はご指摘のように、
診断時の年齢を指していると思います。
「被ばく後」という表現は、
そのつもりだったのですが、
読み直してみると確かにはっきりせず、
書き方が紛らわしい点をお詫びします。

山下俊一先生の、
「甲状腺細胞における癌化のメカニズム」などを読みますと、
チェルノブイリ被ばく後の小児甲状腺癌は、
胎児期から1~2歳児頃に被ばくした(主に母乳や母体、ミルクを通した内部被曝です)ケースでは、
5年~10年程度の短い潜伏期で癌が発症し、
チェルノブイリ周辺部での若年から成人発症の癌では、
その潜伏期は15年以上と想定されています。
山下先生の仮説では、
潜伏期の短い癌では元に何らかの遺伝子異常が既に存在し、
潜伏期の長いケースでは、
通常の放射線誘発癌のような長い経過を辿っているのでは、
というお考えのようです。

図表による0~14歳発症の癌の頻度の上昇が、
被ばく後5年程度から始まっているのは、
その短い潜伏期の発癌の始まりを示し、
被曝後15年でのピークは、
通常の潜伏期を持つ放射線誘発癌のパターンを示し、
成人発症の癌がその後もジワジワと上昇しているのは、
また別個の発癌の形態を、
示しているものと思います。

つまり全てではないですが、
ここに示された事例の多くは、
1~10歳の間には被曝しており、
その方が幾つかのパターンの潜伏期を経て、
甲状腺癌を発症しているものと、
僕は理解しています。

ただ、診断の時点の状態はおそらくまちまちだと思いますし、
全ての事例がすぐに手術された訳でもないと思いますので、
微小甲状腺癌の過剰診断によるバイアスは、
全くないとは言い切れないと思います。

これでお答えになっているでしょうか?
by fujiki (2011-06-17 19:31) 

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