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プルトニウム体外排泄剤の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプトのチェックをして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日こんなニュースがありました。

【プルトニウム排出の薬 7月承認へ】
プルトニウムなどの放射性物質を吸い込んだ患者に使う薬剤2種類を、厚生労働省が7月に承認する見通しとなった。「ジトリペンタートカル」と「アエントリペンタート」(いずれも商品名)で、点滴すると、プルトニウムやアメリシウムなどの放射性物質を吸着し、尿を通じて体外に排出させる。

「ジトリペンタートカル」と「アエントリペンタート」というのは、
舌を噛みそうなややこしい名前です。

この2種の薬剤はどのようなもので、
どのような有効性があるのでしょうか?

あまり軽率なことを憶測では書けませんが、
今回の福島原発の事故により、
どうやらプルトニウムがある程度飛散し、
また今後も飛散する怖れのあることは、
皆さんも何となくは、
お感じになるのではないかと思います。

プルトニウムは地球上に、
殆ど天然には存在せず、
原子炉内でウランが中性子を吸収して生成される、
人工の放射性物質です。

その主体はプルトニウム239(Pu-239)で、
その物理学的半減期は2.4万年という、
途方もない長さです。

このプルトニウムはα線を放出する元素です。
α線はγ線の20倍のエネルギーを持つ放射線ですが、
その一方で紙1枚で遮蔽されてしまう性質があります。

つまり、プルトニウムに外部被ばくはありません。

皮膚の外にプルトニウムが存在しても、
その放射線は皮膚で遮断され、
人間の体内には影響を与えないからです。
勿論皮膚に長期間プルトニウムが付着することは、
皮膚を障害する可能性がありますが、
皮膚に傷などがなければ、
洗い落とせばそれで済みます。
ただ、皮膚が傷付いていたり出血していたりすれば、
そこから侵入したプルトニウムが、
体液中に移行し内部被曝を来たす可能性があります。
この場合は最悪汚染された組織を、
速やかに切除する必要があります。

プルトニウムは消化管からはあまり吸収されません。
口から入ったプルトニウムのうち、
吸収されるのは0.05%以下です。

従って、プルトニウムの被ばくで、
人間が最も影響を受けるのは、
それを含む粉塵などを、
呼吸により肺に吸入した場合です。

吸入されたプルトニウムは、
まず肺に影響を与え、
一部がそこに沈着します。
そして、その後血液中に移行し、
多くは排泄されますが、
一部は骨や肝臓に集積し数十年はそのまま留まる、
と考えられています。

勿論大量のプルトニウムが吸入されれば、
その放射線により身体は破壊され死に至ります。

議論があるのは、
そうした急性の障害には、
すぐ結び付かないレベルのプルトニウムが、
内部被曝した場合の影響についてです。

肺癌のリスクが、
おそらくは最も大きいであろうことは、
この動態からは想定の付くところです。

ただ、現時点でプルトニウムの内部被曝による、
肺癌の発症が確認された、
という信頼の置ける報告はないようです。

プルトニウムの内部被曝の影響については、
まだまだ不明の点が多いのだと思います。

さて、それでは最初の報道にある、
プルトニウム排泄剤とは、
どのような薬でしょうか?

「ジトリペンタートカル」というのは、
ペンテト酸カルシウム三ナトリウム(Ca-DTPA)のことで、
「アエントリペンタート」というのは、
ペンテト酸亜鉛三ナトリウム(Zn-DTPA)のことです。

いずれもキレート剤で、
Ca-DTPAはDPPA(ジエチレントリアミン5酢酸)に、
カルシウムが結合していて、
Zn-DTPAはカルシウムの代わりに、
亜鉛が結合しています。
静脈内に点滴の形で投与されると、
DTPAはカルシウムや亜鉛よりも、
イオン状のプルトニウムと結合した方が安定なので、
プルトニウムがDTPAと結合し、
腎臓から膀胱を介して、
尿と共に排泄されるのです。

使用法としては、
プルトニウム被曝後24時間以内に、
ます初期投与としてCa-DTPAを投与し、
その後Zn-DTPAの維持療法に切り替えるのが、
一般的な方法です。

