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甲状腺被曝予防における基準値について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理をしなければ、
と思いながらやる気が出ず、
今日からレセプトのチェックか、
また居残りだなあ、
と思いながら、
PCに向かっています。

4月1日より小児用7価肺炎球菌ワクチンおよび、
ヒブワクチンの接種が再開となりました。
診療所でも予約をお受けしています。

同時接種に関しては、
保護者の方とご相談の上、
決めさせて頂きたいと思います。
原則僕はプレベナーと他のワクチンとの同時接種は、
当面はしない方針です。
3種混合とヒブワクチンとの同時接種に関しては、
ケースバイケースで対応するつもりです。

それでは今日の話題です。

今日も放射性ヨードによる、
甲状腺の被曝とその予防に関わる、
いささか紛らわしい、
幾つかの言葉と数量について、
僕なりの理解で、
整理をしておきたいと思います。

今問題になっている、
福島の原発から漏れ出て、
大気中に飛散している放射線は、
概ね放射性ヨード131と放射性セシウム137です。

ヨードは御存知の通り、
人間では甲状腺に集積する性質があり、
異論もないではありませんが、
ある線量以上の内部被曝で、
甲状腺癌を増加させる、
と考えられています。

高用量では甲状腺の細胞が破壊され、
恒久的機能低下に陥りますが、
その線量は非常に大きく、
おそらくその量を吸入するような条件下では、
外部被爆の影響自体で命が危うく、
あまり単独で考える必要はありません。

つまり通常考えるべき、
内部被曝の影響は、
放射性ヨードに関しては、
甲状腺癌の増加だけです。

この癌の増加については、
色々な意見があります。

チェルノブイリの原発事故の際、
4歳以下で被曝したお子さんに、
その後甲状腺癌が多発しました。
あるデータでは甲状腺癌の発生は、
100倍以上に増加した、
とされています。
(念のため補足しますが、
4歳以上で甲状腺癌が起こらない、
という意味ではありません)

一方でチェルノブイリ事故の際、
その死の灰が降り注いだポーランドでは、
被曝発生4日目に、
小児の9割にヨード剤を配布し、
また授乳を避け粉ミルクの使用を行ないました。
その結果、
ポーランドでは甲状腺癌の増加はなく、
そうした措置を取らなかった隣国のウクライナでは、
甲状腺癌の増加が認められました。

この事実が、
ヨード剤の予防効果の、
1つの論拠となっています。

ただ、賢明な皆さんはお分かりのように、
これはヨード剤の効果とは考えられません。
内部被曝はある程度の期間は持続した筈で、
単回のヨード剤の使用は、
概ね24時間しか効果はないからです。

これはつまり、
授乳を控えたことと、
ポーランドは海沿いの国で、
土壌にヨードが多く、
通常のヨードの摂取が多かったことが、
その主な要因と考えられます。

チェルノブイリ事故の際には、
授乳による母乳を介したお子さんの被曝が、
甲状腺癌増加の主因であったと考えられています。

日本では現在、
行政が必要と判断した際には、
国民に無機ヨード剤を配布する、
とされていますが、
この時の無機ヨード剤の使用基準は、
甲状腺等価線量による予測線量が、
吸入による小児の換算で、
100mSvを超えた場合、
と記載されています。
これは吸入ですから、
24時間の合算で計測します。

詳細は分かりませんが、
この基準はかなり厳しいものなので、
勿論放射線には他の核子からのものもありますが、
おそらくは計算上この濃度に達した時点で、
「ヨード剤を飲んですぐ逃げろ」
という指示が出るものと推察されます。

ポイントはこれも、
数値は実効線量ではなく、
あくまで甲状腺の等価線量である、
ということです。

先日フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)が、
日本語で福島原発についての資料を公開しました。
そこには最悪のシナリオとして、
炉心が溶解し全ての放射能が大気中に放出された場合の、
被曝量の試算が公開されています。
それによると、
30キロ圏内で甲状腺の被曝線量が100mSvを超えます。
つまり、そうは言わないけれど、
日本でも同じ試算をしているので、
30キロ圏内に避難指示を出しているのです。
しかし、そこに書かれているフランスのヨード剤内服の基準は、
100mSvではなくその半分の50mSvです。
嘘だと思われる方は、
当該サイトをご覧下さい。

別に日本の基準が一番安全に配慮している訳ではありません。

つい最近原子力安全委員会において、
放射性ヨード規制値の暫定基準が妥当と確認された、
との報道がありましたが、
そこで示された1年に50mSvというのは、
これもあくまで甲状腺の等価線量です。
従って、これは実効線量としては、
2.5mSvに相当するということになります。

