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アスピリンとプロトンポンプ阻害剤との併用を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PPIとアスピリンの関連.jpg
比較的最近の、
イギリスの医学誌「British Medical Jouranal 」誌の論文です。

これはどういう内容かと言うと、
プロトンポンプ阻害剤と言うタイプの胃薬を、
心筋梗塞の発作を起こした患者さんに、
低用量のアスピリンと一緒に使ったところ、
アスピリン単独と比較して、
より発作の再発や死亡、脳卒中の発症などの、
有害な事象が多く発生した、
というのです。

低用量のアスピリンが、
血小板の働きを弱め、
そのことによって、
心筋梗塞や脳卒中の、
再発予防に効果のあることは、
皆さんもよく御存知のことかと思います。

ただ、このアスピリンを長期間使用すると、
胃潰瘍などの出血性の合併症が起こります。
そのため再発予防でアスピリンを使用する時には、
胃潰瘍に効果のあるような胃薬を、
副作用予防のために一緒に処方することが、
一般的に行なわれています。

この用途で現在一番使用頻度の高いのが、
プロトンポンプ阻害剤、というタイプの胃薬です。

商品名ではオメプラゾール、オブランゼ、
タケプロン、ランソプラゾール、パリエット、
などがこれに当たります。

僕自身もこうした処方はよくしています。

本来は定期的に胃カメラをしていれば、
アスピリンを飲んでいるからといって、
必ずしも常に胃薬が必要とは言えません。

アスピリンによる胃潰瘍は、
かなり個人差のある副作用であるからです。

ただ、実際にはご高齢の方など、
胃カメラを定期的に行なうことが困難なケースも多く、
そうした場合には安全策として、
どうしても胃薬を出そう、
出すなら効果のはっきりしている薬を出そう、
と考えるのが多くの臨床医の思考です。

その場合プロトンポンプ阻害剤は、
胃酸の大元を止める、
最も強力な胃潰瘍の治療薬なので、
こうした場合に使用するのには、
一番適していると考えられたのです。

ところが…

プロトンポンプ阻害剤は、
抗血小板剤との併用では、
最近どうも旗色が悪いのです。

クロピドグレル(商品名プラビックス)という抗血小板剤があります。

このクロピドグレルをプロトンポンプ阻害剤と併用すると、
心筋梗塞などの再発が、
単独の場合より多くなる、
つまり再発のリスクを高くする、
という研究結果が、
2008年から2009年に掛けて、
相次いで複数報告されました。

つまり、患者さんのメリットになると信じて、
副作用予防の薬を併用したところ、
却って当初の目的の予防効果が、
減弱してしまった、
というのです。

何故こうしたことが起こるのでしょうか?

クロピドグレルの場合、
この薬とプロトンポンプ阻害剤とが、
同じ肝臓の代謝酵素を取り合うため、
結果としてクロピドグレルの効果が減弱する、
というメカニズムが推測されています。

今回の論文は、
クロピドグレルと同様に、
心筋梗塞後の再発予防に使用される、
低用量アスピリンとプロトンポンプ阻害剤との、
相性を検証したものです。

対象はデンマークの医療機関で、
心筋梗塞で入院した数万人規模の患者さんの解析です。

そのうち4000人余の、
アスピリンとプロトンポンプ阻害剤を併用していた患者さんと、
アスピリンを単独で使用していた、
矢張り4000人余の患者さんとを統計的に比較したところ、
再発や脳卒中などのリスクが、
プロトンポンプ阻害剤併用群で、
有意に上昇している、という結果が得られたのです。

この検討では、
2つの群の消化管出血の頻度には、
殆ど差は見られませんでした。

つまり、副作用予防効果は証明されず、
却って再発予防効果は減弱しているのですから、
このデータが事実であるとすると、
プロトンポンプ阻害剤の使用は、
こうした患者さんでは無意味なもの、
ということになってしまいます。

論文の図表を1つお見せします。
PPIとアスピリンの図.jpg
横軸はアスピリン開始後の時間を示し、
縦軸は最初は100%で、
その後有害事象が発生すれば低下します。
つまり、早く低下した方が予後が悪い、
ということになります。
青いラインはアスピリン単独群で、
赤い点線のラインは、
アスピリンとプロトンポンプ阻害剤との併用群です。
この図はプロトンポンプ阻害剤を併用した方が、
より再発が多かったことを示しています。

このデータは後ろ向き研究と言って、
後から過去の臨床データをより出したものです。
本来は最初から患者さんをリストアップして、
アスピリン単独群とプロトンポンプ阻害剤との併用群とに分け、
そこから研究をスタートさせて、
その後の経過を見た方がよりデータの重みが増すのです。

従って、今回の論文だけで、
プロトンポンプ阻害剤の使用が、
有害であると言い切ることは出来ないと思います。

仮にプロトンポンプ阻害剤が、
心筋梗塞後の再発を増やすとすれば、
その理由は何でしょうか?