そのプルトニウム排泄の効果は、
Ca-DTPAの方が10倍強力ですが、
その副作用も強く、
キレート効果により他の微量金属元素が欠乏したり、
肝臓や腎臓の障害や消化管出血が、
起こることが知られているからです。
またプルトニウムと置換されたカルシウムが過剰であれば、
高カルシウム血症を来たします。
一番欠乏し易い微量元素は亜鉛です。
この点Zn-DTPAは亜鉛が切り離されるので、
その後からの使用は、
不足した亜鉛を補う効果もあって、
合理的なのです。

以上が海外の添付文書の記載です。

原子力安全研究協会による、
「DTPA投与方法に係るガイドライン」という文書が、
ネットでも見ることが出来ますが、
これには原則Ca-DTPAの使用を行なう、
としか書かれていません。
それが何故であるのかは不明です。

この薬は血液や体液中のプルトニウムしかキレートしないので、
肝臓や骨に既に沈着したプルトニウムに対しては無効です。
従って、肝臓や骨へのプルトニウムの取り込みが、
行なわれない前に使用しないと、
その臓器への被曝を、
防ぐことは出来ないのです。
被ばく後なるべく早期に使用を開始することが必要で、
24時間を過ぎれば、
臓器への取り込みに対しては、
殆ど有効性はないと考えられます。
吸入のみでの被曝の場合に限って、
Zn-DTPAの吸入も行なわれ、
皮膚の外傷に対しては、
その水溶液での洗浄も行なわれますが、
その効果は限定的だと思われます。

この薬はあくまで、
大量のプルトニウム被曝時に限った使用が前提で、
低線量の被曝時には、
その意味合いはあまりないと思います。
その体液中からの排泄を促進する点では、
確実な効果がありますが、
臓器への取り込みは、
曝露後早期でなければ効果がなく、
かつ全ての臓器の被曝を、
防御出来るものでもないからです。

今日は今年の7月に承認予定の、
プルトニウム排泄剤の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
(当記事は平成23年6月6日午後9時に一部改訂しました)
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コメント 4

つつ

東京でもハワイでもアメリカでもプルトニウムが検出されたと聞きます。
プルトニウム本当に怖いです。
ヨウ素やセシウムについては報道されますが、プルトニウムについては報道がされません。

自分は東京に住んでいますが、きっと吸い込んでしまってると思います。こうなると、症状が出るまで待つしかないのでしょうか。
プルトニウムが体内にあるかどうかを調べる事はできないのでしょうか。
(血液検査等でわかったりしませんか?)


by つつ (2011-07-08 15:13) 

fujiki

つつさんへ
微量のプルトニウムを吸入している可能性は、
否定はしませんが、
身体に影響を与える量でないことは、
ほぼ間違いないと僕は思います。
プルトニウムの検出を問題にするのは、
人体への悪影響というより、
放射性物質の拡散の状況の、
把握の意味合いだと思います。
尿や便のバイオアッセイは可能なようですが、
通常医療機関などでは行なわれていません。
by fujiki (2011-07-08 21:03) 

つつ

ありがとうございます。
少しホッとしました。
また何か分からないことがあったら教えてください。
よろしくお願いします。

by つつ (2011-07-08 21:37) 

Cafe

(投稿が反映されていないかもしれないので再投稿しています)

つつさんへ

ガンダーセンやそのほかの人がアメリカでプルトニウムが検出されたといっていますが公式には確認されていません。
米国EPAの発表は以下で、プルトニウムは検出限界以下です。

http://www.epa.gov/radiation/docs/rert/radnet-cart-filter-final.pdf

このデータは高崎のCTBTのデータとも整合しており、プルトニウムが大規模に拡散していないことは確かです。
ただし、福島原発近傍のプルトニウムを検査すると、量的には核実験由来のプルトニウムと変わりはないが、同位体比が異なっており、原子炉由来のプルトニウムが若干もれ出ていることが疑われています。

ちなみにガンダーセンは3号機使用済燃料プール核爆発説や東京の車のフィルターでホットパーティクル検出説など、トンデモ説や真偽未確認の情報をながすので、当方は信頼のおける人とは思っていません。
by Cafe (2011-07-08 23:58) 

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