このことは、新聞によってしっかり書かれているものと、
実効線量と混同したような記載になっているものが、
あるようです。

3月23日に政府の原子力安全委員会は、
放射性物質の拡散を予測した、
模擬計算「SPEEDI」の結果を報告しました。
その計算は最も影響を受け易い1歳児が、
大気中の放射性ヨードを、
取り込んだ場合の被曝量を予測したものです。
これによると、
無機ヨード剤内服の基準となる、
100mSv以上の範囲が、
一部原発から30キロ圏外でも、
測定され得る、という結果でした。

この数値はあまり予備知識なく公開されたので、
誤解されている方もいらっしゃるかと思います。
この100mSvは甲状腺の等価線量のことです。
従って通常の預託実効線量では、
5mSvに当たる、ということになります。

先日日本の甲状腺学の大家である、
長瀧先生もテレビで話されていたように、
甲状腺癌が放射性ヨードの被曝で増える、
という知見は、
チェルノブイリの調査で初めて明らかになったもので、
その安全の基準は、
通常より厳しく設定されているのです。

通常の発癌は100mSv以上の被爆で生じる
(先日の癌センターのデータでは200mSvに引き上げられています)、
というのが、
日本の学者の公式見解ですが、
甲状腺癌の増加は、
それより低い線量でも起こり得る、
というのがこの結果なのだと思います。

僕の手元に、
「緊急時における放射性ヨウ素測定法」という資料がありますが、
これによるとこの数値の算出は大気のサンプリングを行ない、
その数値を小児が24時間吸入した合算として換算する、
とされています。
これによると、
610Bq/m3(立方メートルです)が、
小児甲状腺等価線量として、
10mSvに相当する、
という便利な換算が示されていました。

この数値は参考になると思います。

大気中の放射能に関しては、
Sv/hという単位で発表されているものと、
Bq/m3(立法メートルです)という単位で発表されているものと、
2種類がありややこしいのですが、
Sv/hという単位のものは、
一種の簡易測定で、
被曝量は推定出来ても、
それがヨードによるものなのか、
セシウムによるものなのか、
といった細かいことは分からないのです。
従って、ベクレル単位のものしか、
その核子毎の線量は分からない訳です。
ただ、ベクレル単位のものは、
ヨード131ならそれのみを測定しているので、
他の核子由来の放射能は無視しています。
つまり、ヨードやセシウムばかり測っていたら、
実は他の線源による放射能も存在した、
というようなことも有り得るのです。

もう少し具体例で示しましょう。

これまで何度も取り上げている、
浄水場で水1リットル当たり210ベクレルの放射性ヨード、
という数値ですが、
これは換算係数により、
成人の預託実効線量としては4.62μSvに相当し、
乳児の預託実効線量としては29.4μSvに相当します。
(複数の換算係数が存在しますので、
これは1つの参考としてお読み下さい)

この水を毎日1リットルずつお母さんが摂れば、
1082日で実効線量が5mSvに達し、
それは甲状腺等価線量としては、
100mSvに一致するのです。
一方乳児がこの水を同じように飲んだ場合では、
およそ170日で同じく甲状腺等価線量は、
100mSvに達します。

国際機関のICRPが勧告している、
小児実効線量の限度は、
1mSvと設定されています。
これが甲状腺の等価線量としては、
20mSvとなり、
その数値が安全の積算の根拠になっているのですが、
この間の深夜番組での民主党の政治家の話では、
その基準を緩めよう、
という動きがあるようです。

最後に1つの話題に触れさせて頂きます。

先日現松本市長の、
菅谷昭先生が会見を行ない、
その要旨はネットなどでも流れています。

菅谷先生は教授選に敗れ(失礼をすいません)、
そのために当時のソ連に渡って、
チェルノブイリ被曝後の甲状腺癌の治療に従事した、
甲状腺外科のエキスパートです。
僕も大学時代には不真面目な学生として、
授業を受けました。

先生の会見を是非お読み下さい。
パニックを来さないように配慮された言い方ではありますが、
何が隠されているのかのニュアンスが、
僕の駄文より数倍正確に伝わるのではないかと思います。
ヨウ素とは言わず、ヨードと言ってるでしょ。
これが昔流儀です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
甲状腺の等価線量の算定に用いる、
甲状腺の組織荷重係数は、
上記の記事は0.05で計算しています。
最近の行政の資料では、
ICRPpub103(2007)の記載を元に、
0.04を当該の係数として採用しているようです。
(2011年4月6日追加しました)
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コメント 10

aucnet2011

駄文なんかではありません!
とても参考になりました。
ありがとうございます!
by aucnet2011 (2011-04-01 14:01) 