論文の著者らの推測は、
1つは胃酸が抑制されることにより、
アスピリンの活性が低下し、
アスピリンの抗血小板作用が減弱する、
というもので、
2つ目はプロトンポンプ阻害剤自体に、
何らかの再発誘発作用があるのではないか、
というものです。
そして3つ目は、
両者の薬剤とは別個のファクターが隠れている可能性です。

論文ではプロトンポンプ阻害剤ではなく、
H2ブロッカー(商品名ガスターなど)では、
アスピリンとの併用でも同様の傾向はなかった、
という補足データが付加されています。

僕の現時点での意見はこうです。

アスピリンを飲んでいるからといって、
オートマチックに胃薬を一緒に使うのは、
あまり正しいあり方ではなく、
矢張り胃の検査を定期的にした上で、
必要性のある事例に限って、
最善の治療薬を選択するのが、
適切なのではないかと思います。

その時点でプロトンポンプ阻害剤の使用が、
最善と考えられれば、
その使用を躊躇する必要はないと考えます。

ただ、その併用では若干ながら、
アスピリンの作用が減弱する可能性があり、
その点も考えた上で、
抗血小板剤と胃薬の選択を、
患者さんの状態を見ながら、
慎重に選択してゆく必要があるのです。

今日はアスピリンと胃薬との併用についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 9

kakasisannpo

胃でのアスピリンの速やかな吸収は、当然のことながら、PPIを与えれば抑制されるでしょうね。抗H2でも同じだと思いますが?
by kakasisannpo (2011-06-07 11:52) 

catfish

石原先生
毎日楽しく読ませていただいています。毎日毎日これだけの情報を更新できるってすごいなあと感動しています。
調剤薬局に勤務していますが、よくバイアスピリンとPPIの処方箋来ます。クロピドグレルの場合は最近PPIとの併用を見かけなくなりました。文献や情報だけではなかなか疑義照会できません。やはり添付文書上で禁忌にならないと「大丈夫かなあ」と思いながら投薬してます。歯がゆいです・・・
これからも毎日読ませていただきます。
追伸 新薬情報もとても参考になります。勉強会だけではわからないことをいろいろ教えていただけて、ありがたく拝読しています。特にメマンチン、「そうなんやー!!!」と今でも探しに行って読み返してます。
by catfish (2011-06-07 16:25) 

ごぶりん

大学病院でも漫然とPPIが長期にわたって処方されている例が多く見受けられました。
夏場は食中毒、数年に渡って服用されているご高齢の方には骨折のリスクに気を配りつつずっと飲み続ける必要が本当にあるのかと思いました。
do処方を惰性で出し続けるのではなく、処方の度にこれらの薬は本当に患者さんに必要なのか?と確認しながら出される医師が理想ですね。
プロトン-カリウムATPアーゼの存在する個所にPPIが作用しても何ら不思議が無いと思うのですが。
by ごぶりん (2011-06-07 21:41) 

患者A

先生、こんばんは。

勉強不足で恐れ入ります。
低用量アスピリンの代謝にCYP2C19は関係なく、代謝酵素の関係で相互作用の問題になるのはクロピドグレル、ワーファリンという理解でよろしいでしょうか。(CYP2C19の話になると、日本人は欧米人よりPMが多いから海外のデータを鵜呑みにするなとか、3A4での代謝が主なパリエットだと安心だとかというややこしい話に。。。)

大体、この手の話で悪者になるPPIはオメプラールばかりですが、今回の論文ではPPIは特に特定されていないのですよね。

なんだかこのあたりいつまでたってもはっきりしない。



by 患者A (2011-06-08 00:59) 

fujiki

kakasisannpo さんへ
コメントありがとうございます。
基本的に胃の酸度でそれほど吸収は左右されない筈で、
それ以外の阻害要因があるのではないか、
ということのようです。
by fujiki (2011-06-08 08:02) 

fujiki

catfish さんへ
コメントありがとうございます。
定期的に胃カメラなど可能であれば、
特に胃薬は使用しなくでも、
フォローとして問題ないと思うのですが、
ご高齢の方で、
簡単に検査の出来ないようなケースでは、
現時点では僕も併用はしています。
それは多少その抗血小板剤としての効果が減弱しても、
出血のリスクを優先する、
という判断からです。
by fujiki (2011-06-08 08:06) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
色々な意味でPPIは有用性のある薬だと思いますが、
問題点が多く浮上していることは事実で、
特に長期処方においては、
慎重であるべきと考えてはいます。
ただ、日常診療の中では、
惰性で処方が続くことが、
実際には多くあることは事実です。
今後より慎重でありたいとは思っています。
by fujiki (2011-06-08 08:08) 

fujiki

患者Aさんへ
コメントありがとうございます。
そのご理解で正しいと思います。
この文献においては、
複数のPPIがまとめて検討されていますが、
PPIの種類によって、
その傾向が変わる、
ということはなかった、と記載されています。
by fujiki (2011-06-08 08:10) 

元患者X

昨年夏にラクナ梗塞で2週間入院生活を送りました。当初はプレタール、プラビックス、タケプロン、ブロプレスの4種類を処方され服用しておりました。薬の副作用が酷く、医師の判断でプレタール、ブロプレスは服用中止になりました。現状はプラビックス、タケプロンのみの服用ですが、PPIの弊害を知り昨年10月頃から自己判断で服用を止めています。その後はプラビックスのみ服用していましたが循環器系の副作用と思われる症状(茶褐色の尿が2日ほど出た。)が出た為に昨年12月30日から現在まで自己判断で服用を止めています。脳梗塞発症時80.4㎏あった体重は63㎏まで落ちました。血圧も若干の変動はあるものの135/85あたりで安定してきております。飲酒喫煙の習慣は元々なく、脳梗塞になった原因は過食で糖質脂質過多の食生活とストレスであると分析しています。現在は野菜とタンパク質をバランス良く摂取して食事量も発症前の5分の1くらいです。大好きだったスイーツは味覚異常から全く受け付けなくなりました。1日1〜2食で腹六分から腹八分です。薬を完全に止めてから食欲が戻って来ました。脳梗塞の再発予防の為に薬を処方されていますが、三大欲の一つである食欲をセーブして食生活を変える事が大半の人は難しいから薬を服用し続けなければならないのだと思いますが、如何でしょうか?食欲が戻って来たとはいえほんの少し余分に食べると苦しくなってしまいます。また口内炎も出来る為に過食せずに過ごしています。この先も無理せずに継続出来そうです。現在は茶褐色の尿は全く出ていません。
by 元患者X (2015-01-23 14:53) 

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