アダム

現在、次のような署名運動が行われています。


「地震による被災地にはもちろん、
放射能による水道水汚染が懸念される地域の赤ちゃんにも多いに喜ばれると思います。
現在日本にはこのような常温保存ができ、そのまま飲ませれるミルクは販売されていません。
この度アメリカのミルク会社に働きかけ、寄付として送っていただく為の署名サイトが立ち上がりました。
個人の力でできることは限られていますが、皆の力が集まれば大きな力になると思います。
署名にご協力お願いします!」
http://www.thepetitionsite.com/2/Feed-hungry-Japanese-Babies/

大きなお世話かもしれませんが、日本の乳児たちの為に少しでも力になればと思い、申し訳ありませんが、先生のブログに勝手ながら紹介させてもらいました。ご迷惑がかかるようでしたら、即座に削除して頂いて結構です。
by アダム (2011-04-01 16:56) 

アルクマウェポン

いつも興味深く拝見させていただいております。 
ただ、今回に記事に一点だけ明らかな間違いが。 
菅谷氏は長野市長ではなく長野県松本市の現市長です。
以上、不躾ながら指摘申し上げます。
by アルクマウェポン (2011-04-01 18:36) 

fujiki

aucnet2011 さんへ
コメントありがとうございます。
ご参考になれば嬉しいです。
by fujiki (2011-04-01 20:53) 

fujiki

アダムさんへ
情報ありがとうございます。
by fujiki (2011-04-01 20:54) 

fujiki

アルクマウェポンさんへ
ご指摘ありがとうございます。
うっかりしていました。
訂正させて頂きました。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-04-01 20:55) 

ごぶりん

菅谷昭先生の会見をネットで拝見しました。
全くもって説得力があると思います。(すみません。変な言い方ですね)
本当に小児、乳幼児がおられるご家庭は特に、気を付けても付け過ぎることはない位だと感じました。
ただ、SNSで投稿されている被災者の方々への差別や罵りあいの実態を読んでいるとそこまでヒステリックにならなくてもと悲しくなります。

でも、今日
「昨年12月に発売されたばかりの、放射性セシウム体内除去剤である
ラディオガルダーゼ(一般名:ヘキサシアノ鉄(II)酸鉄(III)水和物)の
製造元の日本メジフィジックスがドイツから緊急輸入し、福島に送ることになっています(2011/3/14時点の情報)。
酸化還元型のイオン交換能を利用し、放牧飼育される家畜(牛など)の飼料に加えると、乳や肉の汚染を抑えることができるので、チェルノブイリ原発事故の後、土壌処理が困難な牧草地で家畜に投与されました。」
という記事を久しぶりにみた医療サイトで見つけて少し嬉しくなりました。
私と旦那は積極的に東北地方の農産物を食べて可能な限り放射能を墓場に持っていこうと思っています。




by ごぶりん (2011-04-01 21:50) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
菅谷先生はある意味自分の業績を、
今そんなものは胡散臭い、
と否定されている訳で、
本当に忸怩たる思いがあるのではないかと思います。
ただ、僕は机上の計算で、
癌が増えるとか増えないとかと議論している専門家の意見より、
実際に癌で苦しんでいるお子さんの治療に当たった、
実地の意見をこそ信じるべきではないかと思います。
端的に言えばよく分からないのです。
それを分からないから安全だ、
と考えるか、
分からないからこそ、
特に次代を担う世代に、
ほんの僅かでも影響を及ぼさないように、
慎重な対応を取ろうと考えるか、
その違いではないかと思います。
by fujiki (2011-04-02 06:21) 

chem@u

わかりやすく書かれていて参考になります。
TBを送らせていただきましたが私もこのことに気づいて愕然としました。

食品安全委員会の資料
http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20110328sfc
の「•資料4:チェルノブイリ後20年-放射線防護の立場から- 」では「300mSv以上の甲状腺被ばく」が数値として出ています。

100mSvでヨード剤でも吸入による内部被ばくのみとすると、食による被ばくでその前に300mSvに達してそうです。

どうも嫌な予感がしてます。

by chem@u (2011-04-03 10:50) 

fujiki

chem@u さんへ
コメントありがとうございます。
3月28日に配られた資料は、
僕も是非読みたいと思っていたので、
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-04-03 11:28) 

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